第三十九章 22

 今日の星一郎は忙しかった。雨岸邸で戦って敗れ、賭源山へと赴き、さらには繁華街で睦月達と二度目の戦いとなり、また敗走となった。


 夕方。繁華街での戦いを終えた星一郎は、負傷した仲間――芽塚アンナを病院へと連れていった後、帰宅した。


 家の前まで来て、星一郎は危うい気配を感じた。そこには実父である久保と、ターバンを巻いた怪しげな男が待ち構えていたのである。

 久保の様子が明らかにいつもと違う。鋭い目で自分を睨んでいる。こんな久保を見るのは初めてだ。完全に警察官モードになっている。


「君の動きはチェックしていました~。一日の間に何度もドンパチして、髄分と派手にやるよね。でも~……敵の方が強いようだし、よくそれで生き残っていますよ」

「俺だって強い」


 圧倒されかけた星一郎であるが、毅然と言い返す。


(敵にも負けない。そして……貴方にも、ここで捕まりはしない)


 一戦交えてこの場を切り抜ける覚悟を決めて、久保を睨む。おそらく自分のこの覚悟は、実の父親であるが故に伝わったと、星一郎は見なす。


「補導します」


 久保が短く伝えた。有無を言わせぬ口調。断固たる決意が伝わり、再び圧倒されそうになる。

 バイパーや真と相対した時でさえ、星一郎はここまで怖気づきそうになった事は無かった。少しでも気を抜けば、恐怖に心が侵蝕されそうになる。いや、もう手遅れかもしれないとも感じる。


(弱気になるな。ここは……何とか逃げのびる)


 己に言い聞かせ、星一郎はじりじりと後退していくと、背を向けて一気に駆け出した。

 ほんの数メートル走った所で星一郎は見えない壁に頭を打ちつけ、足を止めて後方へとよろめいた。


「シャンカラ佐藤さんに頼んで、この辺の空間を隔絶していただきましたよ~。残念だね~。もう君は詰んでいるんです」


 久保の台詞を聞いて、星一郎は愕然とした。

 振り返ると、久保とターバン男以外に、制服姿の警察官が五人もいる。


(もしかして……ついに来たのか? その時が……)


 それは密かに星一郎が予感し、恐れていたことだ。


(絶頂だった。願いが次々にかなった。人生で最高の瞬間だった。でも……戦いに勝ち続けてはいない。それどころずっと負け続けて……とうとうこんな……。いよいよ堕ちる時が来たのか? 神様が俺に調子こかせていたのは、やっぱり、絶頂から奈落へ突き落とすための布石だったのか?)


 久保が近づいて来る。星一郎はこれ以上抵抗する気は無かった。敵の数を見ても、そして敵の実力を察しても、足掻いても無駄だと理解したし、無駄な状況で、久保を傷つけるような真似はしたくない。それならもう、自分が破滅の終焉を迎えた方がよいと思ったからだ。

 つい十数秒前までの覚悟は何だったのかと、星一郎は自嘲する。


「君をこんな風に連れて行きたくなかったですよ~。これは悲劇、正に悲劇なんですよ~……」


 いつもとは異なる低いトーンで久保が言うと、星一郎の手に手錠をかけた。


***


 霧崎研究所周辺に、アルラウネ狩りの者達が見張りを立てているであろう事は、真やバイパー達は何となく気付いていた。


 累とみどりに頼んで、それらの位置を逆に特定してもらう。かなり時間がかかったが、監視役が二箇所に二人ずついて、双眼鏡で様子を伺っている事が判明した。

 そして真は霧崎にあることを頼む。


「昔、君にあげたものはどうしたね?」

 霧崎が真に尋ねる。


「あるけど、雪岡研究所に置いてきたよ。あれを常に持ち歩くのはしんどい」

「そうか。いっそ君も私の所でサイボーグ化し、内蔵するというのはどうだろうか? そうなれば便利だぞ」


 霧崎のおすすめは当然断った。


「で、駆除するのかね? わざと泳がせておくのも手だぞ」

「それは僕も考えたけど、そのままにしておく方が、こちらの行動が制限される。斃してしまおう」


 霧崎に確認されたが、真はそういう結論に至る。


 真とバイパーの二人で、敵の監視役が潜んでいる場所に、気付かれないようにこっそり近づく。そのための囮役として、みどりとアンジェリーナを先に動かした。

 みどりとアンジェリーナが出た直後に、研究所の裏側からは上美と累が出る。

 彼等の囮としての役目は、ほんの数秒ほどで構わない。


 敵の監視係は霧崎研究所を前後から見張っている。いつでも逃げられるように、それぞれバイクを近くに停めてある。

 そのバイクにまたがり、エンジンを吹かし、逃げるまでの時間は、早くても十秒前後と真は考えていた。


「準備できたら、いっせーのせで同時に行こう」


 バーチャフォンで、真は配置に着いたバイパーに連絡する。


『こっちはいいぞ』

「じゃあ、いっせーのせ」


 真が握ったグリップの先にあるスイッチを押すと、背負ったロケットランドセルの噴射口が点火され、真の体が飛び、一気に監視役がいる場所へと突っ込む。

 バイパーもロケットランドセルを起動させ、もう一つの監視場所へと突っ込んで、監視者達を驚かせた。スイッチから指を離して噴射を止めるが、止めるのが少し遅れて、バイパーは危うく壁に激突しかけた。


「練習しとくべきだったが、そんな余裕も無かったな」


 バイパーが呟き、止めてある監視者のバイクを破壊して、彼等が逃げられなくする。

 一方で真は銃で、監視者達の足を撃ちぬいていた。


 二人はそれぞれ監視者達を捕らえて、霧崎研究所へと連れていく。


「こっちはろくに戦わずに降伏したぜ」

「こっちもだ。生かしたまま捕まえることができた。ラッキーだったな」

「拷問して敵の情報を探れるかねえ。でも前の奴も大した情報を得られなかったし、あまり期待はできないだろ」


 研究所前で合流した真とバイパーが喋りながら、研究所の中へと入っていく。監視者捕獲作戦は無事終了した。


***


 幸司がアルラウネ狩りの仲間に、星一郎が警察に連行されたことをSNSで伝達する。


「星一郎を助けに行かないと!」

『警察に楯突く気か?』

『馳がいないともう、それこそどーにもならないが……まさか警察に捕まるなんて……』

『手のうちようがない』

『馳は諦めて、リーダーは漸浄斎って人の方がいいかもな」

『ていうか馳がいても手のうちようがないだろう。もうリコピーは十分に集ったし、オリジナルとやらに打ち止めにしてもらった方がいい』

『ヤバい。うちにも警察来てる』

『多分馳がケータイを没収されて……それで電話帳調べられたんだよ』

『じゃあ全員ヤバいじゃないか。今この会話だって……』

『落ち着けよ。俺達全員を取調べなんて無理がある。超常の力だって隠しておいて、知らぬ存ぜぬを通せばいい』

『警察からは簡単に事情聴取されただけだった。まあ俺は一人も殺していなからいいけど……』

『逮捕された人もいるみたいだぞ』

『オレオレ! 今逮捕直前』

『それとは別の話だが、霧崎研究所を監視していた奴等が全員捕まった。警察じゃなくて、霧崎研究所のマウス達にな』

『そいつらはどうなった?』

『死体は確認されていない。それ以前に連絡がつかん』

『危険だから霧崎研究所周辺に近づくこともできない状態』

『あっちもこっちもロクなことがない……』


 チャットログが、目を覆いたくなるくらいにネガティヴな発言で溢れているのを見て、幸司は溜息をつく。


(まさか俺達、風前の灯……なの?)


 何もかもが悪い方向にばかり向かっている中で、舵取りになる人間も消え、お先真っ暗の状況なのではないかと意識してしまう。

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