第三十九章 21

 犬飼の訪問があるというので、純子は雪岡研究所へと戻った。


 真、累、みどり、バイパー、上美、アンジェリーナ、霧崎の七名は、今後どうするかを話し合う。


「そのデビルなる者の妨害と、ハチコー君の行動が無ければ、ハチコー君を連れてくるか、納屋でアルラウネの本体が来るのを待つという選択肢もあったな」


 霧崎が指摘する。


「あたしもそれを考えたけどさァ。昨日は二兎を追ってしくじったし、今日はアンジェリーナ救出に専念がいいかなーって思って、言わなかったんだわさ」

「僕もそれは考えたが、霧崎の言う通り、デビルとハチコーの行動があったからこそ、引き上げざるをえなかった感じだな」


 みどりと真が言った。


「もう一度行くか? あいつらはアルラウネの本体が直に作ったわけだから、あそこに張り込んでいたら、アルラウネの本体もいつか来るかもしれないわけだろ」


 と、バイパー


「それはどうだろう。僕らが引き上げた今の時点で、もうアルラウネがあの納屋を訪れていたら、それを知るかもしれないし、あの二人が連絡したかもしれない。さらっておいたアンジェリーナが奪い返されたんだから、例えハチコーがいくらこちらに友好的でも、報告しないわけにもいかないしな」

「なるほど……そうか」


 真の意見に、バイパーは納得して引き下がる。


「一度訪れ、こちらが訪れた事も知れた敵の拠点に二度足を運ぶという行為は、相手次第ではあるな。私はアルラウネを直接知る身であるから、オススメせんよ。あれは中々抜け目無い。もし報告があれば、その時点で拠点を引き払うであろうし、手がかりも残さんだろう。サイコメトリー等もできないようにすると思われる」


 霧崎も真を後押しする形になったので、例の納屋に行くという方針はお流れになり、その後もこれといって良い案が出なかった。


***


 雨岸邸で睦月、咲、亜希子と戦闘した星一郎は、また仲間を失い、幸司と共に敗走していた。


(また失敗して、仲間も死んでおめおめと敗走かよ……。こればっかりだな。俺達、そんなに弱いのか?)


 いい加減うんざりしてくる星一郎である。敵との実力差はそれほど感じないが、あと一歩という所で届かない――そんな気がする。同時に、そのあと一歩が物凄く壁になっているようにも感じる。


(あいつら皆裏通りの住人のようだし、戦い慣れてる。経験の差ってことか?)


 自分も幾度となく戦い、それなりに戦いの経験を積んだと思っていたが、それも二ヶ月程前からの話に過ぎない。


「情けないな。笠原に合わせる顔が無い」

 星一郎がぼやく。


「笠原さんは人の失敗をなじるような人じゃないし、平気だよ」

「そういうことを言ってるんじゃない。何を言ってるんだ、お前は」


 慰めているつもりの幸司に、星一郎は呆れながらも微笑む。

 電話がかかってくる。漸浄斎からだ。


『笠原と連絡がつかないんじゃ。あ、それと――』


 この報告が意味する所に、星一郎は嫌な予感しか覚えなかった。


(まさか笠原が……殺された?)


 宇宙人愛好家のグループの中でも、そしてアルラウネの宿主達の中でも、リーダー格として常に大きな存在だった笠原。それが死んだなど、想像しがたい。


「死んだと思うか?」

 星一郎がストレートに尋ねてみる。


『いくら電話入れても出ない時点でのー』

 漸浄斎は言った。


 何か電話に出られないような状態で、生存している可能性もあるが、漸浄斎がこのような電話をわざわざ入れてきた時点で、笠原がただごとではないと感じているからこそなのだろうと、星一郎も察した。


「全面戦争だ。笠原が死んだなら、これからは俺が指揮を取る。それでいいな?」


 覚悟を決めた声だと、後ろで聞いていた幸司は思った。


『構わんぞ。御主が一応うちらの中で一番強いしの。拒む者はおらんじゃろ』

 電話が切れる。


「笠原さん、本当に死んだの?」

「まだ決まったわけじゃないけど……笠原は賭源山にいたはずだ。そこで連絡が途絶えるってことは、どう考えても……」


 不安げに確認してくる幸司に、星一郎は言った。


 ふと、父親の台詞を思い出す。


『いなくなってから後悔したよ。兄はとても優しい人物だったことを思い出したんだよ』


 伯父と笠原が、父と自分が、重なった気がした。


「そうだ……笠原は、いつもリーダー面して偉そうで、いっつも俺のこと子供扱いして、俺を見ては困り顔で厄介者扱いして、説教ばかりしてたし、言い合いばかりしてたから、俺も笠原のことがどうしても苦手で……でも、あいつはちゃんとリーダーしてたじゃないか。皆の嫌がることも自分から進んでやって、自分よりも集団のことを考えて、俺に嫌そうな顔で説教ばかりして……。でも、あいつの言うことがいつも……正しかったし、それは……俺も……わかってて……」


 喋っているうちに、声が震えだし、涙があふれてこぼれ落ちる。


「苦手だったけど……別に俺、あいつのこと……嫌いだったわけじゃなかったんだ。だから……いなくなってからこんな……畜生……」

「星一郎……」


 自分でも知らない間に、いつの間にか立ち止まって泣き崩れていた星一郎の肩に、幸司が手を置いた。


***


 アルラウネが納屋を訪れると、アンジェリーナの姿が無かった。

 すでにハチコーから電話で連絡を受けているので、別段驚くことも無い。


「アンジェリーナは友達だから、アンジェリーナの友達とも戦いたくない」


 ハチコーがアルラウネにきっぱりと言う。


「そうか。そういうことになってしまったか。同じ場所にいるのだから、君の気持ちがそうなることも、ちゃんと考慮すべきだったね。わかった」


 怒った風でもなく、諦めた風でもなく、淡々と喋るアルラウネ。起こった事態も淡々と受け入れたという幹事である。


「いいの?」

「仕方ないさ。私はそんなことを強制するような真似はしない。そういうのは主義ではない」


 アルラウネの言葉に、ハチコーは安堵した。


 その時、アルラウネは険しい顔になってハチコーの横を見たので、ハチコーはぎょっとする。

 強烈な悪意の電磁波を放つそれが、ハチコーに手を伸ばす。


「デビル、何をす――」

「うげええぇぇえいヤあァアああぁぁッ!」


 アルラウネの言葉はハチコーの絶叫によってかき消された。


「そんなことが……できたのか」


 デビルを見て、アルラウネは呻く。デビルが何をしたのか、彼女は理解していた。当のデビルはアルラウネの言葉に反応せず、ただハチコーを見上げている。


「それに加えて、君は……私の想像を絶するおぞましい進化を遂げたようだね」


 デビルを睨みつけ、皮肉げに、そして忌々しげに告げるアルラウネ。それは感心していいほどの驚くべき進化であったが、アルラウネの価値観からすると、とても感心も称賛もする気になれない。


「ううう……殺してやる……誰も彼も皆……嗚呼……憎い憎い憎い……全部憎い……胸がざわつく……」


 ハチコーが呻くと、牙を剥き、泡を吹きながら立ち上がる。全身から怒りと憎悪と苦痛に満ちた邪念が立ち上っているのが、アルラウネには見えた。


 デビルは負の感情を他人から吸い取る事ができる。そのためにアルウラネはハチコーの側にデビルを置き、彼の精神に安らぎを与えていた。しかしデビルが負の感情を他者に注入できるなど、今の今まで知らなかった。


「週末の強い風もじきに止む」


 静かに告げ、アルラウネがハチコーの体にそっと触れると、糸が切れた人形のようにハチコーが崩れ落ちた。

 デビルはそれを見て、いつも自分がいる場所へと戻り、蹲る。


「今度私の言いつけもなしに勝手な事をしたら、廃棄する」


 アルラウネの宣告に、デビルはようやく反応した。真っ黒い顔を上げて、口を開き、中の鮮やかな白い歯列と不自然に真っ赤な舌を見せて、へらへらと笑っていた。

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