第三十九章 16
真、バイパー、みどり、上美の四人は、霧崎研究所を出た時点で、自分達が監視されている事を察し、タクシーを使う予定を改め、電車で現地近くへ向かう事にした。
タクシーで行けばさっさと現地直行できると思えたが、監視されているのなら、あえて敵を誘き出して、少し数を減らしておこうと、真が提案したからである。
電車の中で襲ってきて乗客も巻き添えという最悪の事態も考慮したが、そこまで馬鹿な事はしないだろうと踏んだ。
しかし――それ以前に彼等は、電車のホームで襲ってきた。
「電車内よりはマシだろうが、それでもこんな場所でやるとはね」
現れた男女二人を前にして、バイパーが呆れる。
「やるとは言ってない」
真達四人の前に立ち塞がった女がにやりと笑うと、背を向けて駆け出す。
「逃げた……」
上美が呟く。しかし男の方は残っている。
「しゅーっ!」
離れた場所で女が立ち止まり、線路めがけて手から何かを放つ。放ち続ける。
それは糸の様に見えた。線路に付着して、幾つものの巨大な繭のようなものが張り付く。
「あいつ、僕らの足止めのために、電車を止めて走らせない気か?」
「ふえぇ~。迷惑すぎるやっちゃ。この駅は特急が止まらんし、事故で大量に死人出る可能性もあるぜィ」
真とみどりが言う。
「ようするにこの人達は本命じゃないってこと?」
上美が真を見る。
「そういうことだけど、黙って見てもいられない」
上美の問いに答え、真が銃を抜いて、繭を作っている女めがけて撃つ。
女はそれであっさりと倒れたが、すぐに起き上がる。弾が体外に排出されている。再生能力持ちのようだ。
「戦う気は無くて、堂々と姿を晒しているって事は、こっちもそうなんだろうな。戦闘力は低いが、再生能力有り。つまり、監視と足止めに適した超常の力を持っている」
四人を前にして平然と佇んでいる男を前にして、バイパーはそう判断する。
「お前ら、俺等を足止めしたいんなら、余計なことすんな。特にそこの女、電車を脱線させるような真似し続けるんなら、死ぬまで殺し続けるぞ。完全な不死身なんてねーんだ。地獄の苦痛を味わって死ぬことになるぞ」
バイパーの警告は男の耳にしか届かなかったが、男は携帯電話を取り出して、バイパーに言われた内容を相方の女に伝えたようで、女は糸を吐く行為を止め、線路に吐いた繭を糸状に戻して回収する。
「神沼です。あっちの女は木田。あと二人ほど来るので、それまで待っていただければ助かります」
目の前の男――神沼が、淡々と告げる。
「ふざけた要求だが、無関係な人間を人質にとって、そのふざけた要求を押し切るつもりでいるんだろ? 別に俺達は正義の味方でもないが……まあ、そういうことを無視できないタチでもある」
敵のやり口に、バイパーはかなり腹が立っている。少なくともこの二人だけは絶対に、動けなくするまでひきちぎると、心に決める。今できなくても、戦闘に入ったら徹底的にやると。
「へーい、真兄、バイパー、敵の思惑通りにしていいの?」
「構わないし、そう思わせておく一方で、こちらも待つ間に仕掛けておく。今目の前にいる敵は多分、自力では僕達を殺しきることができない、補助系統の力の持ち主なんだろうしな」
みどりに確認され、真はバーチャフォンに脳波でメールを打ちながら答えた。それを聞いて、バイパーも、真が何を企んでいるのかわからないが、合わせることにする。
「相沢先輩って結構策士タイプなの?」
「うん」
上美に問われ、真は即答する。
「へーい、上美、騙されちゃ駄目だぜィ。真兄って自分では策士気取りでいるけど、迷惑な策ばかり思いついて、味方を振り回すタイプだから~」
「ああ、言われてみればそんな感じだな……」
みどりの言葉に、バイパーは思い当たることがあって、同意した。
「でも結局僕の作戦で上手くいくことの方が多いだろ」
心の中でむっとした顔の自分を思い描く真。
「周りは苦労してるけどォ~? もうちょっと楽できる作戦立てようぜィ」
ベンチに座って楽になりながら、みどりが言った。
それから数分ほどして、星一郎と幸司が液のホームに現れ、神沼と名乗った男と、木田という名の繭吐き女の前に現れる。
「またお前か」
「俺はあんたとまた会えて嬉しいよ?」
星一郎の顔を見て、露骨にうんざりとした表情を作ってみせるバイパーであったが、星一郎の方はにっこりと朗らかな笑みを広げてみせる。
「真、お前あいつの相手してくれ。俺はもう面倒だ」
「わかった」
「あー、それはひどいな」
バイパーに促された真が自分の前に進み出るのを見て、唇を尖らせる星一郎。
「ひどくて結構。敵なんだから」
バイパーが意地悪く笑う。
「銃。今すぐ対処しないと死ぬ」
幸司の声が星一郎のインカムに響く。
「強欲なる王剣!」
真が懐に手を入れると同時に、星一郎が青い光の剣を呼び出した。
セオリー通りに、銃弾を二発、ほぼ同時に撃つ真。二発とも星一郎を狙っている。回避予測先を撃ちもせず、フェイントもまじえていない。早撃ちにより、二発撃ったが、銃声は一発しか響いていない。
青い光の剣が振られた。振る速度が見えず、青い光の残像だけが一つ、見えた。
星一郎が何をしたのか知り、真は戦慄した。光の剣の一振りで真の銃弾二発を同時に切り捨てて防いだのだ。飛来する銃弾を一発斬るだけでも、人間離れした芸当であるが、一振りで二発を斬り捨てるなど、人間離れにさらに拍車がかかっている。
星一郎の手から、青い光の剣が消える。
「青い剣はどうも絶対に近い速度と命中精度で、斬ることができる能力とかだな。だが、連続では使えないんだろう。もしそんな能力を連続で使えるなら、それだけに頼ればいい。で、こいつは能力を一つずつしか使えないとか、そんな制限があると見たね」
「へえ、流石に見抜いたか」
バイパーに指摘されるも、星一郎は楽しげに笑う。
「そりゃ何度も交戦してりゃあな。純子からもお前が戦っている所を聞いたし、それと照らし合わせても、そうとしか思えんわ」
バイパーの指摘はほぼ当たっていた。星一郎の能力は、昔、妄想異能ノートに書いた設定をそのまま反映している。名づけて『使い捨ての七罪道具』。七つの能力のうちの六つは、一度使った能力が消える。残りの五つないし六つを使って一巡するか、一日経過しないと同じものは使えない。
ただし、七つの能力のうち、一つだけは異なる。それは最初から選択できない。他の六つを使いきって初めて選択が可能になるうえに、他の六つとは異なり、一度使って終了という事も無い。自分の意志で消すまで使用できる。
「つまり、もう今のは使えないってわけか」
「左に動いて」
真が呟くのと、幸司が指示を出すのは同時だった。
真が再び銃を撃つ。だが、星一郎は素人同然の動きにも関わらず、真の銃撃をあっさりとかわしてしまった。
(まるで撃つタイミングも撃つ場所もわかっていたような動きだな。予知の力があるとかか?)
星一郎の動きを見て、真はそう勘繰る。
「もういいでしょう? さっさとケリをつけましょう」
神沼が星一郎に声をかける。しばらく一人でやらせてくれと星一郎に言われたので、黙って見ていたが、すぐに見ていられなくなった。
「わかった。仕方ない……」
諦めたように息を吐く星一郎。バイパーと一対一で戦いたかったが、敵も複数であるし、何をしてくるかわからないので、これ以上わがままも言えない。
神沼の動きを注視していた真が、突然転倒した。続いてバイパーが盛大にすっ転んだ。
「何っ!?」
「やばい、バック」
驚きの声をあげる上美の手を取り、みどりが後ろへと下がらせる。他の誰にも見えていないが、みどりにだけは、駅のホームの床が不可視の力で侵蝕されていく様が、はっきりと見えていた。
「範囲外ですか」
距離を取ったみどりと上美を見て、神沼が舌打ちする。
「何だ、こりゃ……うおっ!?」
立ち上がろうとしたバイパーだが、床がつるつるになっており、またもや盛大にすっ転んでしまう。氷の上よりも滑る。立ち上がる事が出来ない。
真も同様の状態だった。立とうとしても滑ってしまい、体を支えることができない。そのうえ銃も滑って、手からすり抜けていってしまった。
神沼は自分を中心とした任意の範囲の足元及び、任意で足元に触れた物の摩擦を、極限まで失くすという能力の持ち主であった。それ故に、真が持つ銃の摩擦も消して、持つ事ができなくした。
「ふわぁ~……こいつは摩擦を消したわけかぁ。これは
みどりが神沼の能力を見抜き、難しい顔になる。オーバーライフの視点から見ても、かなり厄介な能力と映った。心身や、身につけている衣服などに直接影響を及ぼす能力は、
みどりにはわからなかったが、実は神沼の能力は100%完全な摩擦消去というわけでもない。滑って転んで立てない程度に留まるのが、この能力の重要なポイントだ。完全な摩擦消去であれば、摩擦の消えた地帯を延々と滑っていき、摩擦消去範囲外に到達してしまうからである。摩擦が完全に消えれば、そうなってしまう。
「しゅーっ」
糸吐き女の木田が、摩擦消去ゾーンの上に猛スピードで糸を編んだ道を張っていく。道の先には、当然、倒れた真とバイパーがいる。
糸の上をゆっくりと歩いていく星一郎。向かう先はバイパーだ。しかし接近しすぎる事も無い。
「なるほどー、そういう連携かー」
みどりが呟いた。糸の上は摩擦が生じるというわけだ。
木田が銃を抜き、倒れている真へと銃口を向ける。相手は素人だ。しかし真は恐怖した。まともに動けないこの状況では、素人の弾でも避けるのは難しい。
真は殺気を感じた瞬間、体ごと転がって避ける事を考えていたが、摩擦がほとんど消えたこの床の上では、そのための力の加減や調整も難しい。
「あばばばっ、さ、せっ、なあいっ!」
みどりが薙刀の木刀を振るい、薙刀の切っ先だけ転移させ、木田の手を打ち据える。
しかし銃はそのはずみで撃たれていた。少し照準がズレたが、転がって避けようとした真の脇腹を貫く。防弾繊維も貫いていた。
「やべ……少し遅れたっつーか、頭殴っておけばよかったか」
みどりが顔をしかめる。
「バイパー、もうちょっと頑張って、俺と戦ってほしいんだけどな……」
「ああ? 嫌味のつもりかよ」
近づいてから口にした星一郎の台詞に、うつ伏せで倒れたままのバイパーが吐き捨てる。
『三番線、特急電車が通過します。危ないですから、白線の内側にお下がりください』
アナウンスが鳴り、星一郎はあることを思いついた。
「強欲に踊る奴隷商人」
赤黒い鎖が放たれ、バイパーへと伸びていく。
バイパーは懸命に足掻いて避けようとするが、立ち上がろうとした瞬間に、盛大に滑って転ぶ。その倒れたバイパーの首に、鎖が巻きつく。
「摩擦が無いから、簡単だろうね」
星一郎がにやりと笑って呟くと、大きく腕を振り回した。
それなりに体重のあるバイパーの体が、いとも簡単に鎖によって振り回される。
丁度その時、警笛音を鳴らしつつ、特急電車がやってきた。
振り回されたバイパーの体は駅のホームからもはみ出て、通過する特急電車の前方に激突し、盛大に跳ね飛ばされた。
電車と衝突する瞬間、精一杯ガードしたつもりであったが、柔軟かつ頑強な肉体を持つバイパーも、これには深刻なダメージを食らっていた。全身打撲のうえに、あちこちの骨にヒビが入った。
宙を舞うバイパー。摩擦消去の範囲に引き戻さんと、鎖を収束させる星一郎。再び摩擦消去地帯にバイパーが落下すると、鎖が消えた。
「真兄、バイパー……」
目の前で立て続けに二人がやられて、みどりは怒りの炎が自分の中で静かに着火したのを感じ取った。
「摩擦消す奴と糸吐き女は……みどりと上美に任すしかねーが……。その前に俺達、殺されかねねーな……」
わりと危機的状況であることを認めざるえないバイパーだった。立つこともできないし、転がって動くのもままならない。バイパーも一応飛び道具として、体内に長針を仕込んであるので、隙をついてそれをいちかばちかで使うしかないと考えている。しかしもし、それもかわされたとしたら……
「糸の上は摩擦が有るってことは……」
その時、上美が閃いた。この状況を打破する手を。
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