第三十九章 13

 笠原はその日、朝から拠点の一つで事務をこなしていた。


「笠原さん……報告のメール見ました?」


 仲間の一人がやってきて、不安げな顔で声をかける。


「ああ、一人殺されて、君は逃がしてもらったって聞いたけど」

「もしかしたら俺、泳がされていたのかも。尾行されていないか十分に気遣ってはいたし、発信機の類もつけられてないのはチェック済みだけど、それでも何か……嫌な予感がする」


 昨日、バイバーや真達と遭遇した男が言う。


「ここは暫定的な寄り合いの場の一つでしかないし、バレた所で大きな影響は無いけど……それでもしばらくは、ここに人を集めない方がいいかな」


 笠原はそういう決断を下す。それだけで対処としては十分だと思っていた。


(なるほどー、やっぱりこいつがリーダーか~)


 男に憑いたみどりの精神分裂体は、笠原を見て思う。


(あのイルカをさらってどこにやったのか、こいつの心を覗くしかないかな。凄く嫌だけど)


 男から笠原へと移り、その記憶を覗くみどりだが、アンジェリーナの行方はわからなかった。


(ふえぇ~……この人、責任感の強い、いい人なんだなあ。駄目だ。真兄やバイパーには悪いけど、これ以上頭の中覗くのはしんどいわ)


 かつて宗教団体の教祖をしていた時には、散々他人の頭の中を覗いてきたが、本来は他人の頭の中を覗くのは好まない性格のみどりである。肝心の情報さえチェックできたのだから、そこまでに留めておいた。


 しかしアンジェリーナの情報を探っているうちに、笠原が一緒にいたあの老婆に一目置いている事を知った。アンジェリーナをさらったのも彼女であるし、そちらを探った方が早い。

 居場所と名前もわかった。蒼墨弥生子。今は享命会という、発足したての宗教団体に身を寄せている。その宗教団体そのものが、アルラウネのコピーの宿主の集りであり、団体を利用して宿主を増やそうとしているようだという事も。


 みどりが知ったのはそこまでだった。最も肝心な情報――弥生子こそがアルラウネのオリジナルを宿しているという真実は、みどりが途中で心を読む行為を止めてしまったので、知ることができなかった。


***


 夕方。星一郎の部屋で、星一郎と幸司が宇宙人関連の本を読みふけっていると、星一郎にメールが届いた。相手は笠原だ。


「また笠原と組む形になるらしい。しかもあの胡散臭い坊さんまで一緒だってさ」


 げんなりした顔で報告する星一郎。どちらも苦手な人物だ。


「アルラウネのリコピー宿主が三人も集っているらしい。昨日もそうだったけど、敵もこっちの存在に気がついて、固まりだしたんだな」

「俺も行くよ」

「今回は俺だけに来いと御指名だ。幸司は待ってなよ。人殺しも嫌なんだろ」


 名乗り出る幸司にそう言ってから、星一郎はしまったと思った。皮肉ったつもりではなく、気遣ったつもりであるが、例えそうであっても、幸司はこういう言われ方をすると落ち込む、繊細な性格だ。


「俺、空いてる時はなるべく一緒にいて、星一郎を守るって言っただろ」

「気持ちはありがたいけど、向こうには考えがあって三人指名しているんだろうからさ」


 まるで捨てられる前の仔犬のような眼差しで見つめてくる幸司だが、星一郎はやんわりと断る。正直言うと、幸司のこういう所は、昔から少し鬱陶しいと感じている。


(男らしくないというか、俺に依存しすぎだよ、幸司)


 そう思っていても、それを口にするとまた傷ついて塞ぎこむので、言うこともできない。


「ここから近い場所だ。自転車でひとっぱしり行ってくるよ」

「気をつけて……」


 沈んでいる幸司を尻目に、星一郎は部屋を出ていった。


***


 夕方、享命会の本拠地にもなっている蒼墨弥生子の家へと、真、みどり、上美の三名で赴いた。

 今回は目的が偵察であるため、バイパーはアルラウネを宿しているので不向きという事で、待機してもらい、この三名で来た次第である。なお、累は今日、闇の安息所の方に出かけている。


「純姉が例の化け物マウスをようやく稼動させたってさァ。今丁度アルラウネ持ちを誘き寄せたから、戦闘おっぱじめるって」

「虹森夕月か……。あいつに渡したのは失敗だったな」


 みどりの報告を聞いて、真は頭の中で渋面になった自分を思い浮かべる。


 真からマウスの贈り物ということで、純子はすっかり気をよくして気合いを入れまくり、夕月を何日にもわたって改造し続けた結果、ひどい化け物にしてしまった。それが夕月本人の望みであったというが、それでも抵抗を感じるし、馬鹿なことをしてしまったと今更思う。


 三人は入信希望者を装って、家の中に堂々と入る目論見であるが、家主である蒼墨弥生子や、三人と面識のあるアルラウネの宿主に会ってしまえば、オシャカになってしまう。あるいは裏通りの住人がいても、真が有名なので、かなり怪しまれる。


『どちらさま?』

「へーい、すみまっせーん、享命会の入信希望者ですが~」


 呼び鈴を押し、みどりが軽い声で挨拶する。


『みどりじゃないか……』

「ふわっ?」


 相手が呆れ気味の声で、みどりの名を口にしたので、みどりは思わず上ずった声をあげる。


『俺だよ。オレオレ。克彦』

「ふわぁっ?」

「そういや犬飼が、プルトニウム・ダンディーに調査依頼させてた」


 驚くみどりに、真が教える。


「ちょっと……調べたいことがあってここに来たんだけどさァ、克彦の権限でみどり達を上がらせてもらえね? 知り合いの体験入信つーことで」

『わかった』

『いや、駄目だよ、克彦兄ちゃん。みどりは鬱陶しいから却下』


 克彦が了承した矢先、ぴしゃりと拒否する声が響く。


「おいィ? その声は来夢っ。こんにゃろー、そりゃどういう意味じゃ~っ」

 みどりが噛みつく。


『冗談だよ。ひょっとして真に受けたの? 入っていいよ。ていうか迎えに行くよ』


 笑い声で言う来夢に、みどりもつられて微笑みをこぼしていた。


「来夢と克彦がいたのは好都合だったな。僕達がここに入れるというだけではなくて、ついでに動向を探ってもらうこともできる」

「だねえ」


 真が言い、みどりが同意すると、庭の門が開く。

 玄関まで行くと、来夢と克彦が出迎えた。


「へーい、お出迎えくるしゅうないっ」


 みどりが片手を上げて、挨拶する。


「そっちのみどりより可愛い子は?」

「えっ?」

「上っ等ッ、今日の来夢はやたらとみどりに絡むけど、喧嘩売りたいわけ~?」


 やたら美少年な年下っぽい男子から、面と向かって可愛いと言われて、上美は上ずった声をあげ、みどりは不敵な笑みを浮かべて拳を鳴らす。


「この子の身内が、ここにいる奴にさらわれた。さらった奴の名は、ここの家主である蒼墨弥生子」

「あの弥生子さんが?」

「弥生子さんもあっち側ってこと? 漸浄斎さん達の接し方を見た限り、違うような気もするけど……」


 真が口にした名に、克彦と来夢は驚く。


「とりあえず家の中を探らせてくれ。隠し部屋とかがあって、そこに監禁されている可能性もある」

「真兄、精神分裂体を飛ばしたけど、隠し部屋は無いよォ~。でも精神分裂体だと、細かい所は調べられないから、直に調べる必要あるけどね。あの婆さんの部屋とかに何かあるかもしれないから、そこを調べたいわ」

「わかった。今弥生子さんはいないし、ここの教祖も出かけているから、さくっと調べて」


 真とみどりに要求され、来夢が弥生子の部屋へと案内する。


 手分けして本棚やタンス、押入れ、さらには仏壇も調べてみる。


 みどりはサイコメトリーの術を試みる。物に宿った残留思念の記憶を読み取る術であるが、あまり古い過去まで遡って、物に宿る記憶を読むことはできない。一週間くらいまでしか読めない事もあれば、最長で一ヶ月程度までの記憶を見ることもできる。


「これは?」

 上美がテレビの下の棚から、奇妙なものを取り出した。


「こんなのを……こんな場所に入れておく物?」

 それは少し汚れ跡の残る軍手だった。


「どーれどれみどりに見せてみんしゃーい。むむむ……」


 みどりが上美から軍手を預かり、術をかける。

 納屋での作業風景が見える。あの老婆が納屋の中に新鮮な藁を敷き詰めている。そして誰かを手招きしている。


 二人の異形が、老婆に近づいた。真っ黒い肌の少年と、全身毛むくじゃらの犬顔の巨漢。

 異形のうち、獣人めいた巨漢はこんもりと敷き詰められた藁の上で寝転がる。黒い少年は柱に背を預けて蹲る。


 老婆が古い藁を納屋の外へ持っていく。納屋の外には、イルカの体に人間の手足が生えた例のあれが、ロープで拘束されて寝ている。


 古い藁を処理し終えた老婆は、イルカを納屋の中へと持っていく。そこで映像は途切れた。


「うーん……アンジェリーナ発見……」

「本当に!?」


 みどりの報告に、思わず大声をあげる上美。


「でもこれどこだろ? 周囲が田畑で納屋のある場所としかわらかない。周囲の風景も覚えたけど、これだけじゃあねえ~……。そんなに離れた場所とは思えんし、安楽市内だとは思うけどさァ」

「ググーレのストリートビューで調べてみるってのはどうだ?」


 真が提案すると、みどりはおもいっきり顔をしかめた。


「いくら安楽市内に限定できるからって、それ、超大変だよォ~。第一、あれって基本的には道路沿いの風景だし、道から少し離れていると……でもまあやってみるかあ。帰ったらね」

「周囲が田畑って事でも、航空写真から判断して、ある程度絞りこめそうだろう」

「確かに……」


 真に言われ、みどりも納得した。


 他にも手がかりが無いか探したが、めぼしいものは見当たらなかった。サイコメトリーもあれこれかけてみたが、手がかりとなりそうなのは、先程の軍手だけだった。

 一通り捜査を追え、一向が部屋を出たその時であった。


「お前……」


 廊下を歩いてきた、顔の半分が傷で覆われた小太りの中年男が、真の顔を見て、一つしかない目を剥いた。

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