第三十九章 12
裏通りの住人と思しきアルラウネ持ちは、背中から、先が刃状になった翼のようなものを六枚生やし、バイパーに近接戦闘を挑んだ。
様々な角度から、高速で刃の翼が振るわれる。ただの刃なら、斬られた所で大したことはない強度の体を持つバイパーであるが、斬られて何かしらの超常の力が作用する危険性も考え、全て回避する。
バイパーが大きく飛びのく。それとほぼ同時に、バイパーの背後に現れた真が銃を撃つ。
刃翼のアルラウネ持ちの喉を銃弾が貫く。それであっさりと勝負は決まった。
「はわわわ……」
自分より強くて頼りになる相方が簡単に殺される様を見て、残った一人が恐怖のあまり尻餅をついてしまう。表通りの住人でもあるので、そこで踏ん張る気力など無かった。
戦意を失ってへこたれている生き残りから情報を聞き出し、その後逃がしてやる。大した情報は聞けなかったし、あまり突っ込んでも聞かなかった。
「電話の中味を見なくてよかったのか? それにもっと聞くべきことがあっただろうに」
バイパーが真に確認する。電話帳や履歴から、仲間の情報を見ることができたはずだというニュアンスで。
「そうすると逃がした奴が警戒して、動きが狭まる可能性もある。奴等のアジトや、直接会った仲間の情報を得る方が大きい。見なかったことを逆に警戒されるかもしれないけど、表通りの素人だから、そこまで頭が回らない方に賭けよう」
「なるほど」
真の考えを聞いて、バイパーは納得した素振りを見せたが、バイパーの考えとしては、電話の中味から得られる情報の方が、大きいように思える。もう真が実行してしまったので、口にしても仕方がないとして、黙っていたが。
「ねね、相沢先輩は、表通りの人が裏通りの人より、頭が悪いっていう考えなの?」
上美が好奇心で質問する。
「頭の使い所の違いだ。警戒する場所、配慮する場所が、職種によっても違ってくるものだろ。体だってそうだ。スポーツ選手を農家に連れていって農作業をさせたら、普段使ってない筋肉を酷使して、一日でダウンして翌日は動けなくなったという話もある。農家の七十代の婆さんは毎日平然とこなす作業でな」
「おー、なるほどね。農作業の例えで理解できた」
真の説明を受け、感心する上美。
「これで任務完了か」
「逃がした奴が他と接触して、芋づる式に出来ればいいね~」
「僕、何もしてないんですけど……」
「それは私もそうだし……」
「まあ人手が欲しい局面も今後あるかもしれない。今回は違ったけどな」
バイパー、みどり、累、上美、真がそれぞれ言った。
「ねね、相沢先輩……ちょっと……」
歩き出そうとする真を上美が呼びとめ、他の三名から少し離れる。
「何ですか、あの子は……」
「御先祖様、いちいち過剰反応しなーい」
半眼になる累をみどりがたしなめる。
「相沢先輩、あっさりと人殺したけど……もう何人も殺してるんだよね?」
言いづらそうに質問する上美が、何を言いたいのは真には何となく察することが出来た。
「間違いなく三桁は殺してるけど、四桁は多分いってない。お前は……人を殺して悩んでいるのか?」
「うわ、そんなこともわかるんだ。うん……一人だけだし、正当防衛だったけど、たまに夢にも見る」
「僕も殺した時のことを夢に見ることは、しょっちゅうだよ。それを悩みはしないし、苦痛と感じたこともないけど、心の奥底では……違うのかもな。似たような話はよく聞く」
意図的に優しい声を出すよう努める真。
「目を背けようとするより、逃れられない十字架として、ちゃんと背負う覚悟を決めた方が楽なるかもしれないぞ」
「うん……私、師匠でもある曽お婆ちゃんに言われちゃったんだよね。上野原流古武術を継ぐ者は、呪われた宿命があるって。どうしても人を殺し続ける道は避けられないって、まだ小さい頃に言われて、それがずっと頭にこびりついてた。実際に殺す前にもそれを思い出していたし……」
上美が何を恐れ、何を訴え、何を求めているのか、上美がはっきりと口にせず、回りくどい言い方をしても、真には何から何までわかってしまった。
「お前は今でこそ表通りの者だろうけど、多分……こっち側の人間なんだと思う。僕には大体わかってしまう。無理に普通を求めようとしない方がいいかもな。呪いだなんて思わず、宿命を受け入れた方がいい。多分……それを嫌がることは無いだろうしさ。今のお前は、自分が普通でない領域に足を踏み入れていくと、予感しているんだろう?」
「何でそこまでわかるの?」
自分が上手に言い出せずに逡巡していたことも、全て見抜かれて先回りして言われ、上美は驚いていた。
「あ、ひょっとして相沢先輩がそうだったから?」
「そうであるような、ないような……。僕は表通りにいた時、自分がまともな人間になれるかどうかをずっと悩んでいた。どうもそうはなれない予感がしていたし。でも本心では、普通になりたがっていた。そういう性質じゃなかったし、それは無理な話だったけどな。で、お前が僕と同族なのは、側にいるだけでわかってしまうし、似たような悩みを抱いているんじゃないかと思って」
「そっかー……私、これからも殺し続けていくのかな?」
「考えない方がいい。僕もそんなことわざわざ意識しない。それで人間性が消えるわけでもない。人を殺したからって、心を失くした怪物になるわけでもない。変に意識すると苦しいだけではなく、それで選択を誤ることもある」
「選択を誤る?」
「殺すべき時、殺すべき相手を殺さなかったことで、大事なものを失いかねないってこと。そういう奴は見たことがある。でもお前は大丈夫そうな気もするけどな。何となく」
「そっかー。話聞いてくれてありがと、相沢先輩。流石はあの傍若無人な雲塚先輩が尊敬するだけあるよ」
「ちょっと嫌な褒められ方だな」
溌剌とした笑顔を見せて礼を述べる上美に、真も無意識のうちに自然と微笑がこぼれていた。
***
その日、星一郎と幸司は安楽市民球場に訪れていた。球場では、享命会の客寄せイベントが行われている。
こんな目立つことをしているとなれば、漸浄斎を狙う敵も現れるのではないかと、笠原が危惧し、二人を護衛役に差し向けたのである。
『今の人生を楽しんでいるかーっ!? 生き甲斐が欲しいかーっ!? 新しい世界へと行きたくはないかーっ!?』
漸浄斎が現れ、ノリノリで喚きたてる姿を、椅子に座らず会場の後方で佇みながら、星一郎は冷めた眼差しで眺めている。
星一郎は漸浄斎が苦手だった。笠原とはまた異なる部分で、鬱陶しさを感じる。あの笑い声も耳障りだ。
ただ、漸浄斎が口にしたある台詞が、星一郎の心に響き、かつ焼きついていた。
『どんな人間にも厚みがあると、拙僧は信じるよ』
彼は星一郎の前でそう言っていた。
その時間までに生きて感じてきた厚みの塊。それが人。そんな当たり前のことさえ、星一郎は目を向けていなかったし、意識していなかった。星一郎が、自分の親しい者以外は、他人をゲームのNPC程度にしか見ていないことを見抜いたかのように、漸浄斎はそんな台詞を口にした。
あの台詞を聞いた時を境に、星一郎は他者への意識が変わった。
『おお、よくぞ聞いてくれた! ズバリ! 皆で楽しくワイワイ! 日々ニコニコじゃ!』
教団の活動内容を問われ、自信満々に嬉しそうに答える漸浄斎に、会場の空気が重くなる。
「理想の世界だよね」
シラけた空気が流れる中、しかし幸司は過去を思い起こしながら、物憂げな顔で呟いた。
「たったそれだけで世界は救われるし、皆幸せになれる。でもたったそれだけのことが実現できない」
「この世を神様が作ったとしたなら、神様的にはそんな世界、退屈でつまらなかったんだろう。悪が蔓延る世の中の方が面白い。加えて人間達も神様を崇めるようになって、神様もいい気になれるし、一石二鳥だ」
幸司の台詞を聞いて、星一郎が皮肉げに言う。
「神様にとってつまらない世界なら、それはきっと人間にとってもつまらない。きっと週末も風が吹かない」
そう言ったのは幸司でも星一郎でもなかった。いつの間にか側にやってきた弥生子だ。
「神様はつまらない世界を面白くする可能性と喜びを、人に与えた。舞台を与えたのよ」
「俺はたまたまその喜びを掴んだから幸せだけど、世の中そうでない人間のほうが圧倒的多数だよ」
弥生子の台詞が酷い綺麗事のように聞こえ、星一郎は虚しげに言った。
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