第三十九章 11

 翌日、真、バイパー、みどり、累、上美の五人で、早速さらわれたアンジェリーナを探しに出かけた。

 情報屋や情報組織にも幾つか依頼してあるが、自分達でも探した方が効果的と見なした。そのための方法もある。


「体内にアルラウネがあるバイパーに囮になってもらって、アルラウネ狩りが来たら殺さず捕獲して、情報を出来るだけ引き出す。そして累かみどりにマーキングしてもらったうえで逃がす」


 と、真が立てた作戦に乗る事になったのである。


「ふわぁぁ~、マーキングって呼び方嫌だな~。犬じゃないんだから」

「動物全般の縄張り主張行為ですけどね」


 みどりと累が揃って嫌そうな顔になる。


「ていうか御先祖様は想像しなかったわけ? 今の真兄の台詞聞いて、あたしと御先祖様がマーキングしている姿!」

「しましたよ。もちろん」

「そこで、しないとは言わず、したと堂々と断言する所が御先祖様らしいわ~」


 そんなこんなで、五人は街中をぶらぶらと歩き、アルラウネ狩りがかかるのを待っていた。


「オイコラー、お前ら」


 と、五人に声をかける男がいた。裏通り課の刑事、梅津光器だ。


「お、梅津じゃん」

「ヘーイ、禿のおっさん刑事じゃん。元気してたー?」


 バイパーが微笑み、みどりがにかっと笑って手を上げる。


「まだハゲてねーから。バイパーもいるってことは、どうせアルラウネ絡みだろ。聞きたい事があるんだ。うちの河西について知らないか?」

「俺の身内がこの前、助けてもらったぞ。直接は会ってないから知らんが」


 梅津の質問に、バイパーが答えた。


「バイパー以外は小学生だらけとか、お前が人さらいに誤解されそうだな。表通りっぽい子もいるし」


 梅津が上美を見る。


「私中一ですけど」

「僕も中二までは通ってたし、そこから年齢止まってるみたいだぞ」


 上美と真が主張する。


「そうか。でも背低いから私服だとな……。真は制服だから何とか」

「人の身体的特徴をとやかく言える立場かよ、この禿は」

「だから俺はまだハゲてないっての。ハゲかけてるだけだっ。大きな違いだっ」


 突っ込むバイパーに、梅津がむきになって主張した。


「そう言えば……河西と同じ能力だって聞いたな……」


 みどりとバイパーから聞いた報告では、アンジェリーナがさらわれた際、床や壁をすりぬける力の持ち主がいたということを、真は思い出す。


「心当たり有りか」

 真の言葉に、梅津が目を細める。


「多分最悪の想像通りになっている。殺されて、体内のアルラウネのリコピーをほじくられて、能力を吸収って所だろう。つまり、そのために奴等はアルラウネを集めているわけか」


 さらに続けて話した真の内容に、梅津はそのまま目を閉じて、手で眉間を押さえた。


「狙われているアルラウネ持ちのマウス達――河西はそいつらを守るために奔走していた」


 梅津が静かに告げる。


「もう大半が避難済みだ。霧崎の所にな。雪岡も一緒にいる」

「それなら安心だな。あとは犯人ホシ一味をブチ殺すだけだな」


 真の報告を聞き、河西の仇を取るという意味合いを込めて、梅津は言った。


「私の家族がさらわれてしまったんです」


 相手が警察とあって、上美が訴える。


「さらわれた? アルラウネ持ちならもう……」


 相手が表通りの女の子なので、言いづらそうに顔をしかめる梅津。


「さらわれたイルカは特殊らしくて、研究目的で殺されてはいないかもしれない」

「イルカ?」


 真の言葉を聞いて、梅津は怪訝な顔になる。


「イルカに人の手足が生えて、『ジャップ』としか喋れないのがいたら、それはこの子の身内です。助けるように警察内で伝達してください」

「あ、そいつの噂は聞いたことあるな……。安楽市内でよく子供達と遊んでいる、イルカ人間の話」


 累の説明と要求を受け、梅津は思い出した。


「了解した。じゃあ、こっちはこっちで動くから、何かあったらすぐに俺の所に連絡しろよ」


 梅津が去り、五人は再び敵の出現を待って繁華街をぶらつきだした。


***


 アンジェリーナは生きたまま解剖される事も覚悟していたが、苦痛を伴う行為は一切されなかった。弥生子――アルラウネは超常の力を持って、アンジェリーナの体内を透視して調べていた。

 老婆が出て行った後、アンジェリーナは納屋の中に監禁された状態となった。そして横にいる、ハチコーという名の巨大な獣人が目を覚ました。


「何だい? イルカ?」


 犬と人が混ざったような毛むくじゃらの巨体を揺らし、ハチコーはアンジェリーナを見て驚く。


「ジャップ……」


 相手が言葉を発したのと、自分を見て人並のリアクションをしたので、交流も図れるかもしれないと考えたアンジェリーナは、恐る恐る片手を小さく上げて、声をかけてみる。

 ちなみにデビルと呼ばれた真っ黒い少年は、いくら声をかけても反応が無かった。じっとうずくまったままだ。


「んー……ジャップとか言われてもなー……」

「ジャップジャプジャップジャップ~」


 ハチコーが不機嫌そうな声を出したので、アンジェリーナは自分の口を指して、ジャップ連呼する。自分がジャップとしか喋れないということを、ボディーランゲージで表したつもりだった。


「何者かわからないし、聞いてもそれしか喋れないみたいだし、そもそもこっちの言葉も通じてるかわからないな」

「ジャップ」


 ハチコーの言葉に、アンジェリーナはかぶりを振り、耳に当たる部分を指して、さらにハチコーの口を指す。


「なるるる、言葉は理解できていると言いたいんだね」

「ジャップッ」


 ボディーランゲージが通じたことを喜び、アンジェリーナは何度もうんうんと頷く。


「君もあのお婆さんに取りついた人外に、改造されたのかな?」

「ジャップジャップ」


 ハチコーの質問に、首を横に振るアンジェリーナ。


「じゃあ君は何者なの?」

「ジャ~っプ……」


 ハチコーの質問に、腕組みしてうなだれるアンジェリーナ。流石にこの質問は、ボディーランゲージだけで答えるのは難しい――という意味を伝えようとしたボディーランゲージであった。


「なるほど、自分でもわからないのか」

「ジャップップ」


 しかし間違えて伝わったようなので、アンジェリーナは顔の前でぱたぱたと手を振る。


「ふむ。自分が何者であるかはわかっているけど、伝えようがないってことか」

「ジャーップ」


 ハチコーが理解したので、正解だというニュアンスで、親指を立ててみせるアンジェリーナ。


「不思議だね。イルカなのに笑ってるのがわかる。まあ、イルカって元々いつも笑ってるみたいな愛嬌ある可愛い顔だけどね」

「ジャップジャップっ」


 大好きなイルカを褒められたことで、アンジェリーナは上機嫌になる。


「ジャップ」


 アンジェリーナがハチコーを指し、さらに自分の口元に手を持っていき、さらに自分を指す。


「んーと……何を言いたいんだろう。ああ、わかった。僕のことを喋ってくれって言いたいんだね?」

「ジャーップ」


 ハチコーが一発で正解したことを称え、アンジェリーナは両手を軽く上げて親指を立てた。


「僕は……こう見えても人間だった」

「ジャップジャップ」


 自分を指して何度も頷くアンジェリーナ。


「え? 君も?」

「ジャップ~」


 ハチコーの言葉に対し、アンジェリーナは両手で輪を作って掌の先を頭につけるという、お気に入りポーズを取る。


「僕はね……唯一人の友達だった犬のハチと、一つになって今の姿になった。僕は……」


 そこでハチコーは言葉を詰まらせる。


「ごめん……口で話すのは辛い。最底辺で……苦しみばかりの人生を生きていたから……」

「ジャップ……」


 声のトーンを落として告げるハチコーの体、アンジェリーナはそっと触れて首を横に振ってみせる。その仕草を見て、ハチコーは安堵の笑みを浮かべた。犬の顔でも確かに笑っているのが、アンジェリーナにはわかった。


***


 五人でぞろぞろ歩いているのもどうかと思い、バイパーだけ離れて歩き、残り四名は少し離れた位置で歩くことになった。


「がきんちょ共から解放されて嬉しいわ」

「そのガキンチョ共だろうと、集団で固まってくっついていたら、いろいろな理由で、狙う側も狙いにくいだろうからな。襲ってくるアルラウネ持ちは、表通りなメンタルの奴が多いようだし」


 冗談めかすバイパーに、真は真面目に述べる。


 人通りが乏しい市街地を歩くこと一時間半。襲撃者が現れる。

 その数は二名。そのうち一人はバイパーを見て、不自然なほど慄いている。


「おや? 片方は裏通りみたいだな」


 自分を見て恐怖している方に、バイパーは声をかける。自分のことを知っているらしいというだけではなく、雰囲気だけでも裏通りとわかる。


「タブーを討ち取った者として、名を上げるチャンスだぞ。びびってないで来いよ」

「ついでに雪岡純子の殺人人形を討ち取った者という称号も、狙ってみたらどうだ?」


 挑発するバイパーの後ろに、真も現れる。


「う~ん、敵が気の毒だわさ、こりゃ」


 離れた所で待機したまま、歯を見せて笑うみどり。すでに襲撃者二人の精神に、自分の精神分裂体を潜りこませてある。

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