第三十九章 6
あの時、賭源山にいた七人全てが、アルラウネを身に宿すことを望んだ。
「アルラウネの宿主をもっと増やしてくれ。それが俺の望みだ」
宇宙人と会うという目的はかなった。とうとうかなってしまった。しかし宇宙人の文明には触れられなかった。代わりに異能に触れることはできた。
そうなると次の望みが、星一郎の中で膨れ上がった。
「それは私達の望みでもある。しかし、君が増やすというのは……流石に無理だ。それは現在の所、オリジナルの私か、コピーを持ち出した技術者達にしかできない。彼等が作るのは知性無きリコピーだけどね」
アルラウネは少し驚いたような表情で、星一郎を見ながら言った。
「例えば……そうだな。研究者達が行おうとしていた、アルラウネの第二世代の遺伝が実現すれば、増やせるかもしれない」
「何だ、それ?」
笠原が尋ねる。
「私が研究所で人間の科学者達に協力していた頃、アルラウネを寄生させた宿主に子を産ませ、アルラウネの特性を引き継がせるという、第二世代を作る研究も行われていたんだよ。全て失敗したけどね」
アルラウネが微苦笑を浮かべて答えた。
「君は何でそんなことを望むのか、聞いてもいいかな?」
アルラウネの問いに、星一郎は躊躇った。この場で――皆の前で話すのは少々恥ずかしい。
しかし覚悟を決め、淀みない口調で星一郎は語った。
「俺は今の社会が嫌いだ。そして同じような人はきっといっぱいいると思う。現実が嫌で、妄想の中に逃避している人間。それは皆俺の同志みたいなもんだって、俺は勝手に思っている。だからそういう奴等に、片っ端に力を与えて特別にしてやりたい」
星一郎の望みを聞き、その場にいた者の何人かは、胸が熱くなっていた。一方、笠原は露骨に渋い顔になっている。
「妄想の強い人間とアルラウネは相性がいい。生物の身に進化をもたらすのは強い願望であり、欲求であり、想像力であり、妄想だ。強い意志の力が必要だ。目の付け所がいいね、君は」
アルラウネに褒められ、星一郎は気をよくする。
「そして君は特に強い想像力を感じる。君は相当強い力を身につけられるだろう」
そのうえ、確信を持ってそう告げられ、星一郎はかつてないほど胸のときめきを覚えた。憧れの宇宙人に認められ、才能の保障までされたのだ。嬉しくないわけがない。
星一郎がちらりと笠原を一瞥すると、露骨に面白くなさそうな顔をしている。それを見て星一郎は、勝ち誇ったようににやりと笑う。
笠原は何か言いたそうにしていたが、苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いた。どうせまた年配者ぶって説教をしたかったのだろうと、星一郎は思う。
アルラウネの量産が不可能であれば、星一郎はどんな力を得ようか、すでに決めてある。子供の頃に書き綴った妄想ノートに、それは記されている。
***
ホテルに借りた会議室に、星一郎は一番遅れて到着した。
「遅い。もう話し合いは始まってる」
笠原が苛立たしげに注意してくる。しかし星一郎は平然と無視する。
室内を見渡すと、二十人以上の男女が長いテーブルに向かって座っている。宇宙人UFO愛好グループ関係の昔から知っている顔もあれば、アルラウネの宿主となってからの知り合いもいるし、初めて見る顔もある。
手前の席にいるボロボロの僧衣を着たギョロ目の初老の男と、顔の半分が大きな傷痕で占められている片目の人相の悪い中年男。この二人は、星一郎がアルウラネと契約した後に知り合った者だが、その目立つ外見故に、すぐに覚えた。
この二人は見た目だけではなく、アルラウネによって得た能力も相当な強さで、何人もの宿主を殺してリコピーを奪っているため、この集団の中では一目置かれている。
「そんなわけで、薬仏市は今来た馳を投入してもなお無理だった。しかも馳一人じゃない。三人がかりで一人殺され、二人は命からがら逃げて――」
「ちょっとさあ、勝手に話作らないでくれよ。俺は怖気づいて逃げたわけでもなければ、負けそうになったから逃げたわけでもない。警察が来たから仕方なく逃げたんだ」
笠原の話を聞いて、星一郎は不機嫌そうに口を挟んで主張した。
「カッカッカッ、しかし警察には怖気づいたし、かなわんと思ったんじゃろーが」
初老の僧――電々院漸浄斎が揶揄した。
「じゃああんたが俺と同じシチュだったら、大人しく警察に捕まってたわけか。流石お坊さんだ」
「カカカ、一本とられたの」
星一郎の返しに、漸浄斎は自分のおでこをぺしっと叩いて笑う。
「話を途中で遮らんでくれ」
「じゃあ遮りたくなる表現をやめてくれ」
気だるそうな顔になって注意する笠原に、星一郎は笑いながら言い、パイプ椅子を引きずってテーブルから離れた場所で、腰を下ろした。
「協調性の無さを強調しなくてもいいだろうに。全く……」
渋面でぼやき、笠原は話を続ける。
「で、安楽市内のリコピー宿主も、自分達が狩られている事に気がついて、身を隠すようになったり、何人かでつるんだりと、それぞれ自衛の構えを見せていて、今までよりリコピーの収集が困難になりつつある。こちらも単独での行動は控え、襲撃する際は二人以上で臨むように。リコピー宿主を見つけたらすぐに報告してくれ。もちろん野良コピー宿主でも同じ対処だ」
(多対多ならいいけど、二対一とか、そういうのは何かダサいというか、心が痛むというか……。でもこれを口にすると、また嫌な顔されるんだろうな)
笠原の話を聞いて、星一郎はこっそりと溜息をつく。
「それと、昨日殺された鈴木という男が、殺される前に電話をくれて、貴重な情報をくれた。アルラウネの第二世代らしい子その親とイルカを見つけたというんだ」
「イルカって何だよ……」
笠原の話を聞いて、漸浄斎の隣にいる佐胸が突っ込む。
「わからない。その後、隠れていることがバレて、アルラウネ持ちの安楽警察署の裏通り課の刑事に殺されてしまった」
「裏通り課は不味いぞ。問答無用で犯罪者と見なした者を殺す。手出しをしない方がいい」
裏通りの住人である佐胸が警告する。
「しかしアルラウネオリジナルからは、その子を是非とも確保するようにとのお達しだ。警察が常時守っているかどうかは不明だがな」
と、笠原。
「子供は何歳くらい?」
星一郎が尋ねる。
「そこまでは知らないな……」
細部まで聞いている余裕は無かった。映像も届けられていない。笠原が知っているのは居場所だけである。
「いくらアルラウネの命令だからって、子供まで殺すのは勘弁だね」
星一郎が機先を制するように言った。
「お前も子供だろ。それに殺すとは言ってない。確保だ。それにもう我々は、何人も罪の無い者を手にかけている」
「罪はあるんだろ? アルラウネを入れてるような奴等は、マッドサイエンティストと怪しい取引したわけだし」
「お前はそういうことにして、わざと汚いものを見ないよう、良心を麻痺させているわけか?」
「殺したくない相手と判断したら、今でも殺すのはやめるさ。だから子供まで殺したくない」
「これこれ、いつまで不毛な言い合いをしとるんじゃい。話を進めい」
笠原と星一郎の言い合いに、漸浄斎が割って入る。
「とにかく、オリジナルは第二世代に興味津々ってこと。アルラウネの宿主が子供を作っても、その子供にアルラウネは遺伝しないらしいんだ」
ふと、星一郎はアルラウネと出会った時の事を思い出した。あの時アルラウネ自身からその話は聞いていた。
アルラウネは自分のコピーを増やせる。人間の間での確実な遺伝が可能ならば、世界中にアルラウネを宿した人間で溢れ返らせることもできるのではないかと、そんなことも夢見てしまう。
それこそ星一郎の望みだ。誰も彼も超常の力を持つカオスな世界。それならきっと、このつまらない現実社会もブチ壊してくれると、星一郎は信じていた。
(でも子供をさらうとか、やっぱり俺は受け付けないな……感情的に駄目だから仕方がない)
今まで殺しているのは悪人だからと、相手のこともろくに知らずに自分に言い聞かせてきたから、殺すこともできた。実際悪人もいたので、その考えは間違っていないと思い込める。だが相手が明らかな弱者や善人とわかってしまえば、手は出せない。
「馳、お前――」
「お断りだ。子供をさらっても何とも思わない屑にやらせてくれ」
笠原が名指しで指名しかけたが、言う前に強い口調で星一郎は断った。
「だからさー、お前はもう少し発言気をつけろって。いちいち刺のある言葉遣いをして、周囲に不快にしても、何とも思わないのか?」
「う……」
いつもの笠原とは違って、懇願するように眉をへの字にして諭されて、星一郎はバツの悪さを覚える。
「悪かったよ。でもやっぱり俺は嫌だよ」
「わかったよ」
こいつが来ると一体何度溜息をつかされるんだと思いつつ、笠原は本日何度目かの溜息をついた。
***
夕方、星一郎が帰宅すると、父親の
権宗とは血の繋がりこそないが、物心つく頃からすでに父親であったため、星一郎はそんなことは意識せずに父親として接しているし、権宗も息子として接している。
「最近また夜の外出が増えたなあ」
「今日は早かっただろ。そりゃUFO追ってるんだから仕方ないよ」
あまり感心しないというニュアンスを込めて言う父に、星一郎は笑顔であっさりとした答えを返す。父権宗も、息子の宇宙人UFOマニアっぷりは存じていた。
以前は星一郎が学校にも行かなくなり、おかしな趣味に熱をあげていることを頭ごなしに否定し、親子で散々いがみあっていたものだ。しかしある時を境に、権宗は星一郎を叱ることもなく、息子のしている事に理解を示した。それからはいがみ合うこともなく、普通に会話し、笑いあえるようになった。
「ここは暗黒都市の安楽市なんだぞ。夜は危険だから、本当に気をつけろよ。銃の音がしたら、すぐに物陰に身を潜めるように。走って逃げるのは駄目だぞ」
「わかってるって。安楽市にいたら、幼稚園の頃から散々習うことだよ」
「お前、何か嘘をついてるな……」
ぽつりとこぼした父の言葉に、星一郎の心臓が一瞬大きくはねあがった。
「まあいいけどな。くれぐれも危ない道に足を……」
「どうしたの?」
父親が言葉途中に顔色が悪くなったので、星一郎は訝る。
「ちょっと……思い出しただけだよ。俺の兄さんのことを……」
権宗は悲哀に満ちた表情となって言った。
星一郎に父が理解を示し、何をしてもとやかく言わなくなったのは、伯父の失踪が原因だった。星一郎の伯父は四十代を越えた引きこもりニートで、自分を小さな女の子だと言い張る超絶変人だった。喋る時もモロに幼女口調で、計り知れないキモさ全開の人物だった。
それ故に、親兄弟親族からも鼻つまみ者だったが、ある時『いろいろ迷惑かけてごめんなさい。さようなら』と置手紙を残して蒸発したのである。
星一郎も何度か会った事がある。確かにキモいが、星一郎は伯父のことを嫌うことができなかった。むしろ好感さえ抱いていた。死ぬほどキモいし、社会不適応者であるが、断じて悪い人間ではない。それどころか側にいるだけで気持ちが落ち着く、とても優しい性格の人だった。
「いなくなってから……後悔したよ。兄は凄く優しい人だったことを思い出したんだよ。子供の頃もいつも俺に明るく優しく接してくれて、いっぱい遊んでくれて、小さい頃は、俺は兄さんが大好きだったことを、いなくなってから思い出したんだ」
その後悔と悲しみの念から、権宗は星一郎への態度を改めた。
「俺は伯父さんのこと、最初からいい人だと思ってたよ」
父を励ます意味も込めて口にした言葉だが、それは星一郎の本心でもあった。
「引きこもってたのに、一念発起して外に出たんだ。きっとどこかで伯父さんは幸せを掴んでるよ」
「ああ、そう信じたいな……ふふふ、お前も言うようになったもんだ」
爽やかに微笑みかける星一郎に、権宗も自然と微笑がこぼれた。
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