第三十九章 宇宙人と遊ぼう

第三十九章 プロローグ

 ノートに妄想を書き綴る。


 自分が考えた宇宙人。自分が考えたモンスターの性質とパラメーター。必殺の能力。異なる惑星の生態系と自然。強力な魔法。幻想世界の地図と都市の名前。未来の地球の文明社会の在り方。

 延々と書き綴る。空想を広げながら、文字にしていく。その作業が何より楽しい。


 十代半ば辺りまで延々と続けていたが、数年前からやめてしまった。ふと、虚しさを覚えてしまったのだ。

 しかし少年の頭の中で、妄想はなお膨らみ続けているし、ノートにびっしりと書いた設定の記憶は忘れていない。心に焼き付いている。忘れられない。

 現実の多くを放棄して、少年は空想の中で生きてきた。現実社会はゴミ山のようにしか映らない。おぞましくて醜くて、目に入れたくも無い。だから逃げていたのかと、時折自問もするが、考えると頭が痛くなるので、すぐに考えるのをやめる。


 ふと、自分が子供の頃にノートに綺書いた、必殺技のリストを見てみる。


 強欲なる王剣 青い剣 極めて命中精度が高く、速度も速い 威力も高い

 娼婦の嫉妬深き爪 赤い短剣が二本 切りつけた者へサリンと同様の効果をもたらす

 強欲に踊る奴隷商人 赤黒い鎖 拘束する

 貧者の暴食 緑の唇 敵の攻撃を緩和及び溶解

 怠惰を尊ぶ漁師の網 ピンクの網 超広範囲に広がり、切っても増殖する。時間は短い

 狂え色欲の道化師 紫がかったピンクのハートが大量に出る 洗脳

 憤怒の聖人 やたら長い炎の剣 一度きりだけではなくしばらくの間使える


 他の人間が見たら、子供の黒歴史ノートとして一笑に付すだろう。しかし彼にとっては未だ色あせぬ宝の記録だ。自分がこれらの能力を使って戦う所を、今でも夢想している。


 馳星一郎は小学一年生から十八歳の現在に至るまで、ファンタジーと宇宙人にしか興味が持てない少年だった。

 特に宇宙人とUFOに関しては凄まじい入れ込みようだった。これこそ生き甲斐と言っても過言ではない。年がら年中、地球外の生命体と文明のことばかり考えている。

 それは憧れであり、神聖なる渇望でもあった。


 星一郎は極めて反社会的な性格をしている。もっとはっきり言えば、世を拗ねている。

 学校も中学からろくに通っていない。登校があまりにも無駄の多すぎる、くだらない行為としか思えなかったからだ。何より他者と関わるのが煩わしい。話が合わない。あんな場所に通う人間は、脳の大事な部分が死滅したのだろうと信じて疑っていないし、小馬鹿にしている。そして世の中の大部分の人間は脳が死んでいると疑っていない。


 社会もそうだ。一体彼等は何のために生きている? 生きるためだけに生きている? 社会の一員になることが立派な大人だから生きている? 星一郎はそれを考える度に、頭が痛くなる。自分にはどうしても受け入れられない。

 そうしないと生きられない世の中だという事も、一応は知っている。そしてそんな世の中が、ひどく原始的だと星一郎の目には映る。蟻と同列とさえ感じる。


 もし地球外生命体がいて、それが広い宇宙を飛び越えるほどに科学文明を発展させているのなら、社会的にも精神的にも、もっと進んでいるはずだろうと思う。宇宙人が今の地球人を見たら、猿としか映らないだろうと。

 宇宙人がいつまで経っても地球人と接触してくれないのは、下等生物と対等な関係など結べないからだろうと、星一郎は考える。こんなにも幼稚で、蟻になることが立派な社会の一員だとして、蟻であることを受け入れているほど愚かで、己が蟻であると疑いもしない生物と、どうして対等になれるというのか。


 星一郎は昔、本を読み、変革を求めた者達の思想に少し触れたことがある。

 だが社会主義は人間性を根本から否定しているので、全く合わないし、これまた受け入れられない。とはいえ、現状の資本主義も受け入れがたい。所詮金に支配される稚拙な形態としか思えない。金に頼らないと生きていけない時点で、蟻にも劣る。きっと宇宙人は金など使わずとも生きているのだと、星一郎は信じこんでいる。


「ふむむむ、それは逃避なのではないですかなー」


 星一郎の実父である、安楽警察署少年課の警察官、久保真之介は言った。星一郎が宇宙人とUFOにのめりこんだのは、怪しさ満点のこのドジョウ髭の変人の影響だった。


「現実社会がくだらないと思うから、宇宙人はこうであるに違いないと、そういう理想夢想空想妄想を押し付けているんじゃないですか? いや、ごめんなさいね。夢を壊すようなこと言って。でも、これは絶対、君に言わなくちゃならないことだと思いましてね。ん……まあ、君もわかっている事だったかもしれないですけど」

「それもあるかもしれないけど……それだけじゃない」


 久保に諭され、星一郎は力無く反論した。

 社会そのものが受け入れられないので、夢想に逃げ続けているという自覚はある。しかし受け入れられないものは受け入れられない。そして――


「そうあってほしいという理想は、願望は確かにある。逃げたい気持ちもある。でも、逃げたいからという理由だけじゃない。目を背けたいからだけじゃない」


 そうではないと思いたいが、自分の本心が星一郎自身にもわからない。


 星一郎は中学の半ばから通信制の学業に切り替え、来年には通信制の大学に入る予定でいる。学校は嫌いだが、勉強は別に嫌いではない。

 将来のことは――何も考えていない。今はUFOと宇宙人を見たいという欲求にだけ取りつかれている。それ以外のことが考えられない。


 空いた時間は宇宙人関連の書物を読むか、ネットを漁るか、自分と似た様な境遇の者達とネットでチャットに興じている。

 星一郎はネットで知り合った、自分と同じ宇宙人マニア達とオフでも出会っていたし、UFOを見たという目撃情報があった場所に、足を運んでもいた。故に知り合いは多い。本来、人付き合いは苦手だが、彼等には気を許せる。

 その名前も無いグループは、わりと人数がいたし、人の出入りも激しかった。ウマのあわない人間もいた。


『今日、賭源山に行ける有志募集。宇宙人の目撃情報が頻繁に有り。詳細は検索で』


 呼びかけ人の名前を見て、星一郎はげんなりした。エミリオ笠原。グループの中でやたら影響力のある男で、星一郎が最も苦手としている人物だ。特にリーダーは決まっていないはずだが、この男がまとめ役を務めることが多いし、皆リーダーだと思っているだろう。


 とはいえ、情報自体は魅力だった。写真に収めた者もいて、SNSに上げられていた。

 ややぼやけているが、頭に赤い花のようなものが乗った、小さな白い人影が山林を走る姿が撮影されている。しかも画像をあげたのは、普段は宇宙人などと全く無縁の、狩猟が趣味の者だという。

 この情報に、星一郎は興奮した。これは絶対に宇宙人に違いないと決めつけていた。とうとう宇宙人と会えるのではないかと、写真を見て期待で胸が膨らんだ。


『宇宙人より妖怪説が出てるが、俺は宇宙人だと思う』


 SNSのチャットでそう発言したのは、村野幸司という少年だ。星一郎より二つ年下の十六歳。笠原とは逆に、星一郎とは最も親しい。住んでいる場所も一番近いので、よく行動を共にしている。


『俺もそう思う。是非行きたい』


 星一郎が名乗り出るように幸司に同意し、名乗り出る。


『じゃあ今夜にでも集合』


 笠原が決定すると、急すぎるだの今夜は無理だから皆の時間に遭うにしてくれだのと、不満を訴える者がいた。新規でグループに入った者達だ。


『人数多いんだし、全員の都合なんてつけられない。一回行くだけってわけじゃないんだから、とりあえず行ける人間で行く。また機会を作って有志で行けばいい』


 文句を言う者に、笠原がそう返した。笠原の言うことでも、これは星一郎も同意できた。


***


 平日に急な呼びかけだったにも関わらず、七人程が集った。

 ニートもいれば、仕事を放り出してきた者もいる。幸司は学校を抜け出したらしい。


「久保さんもつれて来てあげたかったね」


 線の細い紅顔の美少年が、星一郎に冗談めかして言った。彼が村野幸司だ。


「少年課の警察官がそんな理由で抜け出すわけにはいかないしな」


 星一郎の実父である久保真之介は、このグループの一員ではないし、仕事が忙しいようで、ネットや電話以外では滅多に接することがない。血は繋がっているが家族ではない久保に、頼りになる年配者としての意識はあっても、肉親という意識はどうしてももてない星一郎であった。


 電車を乗り継いで、安楽市の西部へと向かう七名。


「東京にもこんな山奥があったのかー」


 わざわざ千葉から来たメンバーが、電車の外の夕焼けの下の田園風景を見て驚いていた。東京イコールオール都会、田畑も空き地も山林も無く、虫も全然いない――と思い込んでいる者はわりといる。


 賭源山近くに着いた頃には、すっかりと暗くなっていた。


「どの山だよ」

「ここからは舗装されてない道を入って歩いていく」


 星一郎が訊ねると、笠原がバーチャフォンからホログラフィー・ディスプレイを投影し、地図を開きながら答える。


(ちぇっ、バーチャフォンかよ。金持ちめ)


 笠原の腕時計を見て、星一郎は嫉妬する。

 指先携帯電話の次世代機種であるバーチャフォンは、非常に高価であるうえに、まだ手に入りにくい。これを所持しているだけでステータスになり、自慢にもなる。しかし裏通りの住人は比較的楽に入手しているというので、所持している者は裏通りと関わったとやっかみ混じりに陰口を叩かれる事もある。


「真っ暗だけど大丈夫かな?」


 星一郎の側に来て、不安げに声をかける幸司。


「足元に注意しよう」

「皆、足元に注意しろよ」


 星一郎と笠原が同時に注意を促し、互いに渋い顔になる。

 夜の山林。手持ちのライトだけを頼りに舗装もされていない狭い道を歩いていく七人。


 夜に人気の無い場所に集団で来るのは初めてではない。これまで何度も、夜にUFOの目撃現場に赴いた。しかしこんな山の奥深くへと入っていくのは流石に初めてだ。


(何かドキドキするな……。今度こそ当たりな気がする)


 えも言われぬ高揚感を覚えながら、星一郎は歩いていく。


「おい……見てみろ。何だ、あれは……」


 笠原が震える声を発し、道から外れた場所をライトで照らした。

 そこは開けた広間になっていた。地面の草は短い。広間の中心には、草を織って編みこんで

作った祭壇のようなものがあった。


 七人が驚いていると、さらに続け様に驚く出来事が起こった。広間が突然明るくなったのだ。

 見ると広間には電灯があった。そして広間の脇から、次々と小さな白い二足歩行の生き物が飛び出してきた。


 一同、興奮と驚愕のあまり固まってしまった。彼等が望んでやまないものが、実にあっさりと姿を現したのである。SNSの写真に載っていたものと同じ、赤い花を頭から生やした、身長20センチから30センチほどの白い小人が、何人もいる。写真では確認できなかったが、彼等は背中から羽のように双葉を生やしてもいた。足の先は植物の根のようになっている。


「宇宙人だ……」


 幸司が思わず声をあげてしまい、はっとして口を押さえた。

 しかし当の宇宙人達はこちらに特に反応した様子は無い。


「そんな所でこそこそしてないでこっちに来なよ」


 広間の方から――当の宇宙人(?)の方から、流暢な日本語で声をかけてきた。


 畏れと興奮が入り混じる。あれほど憧れていて、会う事を切望していた宇宙人。それが目の前に何人もいて、しかもこちらに声をかけてきた。


 いくら宇宙人マニアな星一郎でも、すぐには動けなかった。友好的に声をかけてきたからといって、彼等に悪意が無い保障も無いのだ。悪い宇宙人だったらどうするのか? UFOにさらわれて解剖される可能性とてあるというのに。

 それは他の面々も同じだった。夜の闇の中という事もあって、恐怖しやすくなっているせいもある。


「皆……俺に何かあったらすぐに逃げるんだぞ」


 笠原がそう言って広間に足を踏み入れた。


(ふざけるな、格好つけやがって)


 星一郎は笠原の指示に従う気は無かった。気に入らない相手だが、死んでほしいとまでは思わない。何かあったらすぐに笠原を助けるつもりで、星一郎も笠原の後を追って広間に歩を進めていた。


「またお前は人の言うことを聞かない……」


 笠原は振りかえらずとも、ついてきたのは星一郎だとわかり、嘆息混じりに言った。


「怖がりだな。こんな小さな私達が、君等をどうできるというのか」


 祭壇に腰かけた、リーダー格と思われる小人が言った。


「UFOに連れ去るかもしれないじゃないか」

「UFO?」

「我々を宇宙人だとでも思っているのか?」

「妖怪だと言われたことは多いが、宇宙人は初めてだな」


 小人達が会話を始める。


「そうだ。私は宇宙人だ」


 しかしリーダー格の小人は断言し、他の小人が驚いたようにリーダー格を見た。


「えっ?」

「オリジナル、何を言ってるんだ」

「冗談だろう?」

「君達には言って無かったが、本当だ。ごくごく断片的にではあるが、前にいた星の記憶もある。週末に吹く強い風とか……な。しかし記憶のほとんどは無いし、もしかしたら宇宙人ではなく異世界人の可能性もあるがな。何にせよ、私の体内には地球には存在しない物質があるうえに、DNAの塩基配列もかけ離れているそうだよ」


 オリジナルと呼ばれた小人の解説に、他の小人達はさらに驚いていたようだった。


「俺達は宇宙人と会いたくてここにきたんだ」

 星一郎が告げた。


「宇宙人マニアか? ネットに私達の写真があがっていたな。まあ丁度いい。君達が秘密を守るつもりでいるなら、話せることは話すし、君達の望みもかなえてやれるかもしれないぞ」

「望みをかなえるって?」


 今度は笠原が声を発する。


「私達は、君達人間の――地球人の科学者達にこう名づけられた。アルラウネと。私達は寄生植物であり、寄生した宿主に、進化をもたらす性質を持つ」


 謎の自称宇宙人の小人――アルラウネの言葉が口にした、進化をもたらすという言葉を聞き、星一郎はこの時点で即座に、自分を進化させてほしいと心の中で強く望んでいた。


 それが、二ヶ月以上前の話。

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