第三十八章 32

B月8日 9:04


 享命会の客寄せイベント第二段の会場は、この間と同じく安楽市民球場を使うことになった。

 朝早くから教団員全員が球場に出向き、業者と共に会場の準備を行っている。


「人手が多くて助かる。業者に任せきりというわけにはいかない部分もあるしな」


 前回のイベントから信者になったメンツに向かって、佐胸が言った。


「憲三、どうしたの?」


 浮かない顔の憲三に、来夢が声をかける。


「いや、イベントが上手くいくかどうか不安で……」


 誤魔化す憲三だが、来夢はそれが誤魔化しであることを即座に見抜いた。


「俺が舞台に立って協力するんだし、平気に決まってる」


 小さな拳を握り締めてみせ、自信満々に微笑む来夢であったが、憲三の表情に変化は無い。


(お前が不安の原因でもあるんだぞ……。何かやらかす宣言してたし……何するつもりだ)


 忌々しげにそう思うも、どうせ言っても蛙の面に水だとわかっている。来夢がそういう性格だということはわかっている。


「ちょっとそこ、何サボってるのー」

 そこに久美がやってきて注意する。


「憲三がどうも気分悪いみたい」

「どうしたの? 体調悪いなら休んでもいいよ?」


 来夢に言われ、確かに憲三の顔色がひどく悪いのを見て、久美が心配そうに声をかける。


(そう言えば俺は……久美への対抗意識とか、久美にも認められるような男になりたくて、力を求めたんだっけ。なのに……俺って相変わらず情けないままで、何も変わってない。昨日覚悟を決めと思ったら、いざ当日になってまたブルってる……。最低だ)


 そう意識し、憲三が目を大きく見開く。


「うがーっ」


 突然叫び、柱に自分の頭を打ちつける憲三。


「おっ、気合入れた?」

「憲三のキャラじゃないけど、それが返っていいね」


 揃ってくすくすと笑う久美と来夢。


 一方、漸浄斎はアンナと佐胸を招き寄せて話をしていた。


「来夢は敵のようじゃが、佐胸は知っとったろう?」


 漸浄斎が笑いながら指摘するも、佐胸は一切動揺を見せない。アンナは驚いていたが。


「知ってたがどうした? あんたは姿も見せぬアルラウネのオリジナルとやらに、義理立てし続けるつもりか? 適当に付き合ってればよくないか?」

「そうじゃの。アルラウネ側もざっくばらんじゃしのー。しかし、この中にアルラウネのオリジナルがいるという話じゃし、拙僧らは監視されてるんじゃぞ?」

「マジで……?」


 さらに驚くアンナ。佐胸もアルラウネのオリジナル云々の件には驚いた。


「星一郎君が言うにはそうらしいでの。マジでと言っておるアンナが、正にそうかもしれんぞい。サボってたらお仕置きがあるかもしれんな」

「向こうも適当なんだし、こっちも適当でいいと俺は思う。命がけでするほどのことじゃない」


 と、佐胸。


「ま、拙僧は止めんよ。ただなあ、拙僧は何事も本気で取り組むのが面白いという考え方じゃからな」


 そう言って漸浄斎は錫杖を強く握り締める。


「じゃあ俺は距離を取る。アンナはどうする?」

「私は漸浄斎様についていくわ。いつ死んでも構わないし。こんな腐った命……派手に燃やしつくしてやりたい」


 佐胸に問われ、アンナは漸浄斎の方を向いて微笑んだ。


「カッカッカッ、拙僧のために死なれても、拙僧はちぃ~っとも嬉しくないがの~。自分の命は自分のために使うがよい。それにな、御主は全然腐ってなどないぞ。御主以外は誰も、御主を腐ってるとは思っとらん」

「……」


 漸浄斎の説法を受け、アンナは目頭が熱くなるのを感じて、顔を背けた。


***


B月8日 12:44


 安楽市民球場のグラウンド。敷き詰められた椅子に、百合、白金太郎、咲、睦月、亜希子、葉山が並んで座っていた。

 イベントは午後二時からなので、まだ球場内に人は少ない。故に百合達の姿は、すぐに教団側の目につくはずだ。


「アルラウネの探知性能が優れているって話だしねえ。俺と咲の存在を察知できるはずだよ」

 睦月が言う。


「蛆虫の僕には関係無い事ですよね?」

「葉山? どうなされましたの?」


 何故か険しい顔の葉山に、百合が怪訝な面持ちになる。


「いえ……気のせいかもしれませんが、ほんの一瞬ですが、僕個人に向けて殺気が放たれたような……」

「個人だけが感じる殺気なんてあるんですか?」


 葉山には一目置いている白金太郎が疑問をぶつけた。


「私や純子や葉山クラスになると、自分に向けて殺意を抱かれただけで、察知できますわ。それは殺気という電磁波を肌で感じるのではなく、第六感によって感じ取るものですわね」

「そんなんだったら葉山さん、殺し屋だから感じまくりじゃないの?」


 百合の説明を聞き、亜希子が言った。


「はい……ですが……」


 亜希子の言うとおり、殺し屋稼業をしているが故か、頻繁にそれは感じ取る。しかしそれらとは何かが違うような気がする。


(この殺気、明らかに僕に向けられたものでしたが……。これほどの鋭く強烈な殺気は初めてですね。用心しておきましょう)


 最悪の場合、百合達を巻き添えにしてしまうかもしれないと思ったが、多分快く助っ人してくれるだろうと思い、そうなったら甘えようと思う葉山だった。


「あ、純子来た。犬飼さんもいるな」

「おやおや、男連れとは」


 咲がこちらに向かってくる純子と犬飼を見て言う。百合は犬飼のことを知らなかった。


(あー、顔見られちゃった。まあいいか)


 百合を見て、しまったと思う犬飼。犬飼の方は百合を知っていたが、百合に知られないままにしておいて、何かあったら利用したいと考えていたので、できれば顔を合わせたくなかった。


「あれは犬飼っていう小説家で、胡散臭い人だよう」

 睦月が端的に説明する。


「名前と顔だけは知ってますわ。脳減賞作家で、表現規制の槍玉に挙げられた方でしょう? いろいろ胡散臭い発言の多い方でしたわ」


 百合も犬飼が胡散臭いことは知っていた。


「やっほー、皆元気ー」


 純子が屈託の無い笑顔で手を振ってくる。亜希子と睦月は笑顔で手を振り返し、白金太郎は威嚇のポーズを取り、葉山は軽く会釈する。


「おかげさまで不用な余生を健やかに過ごしていますわ。ヒネくれている誰かさんが、私の望みをかなえてくれなかったおかげでね。私があそこでみっともなく命乞いでもしていれば、天邪鬼な貴女は私を殺してくれたのかしら」


 百合はというと、純子に向かって活き活きと毒を吐いていた。


「んー、まさか百合ちゃんに天邪鬼扱いされるとは思わなかったなー」


 百合の隣の席に堂々と座る純子。さらにその隣に犬飼が座る。


「あら、私こそが天邪鬼だと仰るのかしら? どの辺にそう感じましたの?」

「一切合財かなー? 百合ちゃんの周囲の子もそう思ってるんじゃなーい?」

「そのような言葉ではなく、具体的に提示していただきたいものですわね。できないのであれば、いわれなき中傷ということになりましてよ。私は少なくとも貴女の行動のどの辺りが偏屈な振る舞いか、ちゃんとぜーんぶ指摘できますのよ」

「んー……じゃあそれでいいよー」


 勝ち誇ったように言う百合に、純子は少し引き気味になっていた。面倒なので放り投げた。


「相変わらずママ、純子と会うと嬉しそうね……。どんなに憎まれ口叩いてもさ」

「だねえ。毒が漲って輝いてるっていうか」


 亜希子と睦月がひそひそと囁きあう。


***


B月8日 13:37


「おお、ヒーロー系マウスとしては、お披露目に格好な場所ですねー、これはっ」


 プルトニウム・ダンディーの一員である谷津怜奈は、球場に設けられた特設会場を見て、目を輝かせた。壇上で名乗りをあげてポーズを決めたいという欲求に駆られたのだ。


「天使の導きにより参上したが、歓迎はされない場所のようだ」


 同じくプルトニウム・ダンディーの一員であるエンジェルが、怜奈の横で、煙草を消して携帯灰皿に入れる。場内禁煙だと今気がついたのだ。


「あ、純子ちゃんがあそこにいますよっ。純子ちゃーんっ」


 怜奈が手を振りながら純子達のいる方へと駆け寄る。


「おー、怜奈ちゃんとエンジェルさんも来たんだー」


 後ろ側の席にやってきた怜奈達の方に振り返り、愛想よく笑う純子。


「はいっ、いざとなったら私達も加勢するよう、来夢に言われてますっ」

「出番が来るかどうか、天使の振る舞い次第。つまり来夢の行動次第だが、それはまだ伝えられていない」


 怜奈が気合いの入った声を発し、エンジェルはサングラスに手をかけて気取ったポーズで言う。


「そっかー、無理しない程度に頑張ってね」

「いやいや無理しますっ。私は人形ですしねー。いざとなったら体を張って仲間を守る盾役として、頑張りますよ」

「他の人もいる前でそれを堂々とバラすのもねえ……。あまり人前で言わないようにね」


 得意満面に宣言する怜奈に、純子は微苦笑を浮かべて注意した。


「天使よ、久しぶりだな」

「あ、貴方はっ……。くっ……からかわないでください。僕は天使などではありませんっ。ただの蛆虫です」


 エンジェルに声をかけられ、葉山は苦悩の表情になる。


「もしかしたら君と共闘できるかもしれないな。あの時は敵だったが、今度は守護天使となると心強い」

「蛆虫如きの力でよろしければ……」


 天使天使と言われて、内心嬉しい葉山であるが、それを知られるのが恥ずかしくて、精一杯謙遜してみせていた。


***


B月8日 13:59


 イベント開始までとうとう一分を切る。

 以前より来場者はずっと多い。超満員御礼だ。どう考えても大半は、ネットアイドル化しかけている久美目当てである。純子と怜奈と百合ファミリー以外は、男ばかり来ている。


「何か……この前にも増して客層がキモいな。オタっぽいおっさんとか結構多いぞ」


 ぱっと見だけそう感じ、鼻白みながら、思ったことを正直に口にしてしまう克彦。


「確かに陰キャ率高いように見えるな……」


 佐胸もやや引き気味だった。はっきり言って佐胸の苦手なタイプだ。


「絶対宗教の方には興味無くて、久美目当てってのが多いでしょ、これ。いや、大半がそれっぽくない?」


 憲三も克彦や佐胸に同意する。


「ここで佐胸さんが出ていって強面で凄んであげよう」

「嫌だよ。俺はこんな顔してるけど、人を脅すのに使いたくはない」


 来夢が笑いながら提案したが、佐胸はすげなく断った。


 そこで開始時刻になり、享命会の客引きイベント第二弾がスタートした。

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