第三十八章 33

B月8日 14:01


 前回同様に久美がセーラー服姿で司会を務める。久美目当てできた大半の客が、拍手で迎える。


『第二回享命会入信説明会に来てくれた皆さーん、ありがとうございまーす。司会の羽賀堂久美ですっ。教団ではこれでも、若輩ながら参謀格を務め、ダメ教祖に代わって教団を引っ張っている立場でありまーす』


 営業用スマイルを満面に浮かべ、自己紹介をする久美。


『本日は我々享命会がどんな活動をするのか、教祖はどんな人か、そして入信するとどんな特典があるかなど、わかりやすく解説する予定になっています。実は何をするのか、司会の私にもよくわかっていないので、非常に不安ですっ。イベント後、もし気に入ってくださったら、是非入信してくださーいっ』


 若干やけくそ気味に、正直に白状する久美だった。


「何か変なイベント……司会で参謀格なのに、把握してないとか不安とか言っちゃってるし」

 咲が呟く。


「気の惹き方としてはよろしいのではないでしょうか」

「なるほど、そういう捉え方もあるか」


 百合の言葉に、咲は少し感心した。


『ではでは、我等のいかがわしい教祖、電々院漸浄斎さんに登場してもらいましょーっ。あ、様はつけなくていいですよー。こんなのに。さんづけで十分!』

「あの電々院家の者か……」


 客の一人が呟いた。呪われし名家と言われる電々院の一族の悪名は、表通り裏通り問わず、そこそこに知られている。

 久美が壇の下に降り、代わりに舞台の幕の袖裏から、ぼろぼろの僧衣をまとった真っ白な坊主頭の初老の僧が、舞台へと上がった。


『カーッカッカッカッ、うちの久美ちゃんの体を張った宣伝動画につられて、九割以上が久美ちゃん目当てにきた助平さん達じゃろう。しかしお生憎様っ。拙僧こそが今回のイベントの主役じゃ~。残念じゃったのぉ、皆の衆』


 片手に錫杖、片手にマイクを持ち、漸浄斎が豪快に笑って挨拶する。


『早速本題じゃ~。皆は、超常の力を信じるかね? 幽霊や冥界の存在が科学的に実証された今、そちら方面の感心も高まっているが、こちらはまだ公の場で実証されとらん。これから披露する芸を……トリックか何かと疑うなら、それでも構わん。しかし、真実であると信じるなら、拙僧の教団へと入れば、斯様な力が手に入るぞい』


 そこまで喋った所で、漸浄斎はマイクを一旦離して両手で錫杖を回転させたかと思うと――


「喝!」


 裂帛の気合いと共に壇に叩きつける。


 念力が波動となって拡散し、会場の客席を物理的パワーとなって吹き荒れた。一見風のようにも感じられるそれだが、風とはまた異なる感触だ。客席にいる多くの者達が上体をのけぞらせる。

 ただし、純子と百合には変化が無かった。睦月や葉山やエンジェルといった裏通りの猛者達も、体を前方に傾けたりかがんだりしてかわしている。亜希子は小太刀を鞘ごと顔の前に掲げて、火衣の妖力で防いでいた。


「カッカッカ、避けた者と防いだ者も何名かおるの。来夢が呼び寄せた手勢かい」


 純子と百合達がいる辺りを見て、漸浄斎が呟きながらマイクを拾った。


「人前で堂々と力をひけらかすとは……。カルト宗教の教祖は節操がありませんわね」

「本当に力を得た人は、人前で力を見世物にするって、やりたがらないもんだよねえ」


 百合が呆れながら言い、隣の純子も同意した。


『今のをトリックだと思うかね? ま、拙僧だけだと信じられんかもしれんし、もう一人、教団の信者に出てきて、力を披露してもらおうかのう。ほ~れ、来夢、出番じゃぞ』


 舞台の袖裏の方を向いて、声をかける。

 すると一糸纏わぬ姿の来夢が袖から登場して、観客達を驚かせた。


「ふっ、我等の天使長がお出ましだ」


 腕組みしながら、誇らしげな微笑をたたえるエンジェル。


「あの子は何を考えていますの……」

「ええっ!? 何でっ!? 何ですっぽんぽん? ていうか女の子だったの?」

「あはっ……よく見てみなよ、股間。わかりづらいけど、どっちも無いよ」


 百合が啞然とし、亜希子が驚き、睦月も驚きながら来夢を指した。


「本当だ……。無い。女の子でも……無い」


 隠れているだけかと思いきや、確かに割れ目すら見当たらない。


「本当に……本当に見てもいいのか? 騙してないか?」

「白金太郎……つくづく免疫無いのね……。ていうか純情なのね。葉山さんも」


 目を背けている白金太郎と葉山を、意外そうに見る亜希子。


「客の目を惹いて驚かせるつもりだったのか? 何の意味があってあんな格好してるんだ?」


 犬飼が疑問を口にした。


「それもあるかもだけどねー、あれは来夢君の戦闘スタイルでもあるんだよ。犬飼さん見てなかったっけ?」

「ああ……羽根生やすためか」


 純子に言われ、犬飼は思い出した。ちなみに純子は、来夢の写真を撮りまくっている。


「いつもは天使の翼を生やしても破れない天使用の服を着ているから、脱ぐ必要も無いはずだがな。やはりデモンストレーションの意味合いが強いのだろう。ここは天使の見せ場となろう」


 エンジェルが解説する。


「うーん……私は正直人前であんなあられの無い姿を晒すの、感心できませんけどー」


 一方、怜奈は渋い顔だった。


『何のつもりじゃ、それは……。拙僧の教団がいかがわしいものに思われてしまうではないか。服を着んしゃい』

『嫌だよ』


 漸浄斎に注意されるも、マイクを持ち、笑顔で拒否する来夢。


『今日で俺は破門でいいよ。俺はこのイベントも、この享命会という新興宗教も、全て潰す気でいるんだ』

『ほうほう』


 笑顔で宣言する来夢に、漸浄斎も笑みをこぼす。


「ちょっと来夢! どういうつもりよ!」


 舞台の下で、目を剥いて叫ぶ久美。来夢は笑顔で一瞥しただけで、それ以上の反応はしなかった。


『これから始まるショーの前に、ここに来てくれた人達に、伝えておきたいことがあるんだ』


 客席の方に体を向け、来夢は言った。観客達は皆写真を撮りまくったり、動画で撮影しまくったりしている。来夢が男か女かわからないが、女だったらという期待を込めて撮っていた。あるいは逆の期待をしている者や、どちらでも構わないという剛の者もいた。


『この教団――享命会は、アルラウネという寄生生物に支配されている』


 大勢の客の前でアルラウネの名を口にする来夢に、犬飼と純子も含めて、アルラウネを知る者全員が驚いた。


『それはどうも地球外生命体な寄生植物で、それに寄生されると、今漸浄斎さんが見せたような、超常の力を身につけられる。この教団は、その宿主の選別のために利用されている』

「あはっ……ここで暴露しちゃうわけ?」


 睦月がおかしそうに笑う。


「ちょっとちょっと来夢君……こんな大勢の前でそれをバラすとか……」


 一方、純子は苦笑いを浮かべていた。犬飼も百合ファミリーも似た様なリアクションだ。もちろん漸浄斎も佐胸もアンナも憲三も呆然としていた。初耳である久美は別の意味で呆然としている。来夢から何をするか事前に聞いていた克彦と怜奈とエンジェルは、にやにや笑いながら見守っている。


『でも俺はその陰謀を食い止める。今、ここでね。そんなわけで、漸浄斎さんにとっては、俺は完全に敵。やっつけないとね』


 涼やかな笑みをたたえて言うと、来夢は客席から漸浄斎の方へと向き直った。


『カッカッカッ、人前でこれだけのことをぶちかましたおぬしの豪気さは、見事というほかにないわ。その挑戦、受けて立とう』


 おかしそうに笑い、漸浄斎がマイクを捨てて錫杖を構える。


『観客席の人達、気をつけてね。戦闘の巻き添えも多分出ると思うから。死にたくない人は今のうちに逃げて? ちなみに俺、巻き添えで死人が出ても、多分気にしないよ? どうせ久美目当てに変な下心で来たエロい人達が多いんだし、運悪く死んでもあまり心は痛まないかな』

「来夢! 漸浄斎さんも! いい加減にしてよ!」


 来夢が喋っている途中に、たまらずに舞台に駆け上がる久美。自分が必死でこしらえたイベントをぶち壊さんとする来夢に対して、怒り心頭だった。


 まず来夢を力ずくで引きずりおろそうと思った久美だが、来夢に近づいた所で、来夢の方から久美へと足を踏み出す。

 虚を突かれた久美の足が止まる。来夢はそのまま正面から久美に抱きつく。


「ちょっ……」


 素っ裸の男だか女だかわからない来夢に、こんなに大勢の前で堂々と抱きつかれ、狼狽しまくる久美。

 狼狽しながらも、久美は来夢の変化に気がついた。来夢の背中から板のようなものと、柔らかそうな布のようなものが、それぞれ対になって生えていた。


 直後、久美の足元の感覚が消える。自分が来夢に抱きつかれたまま飛んでいるという事実を、久美の頭はすぐに受け入れられなかった。


「カッカッ、こいつは驚いた」


 舞台の上を飛ぶ二人を見上げ、楽しげに笑う漸浄斎。


「ちょっとーっ!?」

「パンツ見られないように気をつけてね。それともまたそんなサービスがしたい?」


 飛んでいる事をはっきりと受け入れ、パニくって悲鳴をあげる久美の耳元で、来夢が小悪魔的な笑みを浮かべて囁く。


「下ろしてよ! 何なのっ、これ!」

「すぐに下ろしてあげるから心配しなくていい。ただ、舞台には近づかないで。これからヤバくなる」


 喚く久美にそう告げると、来夢は空中に浮かんだまま久美の体を離した。久美の体が空中を並行に飛んでいったかと思うと、会場の後方でゆっくりと着地する。


「一体これって……」


 今起こった出来事が信じられず、久美はへたりこんで呆然とした表情で、未だ空に浮かんだままの来夢を見つめる。


「邪魔者はいなくなったよ。そろそろ遊ぼ? 教祖様」


 空中から漸浄斎を見下ろし、来夢は両手を軽く広げ、笑顔のまま声をかける。


「カッカッカッ、いいともよ。存分に相手をしてやろうぞ」


 空に浮かぶ来夢を見上げ、漸浄斎は錫杖を振り回した。

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