第三十八章 30
B月7日 4:04
彼女は目を覚まし、こっそりと屋敷を抜け出し、屋敷の裏へと向かう。
屋敷の裏には、人ならざる小人が彼女を待っていた。頭からは赤い花を咲かせ、背中からは翼のように葉を生やした、真っ白な小人が。
「オリジナル、状況は芳しくない」
「大体把握している」
無機質に伝えるコピーアルラウネに、オリジナルと呼ばれた彼女は、淡々と答えた。
彼女が宿る人間の意識は無い。眠ったままだ。宿主を寝かせたまま、寄生しているアルラウネだけが起きて動いていた。声も宿主の声ではない。アルラウネ独自の音声を発している。
「足掻くのもいいが、負ける時は負ける。君達はもうこの件に関わらなくていい。自由に宿主を探し、自由に生きろ」
「自由を求める者はいない。私達は貴女の役に立ちたい。そうインプットして私達を造ったのだから、それ以外の生き方は考えられない」
「そうだったね。忘れていた。ではいずれまた働いてもらうので、宿主を見つけた後は、私とつかず離れずいるように」
声に笑いのトーンを交えるオリジナル。
「本当に今回はいいのか?」
アルラウネコピーが恐る恐る確認する。
「私のことを心配しているのか? 実験台に噛みつかれると?」
「ああ、心配だ」
「ここでしつこく足掻くのは私の美学に反するよ。潮時であるし、成果は十分に得られたし、何より楽しめた。そして結末はまだ訪れていない。舞台にあがって、アドリブで踊り続ける役者達が、最後にどう演じるか、結末を見届けるとしよう。舞台は今回だけではないのだ」
「わかった……」
納得しきった様子ではなかったが、主たる存在の言葉に従い、コピーアルラウネは闇へと消えていった。
オリジナルが空を見上げる。もう少ししたら、夜が明けるだろう。
「未だに信じられないな……。私があの空の上からやってきたなんて……」
微笑みながら感慨を込めて呟くと、彼女は屋敷の中へと戻っていった。
***
B月7日 7:52
広い居間では、漸浄斎、弥生子、佐胸、アンナ、憲三、久美、来夢、克彦、そして六人の新参信者の計十四人が全員揃って朝食を取っていた。
久美はすっかりいつもの調子を取り戻して、元気に喋りながら食事を取っていたので、他の面々もほっとして、特に気遣いはせず接する事にした。
「私、信者獲得のための次のプランを思いついたんだっ」
「信者獲得はええが、住む場所もすでにパンパンなんじゃぞ……」
意気込む久美に、漸浄斎が苦笑いを浮かべて言った。
「資金獲得できないうちは、共同生活望む人は打ち止めにして、昼間だけここに通ってもらうことにしよう。で、この前みたいにまたイベントを行って信者を集めよう。この前みたく、ネットで募集する。今度はちょっと大胆な宣伝してみたから」
「凄まじく嫌な予感がするんじゃが……」
早速享命会のサイトを開く一同。漸浄斎だけは開こうとしない。
「うわ……これは……」
「へー、やるじゃん」
憲三が赤面し、アンナは感心したような声をあげ、佐胸と来夢は顔をしかめていた。他の者も大体が、苦笑いを浮かべていたり鼻白んでいたりと、あまりよいリアクションではない。
今度の宣伝動画は、セーラー服をひどく扇情的な着こなしをして、胸元を大きく広げ、パンチラも頻繁にするという代物であった。
「教祖の命令じゃ。こういういかがわしい客寄せは、以後絶対禁止っ」
隣に座る弥生子のディスプレイを見て、漸浄斎は珍しく厳しい声をあげる。
「はいはい。次はまた別の方法考えるから。で、今回のイベントはね、教祖様の喝の効果をもっとしっかり見て味わってもらおうと思うの。会場に来た人達に問答無用で喝しまくってもらうのよ」
「拙僧……あれ結構疲れるし、人数次第ではキツいぞい。ま、久美がはりきってるから、頑張ってみるがの」
久美のプランを聞いて、気乗りしそうにない様子で引き受ける漸浄斎。
「奇跡を起こして客寄せなら、俺も協力するよ。俺にも超能力あるし」
唐突にそんな発言をしたのは来夢だった。
「教祖と超能力合戦とか、そういう派手なのやるのはどうかな? 絶対面白いと思う」
「ほっほーっ」
にこにこ笑いながら、挑戦的な眼差しで見つめてくる来夢に、漸浄斎はおかしそうに笑った。
「俺の友達も呼ぶから、漸浄斎さんも友達呼んでよ。俺、知ってるんだ。漸浄斎さんには、同じ超能力持ちの友達って多いんだよ。その人達も呼んで力を披露すれば、信者も沢山増えるのは明らかだよね」
「おうおう、こいつは参ったな。どういうわけかよく拙僧のことを知っとるよーで。カッカッカッカッ」
来夢の言い分を聞き、声をあげて笑う漸浄斎。他の面々は何事かと、狐につままれたような顔で見ている。
(このタイミングでいくか、来夢。まあ、もう探れるだけ探った感もあるから、決着をつけにいくのもいいかもな)
来夢を見ながら克彦は思う。
(来夢……その時、俺はどうすればいい……)
佐胸が渋面になって、来夢の楽しそうな横顔を見つつ、声に出さず問いかける。
「ちょっと来夢……私がプランナー務めるイベントなのに、何で勝手に違う方向にもっていくのよ……」
いきなりおかしな方向に話をもっていく来夢に、久美が戸惑いながらも不機嫌そうに抗議する。
「久美の企画だけじゃ弱いから、一肌脱いであげるんだよ? 喜んでよ」
「いや、そういう言われ方されるとカチンとくるだけだわ……」
笑顔で告げる来夢に、むくれる久美。
「いっぱい人を呼んで、派手にやろうよ。その方が見栄えして楽しいし、きっと信者も増える」
「ええぞ、ええぞ。教祖権限で、来夢の案をじゃ採用じゃい」
しかも漸浄斎までノリノリときた。それもまた久美は気に入らなかったが、教祖決定なのでどうしょうもなかった。
***
B月7日 8:19
自室に戻った来夢は、犬飼に電話をかけ、先ほどの朝食時でのやりとりを話した。
「もう探れることは無いと思う。純子の話だと、真や累やみどり達もアルラウネ狩りと戦っているそうだし、こちらもできるだけ敵を呼び寄せて、ケリをつけようと思ってさ」
『教団のイベントを利用して、決戦の舞台にしちまうわけか。何か前にもそんなパターンがあったなあ……』
それも一度ではなく何度も、そういう方法で決着をつけるケースが、過去にあったような気がする犬飼であった。
『純子的には、アルラウネの本体の居場所を探ってほしいらしいけどな』
「俺の依頼者は犬飼さんだけど? 犬飼さんは探って欲しいの?」
『ん~……』
来夢の質問に、少し間を置く犬飼。
『そうだなあ。元凶はそいつだしな。あの火事でオリジナルも死んでくれていたら、好都合で万々歳なんだが、アルラウネ狩りがまだ動いているってことは、その可能性は低いだろ。金庫の中身も持ち出されていたのなら尚更な』
「引き続き調べてみる。でもあまり期待しないで」
『ああ、あの坊主だけでも仕留められればそれでいいぜ』
電話を切る来夢。そして次は睦月へと電話をかける。
「そういうわけで、皆連れて来ていいよ。百合もよかったら連れて来て」
睦月にも朝の会話を報告し、誘いもかけておいた。
『あはっ、いいねえ。セッティングおつかれさままま。でも百合は来るかどうか怪しいよう』
「もし来なかったら、怖くて来られないチキン百合って言っておいて」
『あはは、ますます来なくなりそう。わかったよ』
電話を切る。次は純子に電話をかけて報告する。メールで一度に送信すればいいかもしれないが、個別に反応を伺いたいという考えが、来夢にはあった。
『イベントを仕掛けてそのイベントを決着の場にするって、何度目かなー、そのパターン』
「犬飼さんと同じこと言ってる」
純子とは特に変わったやりとりもなかった。最後に漸浄斎を見張っている克彦に電話をかけた。
「どう? 動きはある?」
『気が早いぞ。来夢があれだけ堂々と吹っかけたんだ。絶対に動くだろ。少なくとも仲間と連絡は取り合うはずだ』
克彦は亜空間に潜んで、漸浄斎の動きをずっと監視している。
『おっと、動き出したな』
「尾行頑張ってね」
『任しとけ』
電話が切れた。
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