第三十八章 11
B月3日 16:55
その日、睦月、咲、亜希子、望の四人で遊びに行った。
同時に睦月と咲の護衛も兼ねていたが、結局敵は現れず、警戒しつつも楽しい一時を過ごせた。
「すまないな。せっかくデートの予定だったのに、こんな邪魔しちゃって。本当にありがとう」
亜希子と望に向かって、咲が改めて礼を述べる。
「いえいえー、困った時はお互い様」
「うん、今度は私達が困った時に、咲に助けてもらうつもりだから~」
「ああ、絶対遠慮無く呼んでくれな」
望と亜希子がにこやかに言い、咲が力強く己の胸を叩いてみせた。
「咲、しばらくうちに来れないかな?」
睦月が言いづらそうに言った。これを言うのはもう三度目になる。
「うーん……やっぱり学校も休めと?」
断り続けている咲だが、睦月がここまで食い下がるのは、自分のことを相当案じていることもわかっている。
「俺が咲の家に泊まってもいいけど、うちはもっと安全だと思うんだ。いざとなったら百合や白金太郎も戦わせられるし」
「わかったよ」
真顔で訴えてくる睦月に、咲は息を吐き、とうとう折れた。それを聞いて、睦月も安堵の吐息をつく。
「今の言葉、ママにいいつけてやろ~」
「あはっ、やめてよう」
亜希子に茶化され、睦月が顔を綻ばせる。
(不思議なもんだ……。私が恨んでいた相手……姉さんの仇なのにさ。こんな風に仲良くしている。心配されて守られている。でも……きっと今のこんな関係を見て、姉さんなら安心するんだろうな)
睦月達の様子を見て、咲は思う。睦月を許せない気持ちはまだあるが、許したいという気持ちの方が、今ははっきりと強い。そうした方が、皆救われるのではないかとさえ、考えてしまう。
***
B月4日 19:13
夕月の最期を見届けた後、純子はエミリオ笠原を尾行していた。
一応自宅アパートは突き止めたものの、その後は怪しい動きは特にない。亜空間からこっそり家の中の様子を見てみたが、特に面白いものも見つからない。
いや、一つだけ特徴を見つけた。笠原の部屋に張ってあるポスターの数々、そして置いてあるフィギュア。全てが宇宙人――リトルグレイなのだ。
本棚を見ても、宇宙人関連やUFO関連が多い。
(宇宙人が好きなのかー。もしかしてアルラウネのことも宇宙人だと思ってる? まあ……私もそう疑っているけど)
日中合同研究の際にも、アルラウネは地球外生物だと疑われていた。地球上に存在しない物質が確認されたからだ。
一応純子は犬飼へと電話をかけ、笠原の自宅の場所を教えた。犬飼は犬飼で単独で動いているので、得た情報を伝えておけば、彼はまた動くだろうと踏んで。
『俺もそっち行くわ』
「んー? 来ても何も無いと思うよー?」
『いや……勘かな? 何かあるっていうか、何も起こりそうな気がするんだわ。まあ、何も無かったらすまんな。でも俺の勘て、よく当たるぜ?』
訝る純子に、犬飼はそう言って電話を切った。
***
B月4日 20:02
享命会の屋敷。夕食を終えた教団の面々――漸浄斎、憲三、久美、弥生子と、新規の信者達数名が居間に残り、談笑していた。
「憲三は彼女いなかったの?」
久美の質問に、憲三はげんなりしてしまう。
「俺みたいな冴えない男にいるわけないだろ……。そもそも彼女いたら宗教してないって」
「カーッカッカッカッ! よい答えじゃっ!」
もっともなことを口にした憲三に、漸浄斎が大声で笑う。信者達も微笑んでいる。
「そういうこと言わないの。自分で自分の価値を低くするって一番よくないことだよ」
久美は笑わずに、年長者ぶって注意する。
「おおう、拙僧が言いたかったことを先に取られてしまったっ」
「笑ってたくせに何言ってんのよ」
「しかし実にナイスな答えだったからの。久美は可愛いから彼氏とかとっかえひっかえじゃったろー?」
「教祖様、凄いセクハラ……」
顔をしかめて、半眼で漸浄斎を睨む久美。
「ほほう、じゃあ憲三に彼女いなかったかと聞くのも、立派なセクハラじゃあ~」
「ぐぬぬ……」
してやったりと舌を出す漸浄斎に、久美は言葉を詰まらせる。
(きっといたんだろうな……。こんな綺麗なのに、男が放っておくわけないし……。そういうのって俺みたいな引っ込み思案はただ指くわえて眺めているだけで、積極的な肉食系のチャラいのが全部食っていっちゃう。女もそういうのが好きだし……)
ひがみ根性丸出しにそんなことを思う憲三。
「私だってそんな相手がいたら、こんな所にいないしっ」
「でもモテたじゃろ?」
「それに対してどう答えろっての? はい、モテましたと正直に言えば嫌味になるし。えー、そんなことないよーと笑いながら謙遜するのも、私のキャラじゃないし。モテることを鼻にかけるような馬鹿な女でもないし、好きでもない相手にモテても何も嬉しくないよ」
「ふーむ、中々筋が通っておるのー。お、彼氏いなかったと聞いて、憲三が安心しとるわ」
「ちょっ……」
漸浄斎がにやりと笑っていきなり自分に振ってきたので、憲三はドギマギする。
「そうなの?」
「え……いや……」
久美までもが自分の方を見てきたので、憲三は照れくさそうにうつむいて、それっきりだった。
(何て恥ずかしい反応してるんだ、俺は……。こういう奴なんて、好きになる女はいないよなあ……)
勝手にそう決め付ける憲三。
(例え今まで男がいなくても、俺みたいなのはどう考えても久美には不釣合いだろうし、久美はきっともっといい男ができて、幸せになるに違いないよ)
さらに勝手にそう思い込んで、嫉妬と惨めさでいっぱいになる。
憲三は久美に対して、嫉妬と恋心の両方を覚えていた。すぐ好きになってしまった一方で、彼女の行動力と持て囃されている面に、嫉妬のような感情も抱いている。勝手に比較して、卑屈になってしまう。
ひとしきり会話を終えて、今を出て自室に戻ろうとする憲三。
「拙僧の喝で大分元気が出たと思った憲三であるが、まだまだ足りぬようじゃのお」
と、そこに、後ろから漸浄斎が声をかけてきた。
(やっぱりこの人は俺を見抜いているのか。いつもおちゃらけているけど、流石教祖さんだ)
と、憲三は感心した。
「もう一度喝をもらえばどうにかなるかな」
「無理じゃ。これ以上はもっと別の処置が必要となる。しかもそれはここではできんことじゃ。ある特別な場所で儀式が必要となるでのう」
「それ、何か怪しくて宗教っぽい」
思わず笑う憲三。漸浄斎も笑顔で頷く。
「うむうむ。ちなみにその場所に連れていって、儀式を行ったのは、今いる信者の中ではアンナさんだけじゃ。おっと……佐胸君もだったかな。佐胸君は信者になる前の話じゃが」
その儀式とやらで、自分はさらに変われるのだろうかと、憲三は期待の眼差しで漸浄斎を見た。
「今から一緒に来るか?」
「今から?」
「夜の方が、都合がいいんじゃよ」
「い、行きます」
頷く憲三を見て、漸浄斎はにんまりと笑ってみせた。
***
B月4日 20:56
屋敷内のあちこちに盗聴器を仕掛けて置いた来夢達は、憲三と漸浄斎が外出する会話も聞いていた。
「儀式とかいって、こんな時間に出かけるのは、怪しさプンプンだよなー」
「動き出したね」
克彦と来夢、二人してほくそ笑んでいる。
「じゃ、早速尾行開始だ」
克彦が立ち上がった。
「気をつけてね」
「任せなっての」
見送る来夢に、克彦は微笑みかけて親指を立てた。
***
B月4日 20:54
自宅アパートを出たエミリオ笠原は、最寄りの駅へと入った。
その後を純子が尾行している。
その尾行している純子の背後から、近づく者がいた。
「尾行おつかれさままま。さて、こんな時間にどこ行く気なのやら」
犬飼だった。笠原が駅に入っていく姿も目撃している。
「犬飼さんの勘が当たったのかもねえ。ていうか、実はもう何か掴んでる?」
「いいや、本当にただの勘。まあとにかく追ってみようぜ」
純子の問いに軽く肩をすくめ、犬飼は駅へと歩き出し、純子もそれに続いた。
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