第三十八章 新興宗教を作って遊ぼう
第三十八章 プロローグ
・前書き
この章では、日時の表記がなされています。多少時系列がごちゃごちゃと入れ替わりますが、日時の表記は気にしなくても、問題無く読めるようになっています。多分。
A月30日 14:38
とある裏通りの小さな組織。
たった四人で運営する護衛組織。しかし四人のうち二人は、マッドサイエンティスト雪岡純子の元で改造されたマウスであり、一人は超常の力を身につけている。もう一人は怪人へと変身できる。
「犬飼さん、遊びに来た所を悪いけど、今日は仕事だからこれから出て行くよー。依頼人から秘密の護衛って言われてるから、取材もさせてあげないよー」
組織の長である青年――中田村眞一が、応接間で勝手に茶菓子を出して貪る犬飼に声をかける。最近二十歳になったばかりの青年だ。
「んー、それなら別にいいぜー。お菓子貰って茶飲んで帰るからさ」
「自分で淹れてね」
眞一が犬飼に向かって微笑むと、応接間を出て行く。
犬飼はできるだけ、純子のマウスと懇意になっておこうと考えている。深い理由は無いが、その方が楽しめるし、人手が欲しい時に何か頼むこともできる。
純子のマウスでなくても、強者は裏通りにごろごろしているが、純子のマウスの方が接しやすい。何か問題があった際は、純子に泣きついて解決も図れるという計算もある。
それに加えて話のネタ欲しさに、裏通りで働いているマウス達の仕事の様子をよく見学していた。今回は拒否されてしまったが。
一人で茶菓子を黙々と食べ、腕時計型バーチャフォンからホログラフィー・ディプレイを投影し、ネットを閲覧する犬飼。
バーチャフォンとは指先携帯電話の次世代機種であり、これまでのコンパクトでシンプルな正方形デザインとは異なり、指輪や腕輪や腕時計やイヤホンなどに組み込まれている。さらに、今まで禁じられていた脳波による操作がとうとう解禁され、スイッチ一つ入れれば、その後は頭で考えただけでも、操作可能になったのだ。とはいえ、まだ指で画面を操作しなくてはならない部分も、多少はある。
価格はかなり高めであり、何より品薄であるが、表通りよりも先に裏通りで普及し始めている。裏通りの下層チンピラやチャィニーズマフィアが、表通り相手に転売するケースも多々あるという。
ふと犬飼はディスプレイを消し、緊張した面持ちになった。殺気を感じ取ったのだ。
恐る恐る応接間を出て、リビングへと赴く犬飼。
そこでは戦いがすでに始まっていた。
狙われているのは犬飼ではなかった。組織の長である眞一である。襲撃者は犬飼を一瞥したが、何の関心も無さそうに眞一の方へと向かい合う。
襲撃者は一人。驚くほどぼろぼろの僧衣をまとった、短い白髪の初老の男だった。やたら目がギョロギョロとしており、口は半開きで、あちこち歯が抜けている。満面に心底楽しそうな笑みを広げ、錫杖を高速で振りかざして眞一に殴りかかっていた。
眞一は両腕をカマキリの鎌と化して、僧侶の攻撃を防いでいるものの、反撃する余裕がほとんど無く、防戦一方だ。明らかに僧侶のほうが押している。
やがて眞一が両手の鎌で錫杖を掴む。僧侶はそのまま力任せに錫杖を押し込もうとするのを、何とか防ぐ眞一。まるで鍔迫り合いだと、犬飼の目には映る。
「カッカッカッ、若いのにやりおるのお。さあさあ、命と命のぶつかりあい、もっと楽しまんと! これほどの娯楽は浮世にありゃせんぞ! カーッカッカッカッ!」
奇怪な高笑いをあげると、僧侶は錫杖に込めた力を抜く。そのはずみで眞一の力も抜け、体勢がぐらついた所に、僧侶の蹴りが眞一の腹に決まり、眞一の体が壁まで吹っ飛んだ。
僧服の袖や裾から覗く手足を見た限り、僧侶の体は細い。この細い体のどこにこのようなパワーが秘められているのかと、犬飼は考える。超常の力を有していると見なすのが自然だろう。
(何者なんだよ。何で眞一を襲ってるんだよ。何もかも意味不明すぎるが……それより問題なのは、このままじゃ眞一が殺されちまうってことと、俺はどうすればいいってことか、だ)
辺りを見回す犬飼。まず目に止まったものは、テーブルの上のお菓子の皿だった。武器になりそうにはない。
「何なのっ!? 眞一!?」
と、そこに、組織の一員であり、眞一の恋人であり、同様にマウスでもある、外畑町啓子が帰ってきて叫ぶ。
「逃げろ……啓子……」
起き上がりながら呻く眞一。
その眞一の見ている前で、犬飼が僧侶に後ろから椅子で殴りかかった。
僧侶はあっさりとかわし、犬飼を見て驚いた。完全に素人だ。戦闘術の欠片も習得していない。それが果敢に襲い掛かってきたという事実に驚いた。
「お前こそ逃げろよ、眞一。ここは俺が何とかするから」
「いや、犬飼さん……あんた何してるの……?」
犬飼の台詞に呆然とする眞一。
「いや、だって俺よりずっと若い子、黙って見殺しにすんのもどーかと思っ……て!」
「それでどうにかできるの!?」
言いつつさらに椅子で殴りかかり、あっさりと錫杖で受け止められる犬飼を見て、眞一は引きつった笑みを浮かべて叫んでいた。
「カッカッカッ、その理屈なら拙僧は、悪の化身ということになるよの」
おかしそうに笑うと、僧侶は大きく息を吸い込む。
危険を感じて避けようとした眞一であったが、僧侶は眞一の動きをよく見ていた。
僧侶が口を開くと、口の中から炎の玉が勢いよく吐き出され、眞一の体に直撃した。
「うわあああっ!」
「眞一ぃぃっ!」
火達磨になってのたうちまわる眞一。悲鳴をあげる啓子。
「ほい、隙ありっ」
快活な笑みを張り付かせたまま、僧侶は錫杖で眞一の胸を突き刺した。
時間が止まったかのようだった。眞一自身も、啓子も、眞一が殺されたことを理解しつつも受け入れられないといった様子だった。眞一が血を吐き出し、呆然と自分を殺した初老の薄汚い僧侶を見る。僧侶は間近でそれを見返して、汚い歯を見せてにこにこと笑っている。
「さてと……」
崩れかけた眞一の体の服を掴み、錫杖を床に立てて置く。立てて置けるような代物ではないであろうに、しかし錫杖は直立している。
「では、いただくとするかの」
(いただく?)
僧侶の台詞が、犬飼は気にかかる。
僧侶が眞一の胸の傷口に手を突きいれ、体内をまさぐり始める。
「おっ、あったあった」
喜悦の声をあげ、僧侶は眞一の亡骸から何かを抜き出した。
(植物?)
僧侶の手にある血まみれのそれは、犬飼の目には植物の根のように見えた。
「それじゃ、邪魔したのお。お嬢ちゃんの彼氏だったか? すまんことしたのー。でもまあまだ若いんだし、また良い出会いはあろうて。カッカッカッ」
場違いな明るい声と表情で言うと、僧侶は血まみれの根のようなものを僧衣のうちに収め、悠然と部屋を出て行った。
(一体何だったんだ? わけのわからないストーリーだ。流石はリアル。つまらん)
眞一の亡骸の上で泣き崩れている啓子の背を見やりつつ、犬飼は声に出さず吐き捨てていた。
***
A月29日 21:09
過去の暗い記憶と傷は未だ引きずってはいるが、それでも今幸せかと問われれば、幸せだと答えられる。
心を通わせあった相棒――運命共同体。
少年と言っても、来夢には性別が無い。男としての機能も女としての機能も、生まれつきその肉体には備わっていなかった。
自分が来夢に向ける気持ちは、きっと恋愛感情とは別物だろうと、克彦は思う。それは広義のうえでは愛なのかもしれないが、容易く言葉に出して現しきれない、深く強固な絆だ。
もし自分の側から来夢がいなくなったら、それはきっと計り知れない絶望であり、闇であり、終焉だ。来夢の言葉を借りるなら、空っぽになってしまう。もしそんなことが起こったら、速やかに自殺するつもりでいる。
来夢のいない世界に、もう用は無い。
「克彦兄ちゃん、今更何言ってるの? 俺は克彦兄ちゃんのいない世界を一年間も味わったのに」
しかしその話を来夢にしたら、来夢はむくれた。
「でも気持ちはわかる。俺もさ、克彦兄ちゃんがいなくなってから、この世界の何もかもどうでもよくなって、何もする気が出なくなって、ずっと家の中に引きこもっていたからね」
今の環境になる前の事を思い出す来夢。
克彦は自分の両親を殺害し、一年間日本中をさまよい歩いていた。来夢は克彦の消失に耐えられなくなり、引きこもってしまった。
「おじさんに導いてもらって、家の外に出て動くようになったら、世界が少しずつ変わっていった。克彦兄ちゃんも会えたし、『魔』がやってくる事も無くなった。頭が故障しなくなった」
魔とは来夢が時折死にたくなる衝動に駆られることだと、克彦は聞いている。あるいは滅茶苦茶なことをしたい衝動とも。
「そういえば来夢以外にも、魔っていう表現使う人がいたんだよ」
「へえ? 俺の知ってる人?」
克彦の話に興味を覚える来夢。
「いや、街を歩いていたら、そんなことを叫んでいた人がいた。欝になっているのは、魔に取り憑かれた人だからとか、魔を払ってやるとか。ぼろぼろのお坊さんの服を着た爺さんがさ」
「街の中で叫んでたの? ぜんまいがまかれすぎて、頭が故障しちゃったのかな?」
話を聞いて想像し、来夢は微笑んだ。
「気が触れてる……ようには見えなかった。取り巻きもいたし、何か怪しい新興宗教っぽかったかなあ」
「ふーん」
その時克彦から聞いた話は、来夢は後になって予兆であったと受けとる。
***
A月1日 18:00
その乞食坊主の名は
彼は今、散乱するゴミの中に寝転がりながら、夕焼けをぼんやりと眺めていた。
「世界というものは……実に美しいな……。カッカッカッ……げほっげほっ!」
掠れ声で呟き、無理矢理笑う。笑った直後、激しく咳き込む。
己の体が異様に痩せ細り、骨と皮だけの悲惨な有様になってどれくらい経つだろうか。咳と共に血を吐くようになってらかどれだけ経つだろうか。
「享年六十歳か。ちぃとばかし早いが、区切りはいい。うん……」
赤く染まった空を見上げて目を細め、漸浄斎はこれまでの人生にあった出来事の数々を思い出す。
「いい人生だった。しかし……」
やはりまだ生きたかったと、声に出さずに思う。
いろいろあって、仏門を叩いたはいいが、そこからまたいろいろあって、乞食坊主と成り果てて、托鉢で飢えを凌ぐ日々。そして体を壊し、今はこうして安楽市の外れの丘陵にある、不法投棄されたゴミの山の上に大の字に寝そべって、最期の時間を楽しんでいる。
「おっと……忘れる所じゃった。せっかく最期に取っといたというのに」
懐から170円のカップ酒を取り出し、蓋を開けて口につける。
「カッカッカッ、実に美味し。人生で一番美味い酒ぞ。最高の美酒。彼岸を前にして呷る一杯。これほどの贅沢が果たしてあろうか」
恍惚とした表情で語り、夕焼けに見とれていたその時であった。
「本当にそうか? そのまま死んでよいのか?」
漸浄斎に間近から声をかける者があった。しかし漸浄斎は大して驚きもしなかった。お迎えがとうとう来たと、そう受けとっていた。
「意地悪なお迎えさんじゃのー。せっかく人がいい気持ちに浸っておるというのに」
「お迎えさんではない」
真面目に否定したその声が、すぐ耳元で聞こえたので、反射的に目がいく。そして顔の近くにいたそれを見て、漸浄斎は驚いた。
それは一見して小人であった。それは人と植物を混ぜたような生き物であった。頭からは鮮やかな赤い花を咲かせており、背中からは翼のように二枚の葉を生やし、脚の先は根っこのようになっていた。
「お前の本心は違うだろう? 私にはわかる。人生を悔いている。やり直したいと思っている。まだまだ生きたいと思っている。無理矢理悟った風に終わらせたいだけだ」
「カッカッカッ、言ってくれるわ、この妖怪変化は」
小人の指摘に、渋い笑みを浮かべる漸浄斎。
「私と一つになれば、お前の望みをかなえてやれる。お前の体と生への執着を苗床にし、新生の花を咲かせられる」
「乞食坊主、今際の際に妖の誘惑を受ける――か。それもまたよかろう。拙僧が未熟故の成り行きであろうよ。して、お主の名は?」
「個の名など無い。だが種族としては、一部の者よりこう呼ばれている。アルラウネ――と」
漸浄斎の問いに、人外のそれは無機質に響く声で答えた。
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