第三十七章 18

 香苗が警察署に戻ると、梅津から、李磊達に剣持を暗殺に行かせる話を聞かされた。そしてそれに協力するため、信用できそうな構成員の容姿をスケッチするので、その手伝いをするよう言われた。


「よろしく頼んますねー」

 へこへこと頭を下げる李磊。


「いや、スケッチなんてしなくていいわ、それ。私も同行させてよ」


 香苗は眉をひそめて、梅津に向かって要求する。無視されたかのようで、李磊はしょんぼりとしかけたが、同行すると言われたのは心強くて嬉しい。


「その方が一番手っ取り早いでしょーに。私の昔の仲間だって、私が直接出向けば話もしやすいしさ。私を省くと負けになる理由が何かあるの?」

「いや……特に無いが」


 不服げに問いかける香苗に、梅津は訝りながら否定した。


「じゃあ最初っから私も同行路線にしときゃーいいものを。外部の力を借りるだけではなく、外部の力を借りてこっちも力を貸して共闘するのは、負けだとでも思ったの?」

「意味わからん……」


 香苗の言葉を聞いて、ぽつりと呟く李磊。


「李磊の方に遠慮したというか、李磊達に任すなら李磊達だけに任せるみたいな風に自然に考えていて、そこまで気が回らなかったんだわ」

「あるある、そういうこと」


 面倒臭そうに釈明する梅津と、一応フォローする李磊。


「まず銀二を捕まえて、直接話を聞くわ。もちろん銀二との交渉は私がする。いや……あいつに頼んで、夜中にこっそりとアジトに潜入する手引きをしてもらうことにするわ」

「あまりしんどい要求させると、そいつが負担じゃないか? いや、負担どころか危険になるぞ」

「そんなこと言われんでも私だってわかってるわ。あまり危険なことはさせたくもないし」

「何か随分と苛々してるな?」


 香苗の刺々しい言動と険のある表情に、梅津が眉根を寄せて指摘する。


「ごめん。ちょっと霧崎の所行って改造してきたからね」

「もう動いて大丈夫なのか?」

「機械部分しかいじってないから、安静にして休む必要は無い……と言いたい所だけど、それでも体いじられた影響が、頭の中にも出てるみたい。私、髪切ったり爪切ったりするだけで、かなりストレスになるくらい神経過敏だから」


 香苗がぼさぼさの髪をいじりながら、決まり悪そうに言った。


(この性格で……私が肉塊の尊厳のボスしてた時、下の連中に当たった事もあったなー。特に光男に対してだけど)


 それでも香苗が部下達に疎まれなかったのは、公平かつこまめに気配りの利くリーダーであったが故であった。


***


 肉塊の尊厳本拠地。


「今日は夕月さんと訓練じゃないのか?」


 娯楽室で読書に耽っている光男に、銀二が声をかける。


「うんっ。毎日トレーニングはよくないから、休みもちょくちょく入れるようにってっ」

「なるほど」


 明るい顔をあげる光男を見て、銀二はほっとしながら、隣に座る。落ち込んだ時や不安になった時は、光男の明朗な笑顔を見るだけで救われていた。


「銀二、怖いの?」


 他人の心情の変化には常人以上に敏感な光男が、ストレートに訊ねてきた。


「怖いに決まってるさ。これまでだっていろいろと怖かった。いつかサツに捕まるんじゃないかって。で、とうとうその時が迫っている感じだろ」

「大丈夫っ、僕が頑張って皆を守るからっ」

「光男が一人で背負い込むことはない。皆で守るんだ」


 喋りつつ銀二は人差し指を立てて口元にあて、ホログラフィー・ディスプレイを開く。


『竹田さんの協力も借りようと思う』


 銀二のうちこんだ文字に、光男は目を見開き口も大きく開けて驚いていた。


『どうにかしてもう一度接触したい。具体的にどう助けてほしいとか、そういうのは全然考えてないけどさ』

『駄目だよっ、もう竹田さんは敵なんだっ。敵に頭を下げるなんてっ。しかも警察だよっ。皆逮捕されちゃう……いや、あの動画見なかったの? 皆殺されちゃうよっ』


 光男もホログラフィー・ディスプレイを開いて、文字を打ち込んで会話する。構成員全員に盗聴器が仕掛けられているから、こうするしかない。

 ちなみに娯楽室内には監視カメラも仕掛けてあるが、うまく映らない角度にしてある。


「そうだな。光男の言うとおりだ」


 突然会話が途切れても不自然なので、声でのやりとりも混ぜておく銀二。


『竹田さんがそんなこと許さないと思う。警察には……逮捕される方がましじゃないかな』

『駄目っ。そんな裏切りは僕が許さないよっ』


 銀二の提案を光男は却下した。しかしこれは銀二も大体予想していたことだ。光男はこの辺の融通が利かない男だ。それでも事前に話を耳に入れておくことは大事だと銀二は考えた。


「相変わらず難しい本読んでるんだなあ。理解できてるのか?」

「馬鹿にしないでっ。馬鹿だけど馬鹿にしないでっ。理解できるまでちゃんと読んでるっ」


 盗聴器も意識して声での会話もする二人。


『それに構成員達は皆恐怖で縛られていて、剣持さんに逆らおうとはしないよ。剣持さんの命令なら、怖がりながらも、何でも従うと思う。家族を人質にされている人もいるんだよ。それなのに警察と通じてしまっていることがバレたら、銀二が剣持さんに殺されちゃうよ』


 光男のその主張は銀二もわかっていた。メンバーは皆剣持に反感を抱いているが、それ以上に恐怖が根付いている。


 全員で一斉蜂起して剣持を殺すといったことは、発想としてはあるが、とても出来ないであろう。そもそも剣持自身がかなりの強者であることを皆知っているし、先頭だって向かっていこうとする気にはなれない。

 そして剣持は恐怖支配だけでなく、飴と鞭を使い分けている。ただ恐怖で縛っているだけではなく、組織の利益を上げ、かなりの贅沢を構成員にさせている。それも剣持に逆らいづらい理由の一つだ。警察の目から逃れ続けて上手くやってきたことも、剣持がいたからこそである。


 しかし安寧が崩れかけている今、剣持の支配から逃れやすくなったとも、銀二は考えている。

 そして剣持体制を崩すには、この組織の危機を救うには、皆から慕われているボスである光男の理解と協力は必須だ。


(どう説得したらいいんだ……。何とか光男をもう一度竹田さんに引き合わせて……。俺では無理だし、竹田さんに頼むしか……)


 香苗には遠まわしにここの場所を伝えたが、果たして見つけてくれたかどうかもわからなければ、香苗だけで来てくれるかどうかもわからない。

 警察がこちらを皆殺しにするということは、無いと信じたい。香苗が抑えてくれると思いたい。しかしその保障も無いし、香苗が抑えられなかったら、自分が組織を破滅に導くきっかけを作った事になると、銀二は思う。今、非常に危うい綱渡りをやらかしていると、意識する。


***


 肉塊の尊厳本拠地から少し離れた場所で、アジトの建物が見えるマンションの一室から、裏通り課刑事である河西法継と他の警察官数名が、張り込んでいる。

 香苗、李磊、真、アドニスの四名は、まず河西達がいる部屋へと赴き、張り込みに混ざって待機する格好となった。


 目的は、建物の中から銀二が出てくるのを待つことだ。銀二が出てきたら、香苗が接触に向かう予定である。


 交代でもって、窓から双眼鏡で覗き続ける作業が続いている。真、李磊、アドニスの三名もこれに加わったため、最初から張り込んでいた警察官達は大分楽になった。


(相変わらず可愛いなあ、この子。お持ち帰りしたいわ~)


 双眼鏡を覗く真の横顔を見て、邪なことを考える香苗。可愛い系の男の子には目が無い。真のような顔はよくて無愛想なのもまたよい。引っぱたいたらどんな感触だろうか、どんな反応をするだろうかと、物騒なこともついつい考えてしまう。


「また出てきた」


 真の報告を受け、香苗は気を引き締める。真から双眼鏡を渡されて、確認する。人が出入りする度に、香苗に渡されてチェックしている。


「ビンゴ……」


 ようやく目当ての銀二が現れたのを確認し、香苗が呟いた。その香苗の呟きを聞き、部屋にいる全員、この作業の終わりが見えた事に安堵していた。


「少し離れた場所で接触してくる」

 そう言い残して、香苗は部屋を出て行った。

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