第三十六章 13
(よし、伽耶と麻耶があの怪獣を相手にしてくれるようだから、彼女達の努力と心遣いを無駄にしないためにも、私はこの隙に逃げさせてもらおう)
俊三は真面目にそう思い、駆け出した。
「ぐはっ!」
逃走はわずか3メートルしかもたなかった。またあの不可視の散弾を後方頭上から食らい、うつ伏せに倒れる。
「女を囮にして逃げるのか。大した男だ」
鋭一が現れ、侮蔑しきった眼差しと共に言う。
「それが男の浪漫だと君にもわかっているだろう? それとも羨ましいかい?」
喋りながら、こっそりと学校敷地内にいる使い魔達を呼び寄せる俊三。
「何だ、ヒモが格好いいと思っているタイプだったのか。ますますもって屑だな」
喋りながら、こっそりとロックオンを行う鋭一。
竜二郎、善治の二人が鋭一の後方から現れる。それを見て、自分が呼んだ使い魔達はまだかと、俊三は焦燥感を覚える。
「逃がすか」
孕杖も俊三に反応し、そちらに向かおうとしたが――
「優しい束縛」「甘い拘束」
伽耶と麻耶が即興で作った呪文を唱えると、かぐわしい香と柔らかな感触が、孕杖の全身を覆い、頭がぼーっとして動けなくなる。
「お、おのれ……」
理性を完全に失いきっていない孕杖が、術に抵抗(レジスト)しようと、必死に気を張る。
俊三が呼び寄せた使い魔達が一斉に集まってくる。黒い人型の使い魔が十体集結する。フォルムこそは人のそれだが、肌は光沢のある黒一色で、顔に目も口も鼻も無い。
集った使い魔達を見て、孕杖、鋭一、善治の三名は絶句した。牛村姉妹は顔をしかめ、俊三と竜二郎はにやにやと笑っている。
使い魔達は切断した首や手足、えぐりだした臓物などを紐で繋げて、首から幾つも下げていた。それらの生首には、見覚えがある。先程逃げ出した子供達や教師のものだ。
「何て奴だ……」
それを確認した孕杖が呻く。
「全部殺しておきたかったんだけど、結構逃げられてしまったよ。数が多かったし、ばらばらに逃げたからね。使い魔の遠隔操作も中々大変だったし」
俊三が和やかな笑顔で話す。
「お前は……何でそんなことを笑いながらできるんだ!」
鋭一が怒号を発すると、俊三は小馬鹿にしたようにお手上げのポーズを示した。
「おいおい、怒りをぶつける相手が違うだろ。これは君達の落ち度だ。私を責めてどうするのさ。あの子達の安全を第一に考えるのなら、ちゃんと外までエスコートしてあげるべきだったのに、君達が揃いも揃って間抜けなおかげでこの子達は死んだんだ。君達が殺したも同然であり、責められるべきは君達だ。そもそもどうして私が一人だと思ったんだい?」
「確かにお間抜けさんでしたねえ。次からは気をつけましょう」
一人遅れてやってきた優が告げ、心の中で黙祷を捧げる。複数の犯人がいるという話であったし、ゴーレムか使い魔がいるとも聞いていた。それなのに、皆してターゲットにばかり気をとられていた。あるいは牛村姉妹の挙動にばかり注意していた。俊三の言うとおり、揃いも揃って間が抜けていたと認める。
「私達のこともディスってるの?」「伽耶も間抜けだってこと?」
同時に台詞を放った後、伽耶だけが顔をしかめる。
「ちょっと麻耶……失態は二人共」
麻耶の台詞を訂正する伽耶。
「助けにきてくれた君達に、こんなことを言うのは心苦しいけどね」
麻耶と伽耶に向かって肩をすくめ、微苦笑を浮かべる俊三。
「いいから貴方は大人しくお縄について」
「檻の中で反省して」
少しずらして伽耶と麻耶が言った直後、孕杖が俊三へ向かって動き出す。俊三の非道な行いに対する怒りが、拘束の術を破った。
「貴方の相手は私」「そっちは駄目」
牛村姉妹がそう言って軽く手を叩くと、孕杖の方向が無理矢理変えられ、姉妹と向かい合わせられる。
使い魔達が鋭一達に襲いかかる。
「鋭一君を守りましょー。彼はターゲットにロックオンし続けるでしょうから、他とは戦えません」
「了解ですう」
「わかった」
竜二郎に言われ、優と善治が頷く。
鋭一の透明つぶての能力は、善治も聞いて知っている。多人数相手との戦闘には向かない能力だ。そもそも正面切って一対一で戦闘するタイプの能力でも無いと、善治には思えた。
優は使い魔達と、銃のみで戦うことにした。撃てば確実にひるむが、完全に行動不能に陥る事も無く、十秒程すると傷口が塞がり、また向かってくる。
(私の能力、ここで出してもいいかなあ)
優は悩む。敵の数が多く、一方的に防戦になっているし、このままでは犠牲も出かねない。しかし今回の敵はかなり手強いし、自分の能力を出すなら、相手をここで殺しきる覚悟で臨まないといけない。
(でも……)
双頭の美少女をチラリと見る優。優が手強いと認識したのは、あの少女だ。竜二郎達も彼女を特に警戒していたが、実際に目にしてみて、実感できた。
彼女はターゲットの墨田俊三より確実に強い。自分の能力の正体を知られたら、確実に対策されるか、真っ先に自分を狙ってきそうな気がする。
加えて、優としては、例え悪人でも自分の同門を救いたいという純粋な気持ちで動いている牛村姉妹は、あまり殺したくはない相手とも感じている。
善治に左右と前方の三方向から、使い魔が三匹、一斉に飛びかかる。
「人喰い蛍」
すっかりこの術が気に入った善治が、瞬時に術を発動させて迎撃した。
無数の光滅によって体中を撃ち抜かれ、使い魔達はひるんで動きを止めたものの、戦闘不能には陥っていない。三方向に分けて放った分、威力が落ちてしまった。
ひるんだ使い魔を押しのけるようにして、後方から新たな使い魔が飛びかかってくる。善治は横転して回避する。
「数が多い、このままじゃジリ貧だ」
優の隣に来た善治が呟いた。そこにまた新たな使い魔が突っ込んでくる。
(数が多いだけではなく、頑丈なのが問題ですねえ。仕方ない)
優は使い魔を見て、能力を発動させた。
その刹那、優が見た使い魔の姿が綺麗さっぱり消滅する。
「え……?」
「んん?」
傍らで見ていた善治が呆気に取られ、たまたま目にした俊三も不審げに目を細める。
善治はともかく、俊三の意識はすぐに交戦中の鋭一へと戻される。
優はさらに使い魔に視線を向けて、消滅の能力を発動させて、消していく。
「消されてる」「凄い力の流れを感じる。あの子」
麻耶と伽耶が優の方を見た。強力な能力の発動に伴う、強い力の流れが、二人には見る事が出来た。
「どうやって消してるのかわからないけど、抵抗力上げておこう」「あの子に注意ね」
(ああ、やっぱりあの人に気づかれちゃいましたあ)
こちらをじっと見つめる伽耶と麻耶を意識しつつ、優は残りの使い魔を次々と消していく。
「な、何だ……?」
自分の使い魔がどんどん消えていくという異常事態に、さしもの俊三も戦慄した。
(何だかわからないが、途轍もなくヤバい状況だ。一刻も早く逃げたがいい。しかし……)
鋭一の能力の対象にされていて、そう簡単には逃げられないことを俊三は理解している。
「拒む者」
俊三が一言呟き、懐から抜いた札を落とす。
札は床に落ちず、猛スピードで鋭一めがけて飛来し、鋭一の胸に張り付いた。
直後、鋭一の体が大きく吹き飛ばされ、体育館の壁に背中から叩きつけられる。
「惹かれる者」
俊三が一言呟き、懐からさらに抜いた札を自分の胸に張り付ける。
直後、俊三の体が吹き飛ばされるかのように飛翔すると、体育館の天井へと着地した。
「逃がすかっ!」
孕杖が叫び、体育館の上へと上がろうとしたが――
「ほげっ!?」
急に怪獣化の変身が解け、全裸の人間状態に戻ると、その場にうつ伏せに倒れた。
「も……もうか……」
体の中にいたる場所にミキサーでもかけられているような、そんな苦しさと気持ち悪さを覚えながら、孕杖は呻く。純子の弁では明日までは保つとのことであったが、予測より死期が早まったようだ。
「しっかりして」「大丈夫?」
今まで交戦していた牛村姉妹が駆け寄り、孕杖の元でしゃがみ、心配そうに覗き込みなか゜ら声をかける。
「化け物をかばう化け物が……善人面するな……。呪われろ……」
自分を覗き込む双頭の少女を見上げ、荒い息をつきながら、顔を歪めて呪詛を放つ孕杖。
しかし麻耶も伽耶も動じることなく、慈しみをこめた眼差しで孕杖を見下ろしながら、その頭を自分の膝の上に乗せ、額に手を置く。
「安らかなる旅路を」「穏やかな終焉を」
即興で作り上げた魔術効果によって、孕杖の苦痛が取り除かれた。
復讐を達成できず、口惜しがりながら死んでいく者に、こんな程度のことしかできないと、麻耶と伽耶は意識する。
激しく罵ったにも関わらず、自分に慈悲の心で接し続ける少女に、孕杖は罪悪感と安堵の念を同時に抱く。
「ごめん……。今のはただの八つ当たりだ。忘れてくれ……。ごめん……」
自分の中から命の灯が消えていくのを感じながら、孕杖は麻耶と伽耶の二つの同じ顔を見上げて涙を流し、掠れ声で謝罪の言葉を口にした。
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