第三十六章 2

 高嶺流妖術は、霊的国防に携わる老舗の大家の一つであり、格としては星炭とほぼ同等だが、人数はやや劣る。それでもかなりの人数を擁するが。


 事件が起こったのは、高嶺流妖術の妖術師達が任務をこなしている最中の出来事だった。

 都内某所で妖怪が現れたという噂を聞きつけ、調査に向かった所、現地で術師達は殺されたという。

 妖怪に返り討ちにされたのかと思われ、さらに人員を投入して調査をさせたが、やはり殺された。


 高嶺流は体面を重んじ、この件をどこにも漏らすことなく、さらに人員を投入したが、三組目も全て死体となった。自分達で解決しようとして被害が拡大してしまい、その時点で国にも知られてしまった。


「妖怪に遭遇して殺されたのではなく、国仕えの術師を専門に殺している者――つまり国外の関与ではないかと、国は疑っているようだ。しかし高嶺流はそれを口外せず、自力で真相を突き止めて解決したがっている。体面を重んじてな。で、我々の任務内容は、その真偽を確かめることだ」


 殺人倶楽部の本拠地。竜二郎、鋭一、そして善治を前にして、壺丘が告げる。


「高嶺流という連中は確かに老舗だし、人数の規模は相当なものだが、抜きん出た力を持つ術師がいない。その点では星炭には大きく劣る。格では同列扱いされているが、実際の実力は異なる」


 超常業界の事情を善治が解説する。


「そのくせプライドだけは高い困った連中、か」


 眼鏡に手をかけつつ、侮蔑を込めて吐き捨てる鋭一。


「無能な御方ほどプライドが高くなり、口だけは達者になるもんですよー。自己防衛のためにねー」


 朗らかな笑顔で毒を吐く竜二郎。


「そんな無能らでも、国にとっては大事な戦力だ。これ以上被害を出さないために、そしてその無能の面子と機嫌を守るために、こっそりと真相を確かめるというのが、君等の任務だ」


 壺丘も不機嫌そうに言った。どう考えても馬鹿馬鹿しい仕事である。


「真相を確かめるだけか? もし殺されているとして犯人を見つけたら、犯人を殺してしまえばいい」


 仮に国の疑い通りに、意図的に術師を殺している犯人がいたのなら、見つけ次第処分しなければ意味が無いと、鋭一は思う。


「無理をしなくていい。殺人倶楽部に出された指令は、あくまで現段階では真相を確かめるだけだ。もし本当に他国からの干渉なら、対処は他に任せる予定なのかもしれないしな」


 鋭一の方を見て、たしなめるように壺丘が言った。


「続け様に妖術師を殺害している者達だとしたら、それなりに手強いでしょうしねー」

 緊張感の無い面持ちで竜二郎が言う。


「目の前で人が殺されかけてても、放っておけって話にもなるぞ」

 鋭一が指摘する。


「それは流石に嫌か」

 鋭一の性格を考えて、壺丘が微笑む。


「実は高嶺流は、国が直接的に霊的国防に関与するのは反対なんだとさ。芥機関にも否定的態度を取っていたが、星炭流呪術の顛末を知り、殺人倶楽部の存在を疎みつつも、声を出して反対はせずというスタンスらしい。そんな連中が殺人倶楽部の力を借りたとなると屈辱だろう。だからまずはプライドを傷つけないよう、こっそり真実を確かめるんだ」


 壺丘の話を聞きながら、鋭一はどんどん苛立ちが増していく。


「そんな連中が、殺人倶楽部に尻拭いをしてもらった事を知れば、傑作じゃないか。俺達で事件を解決して、それを明るみにして大恥かかせてやるのは面白くないか?」

「何を馬鹿なことを言ってるんだ」


 皮肉たっぷりに提案した鋭一に対し、善治が怒りと呆れが混ざった声でつっぱねた。


「任務の内容が、彼等のプライドを傷つけないようにと言われているのに、それに真っ向から逆らう気か? それに加えて、星炭も関わっていることを忘れるな。殺人倶楽部と、星炭流という他流派の、両方に尻拭いをされたとあれば、相当な屈辱となるであろうし、星炭もいらぬ恨みを買いかねない」

「助けてもらっておいて、その相手を恨むようなふざけ連中なのか?」


 正論をかます善治に、鋭一も怒気を込めた声で問う。


「話を聞く限りではそうだろう」

 溜息混じりに答える善治。


「お前はそれを受け入れられるのか? 頭にこないのか? こんなふざけた仕事。無能な餓鬼の尻拭いみたいなもんだぞ?」

「頭にはきている。しかしそれが与えられた任務だろう?」

「任務と言われれば思考停止して受け入れるのか?」

「思考停止はしないが、気に入らないからといってブチ壊していいわけあるか」


 言い合いをしつつも、真っ直ぐな怒りをぶつける鋭一に、善治は内心好感を抱いていたが、だからといって感情任せに卓袱台を引っくり返すような真似など、容認できるはずがない。


 さらに言うなら、国仕えの術師の流派は皆似たようなものだと、善治は知っている。


 善治としては、高嶺流を笑う気になれない。星炭流とてつい最近までは、他流派の力を借りるなど恥と考えていた者の方が多かった。

 故に難解な任務も星炭だけで、しかも少人数で押し通そうとして、その結果、犠牲が出ることも多々だった。継承者争いの騒動以降、その姿勢も改める事になり、難解と思われた任務は、ギャラが減ろうと見てくれが悪かろうと人数を増やして臨み、可能であれば他所とも協力しあっていくという方針に落ち着いた。


「うわー、やっぱり鋭一君より夕陽ケ丘君の方が大人になっていましたねー」


 竜二郎が茶化すが、鋭一はそちらには無反応で、善治を睨んでいる。


「気に入らないならお前は降りて、別の奴と代わってもらえばいい」


 言うべきことは言わねばと思い、善治ははっきりと告げる。


「夕陽ケ丘君は相変わらず言葉に遠慮が無いですねー。それは喧嘩売ってるだけですよー」

「こう言うしかないだろう。答えはこれだろう」


 竜二郎に呆れ気味に言われ、むっつりとした顔で言い返す善治。


「我慢の限界まで挑んでみるさ」


 眼鏡に手をかけつつ、鋭一は善治を睨んだまま静かに言い放つ。


「まずどうする?」

 鋭一が伺う。


「セオリーに従えば、高嶺流の人達が殺されたという現場に行ってみるのがいいでしょうねー」

「それで異議無し。高嶺流も今は様子を伺っているようだし、早い所動いた方がいい」


 竜二郎の提案に、善治は頷いた。


「相変わらずの石頭だ」


 善治がトイレに行った所で、鋭一が忌々しげに呟く。


「タイプは違うが、お前もお前で結構頑固者だぞ」


 壺丘が笑いながら指摘したので、むっとする鋭一。しかし言い返しはしない。自分でも認めてはいる。


「どうせなら星炭と虹森が来ればよかったのに、何でよりによってあいつなんだ」

「まあまあ。とはいえ僕と鋭一君の二人だけだったら、鋭一君の考えた通りにしてたでしょうけどねー」


 にやりと笑う竜二郎。


「夕陽ケ丘君は僕のことを嫌いみたいですが、鋭一君のことはあまり嫌っていないようだから、僕の代わりにちゃんと仲良くしてくださいよー」

「俺はあいつが嫌いとはまでは言わないが、正直あまり付き合いたくは無い。融通が利かないし、たまに会話も通じない」


 無責任に人に振ってくる竜二郎に、鋭一は溜息混じりに言った。


***


 少女は呪いをかける。

 今までに己の呪いをかけられた者の数がどれほどか、少女は全く知らない。数えられない。何故なら呪いは彼女が認識せずとも、特定条件によって自動的に発動するよう、仕掛けておいたからだ。


 少女は己の顔を隠さない。

 故に呪いがかかる。人を無断で見世物にしようとする不届き者など、呪われて当然だと思うので、情けはいらない。同情もしない。

 その一方で少女は、ちゃんと自分に声をかけ、要望を訴えて確認した者には、呪いをかけないし、にこやかに対応して、撮ることを許可するようにしている。


『今日の電車内で見つけたハゲ!』


 ハゲ画像をアップロードし、コメントを書き込む。


 自分がおかしいと感じた者は何でも撮影し、SNSに上げる女子大生。今日も絶好調であった。

 そんな彼女の前に、とんでもない者が現れた。


 黒いブラウスとロングスカートに、かなり濃い赤のカーディガンを着た、十七、八歳ほどと思われる少女。まっすぐ伸ばされた艶やかな黒髪を背中まで伸ばした、面長な顔立ちの美少女だった。

 少女が電車の中に入ってくると、皆ぎょっとしていた。そしてそそくさと目を逸らす者ばかりだった。


 少女は同じ顔が二つあった。首から先が二つに割れて、頭部が二つ存在していた。

 結合双生児――シャムの双子とも言われているが、文字通り体の一部分が結合している双生児のことである。

 正確な統計は不明だが、五万から二十万のうちに一組ほどの割合で生まれ、出生の時点で半数は死に至り、三割以上が三日以内に死に、さらに一歳以上まで生きていられるのは1%程と言われている。


(すっげー、作り物じゃなくて本当に同じ顔が二つあるよ。しかも凄く綺麗。こんなのが堂々と電車の中に入ってくるとか、おもしろーい。よっしゃーっ、パシャッいくよ、パシャッ)


 面白いものを見つけたらどこであろうと何であろうと誰であろうと、撮ってSNSに上げねば気が済まない彼女が、このシャッターチャンスを逃すわけがなかった。


(いっけーっ! パシャッとなーっ!)


 指先携帯電話のカメラを向け、気合いを込めて撮る。


(よっしゃーっ、早速上げなくちゃ。えーと、コメントは……)


 コメントを考えていると、急に彼女は気分が悪くなった。


(何……? 私、どうしたの? 吐き気と眩暈と頭痛と……胸の奥も苦しいし、お腹も変だし……何これ……体がおかしい……くる……しい……)


 全身の至る所に強烈な苦痛が生じ、そして意識が遠のいていくのがわかる。自分が消滅しようとしている事が実感できる。


(私、死ぬ……? 嘘よ……。どうしてこんな……)


 彼女が死を実感した直後、物凄い勢いで脳裏を映像群がフラッシュバックしていく。

 見覚えのある禿頭が鮮明に、次から次へと頭の中に映し出されていく。全て彼女が撮ってSNSに上げた禿頭達だ。


(やだ……何これ……走馬灯……? ていうか、何でハゲがっ!? 今まで撮った禿頭ばかり出てくるのよ……最期に思うことが……ハゲラッシュなんて……私の人生一体……私……そんなに禿が……好きだったの……?)


 最期にそんな疑問を抱くと、彼女の意識は途絶え、電車の中で倒れた。

 周囲の乗客が声をかけ、倒れた彼女の様子を伺う。


 わりと近くにいたので、少女はその様子を知ることができた。即ち、自分を無断で撮影して晒そうとした者に、自動的にかかる呪いが発動した事も、知ることができた。

 倒れた女性と、それを気にかける周囲の乗客の様子を、四つの大きな黒い瞳が、冷たい眼差しで見る。


「世界のどこに罠が潜んでいるかわからない」「自分がどこで罠を踏んでいるかわからない」


 二つの口がほぼ同時に動く。


「私の罠は」「私の呪いは」

『悪しき者でなければ避けられる』


 二つの口から発せられた言葉が、完全にハモる。

 しかし少女の台詞は小声であったし、周囲の乗客は皆、倒れた女性に気をとられていたので、誰も聞いていなかった。

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