第三十五章 27

『と、その前に、会場に集った皆さんに、是非とも耳に入れていただきたい話があります。一人の少女の物語です』


 急にアナウンスが哀しげな声で語りだす。


『少女と殺人鬼という組み合わせは、創作ではわりとありがちです。しかし、現実にもこの組み合わせが存在しました。日本史上最悪の連続殺人鬼――最悪のタブーと言われた谷口陸は、一人の少女と流浪の旅をしていました。二人は奇妙な信頼で結ばれていました』

「そういうことか……」


 アナウンスの意味を察し、真が不機嫌そうな声を発する。もちろん純子も百合も他の者も、気づいている。


『盲目の殺人鬼谷口陸は、月那美香を狙いましたが、彼女はマッドサイエンティスト雪岡純子のマウスであり、雪岡純子とも懇意の間柄。雪岡純子と相沢真らによって、谷口陸は返り討ちにされ、少女は一人、残されてしまったのです』


 名前が挙がり、たまたま純子、真、美香、二号の側にいた者達の視線が、一斉に振りそそぐ。


「しゅあぁーっ! しゅああぁーっ! ふよぉおぉーっ!」

「威嚇するな!」


 がにまたになり、両手を斜め上に広げて手を鉤爪状にして、おもいっきり顔を歪めて、奇怪な声で叫ぶ二号を、美香が注意する。


『少女は哀しみのあまり、谷口陸と同じようになろうとして、自分で自分の目玉をくりぬいてしまいました。しかし少女はいつになっても、谷口陸のように、目がなくても世界が視えるようにはなりません。ある日、少女はラットと呼ばれる者達と出会いました』

「ラットのこともここで公開する気ですの」


 百合が呆れて息を吐く。マッドサイエンティストの実験台となった人間はマウスと呼ばれることは、わりと知る者が多い。しかしラットとは、純子の実験台のみに使われる言葉だ。それを知る者は少ない。


『ラットとは、雪岡純子のマウスの中でも、特に雪岡純子を慕う者達の総称です。しかし雪岡純子は天性の天邪鬼です。自分に反感を抱き、不忠者である相沢真のような者は手元に置く一方、自分を慕う者は冷遇し、虐げたのです。この虐げられて絶望した者達こそが、ラットなのです。ラット達は主である雪岡純子の仕打ちに涙し、やがて結託し、協力しあい、今日、新生ホルマリン漬け大統領を築くに至りました』


 話の繋げ方の強引さに、関係者の何人かは呆れている。


「瑞穂は相当お前を恨んでるんだな……。もしかしなくても百合以上じゃないか?」

「うん……そんな気がしてきた」


 真の言葉に、純子は苦笑いを張り付かせたまま言った。


『ラットは少女の悲運を知り、少女はラットの悲劇を知り、両者は手を結んだのです。その少女――進藤由紀枝と、ラットのリーダーにして新生ホルマリン漬け大統領の棟梁、甘粕瑞穂の入場です』


 スポットライトがあてられ、二人の少女が手を握りあって並んだ状態で現れ、リングに向かって歩いていく。

 よくわからない演出と話なので、拍手する者はいなかった。


「正直演出だめだめだよねえ……」

「私もそう思う。だから何? って感じで、ついてけいない人が多くない?」


 睦月と亜希子が囁きあう。


「瑞穂って人、ママ以上に純子のこと恨んでて、粘着質じゃない?」


 はからずとも真と同じ台詞を、百合にぶつける亜希子であった。


「私とはまた違う方向性ですけどね」


 少なくとも自分はこんなわけのわからないことをして、大勢の前で暴露もしないと、百合は思う。こんなことをして何が楽しいのかと、百合には瑞穂が全く理解できないし、理解したくもない。


 防弾ガラスの入り口を開け、リングへと上がる由紀枝と瑞穂。リングの上に上がったところで、瑞穂は由紀枝の耳元で囁き、現在の状況を説明していた。


『今回のイベントは、単に裏通りの腕利き達が戦いあう見世物というだけではなく、雪岡純子と、彼女に虐げられたラット達と、彼女に恨みを抱く者達という構図も含まれています。出場者の中には、かつて相沢真に所属する組織を滅ぼされた、タブーの睦月もいます』


 ここでようやく会場にいる客達は、これまでの説明が何を意味するか理解し、興味を惹かれた。一方で、自分の名を挙げられた睦月はげんなりしていたが。


『そして雪岡純子とその下僕達と因縁ある由紀枝にも、ゲームの重要な役割を担っていいただきます』


 とうとう下僕扱いされ、憮然となる美香。真は無表情のままであるが、頭の中でシラけきった顔の自分を思い描いている。


『このリング上にて、由紀枝が常に歩き回ってもらいます。プレイヤーはリング上で戦ってもらいますが、絶対に由紀枝に触れてはいけません。もちろん由紀枝を攻撃してもいけません。直接触れずとも、能力や飛び道具で触れてもいけません。一切干渉不可です。歩き回る由紀枝を上手に避けながら戦ってください。もし由紀枝に触れたら、会場が爆発します』


 アナウンスの最後の一言に会場内がどよめいた。絶句している者も少なくない。


「へー、リングが爆発ならまだしも、会場そのものが爆発とはねえ。中々粋な発想じゃない」

「リングが爆発も駄目だろ!」

「というか、どこが粋なんだよ。どこも粋じゃないぞ。雪岡は粋の意味を間違って覚えてないか?」


 純子が笑顔で感心したように呟き、美香と真が突っ込む。


『当然お客さんも控えのプレイヤーも私も皆死にます。会場の皆さんにもスリルを味わってもらおうと、このような設定にしました。怖い人は今のうちにお帰りください』


 アナウンスに従い、何人か出て行く者はいたが、大半の客は残っていた。


「客も命知らずばかりかい」

 呆れる二号。


「命がけでも観戦したい――そっちの方が面白いと感じる人達の方が多いんだろうねえ」

「危機感の無さもあると思います。僕達も人のこと言えませんが」


 純子と累が言う。


「僕達も全員巻き添えで殺す気という可能性はないか?」


 やけになった瑞穂が道連れという展開を考えれば、真もさっさとここから立ち去りたい気分だ。


「そのためにわざわざ頑張って組織作りして、誘き寄せたってこと? しかも瑞穂ちゃんと親しい人もいるのに? 私は違うと思うけどねえ。いくらなんでも瑞穂ちゃんはそこまで破滅的なことしないよ」


 と、純子。


「会場全部爆発する仕掛けを作っただけでも、わりと破滅的だと思うけどな」

「それはスリルの問題だから別でしょー」


 真と純子が会話をしていると、リングの四方向に、巨大なホログラフィー・ディスプレイが投影された。出場選手の名前が並んでいる。


「結構多くの選手が集められてるねー。ホルマリン漬け大統領主催のゲームの、常連プレイヤーもわりといるし」


 出場選手一覧を見ながら言う純子。全部で二十二人の出場選手名が並んでいるが、対戦カードはまだ出ていない。


「あいつもいるのか」


 その中にアドニス・アダムスの名が記載されていたのを見て、真が呟いた。


「勝ち抜きトーナメントとかじゃなく、ただ一対一の繰り返しだけ?」

 二号が疑問を口にする。


「んとね、むかーしホルマリン漬け大統領で、漫画よろしくトーナメント戦とかしたんだけど、それが大失敗に終わっちゃって、以後それはやらなくなったみたい」

「何故に?」


 不思議そうに小首をかしげる二号。


「勝者も負傷者続出だったからだよー。リザーバーも用意してあったけど、足りなくなっちゃったって。勝ち進む度に勝った方も空欄てことが増えて、最後は全員負傷が激しくて、準決勝でリタイアして、決勝戦できなくなっちゃったって」

「な、なるほど~……リアルな殺し合いトーナメントってのは無理があるんか」


 純子の話を聞いて、大いに納得する二号であった。


『では第一試合! 相沢真vs清水長五郎! 名を呼ばれたプレイヤーの方は、リングにお上がりください!』

「いきなりか」


 名を呼ばれ、リングの方を見る真。


「せっかくプロレスっぽいリング用意しているのに、花道の入場シーンは無くて、いきなり客席から上がるって、どうなんだ……。演出無しとかさ」

「真君、プロレスっぽく入場したかったの?」

「いや、それはそれでちょっと恥ずかしいから、やっぱり無くてよかった。でも僕が客の立場なら、あってほしいって思う」


 純子に問われ、真は思い直し、言い直した。


 一方、リングに向かおうとした長五郎を、勝子が後ろから抱きつく。


「おいおい、何だよ」

「ちょーごろー、人殺しなんてしちゃ駄目。もっと嫌いになる……でも好き」


 切実な響きの声を漏らす勝子に、長五郎は口元を綻ばせ、勝子の手を軽く握る。


「違う。俺は……俺の心を律するために行くんだ。戦う相手は、自分だ」


 そう宣言すると、長五郎は勝子の手を優しい動作でほどき、リングへと歩いていった。


 防弾ガラスのドアを開き、リング上へと上がる長五郎。真はすでに上っている。リング上で二人の少年が対峙する。

 無表情のままでありながら、猛悪な殺気を放ってくる真に、長五郎は顔をしかめる。


「そんなに俺を殺したいのか?」

「殺し合いだから仕方ないな」


 長五郎が問うと、真はにべもなく答えた。


「別に殺さなくてもいいルールだ。だから俺は殺さない」


 真に凄まじい殺気をあてられても、全くひるむことなく、長五郎は宣言する。


「俺が何のために戦うかって言ったら、殺さないために戦うんだ。殺意を抑えられるようになるために。例え命がけの戦いの中でもさ。お前は俺を殺すつもりでいい。そうでないと、俺の訓練にならないからな」

「わかった……」


 不敵に笑いながら言う長五郎に、真の殺気が明らかに鈍る。


(そんな話聞かされて、殺すつもりで戦えと言われてもな……)


 殺したくなくなったのに、殺すつもりで戦わないといけない――そんな二律背反を抱えるという、複雑な戦いに臨む真。

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