第三十四章 35
『テーマ4 メディアの監視役はどちらが相応しいか』
(テーマ2と3と、ちょっとかぶってるな……。2と3を踏まえたうえでの、この4というつもりだったのかもしれないけど、それでもかぶる)
ディスプレイに映った文字を見て、義久はこのテーマを考えた者のセンスを疑っていた。ヴァンダムを見ると、彼も似たような印象を受けたようで、渋い表情で肩をすくめている。
「最初からこのテーマだけでも、よいのではないかと思えるがね」
皮肉っぽく言うヴァンダムに、義久も同感であった。
「互いにオレオレアピールして、相手をけなし合戦でいいのか?」
同感であるが、義久はついつい皮肉を口にしてしまう。
「ではまず君の方からどうぞ。あのテオドールのセールスポイントと、擁護をしてみたまえ」
嫌味たっぷりに言うヴァンダムに、義久の闘志が刺激された。
「テオドールさんが――というか、マスコミ側が、メディアの監視をしてもいいのかどうかだ。さっきもやったテーマだ。えっと……今までがそうだからといって、これからも悪い部分が悪いままとは限らない。今回の騒動はいいカンフル剤になったし、同じ愚を繰り返さぬよう、テオドールさんも心がけるはず――」
途中で言葉を切り、数秒ほど次の言葉を思案する義久。
「これまでの悪い部分は、メディア側も認めていると思う。テオドールさんもこれからは改めると表明している。任せていい」
上手い言葉が見つからず、繰り返しになってしまい、義久は思いっきり渋面になった。
(ああ……もう……。我ながら切れ味が悪くなったぜ……)
何を言っても、先程話したことの繰り返しにしかならない。上手い言葉が思いつかない。
「彼が表明したからといって、世界中のマスコミがそれに従うとも限らないし、何の保障にもならないな」
しかしヴァンダムの指摘を受けて、義久の頭が超高速で働いた。
「もちろん反省しない人もいるだろうけど、従わなければ、国境イラネ記者団や視聴者側で抗議するという運びになるだろ? 特にタチの悪い人達は処罰対象となるわけだ。ヴァンダムさんがこの役を担っても、テオドールさんが担っても、やる事は同じだよ。そしてテオドールさんは、身内だからと贔屓して甘やかしたりしない」
ヴァンダムのフォローを受けて蘇ったような――言葉のトスを敵にしてもらったような、そんな感覚を覚える義久。舌が自然にすらすらと動く。
「たとえ抗議したとしても、電話の受付が『抗議があったことは伝えておきます』と言っておいて、それを上に伝えた試しなどないだろう? 少なくとも視聴者の抗議に対しては、いつもそんな対応だったマスコミが、あてになるのかね?」
相変わらず嫌味たらたらを維持するヴァンダム。
「見守ってくれてもよいのでは? それで駄目ならヴァンダムさんが動けばいい。そうなったらまた、世間がヴァンダムさんの方を信じるという流れになるかもしれない。ただ、企業やマスコミに既得権益をちらつかせて従わせたり、国の走狗になったりするやり方はやめて欲しいな。それは大衆が望むことではない。大衆の望む形でよろしく」
力強い口調で告げる義久。
「ふむ。そうなったら、私を信用して任せられると?」
「信用できないという人はきっと多いだろう。俺は……今のままでは、任せるのは難しいと思う」
嫌味ではなく真面目に問うヴァンダムに、義久が神妙な面持ちで答える。
「何であんたに任せておけないかっていうと、あんたが自分に早い段階で従ったメディアを厚遇しようとしていたとか、国と怪しい取引をしているからだけじゃない。さっきも言ったが、あんたが信用されていないからだ。あんたの人間性も問題有るとして、世界中の人々から疑われているからだ。普通の人間からすれば考えられない思考をしている事や、人の心を解さない人物であることが、普段の発言だけでも見受けられる。当たり前の常識がわかっていない。だからこそ平然と、既得権益が公平だなんて、おかしなことを口にできる」
「わかった。その辺は改めるように心がけよう。ケイトや……周囲の人間ともよく相談してな。私が失敗する時は大抵、一人で突っ走った結果だからな」
ヴァンダムがここに来て退いたので、義久は驚いた。
その部分は絶対に退かないと思っていたが、ここで改めると言われてしまっては、攻めるポイントを失ってしまう。溜めに溜めた所で、思いっきり殴りにいって、スカされたような喪失感を味わう義久。
(これは不味い……。いや、こうなることも先に予想しておくべきだった。馬鹿だ、俺は)
敵が意地を張るのをやめて、問題点を改め、あっさりとしゃっぽを脱いだ。いや、意地だけの問題ではない。すでに多くのメディアと契約しているとしたら、それはヴァンダムにとってアキレス腱であり、容易に辞めるとは言えないものだと、義久は思っていた。しかしヴァンダムはそれをあっさりと撤回するような言説をとった。
「それも信用できない。口だけなんじゃないか?」
苦しい突っ込みで追撃を行う義久。
ヴァンダムがにやりと笑う。まるで罠にかかった獣を見下ろすかのような、そんな嫌な笑みだと、義久の目には映る。今の義久の突っ込みも、予想していたと言わんばかりに。
「そこまで言ってしまえば、討論する意味が全く無いとは思わないのか? 何を口にしても、口だけという返しができる。私も君に同じことを言える。口だけではないかと」
「ああ、確かにそうだ。申し訳ない。今のは謝ります」
ヴァンダムの返しに、義久は素直に謝罪することで面目を保とうとする。
(しかし……逆に考えれば、俺がヴァンダムさんの心を改めさせたとも言えるし、何よりも、最後にとっておいた切り札に繋げやすくなるじゃないか。何でそれを考えずに焦ってた。馬鹿だ、俺は)
自分でも混乱して考えがおかしくなっていることを意識する。
「でも現時点でどちらが信じられるかを言えば、テオドールさんだと俺は思う。どちらがマシ論になってしまうけどさ。テオドールさんはマスコミを統括できる強い立場にあるし、そういう意味でも上手くやれるんだ。ヴァンダムさんだとまず組織作りから入っていく必要がある」
「グリムペニスにその役目を任せるし、組織作りから入らねばならなくても、さほど労力は要さないぞ」
「テオドールさんの方がスムーズに入れるし、掌握もできる。システムの構築も早いだろうさ」
『時間です。判定を』
ノッてきて、これからという所で、時間切れとなった。
「これはわからないよう」
「私は高田さんが取った方に賭けるわ」
弦螺が難しい顔で言い、隣に座る環はにこにこ微笑ながら言い切った。
結果はヴァンダム439、義久468。かなりの接戦だ。そしてどちらとも言えないとして、票を入れない者がまたしても多い。
義久が三連勝となった。これであとは累が勝てば、決着はつく。累が負けたとしても、最後は純粋に論戦のみとなる。現在の流れも義久にあるのは、誰から見ても明白だ
やがて累とテレンスがリングに現れる。
累はいつものパーカーに半ズボンという格好に、黒い刀を抜き身で肩に掲げて現れた。一方でテレンスは、ジャケットの懐に手を突っ込み、銃を手にして入場する。互いに得物を手にした臨戦状態での対峙となった。
「あれが最強の妖術師……雫野累か」
「酒場のピアノ弾きの子だ」
「最も神に近づいた者という異名もあるが……」
「女なの? 男なの? 男の娘なの?」
会場内は明らかに累を意識して、ざわめいていた。
(国外じゃ僕の方がメジャーだと思うけどなあ。ま、仕方無い)
敵の方が注目を浴びていることを意識し、テレンス苦笑混じりに思う。
(頼んだぞ、テレンス)
後の無いヴァンダムが、口の中で呟く。
先程の真ミラン戦とはうってかわって、互いに静かな闘気が放たれている。最小限に抑えて留めているが、抑えきれない部分が漏れて漂っているような印象だ。
累が刀を中断に構える。
それを見て、テレンスは懐に突っ込んで握っていた銃のグリップを放した。そして腰にさしてあった大振りのアーミーナイフを抜き、腰を落として構える。
「ふえぇ~、御先祖様、ありゃあ術を使う気はねーな。剣だけで戦う気だわさ」
みどりが累を見て言った。
「剣だけなら、テレンスにも勝ち目はあるのかい?」
「相当難しいと思うぜィ」
犬飼の問いに、みどりは答える。
セオリー通り、累はテレンスめがけて一直線に駆け出し、突きを放つ。
テレンスはその速度と勢いに、そして剣と体の伸び方に、舌を巻いた。気がついたら小さな塊が突っ込んできて、剣尖が間近に迫っていた。
明らかに自分の反応が遅れた事を意識しつつ、テレンスは半身になって、際どい所で回避する。
かわした後、カウンターで斬りかかるという余裕も、テレンスには与えられなかった。累は突きをかわされたと見るや、すぐさま体ごと剣を振り、回避直後のテレンスに斬りかかる。
その際、累は手の中でちゃんと剣を回転させて、殺さぬように峰打ちを行っていた。
しかし累の剣は空を切った。
(今のをかわしますか……)
確実に当ったと思った一撃であったが、テレンスは体を半身にしてかわした直後、さらに後方に上体を大きく反らして、累の攻撃を皮一枚の際どい所で凌いでいた。
テレンスが反らした上体を元に戻し、累に斬りかかる。
同時に累も――刀を振った体勢から、剣を振りなおすのではなく、腕を大きく引いて刀の柄でもって殴りかかる。今出来うる最速の攻撃を、体が自動的に選択した結果だ。
テレンスのナイフよりも、累の柄の方が若干速かった。
反動をつけて上体を戻し様、ナイフを振るおうとするテレンス。しかしそんなテレンスの鳩尾めがけて、柄が打ちこまれた。累はそう確信した。今度こそ攻撃が決まったと。実際そこは隙だらけになっていたからだ。
しかし累の三度目の攻撃も決まらなかった。それどころか、テレンスは空いている方の手で、繰り出される柄を掴んで受け止めていたのである。
驚く累めがけて、ナイフが振られる。狙いは首筋。殺気が無いのだから寸止めするつもりであろうし、首で寸止めされたら――ルール上の勝ち負けは決まらないが、それはもう敗北に等しい。少なくとも累は潔くそこで敗北を認める。
累は頭部を下げ、まるで頭からナイフにぶつかっていく格好となった。今の累の体勢では、それが精一杯だった。
(ちょっ……)
テレンスがその動きに慌てるが、もう止める事はできない。ナイフを振りかぶり、血がしぶく。
累が至近距離からテレンスの膝に蹴りを入れ、同時に体を思いっきり後方へと引く。これで両者の合間に、少し距離が開く。
美少女のように愛らしい顔には、大きく斜めに切れ目が入り、血がだらだらとこぼれ落ちている。ナイフの感触からして、骨も切り裂いたと思われる。
顔面を血まみれにして、明らかな重傷を負い、しかし累は朗らかに笑っていた。そして歓喜と共に、静かに殺気を迸らせていた。
一方テレンスは全身から汗を噴出している。一連の攻防は、全て際どい代物で、自分でもよく凌げたと驚いている。
累が再び踏み込む。今度の突きは最初のそれよりさらに鋭い一撃であった。
今度はテレンスの回避が間に合わなかった。最初と同じように体を横向きにして、腰を引こうとしたが、その回避に合わせて突きの軌道も修正され、累の黒い刀がテレンスの肌を突き破り、脇腹を貫通する。
テレンスは脇腹を貫かれたまま、ナイフを累の喉めがけて突き出す。累は体を傾けてかわすと、剣を引き抜き、さらに突きを見舞う。今度は喉を狙っている。
累の刀がテレンスの首横をかすめる。またも皮一枚のぎりぎりの回避。累はこれを避けたテレンスを称賛したい気分であった。よく避け続けている。それでいて防戦一方にもならず、攻めもしていると。
今度はテレンスが後方に何度か跳び、大きく距離を空ける。体勢と呼吸を整えたかった。
(強い……僕がこれまで戦った誰よりも強い。梅子さんよりも強い……)
血の吹き出る脇腹を手で押さえ、全身汗まみれになったテレンスが、中断に剣を構える累を凝視する。
累は顔からとめどなく血を流しながらも、涼しげな表情で、テレンスの視線を受け止め、すり足で少しずつ距離を詰めていく。
「あいつ、相当強いな……」
控え室で観戦していた真が、ホログラフィー・ディスプレイに映るテレンスに視線を向けて呟いた。隣にはシャルルもいる。
(今更だけど、相手を殺しちゃ駄目っていうルールで、累を選んだのはミスキャストだったな。あいつは一度火がついたら、どんなシチュエーションでも、誰が相手でも、止められない。僕とやった時もそうだった。このままじゃテレンスを殺して、ルール違反で負けになる)
ディスプレイ越しでも、真の目には累が殺気を漲らせているのが、はっきりと見てとれた。明らかに累は、もうルールなどどうでもよくなって、完全に殺す戦いに興じている。
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