第三十四章 33

「観客の前でバトルとか、マンガではよくあるシチュエーションだけど、リアルでは初めてだよー。しかもこんなマドモアゼルと。生きててよかったなあ。真にも感謝しないとね」

「真の知り合いなの?」


 シャルルの口からその名を聞いて、思わず声をかける亜希子。


「うん。昔の傭兵仲間さ。このイベントも真に誘われてだし、君のことも控え室に真から聞いてるよー」

「そっか。よろしくね」

「こちらこそー」


 最初はキモい男と思った亜希子であるが、真の知己であるということと、無邪気かつ爽やかに語りかけられて、少し見る目が変った。


 亜希子は妖刀『火衣』の力は借りないつもりでいた。余裕がある際は、できる限りは力を借りない方針にしているし、これが命のやりとりではなく、自分の訓練がてらの戦いというニュアンスもあるために。


「接近戦と見せかけて飛び道具も持ってるとか、ないかなー」


 呑気な口調で言いながら、シャルルが銃を抜き様に二発撃つ。


 殺したら負けというルールなので、死なせることなく戦闘不能になる箇所を狙う。即ち、脚を。

 亜希子は危うく、ステップを踏んで回避する。手ぶらだったシャルルが、高速で銃を抜いて撃ってきたことに、戦慄した。


(この人、真と同じくらい速い? 真と仲間だったっていうし、それくらいの強さあるのかも? だとしたら……私じゃ勝てそうには……)


 臆する亜希子であったが、即座に気を取り直す。ここでへたれていたら、何のために来たかわからない。

 亜希子がジグザグにステップを踏みつつ、シャルルとの距離を詰めにかかる。


 さらに銃を撃とうとしたシャルルだが、思い留まった。相手は接近戦を挑んでくるのだし、どうせこれは生き死にをかけた勝負でもないのだから、相手に合わせて遊んでやろうという気になった。そもそもシャルルは近接戦闘が大の得意であり、好みでもある。

 なめてかかっているシャルルだが、そのなめてかかっている領域の中で、真剣に挑み、遊ぶつもりでいる。接近戦なら接近戦で、決められる隙があれば一気に決める気でいる。


 小太刀を腰に構えたまま、体ごと突っ込む亜希子。

 そのまま正面から突っ込むと見せかけて、亜希子は途中でフェイントをかけて斜め前へと動いた。そしてシャルルから見て右斜めから小太刀を突き出さんとする。


 シャルルは片足を大きく上げ、トラースキックで亜希子の喉の下を蹴る。小太刀は空を切り、亜希子の体が大きくのけぞる。


(顔や喉も狙えたんだけどね。流石に女の子の顔を蹴るのは嫌だからねー。それにもう、これで十分)


 亜希子が体勢を立て直そうとして、自分の体の動きがおかしい事に気がついた。

 見えない何か――糸のようなものが、手足と胴に絡まっている。完全に動きが止められたわけではないが、まともに戦闘できそうにない。


 シャルルはこっそりと字文の周囲の床に鋼線を仕掛け、亜希子を蹴りでのけぞらせた際に跳ね上げ、絡めていた。


「下手に動かない方がいいよー。切れるから。ていうか、もう降参するしかないよ?」

「わかった……降参」


 ほとんどいい所なしであっけなく負けて、亜希子はがっくりとうなだれる。


「亜希子には荷が重いイベントだったかしら」

 客席にいる百合が、小さく息を吐く。


「あっという間に決まっちゃったねえ」

 睦月は亜希子に同情の視線を送っていた。


「俺が行ったらこんな結果にならなかったのにっ。ま、俺という貴重戦力をそうそう衆目に晒せないという、百合様の配慮もあったのだろうけどな」


 尊大な口調で言い切る白金太郎に、睦月と百合が険悪な視線を向ける。


「ねえ……百合、白金太郎がすごくムカつくんだけど」

「あらあら、奇遇ですわね。私もですわ」

「ふんはあぁぁあっ!」


 百合によって鼻をつまみあげられて、息の抜けたような悲鳴をあげる白金太郎に、周囲の客席の視線が集中する。


「ま、助っ人要員であるし、過剰な期待はしていなかった」


 下のリングの戦いの様子をディスプレイで観戦していたヴァンダムが、顎に手を当てながらどうでもよさそうに言った。


『テーマ2は国境イラネ記者団が勝利となります。続けて、テーマ3に行きます。テーマ3はこちらっ』


 アナウンスが告げると、ディスプレイに次のお題が現れた。


『テーマ3 コルネリス・ヴァンダムのマスコミ監視機関への疑念』


(ようやくこっちのターンが来たか……)


 胸を撫で下ろすも、油断はしない。テーマ2とてヴァンダム有利であったが、必死の思いでこちらに勝利をもってきた義久である。ヴァンダムとて、自分が糾弾されるようなテーマであったとしても、それを覆す力は十二分にある。


「少なくともあんたにこの役目は任せられない。ヴァンダムさんはこの騒ぎの初めの頃はちゃんと支持されていた。しかしその支持を失った。自分に早々に従った者に、既得権益を与えるという構図にした事が、ばれたからだ。そんなことをするのもどうかしているが、そんなことやらかして、どうして支持を失ったかも理解できないような人に、任せられるはずがない」


 まずは義久の方から切り出した。真正面からの正論。

 自分の持ち味はこれだ。義久は変化球よりもストレートを好む。正面からぶつかり、正面に立ち塞がる愚直なスタイルでこそ、自分は輝くし、最大限の力と勢いを出せる。


「ふむ、目新しさのないストレートな正論だ」

 それを一笑に付すヴァンダム。


「私は今でも自分のやり方は間違っていないと思うぞ。そう――確かに既得権益をちらつかせて、自陣営に味方を呼び込んだ。メディアの味方も欲しかったからな。それの何が悪い? まずは勝つためだ。そして最初に私に味方した者は、それは優遇するに決まっている」


 薄笑いを張り付かせたまま、ヴァンダムは傲然と言い放った。この期に及んで依然としてその主張を捻じ曲げないヴァンダムに、畏敬の念すら抱く者もいた。


「あいつ、勝つ気無いのか? それとも本気でそれが駄目な理由がわからないのか?」


 控え室の真が、ディスプレイに映るヴァンダムを見ながら呟く。


「両方かもしれませんね」

 と、累。


(どうせこのテーマでは私に勝ち目は無い。勝利にこだわって自分の想いを捻じ曲げて伝えるのも真っ平御免だ。ここは己の主張を堂々と言わせてもらうぞ)


 ヴァンダムはそういう考えであった。累の読みは当たっていた。


「各国政府に、情報を売り渡すつもりでもいたというじゃないか。そのうえ国とつるんで報道の自由を圧迫。そんなスタイルが、受け入れられるわけがない」


 義久が怒りを押し殺した声で指摘する。


「それは必要な事であろう? 散々マスコミは報道の自由を謳って、好き勝手やらかしたのだ。君等がほざく報道の自由とは、捏造の自由、偏向の自由、印象操作の自由、マッチポンプの自由、そして報道しない自由のことではないのかね? そんな連中は徹底管理して然るべきだ。それが私の理念だ。それによる弊害の憂慮もあろうが、少なくとも現状よりはましになるだろう」

「マシになるわけないだろっ。今度は国に都合よく改ざんされて、真実のしの字も社会から消えるっ。為政者や官僚のやりたい放題になるわっ」


 ヴァンダムの言い分に苛々を募らせ、それを隠そうともせずに義久は語気荒く吐き捨てる。


「マスコミのやりたい放題の方が、私は問題だと思うがね。それ以前に私は、君の危惧するような形になるとは思えないのだが。そこまで極端にはいかないだろう。そして私がそれを許さんよ」

「あんたは世間に信用されていないからな。俺は――あんたを金の亡者とは思っていないが、世間はそう思っている。説得力が無い。信用されない。契約を結んだ国に情報を売るなんていう方針の時点で、金を詰めば、あんたは国にとって都合の良い立ち回りをして、真実を世に出さないよう検閲すると、そう見られるだろう。それは結局、何が真実なのかわからないあやふやな状態であり、世間から信用もされていない監視機関が存在していても、絵に描いた餅みたいなもんじゃないか?」

「信用云々に関して言えば、テオドールが管理しても同じことであろう」

「今のテーマはあんたに関しての話だ。テオドールさんの話はもう終わっただろ?」


 義久のその言葉に、ヴァンダムは憮然とした顔で押し黙る。


(俺だってこんな意地悪な言い方したくねーよ)


 そう思うが、論点をこちらに向けられても困るので、仕方がない。


 しかし今からもっと意地悪なことを口にしないといけない。これも義久が予定していた台詞だ。言ってやりたかったことだ。


「あんた、散々マスコミが悪だと言っておきながら、自分はさらなる巨悪になろうとしていた事に、全く自覚が無いのか? 他者からの信用を失うことがどれだけ不味いことか、いい歳してわからないのか? だからこそケイトさんもあんたから離れたんだ。ケイトさんがどんな気持ちであんたと距離を置いたかも考えろよ。そうなった原因を作ったのがあんた自身だってことをいい加減自覚して、改めろよっ」


 義久の怒り混じりの台詞は、ヴァンダムの最も弱い部分をえぐる、極めてえげつない攻撃だった。しかし義久は今日、これを絶対に言ってやるつもりでいた。


 ヴァンダムの顔が目に見えて歪んでいる。それを間近で見るのが、義久には辛かった。目を背けたい気持ちに駆られたが、自分で相手を傷つけておきながら、目を背けるわけにもいかない。


(つくづく……優しいんだな、君は)


 苦笑いを浮かべ、ヴァンダムは口の中で呟く。自分を必死に凝視する義久の心情が、ヴァンダムにも伝わった。他人の心を覗くのが苦手なこの男にも、それが今はっきりと伝わってしまった。


 それから義久は黙り、相手の反応と反論を待ったが、ヴァンダムはうつむいたままで、まるで戦意喪失したかのように、何も喋ろうとしない。

 あのヴァンダムが言い負けたと見て、観客も、ネットでの閲覧者も、驚いていた。SNSや匿名掲示板の書き込みは加速し、ヴァンダムの悲哀に満ちた表情の画像が出回りまくった。


『時間です。判定をお願いします』


 しばらく無言の時間が流れてから、アナウンスがされる。


 判定結果はヴァンダム40、義久903。

 圧倒的大差による大勝利となったにも関わらず、義久は喜ぶ気になれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る