第三十四章 32

『テーマ2 騒ぎの当事者である国境イラネ記者団に、マスコミの監視役を任せて平気?』


 ディスプレイに二つ目のテーマが踊り、義久陣営の者達は驚き呆れていた。


(何だよ、このお題は……。続け様にこちらが糾弾されるような内容じゃねーか)


 二つ目のタイトルを見た瞬間、啞然として口を半開きにして肩を落としてしまう義久。


「ふわあぁ~……これ、お題は誰が決めたん? もしかして全部、国境イラネ記者団への疑念だけ?」


 客席でみどりも呆れながら疑問を口にする。


「討論としての公平、不公平を問う以前に、一つ目も二つ目のお題も、世間が抱く当然の疑問ではあるだろう。討論する義久寄りに見れば、確かにしんどいお題が続いているが、そのしんどいお題を出さざるをえなくなった元が何かと言えば、マスゴミ側にあるんだ。文句言える立場じゃあないぜ」


 みどりの隣に座った犬飼が、冷静に述べる。


「義久君、正念場だねえ」


 実はお題を決めた張本人である純子が、屈託の無い笑みを浮かべて呟いた。


「世間が抱く当然の疑問と言える。元々は私が提唱したものだ。監視機関が必要なのは確かだ。しかしそれに一旦反発しておきながら、風向きが悪くなったら、節操無く人の出した案に乗ってくるような、そんな尻軽な態度の者を信用できるかね?」


 一戦目と同様に、憎々しげな笑みをたたえながら、憎々しい口調で皮肉ってくるヴァンダム。


「それを承知していたのか、それとも自覚が無いほどの底抜けの愚か者であったのかは知らんが、テオドールは身の程知らずにも、自分達が監視役をやるなどと、世迷言を口にした。私はあれを最初聞いた時、冗談のつもりかと耳を疑ったほどだよ。組織的犯罪を行った犯罪者組織が、犯罪が起こらないよう自分達を監視するから、警察は監視するなと、そう訴えたようなものだぞ? これがどれだけ常軌を逸した主張であり、世の中を舐めきった非常識な妄言であるか、理解できない者は流石にいないだろう?」


 一方的に喋りながら、ヴァンダムは義久の表情の変化がまるでないことに、少し違和感を覚えていた。一戦目は煽っていたらあからさまに怒りを見せていたが、今度はそれが無い。


「理解したうえで否定させてもらうよ。一時は反発しても、考えを改めて、自分が間違っていると認めて受け入れるってのは、中々できないことだ。それをテオドールさんはやったのだし、俺は褒めていいと思ってるよ。そして国境イラネ記者団がそれを担うと言い出すのも、中々の英断と言える。国境イラネ記者団内部からの反発もあるだろうしな。ヴァンダムさんの立場で腹が立つ気持ちはわかるが、尻軽な態度とか、軽々しくけなすことは許せないな。テオドールさんは潔い決断をしたと見るよ、俺は」


 にやにや笑いながら嫌味たらたらのヴァンダムに対し、義久は精悍な顔を引き締め、毅然たる口調で言ってのける。

 言い合いの内容も反映したうえで、ヴィジュアル的には圧倒的に義久が勝っている瞬間であった。観客の心も義久に傾いていたが、当人達はそれに気付いていない。また、こういった心の機微を理解できないヴァンダムは、おそらく客観的に見てもわからなかったであろう。


「国境イラネ記者団内部やマスコミ陣営の反発も、小さくできるだろう? 他ならぬ私のおかげでな。最初からそちらがその役を引き受けると言い出せば、相当な反発になるが、私にその役を担わせるくらいなら、自分達でした方がマシとなるからな」


 意地悪い笑みを広げて言うヴァンダム。


「アアイウ顔をするのハやめた方がヨイのに……。馬鹿な人デス。見タ目では高田さんに負けテルんですから……」


 観客席のケイトが、溜息混じりに言う。


「そうですねー。ヴァンダムさんはそういう面に無頓着ですねー。人前で表情を隠すということも、普段からしない人ですしー」


 ケイトの隣にいるシスターが同意する。彼女もヴァンダムとはそれなりに交流しているので、その辺はよく知っている。


「何だ。ヴァンダムさんも自覚あるんじゃないか。だったら貴方も速やかに手を引いて、テオドールさんに任せればいい」

「マスコミからそう見なされているという、自覚があるだけだ。無責任に他人を頭ごなしに批難するだけの恥ずかしい商売をしている連中に、自浄など任せられない。期待できない。私はどんなに批判されようと、しっかりと管理してやるつもりでいるぞ」

「いや、そもそもさあ……」


 これだけは絶対言おうと思っていた台詞の一つを、義久はこのタイミングで口にする事に決めた。


「マスコミをひとまとめに悪と見なすのは乱暴すぎるだろ。そりゃ悪い奴等もいるが、その悪い奴だけをあげつらって、ひとまとめに全てに悪にされちゃあ、かなわねーよ」

「ごもっともだが、少数の悪や一部分の悪をあげつらって、ひとまとめに悪のレッテルを貼るのは、マスコミの得意技であるし、マスコミを代表してこの場に立つ君が、どの面下げてそれを口にできると言うのだね」


 ヴァンダムの反論に、会場が失笑に満ちる。


 言ってやりたかった台詞の一つに対し、悪意に満ちた皮肉で返され、義久は拳を握り締める。


(今のは……ヤバい返しをされちまったな。いい返し方が思いつかん。つーか、あそこっ)


 義久の視線の先に、見知った三つの顔があった。


(純子とみどりまで笑ってやがるしっ。……って、犬飼さんも笑ってるっ。ふざけやがって~……ここは絶対びしっと言い返してやるっ!)


 味方から撃たれた気分で、怒りと共に闘志を滾らせる義久。


「それさあ……、非常に幼稚で雑な論点のすり替えだと思うわ。言ってて恥ずかしくないのか? マスコミ全体をひとまとめに悪とするなと、俺は言っている。それが聞こえなかったか? あんたは俺のことも蝿だと思って会話しているの? 蝿とお話しているの? 俺がレッテル貼りをして他者を貶めて商売するような奴に見えるの?」

「いや……」


 義久の問いかけに、ヴァンダムはあっさりと困り顔になる。ポーカーフェイスが苦手で、すぐに感情が表に出てしまう男なので、反応がわかりやすい。

 そしてヴァンダムは義久には一目置いているので、この返しに脊髄反射で蝿だとは、嘘でも口にできない。そこまで幼稚では無いし、愚物でもなかった。


 ここでヴァンダムに、『君もさっき大衆を蝿と言ったが、普段蝿と話しているのか』と返されたらどうしようかと、心配していた義久であったが、その返しが無かった事に安堵する。


「つまりそういうことだ。マスコミの九割が悪なら、残りの一割の信じられそうな奴の中から、さらに有能な奴を監視役として厳選すればいい」


 ヴァンダムの良心を刺激する返しが効いたという手応えを感じ、義久は一気呵成にとどめをさしにいった。


「どうやってその一割を選ぶ? 誰が選ぶというのかね?」

「それはテオドールさんがやってくれる。俺はあの人なら信じられるし、託すことができる。彼はこの騒動で変わった。改心した。人として大きく成長した。あの人こそが、残り一割の良いマスコミの中に入る一人でもある」


 先程から自分の名が呼ばれる度に、客席にいるテオドールはこそばゆい気分だった。


『時間です。判定をお願いします』


 いい所でタイムアウトになり、義久は大きく息を吐く。


(またもこっちに不利なお題だったが……今度は上手くいったんじゃないか? いい所で時間も切れてくれたからな)


 そう思う義久であったが、蓋が開かれるまで、不安は解消されない。


 判定結果はヴァンダム468、義久511。ネットの結果も依然として同じような比率だ。


(よしっ!)


 義久はうつむいて笑い、両手の拳を膝の上で強く握りしめる。


「ぎりぎり勝利か。そしてヴァンダムが勝ったからには、こちらの出番だな」

「最初は誰が選ばれるかな~」


 控え室で様子を見ていた真とシャルルが言う。


「では、対話で負けたので、戦争カードといこうか。悪いが私は容赦なくカードを切らせてもらうよ。君がカードを切らないのに、私は切ることができるのだから、この戦いは圧倒的に私が有利になっている。算数の計算ができるなら、理解できるね?」


 ヴァンダムが意地悪い笑みを浮かべ、さらに意地悪い口調で義久に話しかける。


「日本語の勉強は不自由だったかな? 俺はあくまで対話で戦うと言った。もちろん、そちらの物理暴力に対しては、ちゃんと応戦する」


 毅然たる口調で義久は言ってのける。


「愚かしいことだ。まず勝たねば話にならんだろうに」

「ああ、自分でも馬鹿だと思うよ。でもあんたは、その馬鹿者の前に屈するんだ」

「ふっ……今のビッグマウスは覚えておくぞ。いや、忘れたくても忘れそうにない台詞だな」


 不敵な笑みと言い放つ義久に、ヴァンダムも何故か嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。


 手持ちの三人から、誰を出すかを思案する二人。


 義久は先に決めて誰を出すのかインカムで告げたが、ヴァンダムは中々伝えようとしない。誰を出すべきか、ずっと考え込んでいた。


(雨岸君から貸してもらった戦力は未知数だが、こちらの最強戦力はテレンスと見てよかろう。この戦い、あくまでメインは論戦であるが故、代理戦争ターンで切り札どうこうと言って出し惜しみするのは、得策では無いと見る。しかも高田君は自分からは仕掛けないと口にしている。ならば、最初から負けを引っくり返すために全力で仕掛ける方が上策と見た……が、高田君もそれを見抜いたうえで、最初はあえて捨てにかかり、手持ちの最弱の札で来るかもしれん。そうすれば、残り二戦の勝率も上がる、と。しかしこの残り二戦は、討論の残り三戦中で二回共私を打ち負かす前提。高田君はここで負けると二敗で、後が無い。自分から使わないという言葉が、私を引っ掛けるための嘘とも思えん。高田君が出し惜しみするはずはない。出来ない。つまり、余裕のある私の方が、切り札を温存しておく方がよいのではないか?)


 長考するヴァンダムに、義久はもちろん、観客達もじれったさを覚える。


『ヴァンダムさん、そろそろ決めてください』


 アナウンスに促され、ヴァンダムは最初に出す者の名を告げた。


 リングに亜希子とシャルルが現れる。ヴァンダムと義久の入場の際とは異なり、それぞれ別々の入場門から姿を現した。


「おおお、ゴスロリっ。これはついてたかもねー」


 シャルルが亜希子を見て表情を輝かせる。戦闘前なので前髪は横に払っている。


「何ニタニタとスケベ笑いしてるの、この人……。イケメンだけど、ちょっと引くわ~」


 シャルルのその反応を見て、亜希子は半眼になりながら小太刀を抜いた。

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