第三十四章 4

 ケイトがマスコミへのバッシングの流れをよしとしない声明を出してから、しばらく経った頃、マスコミ側から反撃の砲弾が撃たれた。


 世界中、大体同じタイミングで、同じ内容のニュースが流される。

 ニュースの内容は、ヴァンダムが創設しようとしている国際報道監視機関が、既得権益まみれの組織になるという情報のリークであった。すでにヴァンダムに協力しているメディアとは、話がついており、これらのメディアは監視機関の検閲が、他に比べてぬるめになるというのだ。


 ニュースを視た雪岡研究所の面々は、大体呆れ顔か苦笑いのどちらかの反応だった。真だけはいつも通り無表情だ。青ニートは頭頂に生えた双葉の上に、せつなの鉢植えを乗せた状態で、部屋の隅でマラカスを振りながら踊っている。


「何考えてるんでしょうねえ。一番やっちゃいけないことなのに」

 毅が呆れ顔で言う。


「ヴァンダムさんはこういう所が、常人とズレてるんだろうね。多分、悪いことしたっていう意識も無いと思う」

 と、純子。


「つーかどこのテレビ局のニュースも活き活きしてんなァ。よっぽどヴァンダムに怯えてやがったんだな」


 みどりだけ、リビングのテレビではなく、自分の顔の前に出したディスプレイでチャンネルを変えまくりながら言った。


「怯えていただけではなく、腹も立っていただろう」

「でしょうね。こことぞとばかりに噴出した感じです」


 真と累が言う。


「俺はケリがついたと思ってたけど、累や純子の言う通り、完全にケリがついたわけでもなく、杞憂となる部分はあったし、それが正にここで暴露されたというわけですか」


 言いながら、純子に注意されたことを思い出す毅。


「ヴァンダムさんのことだから、他にも何か、普通じゃ考えられない落ち度が有りそうだねえ。頭はいいんだけど、典型的な、普通の人の気持ちがわからない、普通じゃない人だから」


 純子も勝浦と同様に、ヴァンダムの欠点を見抜いていた。


***


 その日も犬飼は義久のマンションに訪れており、ニュースで一斉に流された、ヴァンダムが創ろうとしているメディア監視機関が、既得権益でまみれるという話を、一緒に見ていた。


「なるほど。この公平さの欠片もない既得権益が、ケイトが義久に持ってきた情報か」


 犬飼がニュースを見終えた後、にやにや笑いながら納得した。


 義久はケイトによって教えられたこの情報を、国境イラネ記者団に売り込んだのである。テオドールはこの情報に注目し、義久と共に作戦を練った。


「これだけじゃないけどな。爆弾はもう一つある。二日か三日後に発表するよ」

 気の無い顔で義久が言う。


「元気無いな。せっかく反撃開始したのに」

「国境イラネ記者団と組んでしまったしね。あの組織はあの組織でおかしい。ヴァンダムを正反対にしただけのものだ」


 犬飼に尋ねられ、アンニュイな口調で答える義久。


「俺、ヴァンダムの主張も間違ってはいないと思っているよ。マスコミは事実をありのまま報道すればそれでよいし、それこそが役目だと断ずることに関しては、ほとんどが頷ける考えだ。事実、メディア監視機関を発表した際には、世界中でヴァンダムの支持を受けているからさ」


 捏造と偏向が仕事の現存のマスコミはそれすら反発しているが――と、義久は口の中で付け加える。


 しかしヴァンダムのやり方では、メディアの暴走を抑える報道監視機関そのものが暴走して、各国政府に都合よく使われるだけの利権団体になり、そのうえ検閲が入りまくって、真実を隠蔽するための組織になるとしか思えない。初期登録した者に既得権益を確約する流れを見ても、現時点でろくでもない兆候ばかり見える。


***


「ケイトに監視機関の監視役と名義で参加してもらいたい」


 ヴァンダムは妻の私室を訪れるなり要求した。


「それなら問題無かろう。監視機関にも懐疑的なケイトが、監視機関をさらに監視するとあれば、今のこのろくでもない流れも――」

「お断リシマス」


 話の途中に、ケイトは悲しそうな顔で拒絶した。


「ニュースで流サレテいる既得権益の話ヲ、貴方は何とも思わないノですカ?」

「それは当然のことではないか。先んじて私に協力してくれたし、正義のために立ち上がった者達だ」


 不思議そうに言うヴァンダムに、ケイトは思い溜息をつき、首を横に振る。


 ヴァンダムは何故今自分がニュースで、一部の先駆けた協力者に既得権益を与えることが叩かれているのか、それが悪いことだとされているのか、本当に全くわからなかった。理解できていなかった。ケイトはそれを知り、嘆息していた。


「当然ナドではありませんよ。その時点デ中立性が失わレテしまいます。正直その話を聞いて、私は貴方のあまりの馬鹿さ加減に眩暈がシタ程です。それサエなければ、大義名分にもモット説得力がアリましたのに……」

「公平な扱いだろう。早い段階で私の陣営について協力してくれた者達は、厚遇して当然だ」

「マルデ戦争の論功勲章デスね。あるいはガチャゲーの事前登録のノリです。私ト会ったばかりノ頃に比べれば、貴方は大分人の心というモノを理解デキルようになりましたが、それでもマダマダです。中立な機関を謳っておいて、ソンナことをしては、人は中立とも公平とも受け取りません。何故ソレがわからないノですか?」

「わからん……それが普通だというのなら、普通こそ間違っている」


 ムキになって言い切るヴァンダムに、ケイトは泣きたい気分になる。


「貴方は昔、私ニこう言いました。ドコカにしまって忘れている心を探す手伝いヲして欲しいと。私はズットその手伝いをシテイルつもりです。モチロン今も」

「そんな話を今、私はしていない」

「ソレがまだ上手く出来てイナイから、コノような問題が起こってシマイ、しかも貴方はソレを理解することモできないのデス」

「もういいっ!」


 珍しく声を荒げて叫ぶと、ヴァンダムはケイトの部屋を出ていった。


 ヴァンダムが出ていき、しばらく経った所で、ケイトは落涙しつつ、内線である人物を呼び出した。


***


 夜、グリムペニス日本支部ビル前。

 貸切油田屋に雇われた刺客達はビルから離れた位置に、テントを張り、バーベキューセットまで設置して、攻撃指令もしくは撤退指令を待ち続ける日々を送っていた。


 退屈な時間を過ごす中、それでもやるべき事は怠っていない。ビルを出入りする車は、視認でチェックしている。

 車の出入りは頻繁にある。スモークつきの車にはヴァンダムが乗っている可能性があるので、追跡して警察と離れた場所で無理矢理止めるという方針だ。夜の車も特に注意している。

 しかし今まで一度もスモークつきの車は出てこなかった。そのうえ、夜に車が出入りをしている事もほとんど見たことがない。


 刺客達の動きも予測したうえで、徹底して避けているのかと思われていた。しかし――

 ビルの地下駐車場から、一台の車が出てきた。今は夜で、しかも出てきたのはスモーク付きの車である。

 ヴァンダムが乗っている可能性が高い。どういう事情があるのか不明だが、どうしても外出せねばならない用事が出来たと見える。


 刺客はテントを巡って報告し、緊張の面持ちでビル前を見る。

 ビルを固めている警察は動く気配がない。それが妙でもある。あるいは警察が動かないことで、ヴァンダムでは無いと思わせようとしているのかもしれないが、それでも確認はせざるをえない。


「追うぞ」

 アドニスが短く告げ、バイクに乗る。


 他の刺客達も車やバイクに乗った所で、丁度件の車が彼等の横を走り抜けた。


 刺客達はバイクや車で、件の車を追う。人工島へと続く一本道を抜けて、沿岸の国道に入る。

 夜の海岸沿いの道路を走る。アドニスは特にとばして、対象の車にどんどん接近している。完全にスピード違反の速度だ。


「アドニス、前に出すぎだよー。もしかしたら反撃される可能……」


 車を運転していたシャルルが無線インカムで注意している最中、銃声が響いた。

 対象の車の助手席の窓から太い手が現れ、接近するアドニスに向かって銃が撃たれる。


(威嚇射撃か。そして助手席にいるのはおそらく、キャサリン・クリスタルと見た)


 そう判断すると、アドニスも銃を抜き、タイヤを狙って撃つ。

 銃弾は当たったが、タイヤも防弾加工がされているようで、車は平然と走り続けている。


(少し無茶をしてみるか)


 車に接近して横から撃つことを考えるアドニス。フル防弾仕様だとは思えない。そうでなければわざわざこちらに向かって撃ってくるはずもないと、そう思った矢先、さらに車から銃が続け様に撃たれる。

 ほとんど直感だけで、バイクを左右に揺らして銃撃を回避する。今度は威嚇射撃ではなかった。


(おあつらえ向きに、こちらを撃つために窓を開けているし、そこからぶちこんでやる)


 アドニスがさらに速度をあげ、車との距離を縮めにかかった、その時だった。


 走っている道は、海側とは逆が丁度大きな公園になっていた。その中から、一台のバイクが飛び出してきた。

 現れたバイクに乗っている男は、ヘルメットもかぶっていなかった。おかげで何者かわかった。


(海チワワのボス、テレンス・ムーア……ここでお出ましか)


 こちらに向かって微笑むテレンスの顔が、ライトに照らされてはっきりと見え、アドニスもヘルメットの下で笑う。

 救援はそれだけではなかった。シャルル達の後方からも一台のバイクが猛スピードで追い上げてきて、シャルル達めがけて銃を撃ってくる。


「あちゃー、これはハメられたかねえ」


 車を運転するシャルルが苦笑いを浮かべる。前後で挟まれ、さらには横からも奇襲を受けるという形になって、こちらの追跡も向こうの読み通りであったと認識する。

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