第三十三章 8

 さらに翌日。赤村親子の告発があってから二日後のこと。


 グリムペニス日本支部エントランスにあるテレビにて、イギリスBAKAニュース発による、さらなるケイトバッシングが流れているのを、桃子、善太、清次郎他数名の強化吸血鬼達が視聴していた。

 その内容は、ケイトは幾つかのNGOの代表を務めているが、そのうちの二つの団体で、資金の行き先が明かされていないという告発と、あるいは不明瞭な領域があるという指摘であった。


「これ、見落としがあったってこと……?」


 善太が胡散臭そうに呟く。ケイトは基本的に関わる組織において、資金の流れを明瞭に公開している。その事はその場にいる全員が知っている。

 金銭面でのトラブルを避けたいのはもちろんのこと、寄付でまかなっている資金であるのだから、はっきりとさせなくては、寄付してくれた人々に申し訳が立たないという気持ちから、ケイトはその辺を徹底していたはずである。


「資金の流れの不明瞭さなど、どこの組織にもある。我々グリムペニスなど特にひどい。国境イラネ記者団もかなりひどい。ケイトはそういったことを嫌い、はっきりとさせていた。しかし……全てをカバーしきれなかったようだな」


 エントランスにいつの間にか現れたヴァンダムが、善太達の後ろから声をかけた。


「あるいはこれは、彼等のスパイが団体に紛れ込んで、資金の流れをわからなくする工作を仕掛けたのかもしれん。マスコミはそれくらい平然とやるだろう」


 テレビを眺めながら苦々しげに言うヴァンダム。


「もしそうだとしたらひでーな……」

 清次郎が顔をしかめる。


「何でそこまでケイトさんを攻撃するの? 以前にケイトさん関連で世界中のマスコミが面目潰されたからって、ここまで恨みがましく叩くなんて……」

「そういう性質なのだよ、マスコミというものは」


 理解できないといった風に言う桃子に、ヴァンダムが言った。


「マスメディアは自分達が特権階級であり、自分達が一方的に他者を批難できる立場にあり、その権利は自分達だけにあると信じて疑っていない。そして自分達への批難はわずかたりとも許せない。これはそういう態度を示しているのだ」

「信じられない傲慢さね。怖気が走る……」


 ヴァンダムの言葉を真に受けて、桃子が眉をひそめて吐き捨てる。


「性質の悪さもさることながら、ヴァンダムさんの仮定が本当だとしたら、やり方が汚さ過ぎる」

 と、清次郎。


「手段のためには目的を選ばず。私もずっとそんなことをしてきたが、それを快く思わないと感じるのが自然であろう。結果だけを取っても意味は無い。見栄えの善し悪しは意識せねばならん。妻贔屓をしていると言われても結構だが、ケイトはそれを常に意識していたからこそ、関わった団体の資金の流れも全て公表していた。しかそんなケイトの誠実さを逆手に取ってくるとはな。清次郎君の言うとおり……汚いやり口だ。私が言うのもなんだがね」


 冗談めかして笑い、肩をすくめてみせるヴァンダム。


「普段市民の味方面してて正義ぶっていても、一皮剥けば悪党……か」

 清次郎が忌々しげに呟く。


「彼等とて結局は商売をしているだけだ。大衆相手に商売をしているのだから、大衆の味方の振りをするのは当然だ。しかし彼等は大衆に媚びている一方で、実際にはちゃんと彼等の主が存在する。彼等の背後にいる大手スポンサーである貸切油田屋と、それを仕切るデーモン一族を一度でも悪く書いたことがあるか? つまりそういうことだよ」

「それだとニュースや新聞も娯楽の一つって思える」


 ヴァンダムの捉え方を聞き、善太が感じたままに言う。


「合っているな。報道など多くの者にとって、下世話な好奇心を満たす暇つぶし程度の娯楽の一つでしかない。世情を――真実を知ることは大事であるし、報道が無くなってよいとは言わないがな」

「でも、新聞にもニュースにもそれなりに権威があるから、真実かどうかなんて疑問も挟まず、信じちゃう人は多い気がするんだけど」


 娯楽という受けとり方をするのは勝手であるが、権威づけて真実だと思わせておきながら、しかし娯楽品と同じような売り方をして、商売だと割り切るのは、おおいに問題があるのではないかと、善太は思った


「その通りだ。しかし権威とは何のためにあると思う?」

 ヴァンダムが善太に問う。


 頭の中では答えがわかっている善太だが、咄嗟に上手い言葉が組み立てられず、答えられない。


「権威とはね、小心な愚者を黙らせるために、大きく見せるパワーだ。しかし、元より権威に屈さぬ者には全く効果が無い。例えばあの雪岡純子に対し、権威がわずかたりとも通じると思うか?」

「ヴァンダムさんにも通じそうにないよね」

「うむ。そんなもので目を曇らされたりはしないよ」


 桃子が口を挟み、ヴァンダムはにやりと笑って言い切った。


「私はこれから、報道という名の第四の権力を笠に着た、卑しく悪辣な商売人共と戦う」


 ヴァンダムが笑みを消し、若者達を見渡して力強い口調で宣言する。自然、彼等の表情が引き締まる。


「以前もケイトが槍玉に挙げられていたことがあった。あの時は一切何もしないで堪えていたが、実際の所、爆発する寸前だった。そして今回はもう、腹に据えかねた」


 今度彼等がケイトにちょっかいを出したら、全身全霊をかけて戦いに臨み、また世界を変えてやるつもりでいた。マスコミそのものの力を奪うという形で。しかし今、そこまで彼等の前で口にだすことはしない。時期を見て、自分の口で発表するつもりでいる。


「強大な敵だが、私と一緒に戦ってくれ」

『はいっ!』


 いつものようなアジテート気味ではなく、静かに訴えるヴァンダムの言葉に、善太達は声を揃えて気合いの入った返事をした。


***


 スハルトは朝からどこかに出かけ、赤村家には千晶が一人で留守番をしていた。

 テレビを見るとまたケイトが悪く言われているのを見て、千晶はうんざりする。


(世界が皆でケイトさんをいじめているように見える……。あんなにいい人なのに……。そして私も……その一人)


 そう意識して、千晶は立てた両膝に額をつけてうなだれる。


 その時、呼び鈴が鳴った。


 誰が来ても出るなと、父に言われている。今朝から記者が何人も訪れては取材しようと試みている。彼等はひっきりなしに何十回と呼び鈴を鳴らし続け、やがて諦めて帰るという繰り返しだ。中には少し離れた場所で待機し、中から誰かが出てくるのを見張っている記者もいると、父が言っていた。

 まるで蝿が群がってくるかのようだと、千晶には思えてならない。彼等を人としてすら見ることができない。人の姿をしたおぞましい別のものとしか思えない。


 呼び鈴は一度鳴っただけなので、マスコミの取材ではないのではないかと、千晶が訝ったその時であった。


 大きな破裂音がして、千晶はびくっと身を震わせた。

 何があったのか確認せんとして、千晶は恐る恐る扉を開くと、嫌な臭いが辺りに漂っていたので、顔をしかめる。


「あー、ごめんな。臭いだろ。ちょっとあいつらを驚かせようと思ってさ」


 扉を少し開いただけであったが、中にいる千晶の姿をばっちりと見たその人物は、気さくな口調で声をかけてきた。

 千晶は驚いて硬直した。そこにいたのが凄い大男だったからだ。背が高いだけではなく、肩幅も広く胸も厚い。腕も脚も太いのが、服の上からでもわかる。


「おっと、怪しまないでくれ。怪しいかもしれないけど、怪しい者じゃないつもりなんだ。」


 萎縮する千晶に向かって、大男――義久は頭をかきながら、にっこりと笑って、下手糞なウィンクをしてみせる。

 それを見ただけで、千晶の恐怖は不思議と吹き飛んでしまった。たったそれだけで、この巨漢が悪人ではないと、千晶は理解してしまった。顔の造詣も良いが、その笑顔や目の輝きを見て、優しそうな人だと感じた。


「俺は裏通りの情報屋だ。お父さんはいるかな?」

「今……出かけちゃって」


 裏通りと言われて、警戒するより意外に思う千晶。そんな恐ろしい世界の人だとは、とても見えない。


「そっかー……じゃあ、君に話を聞きたいんだけど……って、まだいるか」


 振り返る義久。銃を撃ち、さらには悪臭玉を用いて、潜んでいた記者達を驚かせて散らせたつもりであったが、全員いなくなったわけではなかった。こちらの様子を伺っている者がいる。


「ごめん、もしよかったらでいいけど、あがらせてもらえないかな? ここじゃ話しにくい。おかしな奴が近くで聞き耳たててるからさ。あ、俺は大丈夫だよ? 何で大丈夫か説明はできないけど大丈夫だよっ」


 そう言っておどけて笑ってみせる義久に、千晶もつられて口元を綻ばせ、扉を大きく開いて義久を迎え入れた。


 入ってすぐに、義久は探知機を出して盗聴器チェックをする。


「最近、誰か変な奴を家の中に入れたりした?」


 義久が問いつつ、家の中に仕掛けられた盗聴器を見つけて潰す。千晶は躊躇いがちに頷く。


(あ、潰さずにあえて嘘情報流す手を使えばよかったかな? ま、まあいいや……)


 潰してからしまったと頭に手をやる義久。


「えっと……どのような御用件でしょう?」

 義久を見上げ、千晶が尋ねる。


「俺は真実を知りたい。君は……君達親子は、嘘をついているよな?」


 義久に指摘され、千晶は大きく体を身震いさせ、泣きそうな顔になった。


 この大男は害のある者では無いと思っていたが、自分の思い違いであり、やはり自分達に害をもたらす者かと疑い、千晶は義久をじっと見つめる。

 義久は真剣なまなざしで千晶を見返す。それを見て、千晶は不思議と気分が落ち着いてしまった。目を見ただけで、義久に害意は無いと、わかってしまった。


「それを責めはしない。ただ、よかったら教えて欲しい。何か事情があるんだろう? もしかしたら力になれるかもしれない」

「そ、そ、そそんなこと……」

「いきなり現れた裏通りを名乗る男に、教えられるわけないよな。わかるよ。でも俺は馬鹿だから、こういう体当たりしかできなくってさ。ま、今教えられなくてもいいよ。ただ……ね。君ももしかしたら知っているかもしれないが、君と接点を持っているあの烏腹って記者、あれはろくでもない奴だぞ」


 烏腹と接触している事まで言い当てられて、再度身震いする千晶。


「あんなのと関わっても、いいことなんて絶対にない。俺も十分怪しいかもしれないけどさ、それでも忠告せずにはいられないっていうか、心配だからね」

「知ってる……。あんな人、死んじゃえばいい」


 怒りと悔しさを滲ませた顔で、千晶が言う。その言葉を聞いて、義久の表情も変わる。


 実際の所、義久には何となくわかっていた。あの烏腹のことだから、何か弱みにつけこんで、赤村親子を脅迫して操っているのだろうと。赤村親子は不本意な形でケイトを告発しているのであろうと、映像を見ただけで直感した。それなら体当たり的にでも親子に接触して誠意をもって説得すれば、こちらに折れる可能性は十分にあると計算していた。


「悪者に弱みを握られたからといって、悪者の言いなりになってちゃ駄目だ。どんな事情があっても、君もその悪者の仲間入りになる」


 義久は己の胸の前に大きな拳をかざし、千晶をじっと見据え、力強い声で訴える。

 そんな義久の仕草と声と言葉が、千晶の心を激しく揺り動かす。


「今ここで全てを話してくれとは言わない。ただ、連絡先を教えておくし、俺の名前と、俺がどういう者かも教えておくから、落ち着いて考えたうえで、その気になったら、教えてほしい。あるいは……ヤバいことになって、助けが欲しいという状況になったら、迷わず連絡してくれ」


 急かすのも悪手と考え、相手に猶予を与えることにする。これが義久なりの、信じてもらうための最大限の誠意にして計算であった。

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