第三十三章 6
ビトンとラファエルが視ていた記者会見を、雪岡研究所のリビングルームにいる純子、真、累、みどり、毅、せつなも同じチャンネルで視ていた。
『金と暴力で脅されて、ケイトさんの名声をさらにあげるために、この狂言に加担しました』
千晶の父親、赤村スハルトが、悔し涙をこぼしながら証言する。
『実際に強盗に殺された人達も、強盗も死んでいますが、あれも仕組まれていたと?』
『詳しくは知りません……。知るのも恐ろしいですが、そうだと思います。お願いです。その辺は娘の前では触れないでください。あまりに恐ろしい話です』
『親子揃って嘘をつくことを強要されていたと、今になって主張する真意は?』
『ずっと気に病んでいたからです。人死にも出ているのに、あんな恐ろしいことに加担して、多くの人を騙してしまったことが』
娘の千晶はとうに泣き崩れ、父のスハルトも顔をくしゃくしゃにして泣いている。演技とはとても思えない。
「騙してるのは今じゃないかな? 恐ろしいことに加担しているのもね。今まさに気に病んで、悔しくて悲しくて泣いている――そんな風に私には見えるんだけどねえ」
「同感だ」
「え? どういうことです?」
純子の言葉に頷く真だが、毅には理解できなかった。
「二年前の事件がケイトさんのマッチポンプだったと、今になって暴露している事が、誰かに脅されて仕方なく嘘をついているってことだよ」
「ああ……」
純子に解説され、毅も理解する。
「毅はもうちょっと、人の心の機微を読めるようにした方がいいですよ……」
「へーい、ネゴシエーターしてて、人の辛さとか悲しさとか洞察できないって、結構痛いぜィ?」
「苦手な分野ですね……」
累とみどりの指摘を受け、毅はうなだれた。
***
同じ頃、グリムペニス日本支部ビルヴァンダムの執務室にて、ヴァンダム夫妻が揃って、赤村親子の記者会見を視ていた。
「これこそ、誰かニ脅されて仕方なく、デショウね」
純子と同じ感想を口にするケイト。裏で何者かに脅されているのは明白だと、確信していた。
「だな……。この親子を説得するという手も有るが、命の恩人であるケイトを貶めようとしているのだから、それなりの理由だろう。そして……裏で赤村親子を操る卑怯者は、きっと今後も利用し続けるだろうな」
ヴァンダムとしては非常に面倒な相手と認識した。単純な敵ならどうにでもできるが、そうではない。本来味方である者が脅迫されて、やむをえず敵に寝返っているものと推測できたからだ。
「極めてシンプル、極めてチープな卑劣さ、だが効果は高い――か」
「赤村サン達を、一刻も早ク助けたいものデス。二人共、今トテモ辛いと思います。それに……」
「うむ。この直後に消される危険性もある。しかし慌てては駄目だ。君がすぐに動くことも、見えざる敵のシナリオに組み込まれているかもしれない」
ケイトのはやる気持ちを抑えるヴァンダム。利発なケイトがそれを理解できないはずもないが、自分を犠牲にするような形で、赤村の親子のために先走った行動をとりかねないと見なして、ヴァンダムの口からも釘をさしておいた。
「しかしまあ、この謀略には、随分とお粗末な部分もあるがな。捏造したという事が見破られた際はどうするつもりなのだ? そして見破られないという確信があるのかな?」
ケイトの動きも計算しているかもしれないとは言ったものの、このような底の浅い卑怯な手を使う時点で、そこまで考えてもいないのではないかとも思うヴァンダムであった。
***
赤村親子の記者会見は終わり、テレビの中では番組司会やコメンテーター達が好き勝手なことをしたり顔でぺらぺらと喋っている。
「明らかにフェイクニュースだが、命の恩人を貶める協力をさせるという裏に、どんな取引があったのか考えると、気分が悪くなる」
ビトンが吐き捨てる。そしてよくこんなあくどい手を使うものだと呆れる。
「考えたくもないな。しかしこれは危険な策ではないかな。もしそのおぞましい真相がバレたら、一気に立場は逆転するだろうに」
ラファエルが言った。この愚かしい捏造を仕掛けた人間は、そこまで頭が回っていないようだ。そしてそれが何者の仕業であるか、確かめないといけない。
「問いつめてみよう。この品のないやり方をした真意が何なのか」
ラファエルが電話をかける。相手はテオドール・シオン・デーモンだ。ラファエルは、おそらくはテオドールの仕業ではないと考えている。しかしそれでも確認は必要だ。
『五人目だ。用件はわかっている。そして同じ答えを返す。私は直接感知していない。言うべきことはそれだけだ』
極めて淡々として声が返ってきたかと思うと、電話は一方的に切られた。
「まあ……嘘でもないだろうな。彼がこんな馬鹿げたやり方をするとは思えん」
他に話したいことは幾つかあったが、テオドールも相当お冠のようであるし、今は無理だとラファエルは判断した。
「下の者の暴走か。しかしテオドールらに――貸切油田屋に、責任が無いわけでもないだろう。ケイトバッシングを行うよう、世界中にマスコミの根っこにこっそり促していたのだから」
その指示がどのような経路で下されたか知らないが、時期や方法を見誤り、暴走した者が現れたのが、今回の赤村親子による捏造告発なのだろうと、ビトンは見る。
「テオドールもそれがわかっているからこそ、頭が痛いだろうな。フェイクニュースだと発覚した際の対処も、今から考えねばならんのだ。そもそもケトイ・ヴァンダムへの異常とも思える執着自体をやめた方がいいとも思えるのだがね」
ラファエルは前から不思議であった。国境イラネ記者団も、その頭目のテオドール・シオン・デーモンも、そして世界中のアンチケイト記者達も、まるで取り憑かれたかのようにケイトを嫌悪し、執着しているのか。いくらマスメディアバッシングの引き金となった人物とはいえ、憎みすぎではないかと。
***
義久と犬飼は喫茶店のテレビで、赤村親子の会見を見ていた。
「中々愉快な見世物だったな」
「不愉快だよ」
犬飼はにやにや笑いながら、義久は憮然とした顔で言った。
「警察はケイトを逮捕するかな? 死人も出ているわけだし」
「どっちが狂言かわからない時点で、警察がほいほいと動くのか? 確固たる証拠も無しに動かないだろう。しかも相手はあのケイト・ヴァンダムだ」
「そっか。しかし……これが安瀬の言っていた、国境イラネ記者団によるケイトのスキャンダル告発だと思うか?」
頭の後ろに両手を回して深く椅子にもたれかかり、欠伸を噛み殺しながら犬飼が尋ねる。移民の親子が泣いているのは面白かったが、実に程度の低い捏造であると、仕掛けた者に対しては呆れていた。
「その可能性はあると思う。この親子を調べてみる価値はある」
義久は次の行動方針を明確に決めた。
「俺は違うような気がするけどねえ。国境イラネ記者団が仕掛けるなら、こんな扇情的なものではなく、もっとこう……はっきりとした形になるものっていうか。少なくともバレたら困るフェイクの類はもってこないと思うけど、マスゴミって馬鹿だから、それもわからんのかな?」
「いや、その言い方で俺にその質問ぶつけると、凄く感じ悪いんだけど……」
意地悪い笑みをたたえてからかう犬飼に、義久は肩を落として苦笑いをこぼした。
***
ケイトがグリムペニスビル内に用意された私室に戻り、メッセージをチェックすると、いろんな所から、わんさか入っていた。ケイトを心配する者もいれば、疑う者もいる。インタビューの依頼も殺到している。
そのうちの一つを見て、相手に電話をかける。
『状況は確認しましたー。こちらの助けはいりますかー? ヤバい時は早めに、遠慮なく言ってくださいよー』
間延びした女性の声を聞き、ケイトはほっとする。ケイトが子供の頃から知る相手だ。
「アリガタいお言葉です。シカシ、私達の力でできるだけヤッテみます。ドウニモならない時はお願イシマス」
『わかりましたー。ケイトに神の御加護があらんことをー』
「心配かけてスミマセン。シスター」
ケイトが通話を切ると、ディスプレイのメッセージ一覧を広げ、一人一人に返信する作業へと移った。
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