第三十二章 6

「相変わらず痛々しいな」


 枯れた花を敷き詰めた花壇が並ぶ庭園を見て、シルヴィアが吐き捨てる。


「『見て見て、こんなことしている私凄いでしょ? こんな趣味の悪さ、イカしてない?』そう訴えているような、痛々しさがある。おかしな方向に背伸びしてるっつーか。狂気に憧れてる常人が、一生懸命狂人の真似をしている、ファッション狂気っつーの?」


 隣を歩く栗三に向かって話しかけるシルヴィア。


「本当に狂気を秘めている奴ってのはさ、もっと息を吸って吐く勢いで、常人には思いつかないろくでもないことしでかすからな。ミルクら三狂のマッドサイエンティストなんか、正にそうだった」

「お嬢の言うことももっともだし、気持ちもわからんではないがね。あまり人の価値観を頭ごなしに否定するのはよくないな。マイナスの気持ちが働くものに対し、あまり強くマイナスを意識しない方がいい。それが思わぬ所でマイナスの効果へと繋がる事も有る」

「む……」


 栗三に言われ、シルヴィアは憮然とする。しかし彼の言葉にも一理有ると感じたからこその憮然だ。


(へっ、俺より年下のくせに年長者ぶりやがって。全く)


 栗三に対し、何となく悔しくも有り、頼もしくも感じるシルヴィアであった。


 二人は依頼者である、幾夜ルキャネンコの住む館へと訪れていた。


 ルキャネンコ家は代々銃職人であるが、販売する銃には呪いを込めている。そのために、呪いそのものの扱いにも精通しており、呪いの販売まで行っている。最近では銃の販売より呪いの方が稼ぎはいいと、シルヴィアの前で幾夜は言っていた。

 銀嵐館とも昔から交流が有り、銀嵐館に属する戦士の何名かは、ルキャネンコ製の呪いの銃を武器として用いる。シルヴィアが扱うレトロなライフルも、ルキャネンコ製の呪いの銃である。


 シルヴィアと幾夜は、幾夜がまだ幼い頃からの付き合いで、母親を早くに亡くした幾夜には、懐かれていた。最初はただ自分に懐いていただけだと思っていたが、付き合っているうちに、幾夜が自分によからぬ感情を抱いているということを知り、それ以来、なるべく距離を置くようにしている。


「いらっしゃあい、お姉様ぁ、ひっさしぶりぶりぃ~」


 玄関が開くと同時に、満面に喜悦に満ちた笑みをひろげ、猫撫で声と共に、シルヴィアめがけて勢いよく飛びついてくる幾夜であったが、シルヴィアはあっさりと身を引いてかわす。


「ひ、久しぶりに会ったのに、それはないんじゃなあい? ていうかぁ、最近全然遊びに来てくれなかったしさあ」


 地べたに派手に転倒した幾夜が、服についた土を払いながら抗議の声をあげる。


「ていうかさァ、何でお姉様だけじゃなく、余計な桃栗八年野郎まで来てるわけぇ?」

「桃栗は三年だ。八年は柿だ」


 不満を露わにする幾夜に、栗三が真顔で訂正する。


「いいからさっさと上げて、茶菓子くらいだせ」

 シルヴィアが不機嫌そうな声で促す。


 豪奢な洋館の中を歩くシルヴィアと栗三。廊下には様々な彫像が等間隔に置かれているが、髑髏と交わる裸女の水晶の彫像だの、赤子の頭部を咥えたワニの頭を持つ真っ赤な怪人の彫像だの、串刺しにされた新郎新婦だの、どれも悪趣味極まりない。シャンデリアは全て髑髏と人骨で作られているし、廊下に敷かれたカーペットには犬とつがう少女が延々と描かれている。


「お姉様にあのライフル渡したのは失敗だったなあ。あれ以外を使うことできないから、新しい銃を作ってもお姉様に渡せないしぃ。あれを私の分身と見立てて、あれ以外使っちゃ駄目って気持ちで、呪いをかけたけど、今考えると本っ当失敗だったわ~。うん」


 歩きながら幾夜が言う。おかげで銃を余計に押し付けられなくて済むと思ったシルヴィアであったが、それは口にしないでおく。


 廊下の壁にめりこんだ巨大な鉄の処女が開き、中へと入る三人。中は応接間で、ここはまともな部屋であった。以前聞いた際、応接間くらいは普通にしないと客人が落ち着かないという、比較的まともな答えが幾夜から返ってきたが、庭も廊下も悪趣味極まりないのに、ここだけまともでも仕方ないと、シルヴィアは思う。


「む、以前来た時よりコーヒーが美味いな」


 出されたコーヒーを口にして、栗三が称賛したが、


「口、開かないでくれる? 男は嫌いなの。それに加えて、ナルシストとか超気持ち悪いしぃ」


 幾夜は心底嫌そうな顔で、にべもなく告げる。


「おめーも十分キモいんだよ。レズとかそういうのは抜きにして、別の所がいろいろとな」


 シルヴィアが少し怒りを込めた声音で言うと、幾夜は動揺を露わにした。


「で、でもお姉様ぁ、こいつアホじゃん。ナチュラルにアホじゃん。豆腐の角に頭ぶつけて速やかに死んだ方がいいレベルのアホアホじゃん」

「それと、俺の部下を次に罵ったら、その顔が割れて、口や鼻だけじゃなく耳と目からも血が吹き出るほど殴り飛ばす。長い付き合いだからって容赦しねーから、そのつもりでおけ」

「マジでぇ? じゃあ早速ぼこぼこにして頂戴よぉ。私、お姉様になら殺されてもいいと常々思ってるから。今日という日を記念日にしてよぉ。お姉様が私に一生残る痕をつけた記念日にさぁ」


 にこにこ笑いながら顔をつきだしてくる幾夜に、心底げんなりするシルヴィア。


「でさあ、返り討ちにした謎の襲撃者が、こんなの持ってたのよ~」


 幾夜がシルヴィアの前に、二枚のカードをかざしてみせた。

 カードは一面に夜空が描かれ、真ん中に大きくそれぞれアルファベットが一文字ずつ描かれていた。MとB。裏返しても夜空だ。


「襲撃者の遊びか? 何かメッセージだとは思うが、心当たりは?」

「もちろんないわ~。つーか、これだけじゃ何もわかんないっての。イニシャルかと思って、これまでの客も調べてみたけど、そうでもないっぽいしぃ」


 シルヴィアの問いに、幾夜は肩をすくめて答える。


「恨まれる覚えもいっぱいあるし、心当たり並べたらきりないけど、一応私視点でのそれっぽい奴等、伝えておくわ」


 そう前置きを入れてから、幾夜は自分を恨んでいそうな筋を口にしていく。


「そいつらは一応オーマイレイプに洗わせておく」


 シルヴィアはホログラフィー・ディスプレイを投影し、幾夜の口から聞いた名を打ち込み終えてから、そう告げた。


「それとカードだが、サイコ――」

「あ、まただ」


 シルヴィアの言葉途中に、幾夜が声をあげる。館の庭の仕掛けが反応し、幾夜だけにわかる信号を発している。招かれざる客が来たのだ。


「お姉様、また刺客来たみたい」

「丁度いいタイミングじゃねえか」


 不敵な笑みと共に立ち上がるシルヴィア。


(嗚呼……お姉さまのこの獰猛かつ可憐な笑顔、素敵すぎる)


 幾夜がうっとりとした顔になって、シルヴィアの顔を指先携帯電話で撮影する。


「何撮ってるんだよ」

「いいじゃん。撮ったら駄目ぇ? ていうか、今の顔もう一度ぉ」

「部屋から出るなよ」


 付き合ってられんといわんばかりに、シルヴィアは顔をしかめて、ライフルを取り出して部屋を出た。


 廊下は幅が広いので、銀嵐之盾も通常サイズで使える。すなわち、高さ2メートル超えサイズでだ。その気になればある程度サイズも変えて呼び出すことが出来るが、シルヴィアとしてはできるだけ通常サイズが好ましい。最も使い慣れている。


 果たして、廊下に襲撃者が現れた。また四人組だ。今度は二人ずつ別行動ではなく、四人固まっている。

 シルヴィアが銀嵐之盾を呼び出す。四人の刺客が慄く。このリアクションは大体いつも同じだ。


「俺は銀嵐館当主にして筆頭戦士、シルヴィア丹下!」


 盾で身を隠してからの名乗りは少々間が抜けているが、狭い通路で四人相手なので、やむを得ずとする。

 シルヴィアが名乗りをあげた直後、部屋から飛び出てきた栗三が、分胴鎖を放ち、一人の頭を粉砕した。


「銀嵐館次席戦士、桃島栗三だ。この世で最も美しく機能的な武器――それが鎖鎌だ。どちらも覚えて――」


 言葉途中に三名が桃島めがけて銃を撃つ。慌ててシルヴィアの盾に身を隠す桃島。


「どっせーい!」


 かけ声と共に盾を飛ばすシルヴィア。これで大抵の雑魚は潰せる。毎回のパターンだ。ここが廊下という事もあり、回避は困難である。


 三人いたうちの一人が盾の直撃を受け、そのまま盾ごと吹き飛ばされて壁まで押し当てられて潰される。

 盾のぶちかましを食らわずに済んだ二人は、シルヴィアのライフルと栗三の分胴で、それぞれあっという間に仕留められた。


「弱えな……。こいつら最下級のチンピラじゃねーか」


 呆れ気味に呟くシルヴィア。刺客を放つのならもっとマシなのを雇えばいいだろうにと思いつつ、先程のカードの事を思い出した。


「こいつらもカードを持っているかもな。つまり、刺客を放った奴は元々殺す気もなく、メッセンジャーとして殺し屋を放っているとも考えられる。調べてみろ」

「了解」


 シルヴィアに命じられ、栗三は死体を調べた。

 また二枚の夜空とアルファベットのカードが出てくる。今度はLとNだ。


「LNMB。う~ん……わっからないなァ」


 顎に手を当て、幾夜は難しい顔になる。


「狙われる方も狙う方も悪趣味だな」

「桃栗三年黙れ」


 栗三の言葉に、不機嫌そうに言う幾夜。


「まずこの家を徹底的に守る。それとこれらのカードをサイコメトリーさせよう。それで敵が判明次第、刺客を送る」


 四枚のカードを手に取り、シルヴィアは方針を告げた。


***


「ルキャネンコが銀嵐館を護衛につけたようです」


 執事の佐藤一献が、山葵之介に報告する。


「ふむ。あの銀嵐館か。これは厄介。蒼月祭の前に我輩が殺されるのは困るな」


 銀嵐館を護衛につけるという事は、襲撃者への刺客もセットになる事は、当然山葵之介も知っている。


「手は考えてあります。お任せあれ」

「そうか」


 佐藤の言葉に、山葵之介はその手が何かも尋ねることなく頷く。長年仕えるこの執事に、絶大な信頼を寄せているが故、いちいち確認する必要性など感じなかった。

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