第三十一章 24

 霊乱対策本部会議室。


 霊達に、祭りで対抗する計画を思いついたのは、正和であった。

 元はと言えば幸子が、歌舞伎町など人のにぎわっている場所なら、悪霊の影響が乏しいという発言したので、その手があったと思い立ち、新宿中で祭りを起こして、明るい気で満たす作戦を実行したのである。これによって、悪霊怨霊の弱体化と防衛の双方に繋がる。


「夜中になる前に、早急に盛り上げるんだ、な。あまり遅くなると眠くなる人も出るから、な」

「盛り上げるのは新宿内にいる人達任せよ。こっちは準備するだけ、知らせるだけ。それ以上のことはできないでしょ」

「それもそうか、な」


 幸子に異を挟まれ、素直に認める正和。


「準備に手間取っている地域もありますが、すでに作戦の概要を聞き届けた人達によって、どこもかしこもおおいに盛り上がってますよ」


 朽縄の術師が、無数のディスプレイを投影して、チェックしながら報告する。


「それなら重畳だ、な。霊達が集められている結界周辺――西新宿六丁目周囲は、特に祭りを集中させるんだ、な。結界があろうと、祭りによって発生させた陽気が、遮られるはずがないんだ、な」

「了解しました。コスプレ集団をそちらに誘導します」


 正和の命を受けて真面目にそう応答する朽縄の術師に、純子、累、みどり、ビトンは噴出しそうになった。


「コスプレ集団が街を救うのか……。ただコスプレして街を歩くだけで、救われてしまうわけか」

 真が呟く。


「へーい、みどり達も祭り行きたーい」

 みどりが挙手して申し出る。


「貸切油田屋の計画を潰して、結界を解いたら行ってもいいんだ、な」

「えー、それはないんだ、な。そん時には祭り終わっちまってんじゃないか、な」


 正和に言われ、みどりは正和の喋り方を真似てぶーたれる。


「そうかもしれない、な。それと、な。真似する、な」

 かなり嫌そうな顔で正和が言った。


「こうなると次は、物理的手段で人々を殺しにくるだろう。多分もうバトルクリーチャーは使い果たしたと思うが」


 その対処を伺うニュアンスも込めて、ビトンが発言する。


「その時は、引き続き戦闘して対処だ、な」

 あっさりと答える正和。


「ま、その時がチャンスなんだよねえ。向こうに、本体をださずに分裂体を出してくる子がいるんだよ。その子とみどりちゃんを引き合わせれば、みどりちゃんに精神世界から、その子の居場所を特定できると思うんだ」

「イェア、みどりが勝利の鍵とか、いいねぇ~。あぶあぶあぶあぶぶ」


 純子の言葉を受けて、みどりがいつもの奇怪な笑い声をあげる。


「しかしそれにしても、祭りへの誘導がスムーズに行われているんだ、な」

「ええ。祭りの準備もこんなに順調だなんて。もっと手間取ると思ってたのに」


 正和と幸子がそれぞれ意外そうに言った。


「駄々こねて邪魔する人とか出てきてもよさそうなもんなのにね~」

 と、みどり。


「イーコが陰で助けてくれているのかもしれん」


 と、ビトン。イーコがこの件では動いているのは、すでにこの場にいる者は皆知っている。


「なるほど、暗示をかける能力があるって話だね」


 そう推測する純子。しかし実は、暗示や催眠で祭りへの誘導などは一切していないイーコ達であった。つまり、人々は今自分達ができる最良の手段が何かを判断して受け止め、積極的に祭りに参加していた。


***


 対策本部で話題に挙げられているなどと露知らず、イーコ達は人々から少し離れた位置の亜空間内から、祭りの様子を見守っていた。


「いくらなんでもはしゃぎすきじゃないか?」


 一部の行き過ぎた騒ぎ方を見て、ルリビタキが呆れる。裸踊りまでしだす者や、青姦乱交パーティーをしている者達までいた。


「閉じ込められた先行きの不安や、バトルクリーチャーに怯えていた恐怖の反動ね。そして、自分達の力でこの状況をどうにかできると指し示され、それに縋りつつも高揚しているといったところかしら」


 ツツジが冷静に分析する。


「おおっ、ツツジがいつものクールビューティーな調子を取り戻しましたねー」

「うるさい。しばらく私に話しかけないで」

「はい……」


 おどけた口調で声をかけるアリスイだったが、ツツジに恐ろしく冷たい声で拒絶され、しゅんとなってうなだれる。


「比較的スムーズに動いているようだし、俺達も休憩でいいかも」

「だね。また何かあったら動けばいい。しばらく様子を伺おう」


 ルリビタキが言い、コウが同意する。


 先程まで不安げにしていた人達が、祭りで楽しそうにしている様子を、イーコ達はじっと見守る。


「この笑顔を、楽しむ人達を守りたいために、オイラ達イーコは長年人々の守護を務めてきたわけですし、報われる感じがビンビンだー。よかったよかった」

「いや、まだ何も終わってないんだけど……」


 まるでこれでエンディングのような語り草のアリスイに、コウが突っ込んだ。


***


「この世には分相応、分不相応というものがある。己の分を弁えず、何かを手にする者を私は許せない」


 出会ったばかりの時に、アブディエルはラドクリフにそう言った。あの台詞は今でも胸に刻まれている。


「逆に、君のような優れた才と、高貴な心を持つ者は、生まれ持った身分など関係なく、相応の立場に尽き、相応の力を振るわねばならん」


 その台詞にラドクリフは心を救われ、その後、立場の上でも救われた。


 テキサスの田舎町。怪しい宗教に汚染されたこの町で、宗教の幹部の息子の横暴を見かねたラドクリフは、彼の犯罪行為を全て記録し、ネット上に晒し挙げた。

 たちまち町は魔女狩りの様相を呈した。怪しいと見られた無実の者が何名も暴行を受け、教団へと連れて行かれた。

 しかしラドクリフが撮影した事はバレていなかった。警察までもがカルト宗教団体の手先となっているこの町では、誰も反抗しないと思われたが、明確な叛逆に教祖も幹部も激怒していた。


 ネットという媒体を用いて外に情報を発信するという、簡単な方法によって助けを求める程度のことも、今まで誰もやらずにいたのは、それだけ恐怖支配が徹底していたからだ。動けば誰にでもできることでさえも、人の心を縛る恐怖の鎖は、動けなくしてしまう。


 ラドクリフの告発はジャーナリストに興味を持たれ、もう少し町の様子を知らせてほしいというメールを受け、ラドクリフはさらなる撮影と告発に臨んだ。


 しかしそれは罠だった。ジャーナリストのメール自体が、教団側が仕組んだ狂言だった。


 教団の幹部が、町の女児を暴行しようとしている場面を、ラドクリフが撮影をしようとした所で、その行為があっさりとバレて、ラドクリフは警察に捕まった。

 メールの発信後にわざと教団幹部達が幾つかの場所で横暴を働き、そこに撮影者が現れないかチェックしていたのである。


 ラドクリフは警察に捕まったその三十秒後に救われた。

 教団の動きもまた、チェックされていたのである。デーモン一族という、この国の真の統治者によって。


「君のような勇気と正義を備えた者こそ、私が求める人材だ」


 アブディエル・デーモンと名乗った男によって、ラドクリフはスカウトされた。最初はアブディエルの雑用係であったが、そのうちアブディエルの補佐もするようになり、瞬く間に腹心として信頼される立場となった。

 ラドクリフはアブディエルに絶対の忠誠を誓い、その後三十年の間、アブディエルに尽くし続けてきた。


 アブディエルがこの三十年、オーバーライフとして己の力を向上させる一方で、支配者として君臨するための決定的な力を得る事を模索していた。そしてたどり着いたのが、TATARIプロジェクトなるものであった。


 計画は、途中で知られて妨害される危険性も考慮してうえで、その際には強引に最後まで進めるプランも織り込んだうえで、進行された。

 それらはアブディエルとラドクリフで、ありとあらゆる可能性を模索し、敵の出方も考えたうえで、その全てを先に行く案と策を練り、準備も万端に整えられていた。敵がどんな手段で妨害しようと、常に先手を打ち、最後までいけるようにと。


 今の今まで、全て想定通りに進んでいたのだ。しかし今、ラドクリフは呆然とした面持ちで、ディスプレイに映る新宿の街の様子を眺めている。


 お祭りで対抗などという、あまりにも想定外の方法。

 何万人という人達があちこちで祭りに加わっている。霊の保管場所の結界周辺などは、特に大きなお祭り騒ぎが行われている。

 祭りによって生じた陽の気にあてられ、邪気が急速に薄れていき、霊が弱体化しているのが、はっきりとわかった。


 魔術師達はこの状況に混乱していた。死霊術師達は瘴気を少しでも強めようとしているが、都市全体に満ち溢れたプラスのエネルギーに、全く太刀打ちできない状態となっている。


「バトルクリーチャーのゾンビを向かわせろ。殺戮の恐怖が伝播すれば、プラスは一気にマイナスへと変わる」

「もうほぼ使い果たしました……。やるなら、こちらも切り札を用いるしか……」


 苛立ちを露わにして命じたアブディエルに、ラドクリフは言いにくそうに答えた。


「そもそも日本でこの計画を進めたのが失敗だったのでは……?」


 さらに言いにくそうに――しかし言うべきことは言わねばと思い、ラドクリフは意見する。


「霊的磁場が強く、霊や死と密接な国であるが故に、最適であったと思ったが、こんな落とし穴があったとはな……。いや、それらと密接な国であるが故に、この国の者は、霊の鎮め方や利用の仕方にも長けているわけか」


 アブディエルも頭の回転は悪くない。何が失敗であったか、理解できた。


「祟り神とまでなった大怨霊を、逆に鎮護の護り神に変えてしまう国ですからね。平将門、菅原道真など……」


 そもそもアブディエル達による霊の利用の仕方からして、日本古来より繰り返された方法を模倣しただけの代物である。


「力霊を憑依させた戦士達をここで放出したくはなかったが、やるしかないな」


 今までは好吉程度しか使っていなかったが、まだ他にも同様の兵はいる。


「好吉はどこへ行った……。肝心な時に……」


 電話で好吉に呼び出しをかけるが、中々でないことに、さらに苛立ちを募らせるアブディエルであった。

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