第三十一章 23

 ツツジ、アリスイ、ルリビタキ、コウの四人のイーコ達は、新宿内で亜空間トンネルを移動しつつ、人に自分達の存在を悟られることなく、安全な場所や方向へ避難誘導していた。バトルクリーチャーに遭遇したり、霊や瘴気の道に入ったりしないように。


 人の意識をどちらかの方向へと向ける簡単な催眠能力を、イーコ達は備えている。嫌な予感などを与えて、人を危険な場所へと立ち寄らせないようにするといったことも、昔からイーコは行ってきた。

 その途中、見えない壁の側で、不良外人達が喚き、物にまで当り散らしていたのを見て、催眠能力で寝かせておいた。


「あの人達、邪気の通り道に入って、影響を受けたのかな?」


 ツツジが道で寝ている外人達を尻目に呟く。冬ではないので凍死の心配も無い。


「そういうわけではなく、ただの野蛮人だろ。それより……」


 ルリビタキがすぐ近くにある霊の通り道を見た。


「動物霊も多いし、これって東京中の霊が集められてるの?」


 集められる霊の数に慄きながら言うルリビタキ。


「あるいは日本中か? 外国人の霊も多い。こいつらの顔は……裏通りのサイトで見たことがある。薬仏市の抗争で死んだマフィアだ」


 コウが言った。


「オイラ達にはこれ以上何ができるでしょうかねー」

「今まで通り、人々を安全に誘導でしょ。それ以外は人間達自身に任せるしかない」


 アリスイのぼやきに、ツツジが毅然たる面持ちで告げる。


「あれは?」

 ルリビタキが指した方向に、三人のイーコが首を向けた。


「何だろう。同じトラックが何台も……」


 ツツジが呟く。同じ種類のトラックが連なって移動しているうえに、護衛らしい白バイ警官も側についている。


「何が運ばれているんでしょーねー?」


 アリスイが緊張感の無い声で疑問を口にした。


***


 時刻は午後九時になろうとしていた。


 町の中から出ることができなくなった人々は、途方に暮れつつも、事態の解決をひたすら待っていた。

 見えない壁の周辺には、人だかりができている。誰もが脱出を試そうとして集っていたが、その見えない壁とやらの前に、人の壁に遮られて動けない者の方が多く、その時点で諦める者も多数だ。


 電車も停まっている。交通渋滞のまま車も停まっている。

 疲れて蹲っている人々も多数見受けられる。

 コンビニは普段より客が多く盛況だ。このまま数日間このままになるかもしれないと見込んで、大量に買占めをする者も少なくなかった。

 諦めて繁華街へと繰り出す者も多い。ホテルも満杯状態である。


 新宿という巨大な都市が丸々閉鎖されるという、まるで映画か小説のような異常事態。しかし人々は、外人を除けばパニックになる者も無く、わりと落ち着いて行動していた。


「いつになったら家に戻れるんでしょうねえ」


 そこかしこで誰かが口にした愚痴を、また誰かが口にする。やることなく暇なので、不安を打ち消す意味合いも兼ねて、そこかしこでぺちゃくちゃとお喋りをしている。


「上の人達は何しているんでしょ。さっさと解決してほしいです」

「我々の税金で、今頃クラブにでも繰り出しているんじゃないかな?」

「そもそもこの現象は何? 化け物を見たとか、幽霊を大量に見たとか、そんな噂もあるけど」

「噂じゃないぞっ! 化け物なら俺も見たし、ネット上に動画もあがってる!」

「はいはい……」

「はいはい、じゃなくて化け物は本当ですよ」

「いや、化け物とかありえ……化け物ーっ!」


 人々がたむろしている場所に現れたゾンビバトルクリーチャーを見て、化け物を否定していたバーコードヘア中年サラリーマンが悲鳴をあげる。


「はいはい、私達がいてよかったね」


 建物の壁際に寄りかかっていた冴子がだるそうに言うと、猪のようなゾンビバトルクリーチャーの前に踊り出て、襲いかかろうとした人との間に入り、回し蹴りでその前脚を蹴りつける。


「岸夫ーっ、早く来てーっ。私の肉弾戦じゃ流石に心許ないよっ」


 電話をかけつつ、ゾンビバトルクリーチャーの突進をかわす。


 コンビニで買い物をしていた岸夫が両手にコンビニ袋を携えたまま、駆け足でコンビニから出てくると、片方の袋を地面に置いて、ゾンビバトルクリーチャーに向けて片手をかざし、能力を発動させる。

 強風が吹き荒れ、ゾンビバトルクリーチャーの動きがほぼ止まる。そこに冴子が遠方から指でゾンビバトルクリーチャーの前脚をゆっくりとなぞると、ゾンビバトルクリーチャーの前脚が切断された。


「あー、もう今日は戦いたくない。この能力の燃費の悪さ、何とかならないかな……」


 冴子が愚痴る。ゆっくりカッターは結構体力を消費する。


「あの二人が化け物をやっつけた?」

 冴子と岸夫を見てざわつく群集達。


「まるで物語の主人公みたいだったよ。すげー」

「二人は何者なの? 伝説の戦士?」

「いやあ国家秘密機関に所属している者っていうか、殺人倶楽部っていうか」

「ちょっとちょっと冴子さん……」


 問いかけられて、正直に答える冴子に、岸夫が呆れて声をかける。


「秘密機関の人がその素性をあっさりバラしちゃうって駄目じゃん」

「殺人倶楽部って、一時期話題になったあれかよ……。しかもそれが国家の秘密機関とか……」

「殺人倶楽部とかもっとバラしちゃダメだろ」


 そこかしこから突っ込みが入りまくる。


「うぐぐぐ……私ってば動揺のあまり軽率な発言を……」

「こういうの俺も馴れてないから、気持ちはわかる」


 冴子が呻き、岸夫が慰める。


「助けてもらったのは事実だから、何でもいいじゃないか」

「そうだそうだ。ありがとーっ」

「一緒に記念撮影してほしい」

「そっちの姉ちゃん、結婚してくれっ」


 そこかしこから称賛の声があがり、照れくさそうに萎縮する冴子と岸夫。


「ん……?」


 と、そこに同じ見た目のトラックが何台もやってきて、停車した。

 トラックから人が何人も出てきて、中のものを引っ張り出し、何かを組み立て始める。冴子や岸夫を含め、その場にいる群集が怪訝な顔でそれを眺める。


「何これ?」

 誰かが呟いた。耳のいい者だった。


「聞こえるね。これ、お祭り?」

「確かに祭囃子の音が聞こえてくる」

「こんな時に祭りって……」

「そんな予定だったの?」


 祭囃子の笛や太鼓の音が徐々に近づいてくるのが聴こえた。しかもそれだけではない。


「あれれれ? 露店まで出始めてるよ」


 トラックの中から出したのは露店だった。一斉に組み立て始めている。


「あっちから山車が何台も着てるよ」


 人々が怪訝な視線で車道の山車や露店を見る。


「すみません。これってお祭り……ですよね? 今のこの状況でお祭りとかしていいんですか?」


 露店を組み立てている人に、群集の一人が声をかけた。


「俺もよくわからんけど、区の方から祭りをしてくれとか言われてさ。事情は後で説明すると」


 露店を組み立てている人が振り返って答え、人々は顔を見合わせた。


***


 ほころびレジスタンスの三名とミサゴの前でも、祭りが行われ始めた。祭囃子の音が響き、露店が立ち始める。


「こんな時に祭りだと?」

「どうも新宿のあちこちで祭りが行われているようだね」


 訝るミサゴに、すっかりネット情報チェック係である十夜が教える。


「ねえ、何かコスプレ集団みたいなのが出てきたんだけど」


 凜が大通りの先の十字路を指す。見ると確かに、様々なコスプレをした何十人もの集団が、車道を歩いてくる。


「コスプレ集団すげー多い。何だ、あれ」

「まだハロウィンの時期でもあるまい」


 晃とミサゴがそれぞれ言う。


「別にハロウィン限定じゃないけど……。どっかでイベントでもあったんじゃないかな」

「違う。サイト見たら、新宿でコスプレ祭りを呼びかけてるみたいよ」


 晃の言葉を、十夜がディスプレイを見ながら否定した。


『みなさーん、悪霊がはびこり、閉鎖されたこの新宿の陰鬱な気を吹き飛ばすため、コスプレ祭りを行い、明るい気で満たして悪霊を追い払いまーす』

「は?」


 スピーカーから響く明るく弾んだ声に、眉を寄せる凜。


『衣装はたっぷり用意しましたので、お好きなのをどうぞー』

「冗談ではないようだな……」


 ミサゴが言った。


『新宿区内に閉じ込められた皆さん。聞いてください。すでに御存知の通り、新宿区は超常的災害に見舞われています。バトルクリーチャーが放たれ、数多くの悪い霊がはびこるという、恐ろしい事態に直面しています。幸い、バトルクリーチャーの多くは、機動隊、国家特殊機関、民間の有志等によって大部分が駆逐されましたが、今なお悪霊がこの地に多く呼び寄せられています』


 各所に備えつけられてスピーカーから、同じ声の人が事態を説明する。


『何者が、どのような目的で霊を呼び寄せているか、それは定かではありません。しかし我々はこうして閉じ込められ、悪い霊がその中に呼ばれ、増え続けています。この状況だけをとってみても、このまま放っておいてよい事態ではありません。我々を閉じ込めている見えない壁は、外部から除去する作業が始まっていますが、時間がかかるとのことです。その間、悪霊達が中にいる人達に危害を及ぼさない保障などありません』


 むしろ危害を及ぼすために閉じ込め、霊を呼び寄せているであろうことくらいは、多くの者が理解できた。


『そこで、悪霊達を退けるために、皆さんの協力が必要です。悪い霊は、陰気――暗い気を好みます。皆さんが不安になり、怖がり、落ち込み、悲しむと、それによって悪い霊達の力は強くなってしまいます。ですが逆に陽気――明るい気には弱いのです。皆さんが楽しみ、喜んで、明るい気で満たせば、霊達は弱体化するうえに、近寄ることができません』


 そこまで言われた時点で、多くの者が、突然の祭りが何を意味するか察することができた。


『つまり、今から町中でお祭りを始めて、明るい気で満たせば、霊を退けることができるということです。これは至極真面目な悪霊への対抗手段です。どうか皆さん、一人でも多く祭りに参加し、祭りを楽しんでください。祭りを盛り上げ、楽しむことで、皆さんの安全に繋がるのですっ』


 放送を聴いた者達の顔が、少しずつ綻んでいく。さっきまで文句を喚いていた外人達などは、狂喜乱舞して歓声をあげている。


「リアクションの良さというかノリの良さでは外人の勝ちね」


 コスプレ衣装に真っ先に群がった外人集団を見て、凜は苦笑した。


「コスプレやお祭りで霊を撃退とか、日本誇らしいねっ」

「そうかな……?」


 笑顔で力強く言い切る晃に、十夜は凜同様に苦笑いを浮かべていた。

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