第三十一章 2
純子と累が新宿で調査を始めた頃、真とみどりの二人は未だ雪岡研究所で待機していた。純子達とは別働隊という形で行動予定なので、少し遅れて出向く予定である。
「雪岡の奴、また何か企んでそうだな」
みどりにロメロスペシャルをかけられながら、真が言う。
「どうかなあ、今回はそんな気配、感じなかったよォ~」
ロメロスペシャルからボーアンドアローに移行しつつ、みどりが否定した。
「雪岡の心を見たのか?」
「へーい、失礼なこと言わんでよォ~。あたしは無許可で親しい人間の心を覗いたりやしねーって、何度も言ってるっしょー? 大事な人相手には、緊急時でも無い限り使わないって決めてるの。読心の力の制御もできますからねっと。ただ、覗かないようにしていても、たまに自然に流れこんできちゃうこともあるんだよね」
そこまで喋った所でみどりは技を解く。雪岡研究所プロレスごっこ禁止令はまだ解けていないが、鬼のいぬ間にやっておこうという趣旨であった。
「人の心を全て読めてしまうのが嫌ということか」
顔の前に手を立てて球形の合図をして、真はソファーに腰掛けた。みどりはその場で床にあぐらをかく。
「あたしと同じのーりょくを持つ人には、そういう人も多いぽいね。あたしも最初は苦しかったし、そのせいで辛い想いしまくって、結果こうなっちゃった。でもたまに面白いこともあるんだ。おとなしそうな顔しているいかにも善良そうな奴が、すげー腹黒だったりとか。そういうのが全てわかるのは、便利だし面白い。転生繰り返して何度も小学生ばかりやってるもんだから、担任の教師がロリコンかどうかも、あたしには丸分かりだったぜ。ロリコンが教師になる傾向多いのは事実だと思うわ」
「教師の強姦事件なんて昔から日常茶飯事だったし、心を読まなくても教師にロリコンが多いのは明白だろ」
小学生時代を振り返り、男子教師が露骨に女子を触っていたことを思い出す真。偏見も混じっているが、実際にそういう場面を何度も目撃してしまうと、そう考えざるをえない。
「ふえぇ~、そういう真兄ぃはどうなの? あたしに心全て丸読みされて嫌じゃない? それが不思議なんだよねー」
「丸読みできるのなら、言わなくてもわかるだろ」
「んにゃ。例え精神をリンクさせていても、できるだけ見ないことに決めましたからー。ちゃんと声に出して会話して互いとやりとりしたいしね」
「ここに来たからにはもう身内だし、知られても何とも思わない。むしろ知られている方が、手間が省けるっていう考えかな」
「あぶあぶぶ、真兄らしいアバウトさだわ」
みどりがにかっと歯を見せて笑った。
みどりは心を読める力を制御できないうちは散々苦労した。その際に深く傷つき。それを引いているからこそ、自殺と転生を繰り返しているという面もある。しがらみを持続させたくないのだ。
全てをさらけ出しているうえに、こういう大雑把な性格の真は、みどりがこれまでに会った中で、一番安心できる人間である。しかしその一方で、そのデリカシーの無さに腹が立つ事も多々ある。
「みどりを僕の遊びに誘う時、杏の代わりと言ったけど、あれは……正直後悔している発言だ。杏にもお前にも悪い」
「ふぇえぇぇぇ~……今更ァ?」
「杏がお前を引き合わせた事は事実だ。でも、みどりはみどりだし、杏は杏だからな」
真のその言葉を、みどりは杏に直接聞かせてやりたいと思った。口伝で教えてやってもいいが、真がその言葉を口にした場面に、杏がいてほしいと。
「杏は薄々お前が抱えている傷を感じ取っていたんじゃないか。僕もお前を見ていると何となくわかるよ」
「あたしの傷……」
真の指摘に、みどりは少しむっとなる。
「で、あたしのことも救ってくれるってのォ~?」
「そのつもりだ。杏もそうしたかったから、お前を――」
「やめれ」
今まで上機嫌だったのが、一転して怒ったような顔になり、みどりは真の言葉を遮る。
そして自分でもムカつきを露わにしてしまったことを意識し、大きく息を吐いて気持ちを整える。
「真兄って本っ当に女心わからん男よのぉ~……」
それでいて女心を掴むのも上手いからタチ悪い。完全に女の敵だと、みどりは思う。
「お前に女心があったのか」
「ほらほらそういう所がだよォ~。こんにゃろ~」
珍しく冗談めかした口調で言う真に、みどりも笑い返し、真の正面からフロットヘッドロックをかけるのであった。
***
死体こそ片付けられていたが、校舎内のあちこちには、まだ血がこびりついていて洗われていない。血痕を状況証拠として検分するために、まだ残しているのだろうと、純子と累は思う。
「あ、見せるの忘れてたけど、まだ校舎内に死体が残っている際の映像も、全部撮ってあって、私の所にも送られてきてたよ。見る?」
純子がそう言ってホログラフィー・ディスプレイを開く。
「歩きながら場所と照らし合わせて見たらどうでしょう。例えばそことか」
累が飛沫血痕のある壁を指す。
「えーっと、校門近くの花壇前……と。あ、これだね」
ディスプレイに、発見時の映像が映し出される。純子がディスプレイのコピー画面を作り、累の方へと飛ばす。
「なるほど」
死体の映像を見て、累はその場で目を凝らしたが、死体と一致する霊は確認できなかった。
「強い力でねじられたって感じだねえ、これは」
上半身が180度後ろに回転した状態の女子高生の亡骸を見て、純子は言った。壁の飛沫血痕は、口から吐き出されたものだろう。
その後も二人は校舎内を歩き続け、殺害現場と思しき場所を一つ一つ見て回り、その幾つ目かで、累が見たかったものが現れた。
「純子、見えます?」
「うん」
校内の廊下の大量の血痕の上を指す累。そこには男子生徒の霊が所在なげに佇んでいるのが、二人の目には映った。
「ちょっと、君いいかなー?」
『うわっ、びっくりした! 俺のこと見えるの? ていうか、君ら何?』
誰もいない惨劇後の校舎に入ってきて、平然と幽霊の自分に話しかけてくる、美少女と美少年の二人組に、男子生徒の霊は訝る。
「ある時は霊的私立探偵、ある時はマッドサイエンティスト、そしてまたある時は特撮オタク、雪岡純子だよー」
「そんな紹介しても通じないでしょ……」
「ここであった事を調査している者だよー。超常視点も交えてね。何があったか、話せるだけでいいから、話してもらえないかなー?」
『わ、わかった……』
男子生徒の霊は語りだした。
『いきなり赤っぽいゴツゴツした肌の怪人が何人も現れて、片っ端から生徒を殺していったんだ。超能力でも使ってるみたいに、触ってないのに人の体をねじり切ったり、ひきちぎったりして……。逃げようとしても駄目だった。同じ顔、同じ姿の怪人が現れて、逃げ道も塞がれて……。俺が話せるのはそれくらいかな。すぐに殺されちゃったし』
「ありがとさままま。おかげでいい情報げっとできたよー」
『そ、そう? それならよかった』
純子に屈託のない笑顔を向けられ、男子生徒の霊は頭をかいて照れ笑いを浮かべる。
「じゃあ、成仏させてあげますね」
累が手をかざし、男子生徒の顔に怯えが見受けられた。累が、霊を消す力でも使うのかと思ったのだ。
『え、何か怖いけど……』
「霊界がどういうものかは、僕も知りませんけど、多分そのままでいる方が辛いと思いますよ。下手したら三桁単位の年月、そのまま過ごさないといけないんですよ?」
『わ、わかった。できるならお願い』
累の手から緑の炎が放射され、男子生徒の霊を包む。男子生徒は心地よさそうな顔で消えていった。
「引き続き現場捜査と幽霊聞き込み続けてみよう。私達霊的警察だし」
「探偵じゃなかったんですか?」
宣言通り、純子と累は学校内にいる霊達と接触を図り続けた。中には狂ってしまって話にならない霊や、悪霊化した者もいたが、それらはさっさと雫野の浄化の炎で、成仏させる。
そして、この惨劇を引き起こした者と関わりがありそうな者に、とうとう出会う。
『あいつは確かに宮村だった。宮村好吉。俺が小学校の頃からずっといじめてた奴だ。それが……あんな化け物になって仕返ししてくるなんて。糞っ、ラノベじゃあるまいし』
人相の悪い男子生徒が、忌々しげに言う。
『累、そいつは成仏させなくていいよ』
サングラスに手をかけながらそう言ったのは、純子の守護霊である杏だった。
「ええ、言われなくてもしないつもりでした」
『な、何だよ……成仏? つ、つまりあれか? 俺を成仏させることができるのに、俺が当事者でイジメの加害者だからシカトしようってのかよっ! ふざけんな!』
成仏どうこうだけで、そこまで察することができてしまい、それ故に頭にくる霊。
「何でしたら、もっとひどい目に合わせてもいいんですよ? それが出来る力が僕にはありますから」
冷たい声で告げ、累はアポートでスケッチブックを手元に呼び出す。
『あん? チビガキのくせに、幽霊だからってナメんなよっ。そんな脅迫で屈するわけねーだろこのタコがっ!』
「はい、有罪(ギルティ)」
累が一言呟き、スケッチブックを開く。中に描いてあった絵を見てしまった霊は、絵の中の地獄へと引きずり込まれる。
「よくある話だよねー。私もイジメの復讐目当ての子を改造してあげたら、その後学校に殴りこみかけて、イジメた子も黙って見てた子も先生も皆殺しとか、そんな愉快なことがあったから、イジメ復讐ケースの場合、ちゃんと付き添うようにしたんだー」
『よくあってたまるかって感じの話なんだけど……』
「その後フォローしてます的に言っても、どうせ何度もそういうことが起こって、中枢に怒られたからなんでしょ?」
笑顔で語る純子に、突っ込む杏と累。
「とりあえず重要情報幾つかゲットだねえ。その子は間違いなく力霊に憑依されて、力を得ているんだろうねえ」
片手を頬にあて、うつむき加減にニヤニヤと笑う純子。純子が悪巧みしている時のポーズだということを、累も杏も知っている。このポーズをしていない時でも悪巧みをしているが、このポーズをしている時はもう、100%悪巧みモードだ。
「できれば生きたまま捕獲して、研究所に連れて帰りたい所だけど、それにはまず、この情報は誰にも知らせず、他に動いてる人達に先駆けて、その元イジメっ子と接触しなくっちゃ」
「どう考えても純子にヘルプを求めたのは、人選ミスな気がします……」
しみじみと言う累。
「いいや、人選ミスってことはないよー。いずれまた交戦する可能性の高い私の手口を観察するためには、あえて味方につけておけば、探りやすいじゃない」
純子に言われて、累は目を丸くした。
「貸切油田屋はそこまで考えて純子に依頼をしたと思ってます?」
「だったら面白いかなーと思っただけだよー。ま、別にそうだとしても、私の振る舞いは変わらないけどね」
「純子の推察、言われてみると合っているような気もしますけどね」
相対する立場を味方に引き込むのは、手の内を探ることにも繋がる。少し考えてみれば、それはごく自然に当たり前の事のようにも思えるが、累は純子に言われるまでは思い浮かばなかった。
「まず宮村好吉っていう子の調査と捕獲を考えよう」
そう言って純子は、校舎の外へと向かって歩き出した。
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