第三十章 1

 私立アース学園、生徒会長室前。

 ここを訪れる度に、夕陽ケ丘善治は気分が悪くなる。理不尽だと感じ、激しく疑問に思い、そして運命を呪う。世界は間違っていると口に出さずに呟く。

 部屋の中から談笑が聞こえる。それだけで善治はさらに気を悪くする。どうせ生徒会長の役目もろくに務めず、中で遊んでいるのだろうと察する。


(何故僕が生徒会長ではないのだ? 何故僕は生徒会長になれなかったのだ? 何故僕は選ばれなかったのだ? やはり顔か?)


 何十回と心の中で繰り返した疑問と共にノックをする。そう、彼はほんの一ヶ月前、生徒会長に立候補したが、大差をつけて敗れ、途轍もない敗北感と屈辱を味わった。


「どうぞー。どうせ夕陽ケ丘君でしょー」


 中からかけられた声に、さらに苛立ちが募る。


 ドアを開くと中には、二期連続で生徒会長を務めている鈴木竜二郎と、そのツレである芹沢鋭一がいた。いつもこの二人はつるんでいる。生徒会に関係が無くても、鋭一はここに出入りをして、竜二郎と遊んでいるようだ。

 風紀委員長である善治はそれを何度も咎めたが、二人共全く改めようとせず、平然と無視していたので、やがて善治も諦めてしまった。


「また生徒会の風紀の乱れを取り締まりにきたんですかー?」

「星炭輝明は相変わらず学校内にドリームバンドを持ち込んで、平然とゲームしている。何度も注意しているが辞めない。生徒会室にもあるから調べてみろと言われて、チェックしにきた」


 おどけた口調で尋ねる竜二郎に、善治は驚くほど事務的な口調で用件を口にした。


 善治はのっぺりとした顔立ちのうえに、顔のパーツのつき方や大きさがひどくアンバランスで、お世辞にも男前とは言えない。不細工というよりは異相と呼んだ方がよいほど、悪い意味で個性的な容姿の持ち主だ。一部の生徒達からは不気味がられている。

 自分の顔の印象が悪い事も、善治は嫌というほど自覚している。顔だけではなく、性格が疎まれるタイプである事も自覚している。


 顔はともかくとして、善治は自分の性格面が他人から疎まれることに、理不尽さを覚えている。自分は常に正しいことをしようとしているし、正しくあろうとしている。真面目であろうとしている。それが嫌がられるなど、この世界は完全に狂っていると思えてならない。


「流石にそれはありませんよー。きっと星炭君が口からでまかせを言って、夕陽ケ丘を追っ払ったんでしょう」


 小柄で愛想のいい美少年である生徒会長が、ニコニコと笑いながら告げ、善治は三重の意味で怒りを覚える。

 何故愛想よく笑っているだけで、好感度があがるのか。それが善治には理解できない。そしてこの鈴木竜二郎という男は、それを承知して計算したうえで愛想よくしているのだと、善治は頭から決め付けてかかっている。そして何故それを他の者は見抜けないのだと、自分以外の生徒達を見下している。

 故に善治は、竜二郎の笑顔を見るだけで、二重の意味で怒りがわく。それに加え、善治が目の仇にしている問題児が、自分をたばかったと言われ、さらに怒りが積み重ねられた。


「何だったら好きなだけ調べてくれても構いませんよー? 騙された事を認めず、人の鞄をまさぐって中を見たいというのでしたら、遠慮なくどうぞ」


 柔らかい笑顔のまま嫌味を口にする竜二郎に、怒りがさらに上乗せされる善治。


「生徒会長からしていい加減だから、他の生徒に示しがつかないのだ」

「それを言われるの何度目でしょうねー。でもそんないい加減な生徒会長でも、ちゃんと学校のこと考えていろいろしていますし、そのおかげで皆の人気もありますよー。うまくやってますよー」

「自画自賛かよ……」


 善治に言い返す竜二郎の言葉を聞いて、呆れて突っ込む鋭一。


「というかな、竜二郎が例え品行方正だろうと、星炭の生活態度が改まることはないだろ。自分の無能を棚に上げて、他人に責任を押し付けるな」


 鋭一が善治を睨み、ぴしゃりと言った。


「輝明の……星炭の性格の矯正が困難なのは承知しているが、それと生徒会が乱れている事は別問題だろう」

「星炭にまんまと騙されてここに来て、竜二郎に嫌味を言われて、悔しさのあまり当り散らしているようにしか、俺には聞こえないな」


 正論を口にしたつもりの善治に、鋭一が眼鏡を人差し指で押し上げて、冷たく言い放った。


「関係無い。俺が口にしているのは事実だ。正論だ。生徒会室も私物化して、殺人倶楽部の寄り合いの場にしていたくせに」


 善治の指摘に、鋭一が半眼になったが、竜二郎は柔和な面持ちのままだ。


「君は口喧嘩が下手なのに、言い合いをするのが好きですねー。相手を言い負かしたことなどないのに、相手を言い負かしたと自分一人で納得しないと、気がすまない性格なんですねー。ま、それはともかくとして、殺人倶楽部の件を黙ってくれていた事には、感謝しているんですよー?」

「裏通りに関係することはこちらに持ち込みたくないし、持ち込んだ所でどうにもならない。それにお前達のやった事は、個人的には否定する気になれない。法的には許されなくてもな」


 少し落ち着きを取り戻し、善治は本音を口にする。


 善治は裏通りの住人というわけではないが、家の事情により、裏通りの情報も頻繁に耳に入ってきたし、ある程度は目も通すようにしている。

 鋭一と竜二郎が殺人倶楽部の一員であることは、殺人倶楽部の名が表通りに知れ渡る前、偶然知ってしまった。その時点で殺人倶楽部の知識もあったので、最初は二人を非難したが、主に鋭一とよく話しこんで、彼等を見逃すことにした。加えて、悪人を許せずに罰していた鋭一と竜二郎を、少しだけ見直した善治である。


「俺達は別に星炭に加担しているわけじゃないからな。第一、お前の方が近しい間柄だろう? 同じ星炭流の妖術師なんだし」


 鋭一の指摘を受け、善治は少し驚いた。


 夕陽ケ丘家は代々、星炭流妖術を学んできた家系である。夕陽ケ丘家に生まれた者は全て、幼くして星炭の門弟となることが義務づけられる。師範や師範代も何名も輩出してきたし、継承者になった者もわりといる。星炭流のファミリーの中では、名家と呼べる方だ。

 しかしその事を鋭一や竜二郎の前で話したことはない。この二人も微妙に裏通りに関与している人物だから、どこかで知ったとしてもおかしくはないが。


「僕達も星炭流と同じ立場になったんですよ。超常の能力者だけ集めた霊的国防の新機関設立の話、聞いていませんかー? で、同じ立場の人もいろいろ調べていたら、夕陽ケ丘君の名前も見つけたというわけですー」


 竜二郎の説明を聞き、善治は納得がいく。まだ名前すら決められていない、新たな超常機関設立の話は、超常関係者や霊的国防関係者の間では、よく話題に挙がっていた。


「そんなわけで、これからよろしくお願いしますねー。仕事で一緒になることもあるかもですしー」

「あればな……」


 嫌そうに溜息をつき、善治は生徒会室を出た。真っ直ぐなタイプの鋭一はまだしも、竜二郎と共に仕事をするなど、考えただけでげんなりする。


***


 放課後の屋上。


 アース学園の校舎屋上は去年から、憩いの場として利用することが許されている。以前は禁止されていたが、生徒会長になった鈴木竜二郎が、学園理事長である父親に訴えて、出入り可能にしてもらったうえに、庭園やベンチなどを設けるまでに至った。

 十数名の生徒がそれぞれ雑談に興じている中、その生徒は屋上の隅でドリームバンドなどを被り、ゲームの世界にトリップしていた。


 身長は140センチも無い。頭は金髪で栗のようなツンツンのパンクヘアー。もみあげの辺りから一房長く伸ばして肩の下まで垂らしている。耳はピアスだらけだ。


 アース学園一の問題児として知られる星炭輝明は、学校にいる時間の大半を、ヴァーチャルトリップゲームに費やす。授業中ですらゲームをしている事が多い。

 注意する教師はほとんどいない。注意すると物凄い勢いで悪罵を並べ立てるからだ。しかしそれでもなお注意する教師の前ではちゃんと外し、真面目に授業を受けるようにしている。そういった相手には、それなりに誠意と敬意を示して接する輝明であった。


「おーい、栗頭マン、そろそろ帰ろうぜ」


 そんな輝明の、ツンツンに尖った髪をくしゃくしゃと乱暴にかきむしり、声をかける者がいた。


 180センチを超えるのが一目でわかる長身で、すらりと足が長くスタイルが良い。優男風の柔らかな顔立ちの美男子だが、肩幅はあるし、服の上からではわかりにくいが腕も太い。完全な校則違反だが、その髪は背中と腰の間辺りまで真っ直ぐ伸びている。そして背中には木刀袋を背負っている。

 この長身長髪の美丈夫は、二年生剣道部のエースで、名を虹森修(にじもりしゅう)という。輝明とは幼い頃からずっとつるんで行動している。しかしただの幼馴染という間柄ではない。


「誰が栗頭マンだ。どっちかっつーとウニ頭マンだろうが」


 輝明がドリームバンドを外して、不機嫌そうな顔で、修を見上げる。


「ニャントンの糞ったれめ。一昨日のバージョンアップで実装された新装備の、一番の目玉の胴装備の最上級、もうゲットしてやがったぜ。やっぱり一日中ゲームしてるニートにはかなわねーな。くそっ。ファックっ」


 忌々しげに悪態をつきつつ、ドリームバンドを鞄の中にしまう。ライバルのネトゲ廃人に遅れを取ったことが、悔しくて仕方がない。


「俺もニートになりてえぜ。高校卒業したらニートになりてえ。どうせ一生食っていける金はあるんだ」


 齢六歳の頃からネットゲームにどっぷりと浸かっている輝明は、小学生六年の時の作文で、将来の夢は何かというテーマに堂々と、『ニートになりたい』と書く豪の者であったが、その夢が真面目にかなうとも思わず、半ば諦めていた。


「僕はニートの守護なんかしたくねーぞ」


 そう言って微笑む修。普段は非常に温和な雰囲気をまとった少年であり、ルックスの良さや、一年生、二年生の際に、二度にわたって剣道の高校生個人大会で全国優勝した事などからも、異性の人気は高い。


「人助けの妖術師稼業だけは続けるつもりでいるけどな。ていうか、お前ももう無理して俺に付き合うこともねーぜ。俺は星炭流妖術の、人の生き方まで強制する馬鹿なしきたりを、ぶっ壊してやったんだからよ」

「僕がしきたりに従って、嫌々テルと付き合っているんなら、喜んで辞めているし、テルとツラもあわせないっての」


 輝明の言葉に、修は真顔で言った。輝明がただの軽口では済まない事態を引き起こしたことは、修ももちろん知っているからだ。


「この嘘吐きめ」


 輝明と修の前に一人の生徒が現れ、刺のある声をかけた。風紀委員長の夕陽ケ丘善治だ。


 修が無言で輝明の前方へと進み出て、善治を見据える。善治から輝明を守るかのような位置取りだ。事実、修はそのつもりでいるし、輝明も善治も、修の動きの意味を理解している。


「生徒会室にドリームバンドなんか無かったぞ。適当なことを言って俺を追い払ったんだな」

「騙される方が悪いって、親から習わなかったのか?」


 大真面目に咎める善治に対し、輝明は普段大きく見開いている大きな目を細め、さらには口をすぼめて変な顔を作り、おかしな声を出してからかう。


「騙す方が悪いに決まっていると、自分で学習した」


 挑発にものらず、冗談にも付き合わないことは、善治の中では最早美徳と化している。


「言っても聞かないが、一応注意しておく。服装のひどい乱れ、金髪、アクセサリー、ドリームバンドの持ち込み、全て校則違反だ。学校での決まりを守らないだけではなく、継承者でありながら流派のルールも破壊し、次はどうする? 犯罪者になるか?」

「はあ? こちとらとっくに裏通りの住人だし、犯罪と呼べる行為もしまくってるが? 何を今更すぎること言ってるんだよ。それより、お前は俺を殺しにこねーのか? あ、ごっめーん。殺したくても無理だよなあ~? お前、口ばかりは偉そうだけど、弱いからァ」


 人より大きめの犬歯をちらつかせてせせら笑う輝明に、善治は激しい苛立ちを覚える。昔から輝明のあの、尖った歯を見せた笑顔を見るだけで、善治は怒りがこみあげるようになっていた。


「実際、どうなんだよ。君は継承者争いに興味が無いのか?」


 常日頃の穏やかな雰囲気をどこかに吹き飛ばし、敵意を剥き出しにした怖い顔で、修が善治を睨みつけて、問いかける。修のこうした一面を善治は昔から知っていたが、よもや自分にそれをぶつけてくるとは思わなかった。


「興味の有る無い以前に、こいつが継承者でありながら、星炭流を混乱に陥れたことが許せない」


 修ではなく輝明を睨み、怒りを押し殺した声を発する善治。

 しかし一方の輝明は、善治のその台詞であっさりと切れた。


「俺が混乱に陥れただあ? 勝手に混乱したのはてめーら星炭流の猿共だろーが! 俺は前時代的な星炭流のしきたりから、てめーらエテ公共を解放してやろうとしたのに、事も有ろうにてめーら脳腐れモンキー共ときたら、鎖に繫がれていた方がいいとぬかしやがったんだぞッ! 俺の優しい心遣いを汲み取ろうとせずに、狂犬病に侵されたチンパンジーみてーにキーキー騒いでいやがったてめーらの、あの醜さ、無様さ、滑稽さ、一生忘れねーよ! あの時のてめーらの間抜けでアホ丸出しのヒステリーフェイスを写真に撮っておかなかったのは、俺の一生の不覚だったがなっ。今からでも、念写能力のある奴に頼んで撮ってもらって、巨大ポスターにして本家の会合部屋に飾りまくってやろうかねえ。定期集会にアホ共が集る度に、自分の間抜け面拝まされるとか、超最っ高ーっ! いいかァ? お優しく思慮深い俺様は、星炭流のため、頭の中にチンカスが詰まった哀れな無恥無能無才出来損ないのてめーらのために、よーく考えたうえで、星炭流の在り方を変えようとしているんだ! それを混乱に陥れたなんて、よく言えたもんだな! ああっ!? 自分の同胞が、ここまで度の超えた馬鹿だったと知った、俺の気持ち、てめーみてーな1ビット脳にはわかんねーだろうよっ! 蛆虫の中に詰まった汁100リットル飲ませて溺れ殺してやりてーくらい、あの時ピーピー騒いでいた糞馬鹿共がムカつきまくるわ! 憎らしいわ! 星炭流なんて滅びちまえばいいんだよっ!」

「テル、もう帰ろうぜ……」


 早口で罵倒しまくる輝明の肩に手を置き、修が声をかけると、輝明はやっと罵るのをやめ、唾を吐いて、善治の横をすり抜けていった。


「当主を実力だけで選ぶのではなく、人格面も考慮して選ぶようにするという風に改革するのなら、認めてやったがな。本人の引退も含めて」


 輝明と修がいなくなった所で、善治は憮然たる面持ちで吐き捨てた。

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