第三十章 2

「思ったほど動きが無いな」


 帰路に着きながら、隣を歩く輝明に、修が話しかける。並んで歩くと、身長130センチ台の輝明と、180センチを超える修とでは、実に50センチ近い差があるので、傍目には物凄いデコボココンビっぷりだ。


 修の言葉が何を指しているかと言えば、星炭流の妖術師達の事だ。


 一週間前、輝明は星炭流妖術の国防任務からの離脱と、星炭流妖術の習得の強制を禁止する方針を打ち出したが、門下の妖術師達から反対されまくったあげく、押し通すつもりであるならば、輝明を当主として認めないとまで言い出し、輝明も売り言葉に買い言葉で、継承者争いをして決めろとまで言い出した。

 星炭流妖術の継承者とは、流派の当主を受け継ぐ者であり、継承者だけに許された秘奥義と呼ばれる秘術と、神器や魔道具を受け継ぐ者である。継承者となるチャンスは、血ではなく才であるがため、星炭流妖術の頂点であるという称号にもなり、星炭流の妖術師達の多くが、喉から手が出るほど欲する名誉でもある。


 この座を巡り、継承者争いをすることも、星炭流妖術のルールでは認可されている。力は力で奪えというシンプルな掟。継承者が決まった後も、その座を欲するのなら、挑んでよいとされている。

 実際継承者争いは過去何度か発生しているが、星炭の長い歴史の中では稀な話であった。流派を磐石のものとして、和を保つためには、そのような争いなど無いに越したことはない。


「本人じゃなくて雇った殺し屋ってのがナメてたよな。助っ人を雇うのは有りだが、基本的に継承者の座を狙う妖術師本人が戦いを挑まないと、継承者争いとは言えねーよ。なのに本人が出てこないってのは、もう単純に俺を殺したいだけってことだ」


 皮肉げに笑う輝明。

 この一週間の間で、輝明が襲撃を受けたのは一回だけである。しかも星炭の妖術師は現場におらず、裏通りの殺し屋が襲ってきただけであった。


「おっと……こういう時の諺、何だっけ? 口にすると発生みたいな」


 殺気を感じ、輝明が立ち止まって小さく呟く。


「噂に影――だったかな?」


 修も立ち止まり、背の袋の中から瞬時に木刀を抜き、下段に構える。剣道では下段などに構えないが、実戦においての修は、下段から始まることが多い。


 市街地の通りであるにも関わらず、前後左右から殺気を感じる。住宅の庭か屋根にも潜んで、先回りして複数で待ち伏せをしていたであろうことは、容易に察せられた。


「また大したことの無さそうな連中だな。俺の出番あるか?」


 近くの邸宅のブロック塀を背にしつつ、襲撃者にも聞こえるように嘲る輝明。


「ここで無いって言えば格好いいかもだけど、敵が多いからな。僕はいつも通りオフェンスだ。降りかかる火の粉は自分で払うように」


 輝明の前に立ち塞がり、修が気迫に満ちた顔で言う。周囲に潜む襲撃者達の目からは、修の全身より闘気が静かに、しかし色濃く放たれているのが、はっきりと見えた。


「逆の方が適材適所なんだけどなあ。俺がオフェンスで遠隔攻撃、修は近接ディフェンスであるべきだろ。それなのにいつもお前、すっ飛んでいっちまうし」


 輝明がそこまで喋った所で、道の角や脇、邸宅の門の中から、一斉に影が踊り出て、銃を撃った。

 敵の数は七人。全員銃を所持。しかもそれなりに裏通りで経験を積んできた殺し屋であり、事前に打ち合わせも行っている。


 最も近くにいる刺客に修は反応し、銃を撃ってくる男相手に、身を低くして猛ダッシュで突っ込んでいく。

 ターゲットの護衛役である虹森修という少年のデータは、襲撃者達も当然予習してきたが、実際の動きを目の当たりにして、驚愕する。想像していた以上に速く、そのうえ銃弾を全く恐れる事無く、堂々と突っ込んでくるその行動に、撃っている方が逆に恐怖を禁じえない。


 修が懐に飛び込むまでの間、修に狙われた男は二発しか撃てなかった。二発ともかわされて、冷たく静かな殺気を放つ修が、目の前まで迫った時、男は恐怖と絶望と共に、己の死を確信した。

 低い体勢で下段から降り払われた木刀が、男の両脚の膝を薙いだ。右脚は粉砕骨折。左脚は単純骨折し、男の上体は空中で横に半回転する。


 気がつくと、男は上下逆さまになって、地面を見ていた。足を打たれたのはわかる。その勢いで自分が回転したと認識した直後、男の視界に木刀が迫る。

 男が木刀を視界に捉えて認識したのは、ほんのコンマ数秒だけの時間であった。男が足をすくわれて半回転し、頭部が地面近くにきた所で、修の木刀が返す刀で頭部を粉砕していた。

 この際、修は腕で木刀を振っているだけではない。初撃は右から左へと二段構えの踏み込みの勢いを利用して振るっている。そして振るった直後に、低い姿勢のままから、全身のバネを用いて、体ごと木刀を振り回してのとどめの二撃目だった。


 回転して向きの変わった修の体は動きを止めず、長い脚で大きくアスファルトを蹴り、身を低くしたまま、次の標的めがけて疾走していた。すでに予め頭の中に入っている動きだ。

 一瞬にして仲間が殺されたかと思ったら、今度は自分めがけて突っ込んでこられて、修の二番目の標的とされた男は、恐怖と混乱のあまり硬直し、銃を撃つことすらできなかった。一応は裏通りでそれなりに経験を積んだ殺し屋であるにも関わらず、この体たらくである。


 低空から放たれた突きが、二人目の喉を突き破り、頚骨を粉砕する。


 ここで他の襲撃者達は、輝明ではなく修に狙いを定めた。ターゲットである輝明よりも、この少年を先に斃さねば、自分が斃されると、理性より本能が先に判断し、理性もそれに同意していた。


 しかし結果は変わらない。修は弾丸をものともとせずに接近し、木刀で撲殺していく。


 虹森家は、星炭の当主に仕えて守護する家系である。虹森修も幼い頃から、そのための戦闘技術をみっちりと叩き込まれた。

 星炭流妖術師の門下に在りつつも、妖術は一切学ぶことが無い。ただひたすらに剣術を叩き込まれ、近接戦闘によって継承者を守護する役を担う。

 その中でも特に重視されるのは、対銃戦闘だ。虹森流剣術の開祖は戦国時代、銃によってその命を落とした。子孫はその無念を忘れず、雪辱を晴らすため、何百年もの時間をかけて、銃を持った相手を想定しての剣術を磨き続けてきたのである。

 修も幼い頃から、あらゆる状況を想定したうえで、剣一振りで銃を持った敵との戦闘訓練を繰り返し受けてきた。その技は、輝明が裏通りの始末屋を始めてから、彼の傍らにいておおいに発揮された。


 修が四人屠ったところで、襲撃者は残り三人になっていた。


「退けっ!」


 一人が叫び、残り二人が弾かれたように逃走しだす。


 先に逃走しだした二人の体を、横薙ぎに紫電が貫いた。

 見ると輝明の体から渦を巻くようにして、無数の紫電が迸り続けている。紫電の渦はどんどんと伸びて広がり、目をとらわれていた最後の一人の体も貫いた。


 この術は星炭流妖術の中でも奥義の一つとされる、雷軸の術という。実際には電撃ではない。それにしては速度が遅い。高電圧高電流を帯びた生体エネルギーそのものを放出している。

 術師の消費も激しい術であったが、輝明は短期間で改良を施し、術の燃費をよくして術師の消費を最小限に抑えて放つことを可能としてしまった。


「とことん俺達を見くびってやがるんだな。ケッ、こんな頭悪いのが俺に代わって当主になったら、それこそ星炭の未来は暗いぜ」


 地面に転がる死体を見下ろしながら、不敵かつ愛嬌に満ちた、彼特有の笑みを浮かべる輝明。


「テルが言ってたろ。単にテルを殺して当主から引きずり下ろしたいだけだって」


 木刀を納め、修が言う。


「ケッ、それにしてもお粗末だし、仮に殺せたとして、殺した後にどうするつもりなのかねえ。殺されねーけどな」


 輝明が笑い飛ばし、死体の脇を通り抜けて、自宅に向かって歩き出した。


***


 その日、純子の元に白狐弦螺から電話がかかってきた。


『星炭輝明の身が危ないんだよう。純子に助けてほしいんだ』


 弦螺の用件は、純子も無視しづらい代物だった。輝明とは、彼が幼い頃から懇意である。


『霊的国防から退任するって言ったり、星炭の妖術師になる強要を辞めるって言ったりしたせいで、身内から狙われるハメになっちゃってるんだ。守ってあげてほしいなあ。僕が手出しや口出しすると、僕の立場上いろいろと面倒だし』

「弦螺君の立場からすると、国から離反するなんて許さないって感じじゃないのー?」

『意地悪なこと言わないで~。僕だって許されるなら自由に生きたいと思った時期はあったし、輝明がそれを望むなら、認めて応援してあげたいのが、僕の本音だよぉ。でも僕がそんなこと迂闊に発言したら、悪しき前例になっちゃうんだ。それが原因で国仕えを辞める妖術流派が増えるって可能性、無きにしも非ずだもん』

「なるほどねえ。真君に動いてもらおうかなあ」

『何でもいいから頼むよう。じゃあ、お願いね』


 電話が切られる。


 その時、純子は雪岡研究所内の、研究室の一つにいた。そしてつい何時間か前まで、実験台志願者の改造をしていた所だ。その志願者はつい今しがたまで、側にある寝台にて寝ていた所である。


「雷軸さん、体はどんな感じー?」


 寝台の上に腰かけた全裸の男に声をかける純子。男の背はさほど高くないが、逆三角形のその体は相当に鍛えられており、特に胸板の厚さと上腕部の太さは日本人離れしていた。


「体のあちこちが死にそうなくらい痛い」

 顔をしかめつつ、男が答える。


「しかし代償に得た力は大きい。これで……奴も倒せるかもしれん」

「うんうん、おかげさまで私も危険な実験を試すことができて、満足だよー。雷軸さんの寿命はかなり縮んじゃったけどねー」

「構わん。俺は……目的さえ果たせればいい」


 ニヒルな笑みを浮かべて、雷軸と呼ばれた男は寝台の脇のかごに入れてあった上着を着る。


「できれば戦っている所を見させてもらって、性能チェックもしたいんだけどなあ」

「それは……いや、断る理由は特に無いか。わかった」


 雷軸は一瞬躊躇ったが、特に問題は見当たらないとして、承諾する。

 実際には実験台が拒否しようと、無理矢理見学する純子であるが、互いに良い関係を結ぶためにも、事前に確認はしておく。


「ところで雷軸さんは、こんな危険な改造して超強化して、誰と戦おうっていうのー? よっぽどの相手だと思うんだけど」


 雪岡研究所に実験台志願で訪れた雷軸の注文は、どんなに危険な実験を施してもいいから、できるだけ強い力が欲しいという代物だった。それだけの強敵がいるからこそであろうが、それが何者なのか、実験する前には聞いていなかった純子である。


「星炭輝明だ。裏通りでも超常関係専門の始末屋として有名だろう」


 雷軸の答えを聞いて、純子の笑みが引きつった。


「どうした? まさか俺に施した改造では、輝明に勝てないというのではないだろうな。もしそうなら、更なる改造を施してくれ。勝てるようにしてくれ。俺の体はどうなっても構わん」

「いや……そんなことはないよー。確かに強敵だなーと思って。でもまあ、今の改造内容で試してみて、ダメならさらにパワーアップってことにしようよ」

「そ、そうか……まあ任せる」


 純子の反応を訝る雷軸であったが、今更疑っても仕方無いとして、それで済ましてしまった。

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