第二十九章 34

「白金太郎……今回ばかりは褒めてさしあげますわ。直接言うと調子に乗りますから、聞こえない所で褒めておきますわ」


 真と交戦に入った白金太郎を一瞥し、百合は微笑みながら呟いた。これで霧崎との戦いに集中できる。


「さて、もう一つ、私の作品を披露しましょう。御覧遊ばせ。特に木島の鬼達は喜べるものでしてよ」


 百合に名指しされ、木島一族の三人は訝る。

 百合が術を唱え、百合の隣に出現した者を見て、木島三名の顔色が一瞬にして変わる。とは言っても、樹と森造はヘルムを被っているので、表情はわからないが。


 何も無い空間に突如として出現した人物を見て、真はその人物の出現が何を意味するか理解した。


「早苗……」


 樹が思わず呻く。怪人によって惨殺されたはずの早苗が、しっかりと目を見開き、立っていたのだ。


(死体人形か……。相変わらずふざけた真似をする)


 真が百合の意図を見抜き、怒りを覚える。死体人形を使って、木島を自分の思い通りに、戦いへと誘導するつもりだろう。


「皆……ただいま。心配かけてごめんなさい。百合に蘇生してもらったの」


 男の野太い声を発し、早苗が木島の三名に微笑みかける。

 それを聞いて、森造と樹は啞然として、幹太郎は呆れ果てて半眼で百合を見た。


「偽者作るならもっと上手くやれよ」

「いえ、本物ですけど……」

「早苗は喋らないんだよ」


 幹太郎の指摘に、百合は一瞬固まった。


(脳がすでに融解していて、記憶が大して無かったので、体に残っていた残留思念だけで記憶を形成しましたが……大失敗でしたわね。真は……何を笑っていますのっ)


 白金太郎と向かい合っている真が、珍しく笑っているのを見て、百合は苛立ちを覚える。


「くだらねえことして俺達を惑わそうとして、お前がとことんろくでもない女だってことはよくわかったさ。死体を弄んで俺達の心を惑わそうとか、最悪だわ」


 幹太郎が冷たい死線を百合に浴びせ、蔑みたっぷりに言い放つ。


「くっ……」

 とんだ失敗劇に、百合の顔が羞恥に歪む。


「これを一体造るのも苦労しますのよ。せっかくだから、貴方達の前で、壊れるまで戦わせてあげますわ」


 そう言って百合が早苗の死体人形を操り、肉団子の攻撃を避けてまわっている霧崎へと差し向ける。


「混沌ナポリタン!」


 しかし樹が大量の麺を放ち、早苗の死体人形を束縛した。


「火陣アラビアータ!」


 さらに炎の麺が早苗に巻きつき、死体人形が炎に包まれる。


「あらあら、勿体無い。せっかく元の形で生き返してあげましたのに」

「生き返したに非ず。死体を弄ばれているだけぞ。まこと不快」


 肩をすくめる百合を樹が睨み、蔑みと憎悪を込めて吐き捨てた。


「あらあら、お気に召しませんでしたか。残念ですわね」


 木島の鬼達が自分に不快感を表しつつも、攻撃はしてこないようなので、百合は霧崎へと集中する事にした。


***


「白金粘土リルーっ!」


 右手をドリル状にして真に殴りかかる白金太郎。


(百合の茶坊主か)


 刹那生物研究所で、会話こそしていないが一応面識はあった。どういう能力なのかも、後で来夢から聞いている。


 白金太郎のドリルパンチを難なくかわす。ドリル部分が大きいので、回避の動きも大きめにしておかないといけないが、パンチの速度もキレも大したことはない。


 ドリルパンチをかわした直後、真が白金太郎の胴めがけて回し蹴りを見舞ったが、固いとも柔らかいともつかぬ奇妙な感触を味わい、真は身を引いた。中味がずっしりと詰まったものを蹴った感触だ。


「あはっ、気をつけなよぉ、真。白金太郎は不死身さ加減に関しては、俺以上だからねえ。ま、戦ってみればすぐわかるけど」


 睦月が楽しそうな笑顔で声をかける。


「白金粘土リルーっ!」


 いつものように、同じ攻撃をしつこく繰り返す白金太郎。


 真は余裕をもってかわしているが、白金太郎をみくびるような真似をしない。同じパターンの攻撃ばかり繰り返し、慣れてきた所に別の攻撃を見舞うという可能性も考慮していた。


(こいつ……睦月も言ってたけど、結構厄介な相手だな)


 白金太郎が粘土人間だということは、真も知っている。ただの再生能力持ちとはわけが違う。


 マウスにしても、オーバーライフという区分けにされる超越者達にしても、無尽蔵に再生などできない。それは物理的に有りえない。急激な再生を行うには、相当なエネルギーを消費する。体力を奪われる。傷は癒えても疲労する。

 しかし白金太郎は違う。粘土なので、傷口が開いてもこねくり回してくっつけるだけ。骨が折れても、押し付けてくっつけるだけ。果たしてそこに体力の激しい消費があるのだろうか? 真にはあるように思えない。

 あの睦月が、不死身さに関しては自分以上と言い切ったのも、そういうことなのだろうと真は理解する。


 ショットガンならともかく、拳銃の銃弾など大して効かないのは試さなくてもわかる。故に真も肉弾戦を選んでいるが、たった今蹴った感触からして、打撃もどれだけ有効か疑わしい。


(脳を揺らすのはどうだ?)


 ボクサーよろしく、顎先(チン)を狙ってフックを放つ真。


 白金太郎は真の意図を見抜いたわけではないが、大きく身を引いて、際どい所で回避する。


 さらに真は踏み込み、今度はアッパーを狙う。露骨に狙うのは得策ではないが、真は確かめようとしていた。脳震盪を起こすのであれば、白金太郎も防ぐであろうと。


 ドリルではない腕で、アッパーを受け止めて防ぐ白金太郎。


(防ぐという事は、効くってことか?)


 そう勘繰るが、真は読み誤まっていた。不死身の粘土体質と言っても、痛みはそのままだ。できれば攻撃を食らうのは避けたいという理由だけで、白金太郎は避けているし防いでいる。

 実際問題、粘土の体であろうと脳震盪は起こる。そして睦月とは異なる弱点も有る。真がそれに気がつけば、攻撃方法を変えたことだろう。


「白金粘土リルーっ! ロケット!」


 ドリルがパンチを繰り出す前に飛んだ。しかし真は警戒していたので、難なくこれを避ける。


 白金太郎にまた殴りかからんとした真だが、背後の空気が揺らぎ、攻撃の気配を感じ取る。


(飛んだドリルを戻すこともできるのか?)


 そう思って身をひねった直後、後ろから真の左腕に何か重い物が直撃し、さらには脇にも痛打を浴びせた。

 それは肌色のボールのようなものだった。重いうえに固い。真は息が止まるほどの衝撃を食らい、倒れそうになったが、何とか踏みとどまる。


(まんまと一杯食わされた)


 地面に落ちたドリルの内側が、ぽっかり空洞になっているのを見て、真は理解した。飛んだドリルの中には、ボールが詰まっていて、例えドリルをかわしても、その後に中から飛来してかわした相手に襲いかかるという、二段構えの仕掛けだったのだ。


「どううぅぅだあっ! これぞ白金粘土ボール!」


 勝ち誇ったように雄叫びをあげる白金太郎。


 痛みを堪え、怒りを抑え、真は素早く腕をふるって、白金太郎の目めがけて透明の長針を放った。


「痛っ」


 左目に針を刺され、反射的に手で顔を覆う白金太郎。


 粘土体質の不死身であろうと、効果のある攻撃はそれなりにあると見て、真は高速回転で頭を働かせる。


 真が右目にも針を刺さんとする。もちろん白金太郎も警戒するだろうが、それで動きの予想も立てられる。


 しかし白金太郎は右目をかばうことはなかった。針が刺され、視力を奪われる白金太郎。

 目はあえて捨てた。その隙に飛ばしたドリルを回収する。


 視力もすぐに回復するだろうという前提で、真は白金太郎の目が見えないうちに、仕掛けを施す。数歩下がって距離を置き、おなじみの超音波震動鋼線を手首から出して、白金太郎と自分の間の地面に仕掛ける。


「こなくそーっ!」


 白金太郎が叫び、目を瞑ったまま腰をかがめ、低空タックルをしようとして突撃する。真が後退したことさえ見えていないはずだが、真も横にズレることなく真っ直ぐ後退しただけなので、放っておけば食らってしまう。


 真が腕を引き、鋼線を跳ね上げた。

 鋼線が白金太郎に巻きつくかと思いきや、目を閉じたままの白金太郎が真に顔を向け、不敵に笑う。


「白金粘土リルーっ! ダブル!」


 真の動きが見えているかのように、白金太郎は両手をドリル化して回転させ、さらに腕を大きく振り回した。鋼線が全てドリルに絡めとられる。


 鋼線を引いた瞬間、ドリルに激しく絡め取られたせいで、逆に真の体が引っ張られて、前のめりに体勢が崩される。これは真の方が意表をつかれてしまった。


 その真の顔面めがけて、白金太郎の蹴りが飛ぶ。腕でガードして、顔への直撃は流石に避けたが、腕に重い一撃を食らう。


「これが見えなかったみたいだな。粘土だからできる芸っ」


 勝ち誇ったように白金太郎が手の甲を見せると、手の甲に目玉がくっついていた。針で刺されて顔を押さえた時に、手に目と視神経を移動させたのである。本人が言うように、粘土体質故にできる芸当。手の甲につけた目で、真の動きは全て見ていた。


(こいつ……)


 一度ならず二度もしてやられた事に、さらに苛立ちが募る真。


「すごい……あの白金太郎が、真面目に真を押してる……」


 両者の戦いを見て、亜希子は感心し、白金太郎を少しだけ見直した。


「あはは、でもさ、わざわざ種明かししなくていいのに、バラして自慢する所が白金太郎らしいよねえ」


 感心する亜希子の横で、睦月は笑っていた。

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