第二十九章 31
「ふむ。雨岸君が肩入れし、真君も参戦か」
木島と貸切油田の兵士の戦いを見て、霧崎は呟いた。ビトンと百合が行動を共にしていたのは、超小型ドローンで確認済みだ。
(真君はただ私達の遊びを邪魔するだけだとして、雨岸君は何の狙いがあって、ここに現れたのやら。しかし彼等の陣営のついている時点で、何かよくないことを企んでいるのは明白。楽しくなってきたな)
ディスプレイに映る百合と真を見つつ、霧崎は顎に手をあててにやにや笑っていた。
***
ビトンと部下の兵士二名は、うまく木島と真をまくことができた。
「あらあら、随分と数が減ってしまいましたわね。そのうえ尻尾を巻いて逃げてくるなど」
「ビトン隊長、御無事でしたか」
声をかけてきたのは、百合とポロッキーだった。他にも兵士が六人ほどいる。いつの間にか百合はポロッキー達と合流していたらしい。
「解毒剤はもう探す必要は無くなった。七人の兵士のうち五人は死に、すでに人数分の解毒剤を使用した。アドラーも解毒剤を手に入れているようだが、それ以降の連絡がない」
「ゲラー達も駄目でしたか……」
ビトンの報告を聞き、鎮痛な面持ちとなるポロッキー。
「ビトン隊長、貴方はとても誠実な人物ですわ」
脈絡の無い台詞を口にする百合。
「誠実な人間は純子が好むタイプ、そして私が嫌いで好きなタイプ。私は自分の嫌いなタイプの人間と出会うのが、とても好きでしてね。そういう人を破滅させるのは、とても芸術的で素晴らしいのです。嫌いな人との出会い、これは芸術が生まれる前触れですのよ。だから私は、嫌いな人が好きでもあるのです」
「つまり、あんたは俺の敵か?」
話の流れから、そう受けとったビトンだが、百合は微笑みを称えたまま、かぶりを振った。
「いつもならそうしているところですわ。しかし今は事情が違いますのよ。貴方には是非生きたままで、決着をつけに行って欲しいので、今回に限り、最後まで味方をしておきますわ」
「決着……」
その言葉が何を指しているか、ビトンは理解するのに二秒ほどかかった。
(霧崎を殺しにいけと促しているのか?)
そう思ったその時、真と木島の三名が姿を現した。
「あらあら、またお会いしましたわね。相も変らぬ仏頂面で。どうしてそんな愛想の無い子に育ちましたの?」
真の顔を見るなり、からかう百合。
「減らした敵の数が増えてやがるな」
「敵ではありませんわ。少なくとも今は」
幹太郎の言葉に反応して、百合が言った。
「ここで争うのは、互いにとってよいことではありませんわ。そもそも貴方達は争う相手を間違えて……」
百合の言葉途中に真が発砲し、ビトン達も応戦して銃を撃ち出す。
「人の話を聞かない人達ですわね」
百合が眉をひそめて溜息をつく。
百合の足元に無数の呪符が出現し、百合を中心として放射状に拡がるようにして綺麗に並び、地面に敷き詰められる。
大量の呪符の全てから眩い光が放たれ、戦闘が中断される。
呪符が消え、巨大な怪物が出現する。太く長い胴を持つそれは、遠くから形状だけ見れば龍そのものであるが、その体は、無数の裸の人間を繫ぎ合わせて出来ている。
「注目させて鎮めるためだけに、これを呼び出すというのも、中々贅沢な話ですわ。私の奥義の一つとも呼べる術ですし」
巨大な死体龍の傍らに佇む百合が言うと、樹、森造、幹太郎に、順番に視線を投げかけていく。
「そもそも木島一族は、何のために戦っていますの?」
正体不明の女からの突然の問いに、樹は戸惑う。
「木島を知りし御主は何者ぞ」
「私のことはこの際どうでもよろしくてよ。貸切油田屋もそうですわ。貴方達が兵を動員したのも、貸切油田屋の兵が数多く死んだのも、木島の者が殺されたのも、元はといえば、雪岡純子と霧崎剣が元凶でしょう。この二人のマッドサイエンティストの遊びに付き合って、いつまで踊ってらっしゃるつもり? まずあちらを討ちにいくべきではなくて?」
「雪岡純子はともかく、霧崎は間違いなく敵だ」
百合の問いかけに、いち早く反応したのはビトンだった。
「ではここで不毛な争いをするよりも、そちらに落とし前を付けに行くことが良い選択ではなくて? もう解毒剤も全て手に入れたのでしょう?」
「何を企んでいるんだ?」
真が問う。百合が木島と貸切油田屋の双方のヘイトを、ゲームメーカー側に向けようとしているのは理解したが、その目的が何かまではわからない。
「言葉通りですわよ。騒ぎの元凶の霧崎こそを追い詰めるべきではなくて?」
真の方を向いて喋ってから、百合は指先携帯電話を取り出し、ホログラフィー・ディスプレイを顔の前に投影する。
「あら、メッセージが入っていましたわ。アドラーという方は、今危険な状態らしいですね。私の家族が彼を助けようと、霧崎の所へ連れていこうとしていますことよ」
「は?」
百合の台詞を聞き、顔をしかめるビトン。重体であるとは連絡を受けていたが、そんな話は初耳だ。
「死にかけていて、霧崎しか治せないという判断で、私の身内が連れていきましたわ」
「何てことをしてくれたんだ。よりによって諸悪の根源に――」
「選択肢は他にありませんし、私の身内の者は、真剣にアドラーという方を助けようとしていましてよ」
食ってかかるビトンに、百合は穏やかに告げる。
ビトンがそれを鵜呑みにすることなどできない。アドラーを助けに向かう。そして霧崎の所に連れて行こうという真意も、直接聞くつもりでいた。
「何でよりによって霧崎の所へ?」
真が不審がる。亜希子や睦月の仕業だということはわかったが、ゲームを仕掛けた霧崎が、その駒の命が尽きようとしていると知ったところで、助けてくれるとは思えない。それくらい亜希子達にもわかりそうなものだが。
「霧崎に改造され、その結果おかしくなったので、治せるのも霧崎しかいないと考えたのですわ。そのうえで交渉するつもりなのでしょう」
「落とし前をつけに行こうにも、霧崎の力そのものが必要になったというわけだ。それではアドラーを助けるため、霧崎と交戦もできないぞ」
ビトンがそう言ってから、銃を下ろした。それを見て真も銃を懐に収め、他の兵士達も銃を下ろす。
「問題有りませんわ。むしろ交渉を円滑にするためにも、皆で霧崎の所に押しかけた方がよろしくてよ」
百合が優雅な微笑を張り付かせたまま言う。
「霧崎を脅迫でもするつもりか?」
「それもまた一興ですわね。交渉するにしても、戦闘するにしても、亜希子達だけでは荷の重い相手ですし、皆で押しかけて、後は成り行きに任せるのがよろしいと思いますの」
真の問いに対し、百合が答える。
(こいつの言ってることそのものは間違ってもいない。腹立たしいがな。しかしこいつ……雪岡の影響、結構受けているんじゃないか?)
百合のやり方を聞いて、真はそう思ってしまう。いかにも純子が好みそうなやり方だ。
(あるいは僕にそう意識させるため、わざとそんなアバウトなことを? さもなければ他に狙いがあって、油断させるためか?)
勘繰った所でわからないが、いつ牙を剥いてくるかわかったものではない相手だと、真は改めて意識し、十分に警戒しておくことにする。
実際にはこの時、百合は真のことなど歯牙にもかけていなかった。それよりも霧崎や亜希子の事を強く意識している。
「我々にとっては霧崎こそが敵である。その前に立ち塞がる障害は、もちろん排除するが、無駄な交戦を避けられるものなら避けたい」
ビトンははっきりと百合の考えに同意を示し、そのうえでこうも付け加えた。
「同様の立場にいる雪岡に関しては、妨害してこないかぎり除外する。二つの勢力を同時に相手にするほどの余力は無い。霧崎は元々の敵だが、雪岡純子はたまたま絡んできただけで、無理に事を構える必要は無い」
確かに的は一つに絞った方がいいと、ビトンの言葉を聞いて、真も百合も納得できた。霧崎だけでも難敵なのに、無理に純子まで絡める必要は無い。
(今回、純子は放置プレイの刑に処し、こちらで勝手に霧崎討伐してしまえばいいですわね)
そう考えて、百合はほくそ笑む。
「やあ」
ビトンの傍らにいた兵士が、真に声をかけて軽く手を上げた。ネーサン・ポロッキーだ。
「まだいたのか。まあ……仕方ないか」
「気持ちはありがたいが、解毒剤を手に入れてない仲間を置いて、自分一人で逃げられるわけがない。さらには救助にきてくれた者達もいるというのに」
ポロッキーの言葉を聞き、真は心の中でバツが悪そうな自分の顔を思い浮かべる。
「ああ、僕が同じ立場でもそうする。馬鹿なことを言ったよ」
「いやいや、気遣いは嬉しいさ」
拳を握り、親指を立ててウインクしてみせるポロッキー。
「どうする?」
真が木島の三名の方を向き、決断を求める。
「我々は貸切油田屋の掃討を命じられている」
樹が言ったが、その声には明らかに動揺とも迷いともつかぬ響きが混じっていた。
「貸切油田屋が日本国内で、戦争でもする勢いで兵士を動員して暴れてくれたから、制裁として殺せという命令だろ。でも貸切油田屋からしてみれば、霧崎にさらわれて改造された仲間を取り戻すためという、筋の通った理由があるわけだ。霧崎に落とし前をつければ、撤収もするだろうし、そんな理由でこいつらを全滅させなくちゃいけないって、それはどうなんだ?」
真が貸切油田屋寄りの発言をしていることを聞いて、ビトンはありがたさのあまり反射的に敬礼してしまった。
「しかし国家の任務が……」
樹がなおも言うが、その声にはますます力が無くなる。任務だという大儀があるから戦ったが、今のこの話の流れや、真に説き伏せられたことで、それが大きく揺らいでいる。一体何が元凶なのか目に見えている状況で、なおそれを無視して任務を全うすることが、正しいとはとても思えない。
「姫、まだ言ってるのかよ。いい加減目覚ませよ。それ、もううんざりだよ」
幹太郎が呆れきった声で言った。
「俺もその白い女や真の言ってることが正しいと思う。その女が何か企んでいるにしても、言ってることは正しい。だとしたら、やることは一つじゃないか?」
そう言って幹太郎は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「しかし……私らはそっちの兵士を大分殺しているのだぞ。それで向こうは納得して、手を組めるのかね?」
森造がビトンを見据えて問いかける。
「こちらもそちらに銃を向けた。こちらはすでに銃を下ろした。飲み込むさ。照準は一つに絞らないと、何も得られず失うだけという、あの諺があるだろう」
ビトンが真顔で森造を見返して言う。
「木島はこれより国家の任に背く。霧崎とやらに、騒乱を起こし理由を問い、答え次第でその先を決める」
樹が朗々たる声で宣言した。
(多少強引でしたが、上手く事が運びそうですわね。霧崎に矛先をまとめることができましたし)
思い通りの展開になりつつあり、百合はまたほくそ笑む。
(物事が思い通りに運べば、やはりそれが最良でしてよ、純子)
心の中で純子の顔を思い浮かべつつ、話しかける百合であった。。
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