第二十九章 20

 霧崎と配下の美少女軍団を除いた一行は、尊幻市の門へと向かった。


 車でバリケードが作られて、戦場さながらに迷彩服姿の兵士達が銃を携えて陣取っている。テントが幾つも張られている。完全武装した兵士達は皆白人だ。

 町の住人達が集まり、遠巻きに固まってざわついている。町の人間の何人かは、封鎖している者の近くへ行き、彼等と話し合っているようだ。その話をしている者の中にはアジ・ダハーカ店主の狭間凶次もいた。


 しばらくすると、封鎖している武装集団と会話していた町の者達が戻ってきた。


「どんな話をしていたんだ? 奴等は何なんだ?」

 真が凶次に声をかけた。


「テロリストがここに潜伏しているだの、自分達の仲間がテロリストに拉致されて、ここに運ばれただの、そんなことを言っていた。テロリストを見つけて殺し、仲間を助けたいんだとさ。わりと紳士的な対応だったぞ。物資の流れも今は一時的に止まっているが、変なものが紛れ込まないかチェックしているだけで、チェックが済み次第、ちゃんと通すと約束してくれた。何者かはよーわからん」


 凶次が答える。


「一応は、町にできるだけ迷惑かけないっつー姿勢を示していたが、同時に、敵対する奴等には容赦しないという威圧もかけてきたからな。気にいらねー。多分、ちょっかいかける奴も出てきそうだ」

「あれだけ武装した、あの数の兵士にちょっかい出すような、命知らずがいるのぉ?」


 凶次の言葉を聞いて、睦月が疑問を口にした。


「命知らずで癇癪持ちのアホが多い町だからな。後先考えない馬鹿がちょっかいかけても、全然不思議じゃねーよ」


 笑いながら凶次が言い、肩をすくめる。


「貸切油田屋ほどの大組織なら、人工衛星を使って場所特定とかもできそうだねえ」

「それは国際法で禁止されてるのではないか?」


 純子の言葉を聞いて、森造が疑問を口にした。プライバシーの保護という名目で、人工衛星を用いて個人の監視は、世界的に禁止されている。


「建前だけだよー。国も一部の特権階級の人達も『オーマイレイプ』も、皆やってるよ。国にとっても都合がいいんだよね。偵察衛星は企業レベルで製造も打ち上げも可能だし、テロ組織でさえ利用できちゃう。妨害電波も出せる。だから禁止という事にしといて、あまり出回らないよう、作らせないようにして、自分達はこっそり使う――と、そういう意図があるんだよ」


 と、純子が解説する。


「ダブスタがデフォか。これだから国は信用できない」

「その国に仕えし身であるぞ」


 樹が森造に突っ込む。


「奴等は目的を達成するまで、この町から人を出さない事だから、町の人間には多大な悪影響は無さそうだ。どうせこの町の者は外に出て行けないし、出て行かない」


 凶次が言った。


「まさかあんたらが目当てじゃねーよな。まあ……今夜はここに滞在するしかないだろうが、外から来た事は隠しておいた方がいい」


 忠告して凶次が立ち去る。


「私と樹ちゃん達はここのアジトに戻るけど、皆はどうするー?」

 純子が尋ねる。


「僕もそっちに行くよ」


 真が言った。望も見つかったことだし、亜希子と組んで、純子と別行動する意味も無い。


「私と望はママの方に戻るわ。ママ、今いた凶次さんの宿は結構泊まり心地よかったよ~。御飯も美味しかったし」

「あら、そうですの。ではお伺いしましょうかしら」


 言いつつ、ふと百合は森造に視線を向ける。正確には森造が抱えている、大きな黒いビニールの塊にだ。中には早苗の遺体が入っている。


(あれはちょっとした悪戯に使えるかもしれませんわね)


 後で取りに行こうと、百合は心に決めた。


***


 霧崎は半裸美少女軍団と共に、尊幻市内にあるアジト兼簡易研究所へと戻った。


 安楽市内にある霧崎研究所残してきた少女達複数と同時に連絡を取り、自分のいない間の取引相手との交渉や、実験動物の様子、物資の仕入れなど、様々な雑務のチェックを行う。


 その後、懇意にしている情報組織や情報屋と連絡を取ってから、夕食を取って一息つく。夕食中も少女の上に座っているが、椅子や床代わりの少女はその後他の少女と交代して食事となる。


「貸切油田屋にこのアジトが知られるという可能性は無いの?」


 同じ部屋にいる少女の一人が霧崎に尋ねる。


「可能性はあるが、そう簡単に知られるとも思えん。スパイ衛星からチェックしていても、こちらの場所が正確にわかっているわけではない。私は君達とともに移動しているから、わりと見つかりやすくはあるが、建物の中に入ってからの移動はどうしょうもない。ここも地下にあるしな。ついでに妨害電波で誤魔化すこともできる」


 アジトの建物には直接入っているわけではなく、地下道を通じて入っている。


「でも尊幻市にいる事は悟られちゃったじゃない」

「まあそれは私も油断していたというか、見くびっていたから仕方がないな」


 他の少女の突っ込みに、苦笑する霧崎。


「それに、例え貸切油田屋の兵士が大挙して押し寄せてきたからといって、私はここに引きこもっているつもりはないぞ。面白いことを考えた。それを実行するにあたって、私も側で見学して楽しみたいのでな」


 そう言って霧崎は、悪巧みのニヤケ笑いをひろげる。


「ところであの白い人は何者ですかー?」


 少女の一人が尋ねた。百合の存在は、霧崎に仕える多くの少女が知らない。


「雨岸百合といってな、雪岡君とは昔親しい仲で、行動を共にしていたようだ。ま、その頃の私はまだ、雪岡君と会ってはいなかったがね。仲違いをして、ちまちまと雪岡君にちょっかいをかけていたが、それもしばらく無くなっていた。しかし……最近またちょっかいを出すようになったらしい。詳しいことは私もよく知らんが、仲違いして別れてなお、雨岸君は雪岡君に御執心だ。うむ。あれは歪んだ愛情表現だな」


 名は体を現すか――と、霧崎は声には出さず付け加えた。


「彼女が自ら乗り込んできたのだ。いろいろと邪魔をしてくれるだろう。君達の身も危険やもしれぬ故、手間はかかるが、先手をうっておく。幸いにもここにはクローン培養装置もあるしな」


 重傷を負っても、クローンから必要な部位を取り出せる。ミルクより教わった第二の脳の製造法により、脳の記憶のコピーさえできるようになった霧崎である。その気になれば、霊魂をクローンの体に移し変えることもできる。


「しかし死の完全なコントロールはできぬ。霊魂が冥界に飛んでしまえば、私にもどうにもできぬから、注意である。いや……注意のしようもないが」


 冥界というものの存在は実証されたが、それは霊の口から聞いたに過ぎない。そして死者は生者に、冥界がどういうものであるか、伝えることができないのだという。表現できない代物であるという。


 地縛霊、守護霊といった形で、この世界で認識及び接触できる霊も、すでに冥界に在る存在であり、死者だ。

 これらの領域が完全に明かされる日が果たしてくるのだろうかと、霧崎は考える。もしその領域も人が操作できるようになったのなら、人は本当の意味で死からも逃れられる。少なくとも肉体だけに関しては。

 肉体を不老化する方法はわりと幾つもあるが、精神の不老化は適正がある者に限られるので、いくら肉体の死を完全に克服しても、心の老衰はどうにもできない。霊魂が飛んでしまった後の死をどうにもできないのと同様に。


(それらの謎を解き明かして死を克服しても、人口爆発によって人は人の死を求めるようになりかねんな。まったくこの世界はよく出来ているものだ。何をやっても必ず、人の命は消え去るように仕組まれている)


 創造主なる者がいたとしたら、それは人の智をはるかに超えた存在であることは疑いようがないと、霧崎は考える。


***


 夜のアジ・ダハーカ、一階。


 この店に泊まることになった百合、睦月、白金太郎、望、亜希子の五人は、夕食を終えて、くつろいでいた。

 白金太郎だけは、テーブルに突っ伏している。少し酒が入っただけでこの有様であった。


「聞きにくいこと聞くけどさあ、望はこれからも亜希子と付き合っていく覚悟あるのぉ? 亜希子はこっちの人間だし、そのうちまたトラブルに巻き込まれるかもだよ?」

「それでもいい」


 睦月が神妙な面持ちで尋ねると、望は迷うことなく即答した。


「具体的に痛い目にあったわけでもないから、そう言い切れるのではなくて?」


 ワイングラスを弄びながら百合が口を挟む。人の覚悟など、あてならない脆いものだと、百合は知っている。


「痛い目にならあったよ。トラックにはねられて死にかけた」

「そういう話ではありませんわ。それはただの事故でしょうに」

「その後改造もされたし。でも意識が戻ってから、ずっと亜希子のことばかり考えていた。何があっても、離れたくないってのが、僕の正直な気持ち。相手の立場……肩書きとかステータスとか家柄とか、あるいは普通じゃないからとか、そんな相手の背景を見て計算するような、そういう恋愛できる贅沢な人もいるかもしれないけど、僕にはそんな余裕無いな」


 亜希子のことを真顔で見つめ、望は静かに語る。一見静かに見えるが、酒が入っているのでかなり大胆になっている。


「う、ううう嬉しいけどさ……。何かズレてない?」


 恥ずかしげにどもりつつも、突っ込む亜希子。相手を見て選択してから恋愛どうこうの部分に、違和感を覚えた。


「あはっ、贅沢というのは皮肉で言ってるんだろ」

「皮肉と僻みかな」


 睦月がフォローし、望がさらに付け加えた。


「僕は一生女の子と付き合えないんじゃないかって、ずっと心配していたからさ。もっとモテる人とかは、恋愛感情なんて二の次で、相手を値踏みして計算して男女の付き合いとかしてるんじゃないかとか、そんな僻み根性で見てたよ」

「愛が先に来るに決まってるだろおおぉぉぉ! 愛はそんな所からやってこないだろおぉぉ!」


 突然叫んだのは、それまで潰れていた白金太郎だ。


「そして愛の形は様々っ。親子の愛、男女の恋愛、師弟の愛、何より主従の愛! 最後のは俺と百合様のことだああぁぁがっ!?」

「もう少し潰れていなさいな」


 百合が白金太郎の口にワインボトルを突っ込み、中の酒を無理矢理飲ます。そして白金太郎は再びテーブルに突っ伏す。


「何か今日の望、変だよ~。お酒入ってるせい?」


 亜希子が望の顔を覗き込む。未成年であるし、酒など今まで二回しか飲んだことがないとは言っていた。


「うん。それもありそう。でも本心でもある。亜希子にも伝えたいし、亜希子の家族にも伝えて僕の気持ちを見せたいって気持ちがあったもん」

「だってさぁ、百合ぃ」


 望の台詞を聞いて、睦月が微笑みながら百合に言葉を促す。


「もし亜希子を裏切るような真似をしたら、私が貴方を許さなくてよ。生まれてきたことを後悔するような目に合わせてあげますわ」

「うん、それで構わない。そんなことをするような僕は、僕が一番許せないから」


 優雅に微笑みながら恐ろしいことを口にした百合であったが、望は動じることなく言ってのける。

 それが酒の勢いで出た台詞であっても、亜希子には嬉しかった。


「何か外で起こってるみたいだぞ。こんな時間に、やたら大勢でどっか向かってる」


 たった今店を出た客が戻ってきて、店内に声をかける。百合や亜希子達も反応した。


「見てくるかなあ」


 睦月が真っ先に席を立ち、店の外へと向かう。亜希子、百合、望、他の客達も少しずつ外の様子を見に向かう。


 外にはかなりの人数がいた。そのうえ店の中では聞こえなかった銃声や爆音が、遠くから響いてくるのが聞こえる。


「門の方だな」

 客の一人が呻いた。


「行かない方がいいぞ。予想通り、町の門を封鎖しているあの連中に、馬鹿な奴等が喧嘩ふっかけやがった」


 そう声をかけてきたのは凶次だった。現場にいる知り合いから電話がかかってきて、教えてもらった。


「あはは、それは是非とも野次馬しないと」

「うんうん、面白そう」

「白金太郎はこのまま置いていきましょう」


 睦月、亜希子、百合が野次馬に向かわんとする。ふと、亜希子は望の方に振り向く。


「危なさそうだから、望はここにいて」

「亜希子が行くなら僕も行く。もう僕は普通の人間じゃないよ」


 小さく微笑みながら言い切る望に、亜希子もつられるように微笑むと、望の手を取り、歩き出した。

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