第二十九章 19
まさか真が自分を擁護し、樹を否定するとは思ってもみなかったので、幹太郎はきょとんとした顔になって、真を見ていた。
「お前は幹太郎のことをちゃんと見ているようで、よく見ていない。わかっていたのは、幹太郎が危なっかしいことくらいだ。幹太郎の気持ちはまともに見ていない。あるいは見て見ぬ振りしていたかだ。そうでなければ、今ここでそんな台詞、とても口にできないはずだ」
「気持ちなど――」
「戦士には無用か? 僕は傭兵時代にこう習ったよ。戦場にいるからこそ、人としての心を失うなとな。そこで人の心を失ったり消したりするような奴は、人としての逃亡者であり弱者だと」
反駁しかけた樹の言葉を遮り、真はきっぱりと言い放った。
「幹太郎の考えと感じ方は、間違ってない。至極当然のものだ。一族のためどうこうに全て費やして犠牲を省みない、お前の方こそ間違っている。国に仕える戦士の一族という矜持や立場にこだわって、仲間を犠牲にしていたら世話が無い。樹はそれを認めたくなくて、霊的国防任務という立場に執着し、その結果、仲間を死に追いやったり仲間が離れていくことになったりした。違うか?」
脊髄反射で「否!」と叫ぼうとした樹だが、それを抑えた。真の言葉が見当違いでもないことを、樹自身認めていた。
うなだれる樹を見て、真が純子の方を向く。
「それに雪岡、お前のやってることもひどい。木島に協力しているという側面は確かにあるが、こいつらの必死な想いを利用して遊んでいる事は、どうしても納得いかない。いつもの事だし、いつも納得いってないけどな」
いつものことをあえて口にしたのは、周囲の者を意識してのことだ。特に幹太郎に示す意図があった。
(やれやれ、実に忌々しいこと。真が私と全く同じ考えであるとは……)
真の話を聞いて、静かに嘆息する百合。
「いつも納得していないのに、どうして純子と一緒にいるのかしらねえ?」
百合が口を出し、真が百合を睨む。
「私と真君のことに、百合ちゃんが嫉妬たっぷりに口を出さなくてもいいと思うよー?」
真が何か言い返す前に、純子がいつもの屈託無い微笑みを浮かべて、口を出した。
「あらあら、何か純子の気に障ることに触れまして? 参考なまでに何が気に障ったのか、具体的に教えてくださらないかしら? 今後は気をつけるようにいたしますので」
こちらもにこにこと満面に笑みをひろげ、純子に向かって尋ねる百合。
「別に気に障ってもないし、仮に気に障ったとしたら、そんなこと教えないよ? 百合ちゃんは人の気に障ることを突きまわすのが好きな子だしねー」
「おやおや、純子にも気に障ることが一応はありましたのね? 心の壊れた子だから、何をやっても痛痒と感じないと思っていましたのに」
(うっわ~……ママってば純子と喋って、超嬉しそう……)
(百合、すっごく活き活きしてるよねえ。純子に絡むのが楽しくて仕方ないんだねえ)
純子と会話する百合を見て、亜希子と睦月は心底そう思う。
「ふむ。来たか」
空中に投影されたディスプレイに映る、尊幻市へと続く道を走る何台もの車を見やり、霧崎は呟いた。
(遊びは中断となるかな? それとも彼等も混ぜたうえで続行かな? まあ、雪岡君のことだから平然と続行してきそうではあるが)
笑顔で百合と言い合いをしている純子を見やり、霧崎は考える。
「ママ、望の無事も確認できたし、助けることもできた感じだし、もう帰るんでいいのよね? それともママも純子や霧崎と遊んでいくのぉ?」
亜希子が百合に問う。
「二人の妨害をしてあげようと思いましたけれど、亜希子の目的が達成されてしまった今、もう用はありませんわね。頭のおかしい人達同士で、存分にじゃれあわせておけばよろしいですわ」
と、百合。
「へー、百合ちゃんも丸くなったんだねー」
「全くだ。以前の雨岸君は、もっと粘着質で他人の嫌がらせに生き甲斐でもありそうなレディだったというのに、ここで退くとはな」
純子と霧崎が意外そうに言い、百合は二人の言葉にかちんとくる。
「気が変わりましたわ。もう少し遊んでいきますわ。亜希子と睦月は無理して付き合わなくていいですから、家にお帰りなさい」
「俺は付き合いますよっ」
「あはっ、俺もまあ暇だし、付き合ってもいいかなあ。でも亜希子は彼氏を無事にここから帰宅させないと」
百合と白金太郎と睦月がそれぞれ言った。
「それは難しいかもしれんぞ」
霧崎の意味深な言葉に、その場にいる全員が注目する。
「謎の一団がこの尊幻市に向かっているらしい。もし途中で鉢合わせしたら危険だ。少し様子を見てからにしたまえ」
「どうして貴方がそのようなことを知っていらっしゃるの? 謎の――と表現しておりますが、大体わかっているのではなくて? しかも明らかに敵意を持つ危険な存在だと匂わせていますしね」
「うむ。御明察である。おそらくそいつらの目当ては私だな。人気者は辛いね」
百合の指摘に、ニヤリと笑う霧崎。
「あんたらいつもここで暴れているマッドサイエンティスト二人組だな。外のアレもあんたらの仕業か」
ふと、通行人の一人が一同に話しかけてきた。
「んー? 外のあれって?」
霧崎の言っていたことと関係有りそうだと思いつつ、純子が尋ねる。
「町の門が何十台もの車で封鎖されている。そのうえ武装した集団が頑張っちゃってさ、出入りが出来なくなっている。物資も運ばれてこなくなっちまってるんだ」
「随分と大掛かりだな」
真が言う。それだけの真似をする者とくれば、かなり巨大な組織集団だろう。
「で、何者ですの?」
「貸切油田屋だと私は見ている。町の者達にもそう知らせてきたまえ」
百合の問いに答えてから、話しかけてきた通行人に向けて声をかける霧崎。
「あ、わかった! 霧崎が改造した怪人達が、貸切油田屋の人なんだっ! どうです、百合様っ、この冴えた推理!」
「まあ白金太郎にしては上出来ではないかしら。褒めてあげますわ」
「痛い痛い痛たたたたっ!
冷めた声で言うと、百合は義手で白金太郎の顔面を鷲掴みにして、文字通りのアイアンクローを見舞った。
「姫、こんなんでも……付き合うのか?」
純子や百合や霧崎のやりとりを無言で聞いていた木島達であったが、幹太郎が樹の傍らで、冷めきった声で問う。
「ここで放り出しても、失うのみに何も得るもの無し。だがミキ、御主が望まぬなら、付き合うことも無し。木島より離れ、好きに生きるがよい」
できるだけ穏やかな声で告げる樹。
「俺の姫への気持ちだけは……変わってねーからよ……」
言葉少なにそう答えてそっぽを向く幹太郎を見て、樹は憐憫にも似た感情が沸き起こった。
***
ハヤ・ビトンの動員した兵士達が、尊幻市門前に陣を築き、完全に門を包囲して封鎖した形になっている。
周囲には町の住人が野次馬と化して集っている。住人の何名かは、兵士達と話をして、どういう状況なのかを問いただしていたし、兵士達もきちんと答えていた。
(兵を集めるのに思いの他時間がかかってしまったな。霧崎にさらわれた兵士達が無事であると信じたいが……。しかし東京とその周辺都市に潜伏している優秀な工作員――特に荒事に長けている者をかき集めた)
車でバリケードが築かれ、パイプテントがそこかしこに張られ、簡易陣営が構築される様を見つつ、ビトンは考える。
「住人が引き気味ですね。反感を持つ者もいます」
副隊長がビトンに声をかけてくる。
「過剰な念入れだと思うが、最初に見くびってかかった結果、相手が化け物であることも理解できた。今度は徹底してやる」
静かに、しかし力強く言い放つビトン。
町の門の周辺の建物には、スナイパーを配備させている。霧崎とその手勢、あるいは町の者が押しかけてきたら射殺する構えだ。
ロケットランチャーなども用意し、町の人間が暴徒化して一斉に襲ってきた際の対処も考慮してある。もちろん霧崎にも用いるつもりだ。
「後でどれだけ批難されようと、同胞は見捨てん。これは生存をかけた戦いだ。これは聖戦だ。立ち塞がる者は全て、一切の妥協無く滅ぼしつくす。我等こそ、この世界を創りし神に選ばれた、偉大な戦士である」
副隊長にというより己に言い聞かせるニュアンスを込め、ビトンは宣言した。
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