第二十九章 15

 霧崎に尊幻市内活動用のアジト兼研究所があるように、純子も尊幻市内に同様のアジトを構えている。

 純子は木島の四人を、そこに泊める事にした。もちろん純子も一緒である。


「何かこの町臭いし、さっさと終わらせて帰りたいわ」


 先程まで初陣に出られたと浮かれていた幹太郎が、今は不機嫌そうな顔でブーたれている。


「別に臭いなどせぬが?」

「姫の鼻が悪いのかな? 雰囲気も好かねーよ。町にいる奴等、皆人相悪いしよ。こんな場所が俺の初陣になっちまったのが嫌だわ」

『増長するな。謙虚になれ。馬鹿者』


 態度の悪さ全開の幹太郎の鼻先に、早苗が和紙を突きつける。


「餓鬼の謙虚な態度など信用ならぬ。見せ掛けだけよ。すぐに慢心が出てくる」

「どっちなんだよ。どっちも否定するなら謙虚さなんていらねーな」


 森造の言葉を受け、幹太郎がけらけらと笑う。


「困り者よ。甘やかして育てし覚えは無いが、あの様だ」

 幹太郎を見つつ、純子の隣で溜息をつく樹。


「最初からいい子でもつまらないじゃない。曲がり道もして成長していく過程が、いいものなんだよ。樹ちゃんは最初からいい子だった?」

「否。手のかかる子供であったと思われし候」


 純子に問われ、樹が微苦笑をこぼす。


 その時、純子の電話に、霧崎からのメールが入った。


「また怪人が出たよー。退治しにいこう」

「えー、一日に二度も怪人が出るとか、そんなことあるのかよ。もうちょっとテレビとかの世界に合わせろよ。そもそも怪人とか、怪人軍団とかイミフだわ」


 純子に促され、幹太郎がぶーたれる。


『お望みの実戦に立てる立場になって、文句言うなら、もう来なくていい』


 早苗がむっとした顔で告げた。もちろん和紙に書いてだ。


「わかったよ。そこまで言わなくてもいいだろ……」


 早苗に二度も叱られ、沈んだ表情になる幹太郎。


(叱られると堪えることもあるんだ)


 明らかにしょげている幹太郎を見て、純子は思った。


***


 望から電話がかかってきて、亜希子は興奮して電話に出た。


『も、もしもし……』


 後ろめたいことでもあるかのような、控え目な望の声。しかしそんな声であろうと、耳にすれば胸がじんわりと温かくなる。目頭が熱くなる。メールしても全然返事が返ってこなかったので、ずっと不安でいた所に、ようやく反応があり、無事が確認できたので、心底安堵した。そしてついこの間もこんな感覚があったと、デジャヴを覚える。


(ああ、私、本当に望のこと好きなんだ……)


 声を聞いただけで心も体も悦びに打ち震えていることを意識し、改めて実感する。


『今、霧崎教授のアジトにいるんだけどさ……。どうも霧崎教授、僕のことをただで解放してくれるみたい』

「え……?」


 しかし望の報告を聞いて、亜希子の喜びが少し薄れた。

 望の言葉を疑うことなく受け入れるなら、これはさらに喜ぶべき話だ。だがここにきて突然、そんな都合のいい美味しい話が振ってくるなど、どうしても疑ってしまう。額面通りに受け入れられるはずがない。


「それ本当なの? いや、望は本当だと思うの?」

『うーん……65%くらい信じられるかなあ……。僕の人を見る目なんて、自分でもあてにならないだろうけど、霧崎教授ってそういう嘘はつかない人だと思うんだ』


 あんな変態感あふれる男など、亜希子にはとても信じられなかったが、望は自分より長い時間霧崎と共にいるし、自分が知らない霧崎の一面も見たうえでそう受け取っているのであろうと、亜希子は判断する。


『でも教授のゲームが終わるまでは、ここから出られないみたい……』


 続いて望の口から出た言葉に、亜希子は落胆する。


「今そこで電話して大丈夫なのか? 盗聴されてないか?」


 側で二人のやりとりを聞いていた真に声をかけられ、はっとする亜希子と望の二人。


「まだ解放されたわけではないんだ。今後何が起こるかもわからないし、気を抜かない方がいい。そして霧崎に改造された体だから、どんな仕掛けが施されているかわからない。現時点では霧崎に背かないでいる方がいい」

『わかった』


 真の警告に、望は神妙な声で頷いた。

 一方、真の言葉を聞いて、亜希子は百合から言われたことを思い出す。


『霧崎に改造されている時点で、霧崎には逆らえないよう、何か仕込まれている可能性も、考慮すべきですわね。望を救出したら、まず私の所へ連れてきなさい。仕込みが有るかどうか体をチェックして、もし何かしら仕込まれていたら、私が除去してみますわ。もちろん、確実に除去できるという保障はありませんことよ』


 霧崎に改造されたという時点で、霧崎の掌の中にあるという事を亜希子は改めて理解した。この辺が純子と霧崎の違いなのかもしれない。純子は体内に受信機を取り付け、強引に取り出そうとすると死ぬ程度の仕掛けしかしていないと言っていたし、百合もそれがわかっているからこそ、亜希子を純子の元で改造してもらうよう薦めたのだ。


(やっぱり解放してやると言われても、全然油断できない状況ね~。完全に安心できるのは、この町から望と一緒に出て、ママのところへ連れて行って看てもらって、ママに大丈夫と言ってもらって、そこでようやく……か)


 状況はさして好転はしていない。霧崎の言葉など信じられない。


「私達も霧崎と接触して、一緒に行動した方がいいかな? 霧崎を監視して、望を守るために」


 望ではなく、真の方を意識して亜希子は言った。


「霧崎が本気で望を解放するのなら、その申し出を断ることはない。だが嘘をついているなら……どちらに転ぶかわからない。断ってきたらほぼ確実に、望をゲームの駒の一つとして扱うつもりのままと見ていいな。ゲームの邪魔だと判断するからこそ、断るんだから」

「なるほど~」


 真の考えを聞いて、亜希子は納得する。


「ここで電話越しに望経由で霧崎にお願いするのではなく、直に会いにいって要求をぶつけた方がいい。交渉するにもその方が効果的だ」

「わかった。望、そういう事だからね。霧崎には私達のこと今は内緒にしといて~」

『わかった』


 真によって方針が決められ、亜希子と望はそれぞれ力強く頷いた。


「睦月も――睦月達も来ているんだろう?」


 電話を切った直後、唐突な真の指摘に、びっくりして身を振るわせる亜希子。


「わかりやすい反応だ。お前が身内に相談もせずこっちに来るとは考えられない。百合まで来ているかどうかは知らないが、いずれにしても僕は気にしないから、気にせず向こうと電話してくれ。そうでないとお前もやりにくいだろう?」

「あ、ありがとう、真……」


 真の気遣いに、亜希子は照れくさそうに笑い、礼を述べた。


***


 夜の尊幻市。

 無法都市であるこの町で、夜に堂々と出歩くのは、それなりに腕の立つ者か、腕の立つ者を不意打ちして襲う者か、それをまた狙う者程度だ。


 夜に人を襲う理由は、単純な強盗であったり、快楽殺人者であったり、戦いそのものを欲していたりと、ろくなものではない。

 自分から仕掛けるつもりはないが、襲われ待ちでわざと出歩いている者もいる。


(そこかしこに殺気が漲っている。異様な町だ。他の国にも犯罪が横行するヤバい町はあったが、ここは犯罪のために作られた町だ)


 霧崎に改造された貸切油田屋の兵士の一人が、夜の通りをぞっとしない気分で歩く。


(歩いていれば、そのうち誰かに襲われて、俺は怪人になってそれを撃退し、そこに正義のヒーローが現れるという筋書きか……)


 マッドサイエンティストのくだらない遊びのために踊ってやる忌々しさを意識して、兵士は奥歯を噛みしめ、拳を強く握り締める。


「兄ちゃん、強そうだねえ……。俺と腕試ししていこうぜ?」


 兵士の前に一人の男が立ち塞がり、汚い歯を見せて笑う。

 兵士は溜息をつくと、全身に力を込めた。


「あ……?」


 男の見ている前で、兵士の体が人外へと変貌していく。服は裂け、口も裂け、腕も肘から先が二つに裂けて分かれて大きく伸びた。

 手の指は一つにまとまって消失して先が鋭く尖る、腕からは四本の長い触手が伸びているような状態だ。

 裂けた口の中からはやたらと長い舌が伸びる。舌の先も鋭く尖っている。

 触手化した腕以外の露出した肌は、所々に大きさばらばらのイボが盛り上る。顔もイボだらけで原型が見当たらない有様だ。そのうえ目玉はまるで出目金のように大きく飛び出ている。怪人と呼ぶに相応しい醜悪な容貌と化したが、兵士は自身の顔の変化などわからない。


「イボマンとでも名づけておくか。そのままだが」


 ナイトビジョンを装着した霧崎が、少し離れた物陰から怪人の変化を見て、いつも通りニヤニヤと気色の悪い笑みを張り付かせ、呟いた。


「ひゅうっ」


 イボマンが右腕を振るうと、兵士に絡んだ男がおかしな声をあげる。直後、男の首と胸部に、横向きに切れ目が走り、地面に三つの肉塊となって転がり、血を流し出した。


 その光景を何名かの通行人が目の当たりにし、一目散に逃げ出した。霧崎剣と雪岡純子の遊びが行われていることは、もう尊幻市では知れ渡っていたし、これがそうなのだとすぐに察した。


「へんひんふるみゃれもにゃかっふぁ」


 イボマンが何か呟き、自分の口からおかしな声が出たことに驚き、直後に理解する。口から舌が出っぱなしで、口の端も大きく裂けているせいで、まともな発音ができないのだ。


「そこまでだ!」


 気持ちが沈みかけたところに、闘気漲る声がかかった。


「パスタなどといううわついた呼び名は認めない! スパゲティー・カラドリウス推参!」

『ドードー・レディ』

「ジャージ・オン! グリーン・ジャージ! ジャージ戦隊! ジャジレンジャー!」

「毎回それしなくちゃいけないのはキツくないのか?」

『楽しい』


 ヒーロー系マウスに改造された、木島の鬼達四人の登場である。ちなみに早苗は、黒い和紙にピンクの発光色で書いている。


「ふひゃへひゃへはいら。こるぇららるいゆむぇならろんらにいいくぁ」


 イボマンも戦闘態勢に入る。今のチンピラとはワケが違う。敵も改造されている。しかも四人ときた。


「ペペロンチーノ・ウィップ!」


 樹が技名を叫ぶと同時に、手から長い紐とも鞭ともつかぬものをだして、イボマンめがけて振るう。

 イボマンも右腕の二本の触手を振るった。

 似たような形状の武器のぶつかりあい。地面に切断されて落ちたのは、樹が振るった麺鞭であった。


「見事」


 称賛する一方で、戦慄する樹。今の技は、速度も威力もそれなりに自信のあったものだ。


『超電磁ドードー』


 黒い和紙に律儀に技名を書いたうえで、早苗が技へと移行する。

 早苗はその場に腰を落とし、己の両膝を両腕で抱え、首も前に曲げて丸まった格好となると、その格好のまま高速で前方に回転しだした。


 猛スピードで地を転がり突進してくる早苗めがけて、イボマンが左腕を振るった。


 早苗の胴体と手足が切断され、ばらばらになった体が、イボマンの後方へと吹っ飛んでいった。

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