第二十八章 33

 神怠植物公園に到着した闇の安息所のメンバー達は、和気藹々としながら園内の植物を見てまわっていた。


「累君、絵描くとなると、一人だけ置いていかれちゃうことになるよね」


 スケッチブックを手にしてうろつく累に、純子が声をかける。


「あ、僕は構わないから、絵描きだしたら置いていってください」


 他のメンバーにも聞こえるように言う累。

 このやりとりは、怪しまれずに単独行動をするための布石でもある。別にそのために絵を描く道具を持ってきたわけではないが、利用できるなら利用してしまおうと思った累である。


「杏姉がよく庭に咲いた花を描いてたの、思い出すよォ~」


 純子の背後をチラ見しつつ、みどりが言った。当然みどりには、純子の後ろにいる杏が見えている。そもそも純子の守護霊として杏を呼び出して、守護霊交代させたのもみどりだ。

 杏はサングラスごしにみどりを一瞥し、小さく微笑む。みどりも微笑み返し、小さく手を振った。


「真君も連れてきたかったねえ。思ったよりずっといい所だよー」

「物凄く花多いですねえ」


 純子が表情を輝かせて写真を撮りまくりながら言い、毅が適当感溢れる相槌をうつ。


(駄目だ……皆結構楽しんでいる中、多分俺だけ全く楽しくない……。花見て何がいいのかさっぱりわからない……)


 周囲を見回し、一生懸命見物している振りをしながら、毅はさっさと帰りたいという本心による、負のオーラが生じないように堪えていた。


「カラフルだにゃー、まるで楽園だにゃー。世の中にこんなステキな光景があるにゃんて、思いもしなかったにゃー」

「花はいいけど、区画にぴっちりと収まっているのが気に入らない。自然ではない」


 感動する七号の横で、来夢が不満を口にする。


「庭園だから当たり前だ!」

「うん、仕方無いとは思う。でも俺が来る前にイメージしてたのと、ちょっと違ったのが残念」


 突っ込む美香に、来夢は言った。


「奥の方には、無造作にいろんな花が咲いているエリアもあるみたいよ。結構珍しい植物もあるみたいだし」


 ユマがパンフレットを見ながら、来夢に向かって言った。


「食人植物とかもあるのかな?」

「そんなもん、地球上にはいないと思うぞ。純子に頼めば作ってくれるかもしれないが」


 来夢の言葉に微苦笑をこぼす克彦。


「んー、餌に人間が必要な植物なんて、作りたくないなあ。餌にするくらいなら実験台にするし」

 と、純子。


「克彦兄ちゃんと純子と美香とみどりは、花見て楽しむってガラじゃないね」

「お前は本当に私に喧嘩を売るのが好きなようだな!」

「痛いよ」


 思ったままのことを遠慮せず口にする来夢のこめかみに、美香は両方の拳でグリグリと圧迫する。梅干という技である。


「へーい、何故そこにみどりを混ぜる~。あたしは結構植物好きだよォ~。純姉、研究所のリビングにも観葉植物置かない?」

「んー……そうだねえ。フィギュアが並んでいれば、部屋の潤いは今でも十分だとも思うんだけど……」

「あばばば……」


 戸惑いがちに口にした純子の言葉に、みどりは乾いた声で笑う。


「こんなに騒がしい……いや、明るいお出かけイベントは初めてかな。ていうか、今の時期が一番安息所の人数多いし」

「以前はどうだったんだ?」


 ユマの言葉に反応し、美香が尋ねた。


「前は多くても十人もいなかったしね。明るい人や元気な人も少なくて……いたとしてもそれは躁病の人だったし。ペペさんが必死に場を盛り上げようとしていたけど、今はその必要も無いくらい朗らかで、こっちもその気にあてられて、心が晴れやかになる」


 言葉通り晴れやかな表情で喋るユマを見て、美香も顔が綻ぶ。


「人の気は伝染するからな。陰気は場も暗くしかねない。気だけではなく、ものの考え方もな」

「美香はプラスの気に満ちているからね。でも、そのプラスが必ずしも人を照らすだけと考えないで。美香と会う前の私みたいに、眩しすぎて逆に負の念を増幅する事もあるから、気をつけて」

「勉強になる! 心得ておく」


 ユマの忠告を聞いて、美香は微笑をたたえたまま頷き、一同を見渡す。


(皆、和気藹々としているが、純子の話では、犯人がここで仕掛けてくる可能性大らしいな! 赤猫の製作者である人物が来ているというし!)


 気を引き締める美香。純子は朝のうちにマウス達全員に、通達を行っている。


「華子さんは文字通りお花が好きなんですねえ。一番夢中になっている感じです」


 間近で花を見てまわっている華子に、優が声をかける。


「うん。園芸、好き。うちにもいろんな鉢あるし」


 新規組とは壁のある華子だが、優には比較的抵抗を感じなかった。


「父さんや母さんと一緒に暮らしていた時は、庭のある家だったから、庭にはいっぱい植物あった」


 華子の言葉を聞き、真菜子は顔をしかめる。両親のことも昔の家のことも思い出したくはない。悪い思い出でいっぱいだ。


(うちの庭は閑散としてるよなあ……。結構広い庭なのに、勿体無い気もする)


 華子の言葉を聞いて、ふと岸夫は思う。ずっと寝たきりの生活であったし、庭のことなど考えもしなかった。


(おっと……そろそろいいかな)

 純子に目配せをして、単独行動に移らんとする岸夫。


「ちょっとトイレへ」

 一応断りを入れ、岸夫は一向から離れる。


(トイレ?)

(ロボなのに? つまり……)


 克彦と来夢が視線を交差させ、来夢が頷く。それから二人して優に視線を送ると、優も理解しているようで、二人を見つつ親指を立ててみせた。


(単独行動を狙ってくるとしても、どう仕掛けてくるんだろう。そもそもここで仕掛けてくる意味もわからないけど。ペペさんが犯人みたいなこと、純子さんは言ってたけど、ペペさんは皆と一緒にいるし、襲ってくるとしたら、赤猫を作ったマッドサイエンティストの方かな)


 一人で歩きながら、岸夫は考える。純子曰く、今日のイベントで犯人が仕掛けてくるという話だが、仕掛け方はもちろんのこと、どういう意図で襲ってくるのかも、岸夫にはいまいちわからない。


「あ、私もトイレ行ってこよう」

「それなら私も行こうかしら」


 岸夫が離れて少し経ってから、華子とペペもトイレへと向かった。


「純子、あれは……」

「純姉、不味くね?」


 毅とみどりがそれを見て、純子に声をかける。


「放っておいたらもちろん不味いよー。でも一緒についていったら、馬脚も現さないと思うんだ。岸夫君は先にトイレ行っちゃったから、戻すってのもあれだし」

 純子が累を一瞥する。


「一応、精神分裂体を投射し、追跡させていますが……」

 いつの間にか追いついた累が言う。


「精神分裂体に尾行させてもしゃーないでしょー。あたし達自身でこっそりつけない? 正直それでも危ないと思うんだけどさァ」


 累の言葉に異を唱えつつ、みどりが提案する。ペペに殺意があるなら、少し離れた場所で尾行していたなら、防ぐ間もなく華子が殺されかねない。


「それがいいかもねえ。……って、真菜子さんも行っちゃったね。私達も行こう」


 無言でトイレ方面へと行く真菜子の背を追う形で、純子もトイレへ向かって歩き出した。毅、累、みどりもその後に続く。


「皆でトイレ?」

 ユマがそれを見て訝る。


「私達も行こう!」

 美香が察して、促した。


「う、うん……」


 純子達の後を追い、トイレへ向かう美香とユマ。


「いざとなったら空間越え攻撃して防ぐよう、身構えておくよ。それさえ間に合わずに殺されちゃわないように、気をつけないといけないけど」


 歩きながら純子が言う。相手の尻尾も掴むためには、気付かれないように距離を置いた方がよいが、その場合、華子や真菜子を危険に晒しかねないのが難点だ。


「ペペさんが一緒に行った時点で、赤猫を憑かせるとも思えないですしね」


 毅が言ったが、純子はその考えに懐疑的だった。


「どうかな……。赤猫を憑かせて、誘導するかもしれないよ。ちょっと毅君は残って、頼まれてくれないかなあ」


 振り返り、美香とユマがついてくるのを確認する純子。優、克彦、七号、来夢は残っているようだ。


「何をです?」

「私の電話と毅君の電話を繫いで、毅君の電話のスピーカーの音を最大にして、皆に聞かせて」

「わかりました」


 純子の意図を見抜き、毅はにやりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る