第二十八章 13

 純子、みどり、累、梅津、松本の五人は、美香の裏通りの事務所を訪れた。


 みどりは早速、赤猫に取り憑かれたという七号の精神に潜って調べたが、他の二人と特に違いは見受けられなかった。

 しかし気になることがあった。七号がおかしくなっている際に、目が真っ黒になったという報告だ。


「梅津さん、これって重要情報じゃない?」

 純子が顎に手をかけて言った。


「ああ、そうだな。もしかしたら留置所の二人も、気付かないうちに変化しているかもしれない。カメラの数を増やして、暇な時間、なるべくカメラに視線を向けるように促そう。目が黒くなっていたら赤猫発現と見れる。無実の証拠の手助けにもなる」


 梅津も純子と同じポーズを取って言う。良い方向への兆しが見えて、少し顔が綻んでいる。


「どうして無実の証拠に繋がるんですか?」

 累が尋ねる。


「二人という所がポイントだよ。二人共目が黒くなった際に凶暴になって人に襲いかかる場面をカメラで撮れれば、本人の意思による殺害ではない実証が出来るって事。目が黒い時に、警察官も同じ部屋に入って、凶暴になっている所を映像に映してね。一人だけならそういう異常体質で済ませられるかもしれないが、二人もそんな体質が重なるというのは逆におかしいし、第三者の介入によってという見方のほうが強くなる」

「なるほど、そういうことですか……」


 純子に説明され、累は納得する。


「証拠としては弱いけどな。それでも第三者に薬品か催眠術で洗脳されたとか、そういう方向にもっていけるさ。本人の意思と無関係であるという証明が完全に成されれば、無実を証明もできる」


 言ってからこっそりと溜息をつく梅津。それで救われたとしても、失った人は戻ってこない。心の傷も癒されない。


「目が黒いと言っても、目全体ではなく、瞳の芯の黒い部分が広がっただけですから、わかりにくいかも」

 十三号が報告する。


「ああ、つまり赤猫に憑かれている際は、瞳孔散大するのね。白目の部分が無くなって、リトルグレイみたいになるのかと思ってた」

 と、純子。


「にゃーの頭の中に現れた赤猫は、まさにリトルグレイみたいな目だったにゃー」

 七号が言う。


「へーい、七号姉が赤猫を出したこと、安息所の者に伝えるの? それとも黙っておく?」

「こ、怖がられるから、言わないでほしいにゃあ……」


 みどりの確認に、七号は声を震わせる。


「また七号はそういうこと言う。黙ってる方が駄目だろ、それ。嘘ついてバレたら、後でややこしくなるっしょー」

 呆れ顔で指摘する二号。


「二号の言うとおりだ! 正直に言った方がいい! それを黙っているのはよくない!」


 美香がきっぱりと告げ、二号は泣きそうな顔になる。


「いや、言わなくていいよー。黙ってればいいよー。正直に話したって、それは誰も得することじゃないって。七号ちゃんだけが暴走する可能性は無くても、一度赤猫に取り憑かれた人は、特別に警戒されて見られるだろうしさー」


 純子があっさりと反対意見を述べ、七号は純子に向かって両手を合わせて拝み出す。


「で、バレたら『何で言わなかったー』っていう最悪の流れになるな、こいつは。うひひひ」


 おかしそうに笑う二号。みどりも同じことを想像していた。


「もちろん、バレたら困ることなんて、積極的にしない方がいいよ。でもこれは黙っておいた方がいいことだよ。もしバレたら、その時正直に言えばいいと思うんだ。『喋れば余計な不安を皆に与えるだけで、いいことは何も無いと思った』ってね」

「本当にそれでいいのか!?」


 純子の言葉に説得力を感じ、喋らず黙っておく方針の方に、美香の心が傾く。


「いや……! 駄目だ! 同じ釜の飯を食う同志としては、だんまりでは駄目だ! 正直に言うべきだ!」

 傾いた心を強引に戻す美香。


「んー……まあ、七号ちゃんは美香ちゃんの管理化だから、美香ちゃんがそう言うなら仕方ないねー」

「純子のかんりかになりたいにゃあ……」

「七号!」


 純子に露骨に擦り寄る七号を見て、美香が眉根を寄せる。


「ふわあぁ~……みどりはこれ、どっちも正解とは言えないと思うんだよね。どちらを選択しても、悪い方に転ぶ可能性もあるしさァ。もちろんその逆も」

「フヒッ、出たよ出たよ。どちらかに選択しなくちゃならねー場面でもなお、中道、中立気取りな発言する中途半端な奴。あたしの嫌いな手合いだぜ」

「ヘーイ、二号ちゃんよォ~、あんたとはいつか決着つけなくちゃならねーよだなァ。いや、今ここでつけてやっか?」


 にかっと歯を見せて笑い、ぼきぼきと手を鳴らしながら、みどりが二号に近づいていく。


「ぐへへ、やんのかー、この小娘が。可愛がってやんぞー」

 二号がボクシングスタイルで構える。


「みどり、今は勘弁してやってくれ! ややこしくなる! 二号は私が後で折檻しておく!」

「ちょっ……オリジナルと意見あったのに、何で折檻されるんだー。理不尽だァっ」


 美香の裁断に、二号が抗議の声をあげる。


「さて、いい加減お暇するぜ。ここは雌臭くてかなわん……。俺みたいなおっさんには場違いすぎらぁ」


 梅津が言った。本音は、実の無い話ばかりになってきたので、時間の無駄だと判断したのであった。


「禿警部は女苦手なのォ~?」

「苦手ってわけじゃないが、女が集って騒がしいのは……ああ、やっぱり苦手かな」


 みどりに問われ、梅津は薄くなった頭をかきながら渋面で答える。


「そろそろ奥さんが欲しい年頃なのにねえ」

「うるさいよ」


 純子の言葉に憮然とした顔になる梅津。


「その手の話は苦手だからやめれ。浮いた話とは長いこと無縁だし、諦めてるよ」

「イェアっ、禿警部、安心しろい。みどりはイカつい男とか、渋いおっさんとかがタイプだぜィ。ふにゃふにゃした邪兄ズ系アイドルみたいなのは全然好みじゃねーッス」

「はいはい、ありがとさん……。もう少し大きくなったらな」

「ふわぁ~? 禿警部はマザコンか」

「何でそうなる……」


 みどりの口から出た言葉に、梅津はあんぐりと口を開けた。


「あばばばば、だって男って大抵ロリコンかマザコンじゃん。たまにどちらもいけるっていう豪の者もいるらしいけどさァ」

「どっちでもないわ」

「じゃあ男色ですか?」

「何でそうなるっ。そんなわけあるかっ」


 累の指摘に、梅津は強めの語気で否定した。


「あれ、ムキになって否定する所が怪しい~」

「女にはわからんかもだが、男はな、その気が無いのに、その疑惑かけられるのってしんどいんだぞ」


 からかうみどりに、梅津は真面目に答えた。


***


 純子、累、みどりの三名が、雪岡研究所に帰宅する。


「今日はいろいろ進展があったと見ていいんじゃないですか?」

「進展というか変化と発見じゃね?」

「それが進展だと思いますが……」


 自分の言葉を否定するみどりに、累はやや憮然とした面持ちになる。


「毅兄はまだ帰ってねーのか」

「帰宅途中で『妊婦にキチンシンク』の人達と会っちゃって、夕食ご馳走になってるみたいだよー」


 ディスプレイを投影し、メールボックスをチェックしつつ、純子が言った。

 世界でも指折りの武器密造密売組織である妊婦にキチンシンクは、純子と専属契約しているお得意さんの一つだ。最近は純子に代わって毅が交渉役をしているため、彼の組織の者達とはすっかり顔馴染みになっている。


「おっと、優ちゃんからもメールきてた。結構前だけど。あ、真君からもきてる」


 真の名を出されて反応する累。真が一人で遠出しているので、今か今かと帰りを待ちわびている日々を送っている。


(魂魄ゼリーとの抗争もケリがついたらしいのに、どうして帰ってこないのでしょうか)


 薬仏市の抗争自体終わったことも、累は知っていた。なのに真の帰宅が遅れているので、やきもきしている。


「優ちゃんもトイレで血まみれの幽霊見たってさ」

「やはりあの幽霊が鍵なんじゃないでしょうか? 推測以前の勘の段階ですが、関連性は有ると思います。トイレにこっそりカメラ仕掛けて、撮影してみませんか?」

「それはちょっとねえ……。知らないで利用する人達に悪いし……」


 累の提案に微苦笑をこぼす純子。


「人命がかかっているのですから、そんなこと言ってられないんじゃないですか?」

「それ言ったら、さっさと全員隔離するとか、安息所に通わないようにするのが一番だわさ」


 なおも食い下がる累をたしなめるように、みどりが言った。


「で、真兄のメールは?」

「薬仏市の抗争終わったってさ。でも少し一人旅してから帰るって」


 純子の報告を聞いて、累が肩を落とす。


「真君、結局お爺ちゃんを殺しちゃったのかなあ」

「昨日の時点で、魂魄ゼリーのボスが真に殺された話、出ていましたよ」

「あれま。情報チェック見落としてたよ」


 常に薬仏市の抗争情報をチェックしていた累が言い、純子は頬をかいた。

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