第二十七章 13
昨夜はクラブ猫屋敷に泊まった真であった。
起きたらまずネットで裏通り全般の情報チェックは、裏通りの住人として基本的な行為である。薬仏市限定での情報をチェックすると、昨夜は魂魄ゼリーが派手に暴れ、魂魄ゼリーと対立していた薬仏市の五つの組織のうちの一つが、ほぼ完全に壊滅したというニュースがトップに載っていた。
すぐに阿久津に電話をする。
『助っ人に行った組織も幾つかあったが、着いた時には遅かったらしい。拠点にいた組織の構成員は皆殺しにされ、ボスも幹部も殺されていたってよ。電光石火の早業だ。あの組織は五つの組織の中でも、うちに次ぐ規模の組織だったってのによ……』
「他の組織の士気にも影響しないか?」
「くぅあぁぁぁあぁあぁ」
電話の最中、不満げな唸り声と共に、一人の少女が真に後ろから抱きついてまとわりついてきた。かつて真と戦ったミルクのマウス、繭だ。
『そりゃあ、士気低下しまくりだろうよ。うちの組織は気合入った奴ばかりだから、逆境にこそ燃えるけどな。とはいえ、こっちも良い戦果を上げたいところだ。間違っても連敗なんてしたかねーぜ』
「朝食の後にそっちに向かうよ」
そう言って真は電話を切り、まとわりつく繭をひっぺがそうとするが、繭はにやにや笑ってしがみついたままだ。
「随分と懐かれているにぅ」
その様子を不思議そうに見ながら、猫耳カチューシャに水玉パジャマという格好の少年、ナルが呟く。
『本能で御先祖様と見抜いているのかも』
「御先祖様?」
ミルクが発した言葉を訝る真。ふと、みどりが累のことを御先祖様と呼んでいることを思い出す。あれは実際に血の繋がった先祖ではないが。
『獣之帝を知っているですかね? それがお前の前世だったことも』
「ああ」
「繭は獣之帝の子孫だ。だから本能で、お前が御先祖様の転生だとわかっているのかもってことですよ』
「くぅぅうぁあぁぁぁ」
ミルクの言葉に反応したかのように、いつもの声をあげる繭。
「それがわかっていて、最初僕にけしかけたのか?」
『うむ。こんなに懐くとは意外だったが』
真の問いに、ミルクは笑みを含ませた声で答える。
その後、真、バイパー、ミルク、ナル、繭の五人で朝食をとる。
(こいつらの話だと、あと一人ここに住人がいるらしいけど、全然姿を見せないな)
真が思うが、特に尋ねるまでもないとした。
「そーいや、肝心なこと聞き忘れてたぜ」
バイパーが真を見る。
「真、結局お前はどうしたいんだ? 父親の仇を討ちたくて、あの爺を狙ってるのか?」
バイパーのストレートな質問に、真の食事の手が止まる。
「そうだけど……父さんとは会話した記憶すらないよ。物心ついた頃には寝たきりだった。だから情念たっぷりに仇を取るとか、そういう気分ではないな」
視線を落として真は語る。
「どちらかというと、家族そのものの仇を討ちたいという気分だな。父があんな風になったせいで、僕の母親も余裕の無い人間になって、僕によくあたったし。小さい頃はいろいろとキツかった。その後で母親とは和解もしたし、多少はまともな家になったけどさ。それらが全て遡ればあの爺のせいなら、一発殴ってやりたいという気持ちもあってここに来た。まあ……簡単にかいつまんで言えば、そんな所だ」
実際には、そう簡単でもない話だった。母子家庭で育った真は、幼い頃の家庭にあまりいい思い出がない。母親が自分にキツくあたった日々は、今でも夢に思い出すほどトラウマになっている。だがその後母親が過ちに気付いて、親子の絆を取り戻そうとしていたので、それは大きな救いになっている。
父親が事故にあったことで、家庭がおかしくなったのは事実であるし、母もその事に関してよく愚痴っていたし、父をひき逃げした車に対しての恨みも、真の前で口にしていた。
「ひき逃げが祖父の指示だったとか、そんな事実を知っておいて、何もしないでいる方が普通なのかな? 僕は仇を取る力も有るし、どういう経緯でそんなことをしたのか知りたいとも思ったし、だから確かめに来たんだ。答え次第によっては、一発殴るどころか、殺すつもりでな」
そして真が知った真相は、最悪の代物だった。どう考えても祖父は、生かしておくに値しない屑人間だった。
『鉄男から真相は聞いたのか?』
「ああ」
ミルクに問われて頷くと、真は、胡偉から聞いた父親を殺そうとした理由をそのまま話した。
『鉄男は警察を特に嫌っていたからな。息子が警察官になっていて、しかも正義感を振りかざして宣戦布告とか、そりゃブチ切れるだろうさ』
真の話を聞いて、ミルクはニヒルな声を発する。
(同情しているのか? それとも何か感じる所があるのか?)
ミルクのその声を聞いて、真は何となく勘繰る。
「あいつの不幸に同情して改造した面もあるのか?」
『無いと言えば嘘になるですね。ついでに言うと共感しないでもない。この薬仏市がどういう場所かは知っているでしょ?』
ミルクに問われ、真は無言で頷く。
『この都市そのものが、他の都市のための人柱。いや、この場合は都市柱とでも言えばいいのか? そういう風に作られた。都市に住む住人にすれば、ふざけた話ですよ。しかし多くの人は、そこがどんなに不当な扱いを受けた土地であろうと、そう簡単に移ることはできない。そのうえ、昨日まで無事な生活を送っていれば、危機感すら抱けない。私はただ、何となくここが好きで住んでるだけだがなー』
「多数を生かすため、少数を生贄か。胸の悪くなる話だぜ」
バイパーが顔をしかめる。自分が生まれ育った町が、日本という国の安定のため、マフィアの防波堤にされているという事実は知っているが、人が人を守るという名目で同じ人に犠牲を強いるという話は、再認識する度に腹が立つ。
「そんな糞ふざけた反吐の出そうなやり方を決めて実行した奴は、どうせ安全圏でぬくぬくと暮らしているんだろうしな。徹底的にちぎって壊してやりてーよ」
『やってみるか? 目の前にいるぞ? そしてずっとお前と一緒にぬくぬくと暮らしてきたぞ?』
沈んだ声を発するミルクを、バイパー、ナル、繭の三名は驚いた顔で見た。
『ああ……その糞ふざけた反吐が出そうなとかいう、頭悪そうな表現のやり方を決め、実行したのは、当時のこの国の支配者の一人だった私ですよ。それしか方法を思いつかなかった』
「その引け目もあったから、あの爺の願いをかなえたのか」
ミルクの話を聞いて、真は納得した。
『そう……かもな。きっとそれもある。あいつが糞野郎で、力を与えればろくでもないことしまくって、大勢の人間を不幸にする事もわかっていたが、それでも断る気にはなれなかった。復讐の権利は誰にでも有る。悪とて存在する権利は有ぎゅっ!? こら、何するんだ繭っ。メシの途中にーっ!』
「くうぅぅ……」
泣きそうな顔で、繭がミルクをぎゅっと抱きしめる。
「慰めてるんだろ」
バイパーが言う。最早しかめっ面ではなくなっていた。
「ひょっとしてミルク、薬仏市にずっと住んでいるのは、償いのつもりで……守るためだったのかにぅ?」
『ばっ、馬鹿言えっ。この私にそんな殊勝な心があるわけねーでしょー。単に気に入ってるから住んでるだけだっつーの』
ナルの指摘に、ミルクは露骨に動揺した声をあげる。
「つまり……大を殺して小を取った償いに、今度は小の欲求を聞いたわけだ。お前が言っていたように、そいつの復讐心を満たすことが、大勢の人間を不幸にする事に繋がるのも承知のうえで」
真が明らかに非難のニュアンスを込めて言った。
元を辿っていけば、真の家庭が複雑なことになった原因はミルクにあるとも言える。しかし真とてミルクの心情がわからない事も無いので、この白猫に怒りを抱くこともできない。
『すまなかった。ひょっとしなくても私が原因で、真を辛い目に合わせたんだろう。真の父親を植物人間にしてしまったのもな……』
繭に抱かれたまま、ミルクが頭を垂れる。
「わざわざ僕に声をかけたのも、その辺を意識してか?」
『それもある……』
「まあ、恨みも怒りもしないよ。所詮猫の頭だし、いい方法が思いつかなかったんだろう。猫なんかに任せた奴等がもっと悪い」
『ど、どういうフォローだ、そりゃ』
真の言葉を受け、思わず笑ってしまうミルク。
「ミルクのやったことは相当ろくでもねーが、俺には批難する気になれねーや。俺だって、連続殺人犯で死刑になる予定だったのに、ミルクに拾ってもらって、こうして生き永らえちまってるんだしな」
バイパーが言った。悪とて存在する権利はあるというミルクの言葉が、自分にもあてはまると受けとっていた。
「僕も責める気は無いよ。いろいろ考えて、迷って、思う所があってした事だろう? そしてその後も悩み迷い続けている。雪岡なんかもっと考えなしにほいほい人体実験しまくって、周囲に迷惑かけまくっても何とも思わないからな」
『純子と比較してマシとか言われても、嬉しくないどころか、勘弁してくれって気分ですよ』
またもおかしなフォローを真にされ、ミルクは苦笑する。
「わからなかった事もいろいろわかって、すっきりした」
と、真。
「あの爺を殺す意志が変わらないなら、俺はこの先もお前に協力してやるぜ」
バイパーが真を見て宣言した。
「あの爺は俺がちぎってやりたかったが、お前に譲ってやる。その代わり、ちゃんと仕留めろよ」
「協力してもらう代わりに条件がある」
「協力してもらう側が条件出すのかよ」
真の台詞に、バイパーは呆れて笑う。
「お前が助っ人欲しくなったら、ちゃんと僕を呼べよ」
真の台詞に、バイパーの呆れ笑いは、不敵な笑みへと変わった。
「はっ、そんな時が訪れるかどうかわかんねーけど、わかったよ」
そう言って真の方に拳を突き出すバイパー。真も拳を出して、バイパーの拳と軽くぶつけ合う。
『うっわ、クセーな。野郎同士でそういうことするノリ、私は大嫌いだわ。視覚的に何かすげーウザいっていうか、生理的に受け付けないですよ』
二人のやりとりを見て、ミルクが憎まれ口を叩く。
「猫にはやりたくてもできないし、無理にやってもサマにならないからな」
『猫差別激しい奴だな、オイ。私が猫であること気にしていたらどーすんだ。ったく……』
いちいち猫は猫はと言う真に、ミルクが溜息混じりに突っ込んだ。
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