第二十六章 エピローグ

 面会者が来ていると言われ、面会室に向かった壺丘の前にいたのは、見覚えのあるゆるふわロングヘアーの、大人しそうな雰囲気の美少女だった。


「どうも……」


 自分の正義をへし折り、罪人に仕立て上げた張本人は、申し訳無さそうに会釈する。


「警察官が席を外したな……」


 弁護士の面会でもないのに、面会の際に警察官がいなくなるという事態に気がつき、それを口にする壺丘。


「はい。どんな会話をしてもいいようにしてもらい、面会時間も無制限にしてもらいました」


 予め朱堂に手を回してもらったうえで、面会に来た優である。


「俺の前で、またそういう真似をしてくれるわけか」


 嘆息する壺丘。ルール破りや個人の思惑での権力の濫用は、壺丘が何より嫌うものだ。


「汚い手を使った自覚はありますし、悪いとも思っています。でも、先に汚い手を使ったのは壺丘さんですよ? あのやり方を見て、これは容赦せずに反撃しようと思い立ちました」


 殺人倶楽部会員の肉親まで晒し者にしたことを指している事は、すぐわかった。


「まあ、恨みはしていないさ。そもそも私は、君達のターゲットだった。なのに君達が、殺さないという選択をしてもらったおかげで、生かしてもらったんだ。その恩を仇で返すような真似をしたバチが当たったんだろう」


 自分が彼等の家族まで晒し上げるような行為をしなければ、この少女は多少なりと加減しただろうかと、壺丘は考える。

 壺丘は気付いていないが、自分達が依頼殺人を受けても壺丘を殺さなかったのは、完全に純子の計画通りだったろうと、優は思う。しかしそれは壺丘に教えなくていいと判断する。


「いろいろ聞きたい事はあるが……」

「何でも聞いてくださあい。そのために来ました」


 優にそう言われ、壺丘はまた微笑む。利発で、そして根はいい子だ。そんな子を怒らせ、悪事に手を染めさせた自分こそ、本当の悪ではないかと、ふとそんなことまで考えてしまう。


「君は殺人倶楽部を創る事を望んだにしても、結局誰も殺さなかった。それは社会と法に対する皮肉のためだけか?」

「いいえ……。この間も言いましたけど、父の件は……いつでも殺せると思ったら、それでもう、どうでもよくなりました。あと、私にいろいろ気をかけてくれた人が、私にこう言いました。『お前はできるかぎり手を汚さないでくれ。我慢してくれ。お前の言いたいことは全てわかる。気持ちもわかる。でもこれは俺のわがままだ』って。だから私は我慢していましたが、実際に殺人倶楽部ができて、我慢する必要も無くなった瞬間に、私の殺意は薄れました。他の人達が殺したい人を殺している様を見て、法の束縛から解放されて自由を手に入れて、それで私は満足してしまいました。逆恨みだということも理屈でわかっていましたし。でも……」


 一気にまくしたててから、そこで言葉を切り、少し暗い面持ちになる優。


「でも別の殺したい人達には、今もまだ殺意がたっぷりなんですよ」

「どんな連中だ? この前は秘密だと言っていたが、それは私に聞かせたら不味いからか? それとも単純に口にするのが恥ずかしい話か?」

「あの場にいる人の中に、教えたくなかった人がいただけです」


 岸夫のいる前では語りたくなかった話だ。


 それから優は、犬飼の小説を叩いていた者達の話をした。犬飼の名と、自分と犬飼との関係も全て喋った。話しても、犬飼に迷惑はかけないと踏んで。

 ただし、犬飼に促されて、犬飼と一緒に雪岡研究所を訪れ、純子に殺人倶楽部設立の話をしたことは話さないでおく。


「正義を掲げて、弾圧を行う者達への憎しみか。難しい問題だな」


 腕組みして唸る壺丘。しかしこちらの動機の方がよほど、壺丘には理解できる。優の父親が狂ったことに対しての、不特定多数に向けられた殺意とやらは、どうにも理解しがたかった。


「難しくありません。例え彼等の言い分が正しくても――何を基準として正しいと断ずるかはわかりませんが、それで弾圧される方はとても嫌な気分です。殺意を催すほど嫌な気分です。それなのに殺してはいけないというのはおかしいです」

「そこで殺したいなんて考えるまで飛ぶのもおかしい。とはいえ、正義の旗を掲げて他者へ攻撃する行為への怒りは、私にもわかるが……」


 正直壺丘も、そういった連中が死んだところで、ざまあみろとしか思わない。しかし自分の手で殺すとなると、話は別だ。


「壺丘さんだって、殺人倶楽部などという悪の実在が許せなくて、立ち向かったのでしょう。私も同じです。社会正義の旗を掲げて、自分の気に入らないものを弾圧する人達が許せないから、殺人倶楽部を現実に作るという願望をぶつけ、実現してもらいました」

「見当違いだろう。その憎い連中を直接殺すのならまだわかるが、殺人倶楽部を実現させるという形で、意趣返しを行うとは……。それでは殺人倶楽部に殺された者達は、ただのとばっちりだろう」

「はい、その通りです。とばっちりですね。でも、私が最大の仕返しとして選択したのは、殺人倶楽部そのものを作ることでした」

「そこが一番おかしい所だ……しかしまあ、どちらかというと、君の父親を狂わせた者への怒りより、今日聞いた、殺人倶楽部の小説を叩いた者への怒りの方が、君が現実に殺人倶楽部を望んだ事への、引き金になったように聞こえるね」

「いろいろな気持ちが混ざっていますが、多分それであってます」


 優の中で、いろんなものが積み重なったあげく、集約された先が、殺人倶楽部を創りたいという願望だったことは、話を聞いて、壺丘にも理解できた


(殺人倶楽部という架空のものに、縋っていたのだろうな。そしてその妄想を実現することができる力を持つ者と、彼女は巡りあってしまった)


 壺丘は押し黙り、考え込んだ。壺丘が考えているのを見て、優も黙り、壺丘の言葉を待つ。

 壺丘にも優の気持ちはわかる。しかし認めることはやはりできない。どう上手いこと説明するか。どう上手いこと説得するか。それを考えていた。


 やがて壺丘は口を開く。


「私は基本的に社会派の考え方だし、いい歳こいて青臭い正義感を振りかざすような男だが、君が社会そのものを激しく敵視するようになったのは、今の話を聞いてわかったよ。しかし……社会という不特定多数のくくりだけで見るのはやめてほしい。社会を形成しているのは数多くの人間だ。君にも親しい友人がいて、その友人には家族がいて、その家族にはまた友人や恋人が――という具合に、人と人が繋がっている。彼等が安心して暮らせるために、社会はある。その社会が牙を剥いて、君を傷つけたという受けとり方は、心からやめてほしいと願うよ。君を傷つけた者だけを憎むならまだわかるが、社会というくくりで憎んではいけない。それは見境が無いテロリストのような発想だ」


 自分を貶めた者に向かって、壺丘は真摯な口調と眼差しで訴える。


「そうですね……。もうテロリストのようなことはしてしまいました。殺人倶楽部を創ることを望みましたから」

「今後はもうやめてくれ。君がまたその気になったらと考えると、恐ろしくてかなわない」


 この少女にはそれをできる力が有ると、壺丘は見なす。


「約束は……できません。でも、私も正直な気持ちを言えば、一回やれば沢山だという想いです。犬飼さんの小説をバッシングした人達は、未だ許せませんけど」

「そうか。できれば殺人倶楽部も抜けてほしいな」


 壺丘が安堵の笑みをこぼす。


「もう殺人倶楽部は無くなりましたよ」


 優のその言葉に、壺丘の笑みが消える。

 それから優は、殺人倶楽部の会員のその後の扱いも、全て壺丘の前で暴露した。


「国を護るために、国を脅かして国民の命を奪いつつ、兵士の選別を行ったわけか。そして私もホルマリン漬け大統領も、その手助けをしただけに過ぎないと……」


 真相を聞き、脱力してがっくりとうなだれる壺丘。


「私が何もしなければ、私は今こんな所にいなかったというわけか……そして私の努力も全て空回り。私は掌で踊らされていただけか」

「壺丘さん、私のお願いを――気持ちを聞いてください」


 完全に打ちひしがれている壺丘に、優はこれまで以上に真剣な面持ちで告げた。


「壺丘さんをここから出すことが出来ます。私達と同じ機関の一員となり、私達の御目付け役というポジションについていただくという条件ですが」


 優の言葉を聞いて、壺丘は呆れて笑う。


「私を地獄に突き落としておいて、今度は私を地獄から助けるというのか。それは償いのつもりか? 君の罪悪感を紛らわすためか?」


 皮肉めいた口調で問う。少し声に怒気も混じっている。


「どのように受けとられても仕方ないですし、壺丘さんはプライド高そうですし、悪法でも法には従うべきという考えかもしれませんけど、それも考慮したうえで、どうかお願いします」


 深く頭を垂れる優に、壺丘は若干困惑する。


「アリストテレスの誤訳を鵜呑みにはしていないが、君の提案に従うのは癪で仕方無い」

「ソクラテスですよ……」

「ぶっ……そ、そうだったか?」


 優に訂正され、思わず吹いてしまう壺丘。


「現担当者の朱堂さんも、他に担当できる御目付け役がいれば代わって欲しいと言ってましたし、殺人倶楽部と戦いぬいた壺丘さんなら、人選としては文句無いとも言ってました」


 切実な面持ちで訴える優を見て、壺丘は大きく息を吐く。


(悪魔かと思ったら、そうでもなかったな。こんな風に下手に出られて、私の解放を、他ならぬ私に頼むような娘が、悪魔であるはずもない)


 己のプライドを取ってずっとブタ箱にいるよりは、相手の提案に乗った方がよいに決まっているという計算もあるが、それ以上に、優の真摯な態度に心うたれるものがあった。もし優が上から目線で条件を突きつけてきたら、壺丘はこの先の人生を、刑務所で無為に過ごす道を選んだかもしれない。


(高田ならこの場でどう答えるかな……)


 最近知り合った裏通りの情報屋のことを思い浮かべる。彼も元はマスコミの人間で、今でも裏通り専門のジャーナリストのつもりであると、息巻いていた。


「ここで意地を張った方が格好いいのかもしれないが、私は所詮敗北者だ。そして、牢屋に入れられて無駄に人生を浪費するより、自分にも社会にも有意義な道を進めるよう、君が取り計らってくれたなら……それを無下にしたりはしないよ」


 笑いながら壺丘は、優の提案を受け入れる道を選んだ。心の底から降参した気分だった。今までの悔しさや怒りが全て抜けて、心地好い敗北感に包まれていた。


「ありがとうございます」

「君が礼を言うことなのか? いや、私が言うのもおかしい気もするが」


 優が再び深々と頭を垂れるのを見て、壺丘は晴れやかな笑顔のまま言った。


***


「学業の傍らでこんなことするなんて、中々ハードな日々だ」


 射撃訓練場で、射撃訓練や射撃回避訓練を受けている者達を横目に、鋭一は椅子に腰を下ろしてぼやく。

 今、この訓練場にいる者は全て、元殺人倶楽部会員だ。卓磨、竜二郎、冴子もいるし、他のグループの者や個人もいる。


 政府の秘密機関の所属が決まってから、様々な訓練やら勉強やらを行う日々が始まった。


「戦闘訓練は楽しいけど、まさかお勉強までいろいろさせられるとは思わなかったわ……。そっちが凄く辛い。学校の勉強もする一方で……」


 鋭一の隣に座って汗を拭きながら、冴子が言う。


「給料も出るし、バイトしなくて済むようになったのは、よかったんじゃないですかー?」


 射撃を終えて休憩に入った竜二郎が、鋭一に声をかける。


「バイトよりずっと時間をとられてしまうのがな。朱堂は無理しなくていいと言っているが、皆に遅れを取りたくもない」

 と、鋭一。


「皆そう思ってるんじゃないか。俺達のグループだけじゃなく、ここにいる全員」


 卓磨が射撃場を見渡して言ったその時、射撃場入り口に、見覚えのある少年が現れたのを目にする。


「え? 岸夫っ!?」


 驚きの声をあげる卓磨に、他の三人も入り口の方を見ると、こちらを向きながらはにかみ、歩いてくる岸夫の姿があった。少し遅れて、優も射撃場に入ってくる。


「岸夫って消えたっていうか、優の父さんに心に戻ったんじゃなかったの?」

 冴子が問う。


「いや、そのつもりだったけど、どうせ暇な時間の方が多いし、優さんのことも心配だし、そもそも俺の心が暁光次から出し入れ自由だから、空いてる時はまた純子さんに肉人形借りて、こっちで活動することにしたよ。改めてよろしく」


 恥ずかしげに言うと、岸夫はぺこりと頭を下げた。


「むー……世間的には自殺したことになっているのに……」

 卓磨が唸る。


「どうせ誰も覚えちゃいないでしょー。テレビのニュースでちょろっと出た顔なんて。仮にバレても、よく似た別人て言えばいいことですし」


 笑いながら言う竜二郎。


 卓磨が携帯電話を取り出し、ディスプレイを投影する。正義からメッセージが入ったのだ。


『俺とライスズメさんは、ルシフェリン・ダストに入る事にした。裏通りとも、日本の国家機関とも相対する組織だ。壺丘さんはそっちに行くそうだし、敵になるんだろうけど、よろしく言っておいてくれ。じゃあ、縁があったらまたな』


 最後に書かれていた言葉を見て、卓磨は少し寂しく思う。今後も敵同士という間柄になりそうだから、距離を開けようと、正義は遠まわしに告げていたのだ。


「優は訓練しないのか? まあ、銃はお前のキャラには似合わないけど」


 岸夫は一応訓練用の銃を持参していたのに対し、優は銃を持っていないのを見て、鋭一が尋ねた。


「雪岡研究所で真君に習っていまぁす。あと、絶好町に中国拳法の教室できたので、そこで中国拳法と気孔を習い始めましたぁ」


 蟷螂拳の構えを取る優。銃よりさらに、優には似合わないと思う一同であった。


***


 それは一体何ヶ月ぶりのことであろうか。ホルマリン漬け大統領大幹部が全員一箇所に集結するなど滅多に無い事だ

 しかし何ヶ月ぶりどころか、これより、何年ぶりかの一大事が起こることを、最古参大幹部にしてリーダー格の笹熊は知っている。それをまだ大幹部達には明かしていない。これから明かす所だ。


「我々ホルマリン漬け大統領は、組織一丸となって雪岡純子と戦おうと思う」


 笹熊の言葉に、円卓に向かって座った、仮面を被った大幹部達がどよめく。


「勝てるのか……? 今まで散々敗北していたろう」

「表面上は対立、裏では繋がるという付き合い方でよかったのに、あの道化が余計なことをしてからというもの、我々と雪岡純子との関係は急速に悪くなっていった」

「私はそれで良かったと思うがね」

「いいものか。それに加え、殺人倶楽部との抗争だ。どれだけ我々の組織に損失があったと思う」


 たちまち大幹部達が言い合いを始める。雪岡純子を激しく敵視する者もいれば、協調路線を取る者もいるし、中立の立場という者もいる。


「彼女と手を取り合おうとする者は、考えを改めてもらいたい。最早あれは完全に我等の敵だ。全力で戦争を仕掛け、潰すべきだ」


 笹熊がきっぱりと断言する。


「勝てるという根拠――いや、保証が無ければ、雪岡との戦いなど、すべきではないでしょう」


 笹熊と同じくらい古参の幹部が主張する。


「勝てるという確信があるわけではないが、こちらも強力なジョーカーがあるからな」

「何です、それは?」


 自信ありげに言い放つ笹熊に、古参幹部が問う。


「ボスが戻ってきた」


 笹熊の一言にざわめく仮面の大幹部達。長らくホルマリン漬け大統領を離れて運営もほったらかしにしていたボス。大幹部の中には、ボスと会った事が無い者も何名かいる。あるいは会ったとしても、数回程度の者も。


「本当か!? 本当にボスが……」

「確かにボスさえ戻れば、相手が雪岡純子であろうと勝てなくもない」

「いやいや、ボスがいれば勝てるだろう!」

「オラ、ワクワクしてきたぞ」

「ボスってそんなに凄い人なのか……」


 大幹部達の中には、ボスのことをよく知らない者も多い。全く面識の無い者さえいる。しかしボスをよく知る者はテンションが上がり、期待に胸を膨らませていた。

 ざわめきを鎮まらせたのは、会議室の扉が開く音と、現れた人物によってだった。


「相変わらずお面舞踏会してるのか。ダサいなあ」


 円卓を囲む仮面の大幹部達を見て、げんなりした口調で犬飼は言った。数年ぶりに姿を現したボスの第一声がそれであり、会議室に沈黙が流れる。


「発案したのはボスですが……」

「えええっ!? そうだっけ!? 嫌だなあ、いきなりブーメランが突き刺さっちまった」


 笹熊の突っ込みに、犬飼は驚き、おどけた声をあげてみせる。


 初めてホルマリン漬け大統領のボスと御目にかかる大幹部は、猫背で、威厳など欠片も無く、飄々とした感じの犬飼を見て、呆気にとられていた。


「で、何だって? 雪岡純子と戦いたいけど心細いから、俺なんかの力を貸せって話だっけ?」


 円卓の上に腰を下ろし、犬飼はダルそうに確認する。


「はい。大幹部の意見も統合されているわけではないですが、雪岡純子との協調路線反対派からすると、いい加減腹に据えかねました」

「意思を統合してからにした方がいいんじゃないか? やりたくない奴を無理矢理戦わせてもしゃーない。あるいは反対派は最初から、戦いから除外した方がいい。そんなのを無理に戦わせても足手まといになるか、下手すりゃ裏切りかねないぞー」


 息巻く笹熊に、犬飼はどうでもよさそうに言う。ボスの命令ということで、反対者にも方針を固めてくれるとばかり思っていた笹熊は、冷水を浴びせられた気分になる。


「俺の言ってることおかしいか? おかしかったら言ってくれ」

「いいえ……仰るとおりです」


 犬飼の言葉こそ正論だと認める笹熊。


「ちょっとすまん。お花摘み」


 円卓から降り、犬飼はそう断りを入れ、会議室を出ていった。


「あの笹熊さんが緊張して接してるし、結構凄い人なのかも……」

「古参大幹部は皆心酔しているようだしなあ。警察にも手を出せないこんな大組織を短期間で作った人だし、凄い人なのは間違いない」


 比較的日の浅い大幹部同士が、ひそひそと囁きあう。


 その時、笹熊の携帯電話が鳴った。


『あーあー、ちと言い忘れてたことある。大事なことだから、ボリューム上げて、そこにいる大幹部ら全員に聞こえるようにしてな?』

「はい」


 犬飼に電話で言われた通り、笹熊は電話のボリュームを上げる。


『あのさあ、知ってる奴も多いと思うけど、俺って気まぐれだし、悪戯が大好きなんだなー。で、ちょっと今も悪戯してたんだけど、その様子じゃ誰も気付いてないみたいだなー』


 おどけた口調で犬飼が喋る。


『どんな悪戯かっていうと、お前らのいるその会議室に、爆弾仕掛けておいたんだわ。時限爆弾でな。えーっと……爆発まで、あと三秒』


 会議室にいた大幹部達は、数秒間の恐怖と衝撃と驚愕と硬直の後、爆破音と共にその意識を吹き飛ばされた。


「あーあ、逃げろって言おうとしたのに、トロいんだから。あれ? この場合トロいのは俺の方か?」


 後ろから爆破音が響くのを耳にした後、犬飼は声に出して独りごちる。


(やっぱり駄目だなあ。人殺しは好かん。例え相手があんな屑共でも。ま、人を殺したことも無いような奴が、人殺しを題材とした小説を書くのは、もっと駄目だけどな)


 ポケットに手を入れ、ホルマリン漬け大統領の施設の廊下を歩きながら、犬飼は思う。


「純子と戦うにしてもさあ、足手まといにしかならない奴と一緒に戦うなんて御免だわー。昔からよく言うだろ? 無能な味方は、有能な敵よりずっと面倒臭いってな」


 そこまで呟いたところで犬飼は、栗色の長く柔らかなゆるふわ髪と、ぱっちりした目が魅力的な、あの愛らしい少女のことを思い出す。

 父親が狂っているのをいいことに、その娘の面倒を見る傍ら、師匠面と保護者面して、成長過程で自分好みのカラーに染め上げるのは、実に楽しかった。元々の頭の良さと、腐れた環境のおかげで、理想を大きく上回る形で育ってくれた。


「仮に純子と遊ぶなら、あいつと組むかな。あー、でもなあ、あいつを危険な目には合わせたくないから、悩ましい所だけど」


 気遣いしつつも、楽しそうにニヤニヤと笑いながら、未来のヴィジョンを思い浮かべて呟く犬飼であった。


第二十六章 殺人倶楽部を潰して遊ぼう 終

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