第二十六章 26

 真と純子もその場にいたので、ネットを開いて、事態を確認する。


「雪岡……」


 真が純子を見る。これもお前の仕組んだことかという問いかけのニュアンスで、名を呼び、顔を向けた真であったが、純子は真顔で小さくかぶりを振った。


(黒斗君に頼んで、ホルマリン漬け大統領に会員名簿を流すよう、仕向けはしたけれど、壺丘さん達にまで流れていた……? しかも殺人倶楽部の活動記録まで漏れるとはねえ。いや、黒斗君の仕業ではないと思うけどさー)


 この状況が如何なるからくりによって発生したか、純子にはおおよその構図が理解できた。


「どういうことか説明しろよ」


 真が促す。真の目からは、純子が大体あたりをつけているように見えた。


「多分、警察内に殺人倶楽部に反感を抱く人達がいて、それらが結束して、情報を流したと思う」

「何で警察……?」


 岸夫が問う。


「殺人倶楽部の存続には、警察の協力が必須だもん。警察に捕まらないようにするためには、警察が殺人倶楽部の情報を管理しないといけないの。殺人倶楽部の会員を捕まえないよう――会員が捕まえられてもすぐに釈放を指示するようにね。そして殺人倶楽部の犯罪を効率良く揉み消すためにもね」


 部外者であるホルマリン漬け大統領に雇われた始末屋や殺し屋も、同じ場所にいるというのに、こんな話をしていいのだろうかと、純子を見ながら啞然とする者が何名かいた。


「岸夫君、今まで殺人倶楽部の活動を保証していたのも警察で、個人の殺人における承認のお伺いをとっている相手も、その後始末をしてくれるのも、全て警察であると、殺人倶楽部のガイダンスにも書いてありましたよー。でもその警察が裏切ったら、僕達はもう致命的じゃないですかねー」


 皮肉っぽい口調で言う竜二郎の言葉を聞いて、殺人倶楽部の面々も始末屋達もどよめく。


「警察内部に反乱分子が生じることも、予測しなかったわけじゃないし、その可能性も向こうには伝えておいたけど……あちらさんが油断して見逃したってことかなあ。いくら私でも、警察の中までチェックできるわけもないしねえ……」


 純子が思案顔で言う。


「こうなったらあまり重要なことじゃないですけど、警察以外が情報を流出した可能性はありますかねー?」


 竜二郎の質問に、純子はかぶりを振った。


「ほぼ有り得ないと思うー。もちろん警察機関以外でも殺人倶楽部の存在を知っている人は、それなりにいるけど、それらの人は細部の情報まで把握しているわけじゃないもん。最も把握しているのは警察だよ。それにこの情報の流出は、個人では難しいんじゃないかなあ。何人かが協力しあっていると私は見てるんだ。で、警察以外で殺人倶楽部の存在を知っているのは、個人単位の人が多そうだからね。そうなると、警察内部からの流出以外有り得ないと、私は見たよ」

「しかし気に入らないやり方だな。壺丘はこんなことする奴だったのか……」


 純子がヴァンダムにテレビで晒されたことを思い出し、気分が悪くなる真。


「これからどうするの? 家族まで晒してくるなんて……」

「多分これだけで済まないと思うよー。これだけじゃ陰湿な嫌がらせに過ぎないしさ」


 不安げに尋ねる会員の一人に、ますます不安を煽るようなことを口にする純子。


「ま、向こうのやり口も、次にしてくることも大体幾つかパターン予測できたし、今は少し様子見しておこう」


 会員達が動揺している一方で、純子はあまり緊張感が無い。しかし純子の余裕ある態度を見て、ほっとしている者も何人かいた。


(このリスト……これまでの殺人倶楽部の殺人の全てが載っているわけじゃないねえ。依頼殺人のリストは載ってなくて、フリー殺人の活動記録だけが載ってた。つまり、依頼殺人の管理担当者達――黒斗君や梅津さんは、情報を漏らしていないってわけか)


 殺人倶楽部会員暴露のまとめサイトに晒されている名前を見て、純子は考え、この事は殺人倶楽部会員には黙っておくことにする。ここが狙い目かもしれないと。そして、会員の中にも裏切り者がいる可能性もある。


(ま、私が口を閉ざしていても、すぐに気がつくだろうけどねー。依頼殺人しか晒されていない事が、何を意味しているのかを)


 その事実に気がつきそうな会員も、大体目星がついている純子であった。


***


 壺丘は殺人倶楽部の会員名簿と、彼等のこれまでの活動記録を部分的に入手していた。


「警察関係者のツテを徹底的に洗ってみた。そして警察内部の者で、殺人倶楽部に反感を抱き、独自に情報を集めていた者達と接触する事が出来た」


 殺人倶楽部とホルマリン漬け大統領のデスゲームが終わった翌日、自宅アパートにて、ライスズメと正義を前にして壺丘が告げる。


「ひどいじゃないか、相手の家族まで晒し者にしてっ! やり方が汚すぎるっ! そのうえライスズメや卓磨達まで巻き添えで……!」


 憤慨して噛み付く正義であったが、壺丘は表情を変えない。


「ライスズメにはちゃんと許可を取ってある。卓磨は気の毒だが、一緒に晒しておかないと裏切り者扱いされて、彼等の仲間達からスパイ扱いされて、危険が及ぶ可能性がある。我慢してもらうしかないな」

「こんなやり方、絶対納得できない。あいつらと同じだ。手段を選ばずに、勝ちさえすればそれでいいのか? あんたはそんな人間だったのか?」


 青臭い正義感を剥きだしにする正義を見て、壺丘は何も感じないわけではない。昔の自分を思い起こし、多少なりと、疼く部分はある。


「そんな人間ですまなかったな。しかしな、敵は強大なんだ。手段にこだわってはいられない。どんなに汚い手だろうと使う。手段を選んで敗北したのでは意味が無い。殺人倶楽部はこの後も続き、人が殺され続ける」


 淡々と語る壺丘に、正義は言い返す言葉が見当たらず、無言で、そして荒々しい足取りで、アパートを出て行った。


「で、これからどうする?」

 腕組みしたポーズで、ライスズメが尋ねる。


「奴等がホルマリン漬け大統領に気をとられていたうちに、いろいろと手を回しておいたさ。今度は週刊誌に載る程度では済まない。まあ、こちらは打つ手は打ったので、後は結果待ち、そして向こうの出方待ちだな」


 そう言って壺丘は煙草を取り出し、火をつけた。


***


 ドラム缶蹴りの翌日、優達もアジトのマンションに集結していた。


「ホルマリン漬け大統領の脅威は多分無くなりましたから、もう家に帰ってもいいんですよー」


 重い空気で沈黙している一同に、竜二郎が声をかける。


「これさ、あの壺丘とか言う奴の仕業なんだよね……?」


 冴子が暗い面持ちで口を開く。自分と自分の家族の名も晒されていたうえに、それを家族に見られていたので、久々に自宅に帰ってから、家族とかなり揉めて、気疲れしている。


「他にいませんし、真君もはっきりとその名前出してましたよう。壺丘さんに失望していた感がありましけど」

 優が言う。


「おい、これ見ろ……」


 呻き声と共にディスプレイを拡大し、反転させる卓磨。

 そこには『殺人倶楽部被害者の会』という名のサイトが映っていた。そんなものまで作られている事に、一同は驚く。


「殺人倶楽部に殺された者の遺族を集めているのですか。しかも被害者の名前のリストの欄の横に、被害者の遺族の名と、殺した会員の名前と、会員の家族と住所まで書いてありますね」


 顎に手をあてて、にやにや笑いながら楽しそうに報告する竜二郎。


「お、ここにも私の名が載ってるわ。こりゃひどい……。でもこっちにも優は無いね」


 冴子が顔をしかめる。


「今気がつきましたが、どうもこれ、依頼殺人は一切載っていませんね。警察から漏れたリストに、依頼殺人は含まれていないみたいです。全てフリー殺人だけです」


 竜二郎が指摘する。彼が――純子が口にはせずにおいた事実に気がついた、第一号となった。


「あ、本当ですねぇ。正当防衛とか誰かを助けるためととか、やむにやまれぬ事情の殺人も載ってないみたいですよう。私の名前、確かにありませんし」


 それ以外での殺人は一切していない優である。


「このこと、純子さんは気付かなかったんでしょうかあ。それとも気付いていて黙っていたのでしょうかねえ」

「気付いていたが黙っていたんだろう。殺人倶楽部会員内にも、裏切り者がいると読んでな」


 優の言葉に対し、鋭一がそう返す。


「ちょっと純子さんに話を聞いてみましょう。電話かけますねえ」


 純子と電話して、依頼殺人のリストが無いことを伝える優。


『私も気付いてたよー。あえて黙っておいたけどねー』

「黙っていたのは、裏切り者がいる可能性と、依頼殺人リストが流れていない事が重要な鍵となるからと、そう考えたからですよねえ?」

『まあねえ』


 優の指摘に、純子は電話の向こうで満足そうに微笑んでいた。


「何で依頼殺人リストが流れていない事が重要な鍵になるかわかる? あー、はいはい。俺はテストの結果がいいだけで頭悪いからわからないよ」

「いちいちそんなこと自分から言わなくてもいい。俺にもわからん」


 質問と同時に自虐的な台詞を口にする卓磨に、鋭一は不機嫌そうな顔で竜二郎を見やる。竜二郎も肩をすくめて手を広げ、わからないとジェスチャーしてみせた。


「つまりぃ、警察は殺人倶楽部の管理をしているけど、管理している人達は警察内で分かれているんじゃないかと、そう考えたんですよう。殺人倶楽部の存在が許せないと考えて情報を流すのでしたら、依頼殺人のことだって当然流すはずです。依頼殺人を流せない事情があったんじゃないかと――いや、依頼殺人のことを知らないか、別の人が管理していて掴めなかったからこそ、月単位で気定数の定められた、個人によるフリー殺人のリストだけを流したと、そう考えたんです」


 疑問に思う鋭一や卓磨達を意識して、優が自分の考えを述べる。


「何故それが重要な鍵になるのかというと、依頼殺人の管理をしていた人達は、殺人倶楽部を――純子さんを裏切らなかったからです。その警察の人達は、私達の味方となってくれるかもしれませんし、情報を流した人達が誰であるか、突きとめて教えてくれるかもしれません」

「もう後の祭りなのに、そんな連中を知ることに何の意味があるんだ?」

『凄くあるよ。いやー、驚いたねえ。優ちゃん、私が狙い目にしていた所と、全く同じ所を突いてきたねえ。読みも一緒だし』


 鋭一の声を聞いて答えた後、純子が感心と驚嘆が入り交ざった声で言った。


「犬飼さんならこう考えて、ここを突いてくるだろうなーと考えましたぁ」

『なるほど~。でも優ちゃん、そこを攻略の糸口としてきたからには、この先、物凄く残酷な事するけど、それは平気ぃ? 私がやってもいいんだよぉ? むしろオーナーとして、裏方として、そこは私がやるべき部分だしさあ』

「いいえ、私にやらせてください。私は自分だけ手を汚さずいい子ちゃんでいるというのが、一番嫌いですから。それに……殺人倶楽部を貶められて、引き下がれません」


 優の申し出に、純子は再び電話の向こうで満足げな笑みをひろげていた。


(気のせいかな……。いや、気のせいじゃない)

(優さん、怒ってる?)


 冴子と岸夫だけが気がついた。優の語気に、ほんのわずか、ほんの一瞬だが、怒気を孕んだ響きがあったことに。


『わかったよー。警察にいる私の直接の知り合いに、私から話を通して、優ちゃん達と会うよう話してみるよ。その人達経由で、依頼殺人の担当者を探してもらう。私も管理者が誰かまでは知らないからねえ』


 純子は嘘をついていた。いや、真実を告げていなかった。依頼殺人の管理者が誰であるか、純子は知っているが、知らない振りをしておいた。殺人倶楽部の面々に、あまり警察とベタベタの仲だと、知られたくないと計算して。


 純子が電話を切った後、優は立ち上がり、五人を見渡す。


「皆も、協力してください。殺人倶楽部の名誉のために、いえ……名誉なんてありませんね。誇りのために、戦いましょう」


 優が、いつもの間延びした喋りではなく、はっきりとした喋り方でもって訴える。


「何をするつもりなのか全くわからないけど、拒まれても一緒に戦うさ」


 卓磨が爽やかな笑みを見せ、力強い声で言う。


「うわ、卓磨のくせに格好いいじゃない」

「また俺のことそんな風に……どうせ俺は……」


 冴子の言葉に、うなだれる卓磨。


「具体的にどうすればいい?」

 鋭一が尋ねる。


「私が壺丘さんの名をネット上に晒した時、私の言う通りに、匿名掲示板やSNSで、壺丘さんを叩いて炎上させてください。世論誘導をお願いします」

「それ結構大変ですよ。端末IP変えつつ、自作自演繰り返すわけですから」

「はい、頑張ってくださぁい。お願いしまぁす」


 優の注文に対して竜二郎が苦笑したが、優は間延びした喋りに戻り、繰り返し注文するだけだった。

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