第二十六章 27

 夜。雪岡研究所リビングルーム。


 夕食を終えた純子、真、みどり、累の四名がくつろいでいると、夜のワイドショーが始まり、そこに聞き覚えのある名前とテロップが出た。


『週刊誌やインターネット上で取り沙汰され、亡くなられた俱眠評太蓮(ぐみんひょうたれん)元都知事が口にした、殺人倶楽部! この組織に入った一部の特権階級の者は、人を殺して遊ぶことができるという恐るべき噂である! 果たして噂は真実なのか!? 今宵、その真相に迫る!』


 テレビなど視ていなかった者も皆、自然とテレビに視線が集中する。


『この集団の犯罪が明るみにでなかったその最大の理由は、警察が協力しているからであるという。権力者達が警察に圧力をかけたうえで、人の命を弄んでいるのだ。様々な贅を極めた彼等は最早、庶民の命を弄ぶという悪魔的行為に及んだ!』


「とうとう……テレビのワイドショーでも報道ですか」

 累が呟く。


「こいつを皮切りにして、ガンガン報道されていきそうだよねえ。そんで叩かれまくり、と」


 おかしそうに言って、みどりが純子の方を見て歯を見せて笑う。


『現在インターネット上では、この殺人倶楽部に所属すると思われる者達の名前も、晒されていうるという。果たしてそれは本当なのであろうか』


「晒されている事実は暴露しつつ、その名前は流石にテレビでは言わないか」

「ウラが取れているわけじゃないからねえ」


 真と純子が言った。


 番組は『殺人倶楽部被害者の会』にも触れていた。しかも『被害者の会と会員』のテロップを出して、顔を隠してインタビューする場面まで流された。

 その後は、司会とコメンテーター達のやりとりに移行する。


『こんなことが現実にあるなんて、信じられませんよ。正に事実は小説より奇なり』

『いやあ、漫画読んでいるみたいですねえ。私も信じ難い。しかし裏通りというものがある限り、こういう事も起こる可能性はあったんですね』

『俱眠評太蓮(ぐみんひょうたれん)都知事が会見の際、御子息を殺害したのは殺人倶楽部であると暴露したのが発端でしたが、俱眠評知事はこの後自殺しています。これは本当に自殺なのかと、ネットでも疑われていますよ。自殺に見せかけられて、殺されたのではないかと』

『知事でさえ殺されてしまうほどの強大な権力ですか? まるで大統領さえ殺される、どこかの物騒な国のようですね』

『断じて許せません。一部の特権階級にいる者が遊びとして、罪の無い一般市民の命を奪っている。こんな悪を見過ごしていいわけがありません』

『しかも市民を守るはずの警察までもが言いなりになって、殺人倶楽部を保護しているとは』


 もっとも面した司会やコメンテーター達が、口々に煽る。


「特権階級とか言われると、金持ちや権力者が命弄んでいるような、そんなイメージに聞こえるな。それはホルマリン漬け大統領のことだろう。奴等はずっと野放しにされているのに」


 呆れ気味に言う真。


「実際には殺人倶楽部の会員て庶民の方が多いんだよね? 日頃から庶民を相手に夢や快楽や力を提供するのが、純姉のいい所だよねえ~」

「えへへ、それほどでも」


 みどりが褒め、純子が照れくさそうに笑って頬をかく。


「その代償が命であったりするけど、それでもホルマリン漬け大統領に比べれば随分マシだと、僕は思うな」

「おおおお、真君に面と向かって褒められちゃうなんて。ああ、もう私こういうのに弱いのにー。照れちゃうー」

「褒めた気は全く無いぞ」


 みどりに褒められた時よりオーバーに喜ぶ純子であったが、真に冷たい一言をぶつけられ、しょげかえる。


「ネットの反応も見てみようぜィ」


 みどりが楽しそうにホログラフィー・ディスプレイを開いた。


『週刊誌に名が出た時は、ただの都市伝説までネタにするとか、この雑誌も落ちぶれたなーと思ったけど、テレビでも堂々と報道されるとはねえ』

『俺、裏通り関連のサイトも見られる立場のモンだけど、裏通りではずっと前から、殺人倶楽部の存在はあるものとして受け止められてたよ』

『知事が暴露していた時にはスルーしてたのに、今回は何で報道されまくってるのやら』

『市民を守る警察が、市民を殺すのに協力するとか、マジだったら笑えるw』

『テレビを真に受けるのもどうかと思うけどなあ』

『テレビ視てない自慢する奴~w』

『文盲乙』

『しかし被害者の会まで作られているし』

『警察を操れるほどの権力者が、どうしてテレビは抑えられないの? そこからしておかしい』

『雪岡純子の件もあるし、報道規制を完璧に行うってのは、無理ってことじゃないですかねえ』


 真と累はそのままテレビを視ていたが、純子とみどりはネットの方を閲覧していた。


「純姉、いつもみたくネットで自作自演して対抗しなくていいのォ~?」

「今回は優ちゃんに全部任すよー。要請される前に私が何かすると、邪魔になるかもしれないし。元々壺丘さんは、私が殺人倶楽部の敵にするために用意した人材だしね」


 煽るみどりに、純子は穏やかに微笑みながら告げた。


「ルシフェリン・ダストの件を思い出すな」

 と、真。


「声高に正義を掲げる人達は信用できません。ルシフェリン・ダストにせよ、今回の殺人倶楽部アンチにせよ……」


 累が不愉快そうな面持ちで言う。実際殺人倶楽部が悪なのはわかりきっているが、マスコミはその悪を利用して商売しているのだし、庶民達もそれを話のネタにして楽しんでいるとしか、累には受けとれない。


「その手の人種ってのは、やることが大体パターン通りだよ。美辞麗句を囀り、正義だの大義だのを掲げ、民を煽って数字として動かす。私は人類の歴史と共に、何度も見てきたし」


 純子が言うものの、この件の首謀者である壺丘三平という男は、そういったタイプとは一味違うと見ている。しかし壺丘が一味違っても、その他の煽る連中のパターンは一緒だ。


「作り上げるパターンとして成立しているからこそ、崩れるパターン――崩されるパターンまで、大体一緒で決まりきっている。弱点は無数にあるしね。自分達がパターンであるということに、気がつかないのも弱点。崩される方法に気がつかないのも弱点。弱点が有る事を認めないのもまた弱点。過去に失敗例はいっぱいあるのに、全く学習しないどころか、目を通そうとしないのも弱点。さて……優ちゃん達はそこに気がつくかなー」


 楽しそうに語る純子であったが、真はこの敵を過小評価する気にはならない。恨みを原動力とし、正義を掲げる者達である。世論を最初から味方につけられるという点では、ルシフェリン・ダストや『海チワワ』など、比較にならないほど強い。誰が見ても被害者と加害者の構図は確立している。どちらが善で、どちらが悪かわかりきっている。


「ペンは剣より汚し。だが壺丘はちゃんと自分の名も出したんだな」


 嫌悪を込めて呟いてから、真はネットの被害者遺族の会の代表者名を見た。


(絶対的多数の善を相手に、信念をもって己の悪を貫くなんてできるのか?)


 純子が余裕風を吹かせているのが、真には理解できなかった。世間にここまで知られて、そして絶対悪として扱われて叩かれ、殺人倶楽部の運命は、最早風前の灯のように思えるからだ。

 こうなってなお、警察が殺人倶楽部を守るはずがない。権力者達も無視はできないだろう。例え表向きのハリボテであろうと、日本は民主主義国家だ。その地盤を揺るがすことは、この国の本当の支配者達にとって、実に都合が悪い。それは真にもわかる。


(元々殺人倶楽部を終わらせる予定とは言っていたが、それは雪岡の手によってだ。こんな形で誰かに終わらされるのは、絶対に雪岡は認めないだろうし。例え終わらせるつもりだったとしても、それを退けてから終わらせる。こいつはそういう奴だ。しかし……どうするつもりだ?)


 真がそこまで考えた所で、呼び鈴が鳴る。

 訪問者は犬飼だった。応接室ではなく、リビングへと通される。


「夜分にすまんね。んでさー、ちょっとお願いっつーか我侭っつーか我侭の上乗せっていうか、頼みづらい頼みがあるんだが、いいか?」

「どうぞどうぞ」


 電話ではなく、わざわざ訪ねてきたからには、余程お願いしづらいことなのだろうと、全員察する。おそらくは、その場にいるみどりの擁護やみどりの後押しも、期待しているのではないかと。


「殺人倶楽部被害者の件、純子はできるかぎり見守るか、せいぜい支援に徹してくれないか? 解決は……優にやらせたい」


 しかし犬飼の頼みづらいお願いは、純子達四人の想定していたものとは、方向性が根本的に異なるものだった。


「ホルマリン漬け大統領との喧嘩だけじゃあ、消化不良っぽかったからな。こんなふざけた敵が現れたことは、優にとって実にいい機会だ」


「任せられるのか? ある意味ホルマリン漬け大統領よりも、ずっとタチが悪い相手だぞ。暴力で解決できることでもない」


 真が口を挟む。被害者の遺族という、正義と怨恨の集団が敵である。真の目から見て、優達では荷が重いのではないかと感じられる。

 純子も優に任せる気配であったが、これは優ではなく純子が取り組んだ方がいい規模の相手としか、真には思えない。


「わかってるさ。だからこそなんだよ。厄介な相手だからこそいい。不安はあるけどな。優がそいつらと戦う様を、光次さんに間近で見せつけてやりたいのさ。多少はあの人に、良い影響があるかもしれないと思ってな」

「犬飼さんに言われるまでもなく、優ちゃんは自分から私に名乗り出たよー。自分達で解決するってね」


 純子のその言葉に、犬飼は口をポカンと開けて驚き、その後、声をあげて笑いだした。


「犬飼さん、みどり以外の女の子にもそんなに愛を注ぐなんて、ちくしょ~、嫉妬するゥゥゥ」

「丁度カンドービルの側に来てたし、みどりの顔も見てやろうと思って、立ち寄ってやったんだがね」


 ふざけて犬飼の足にまとわりつくみどりに、他の三人の視線を気にしつつ、犬飼は言った。

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