第二十六章 7
殺人倶楽部始まって以来の悪夢の一日が終わり、その翌日。
岸夫は気がつくと街中にいた。
何で自分がここにいるか、よくわからない。しかし何か目的があるような気がする。思考が微妙にぼやけている。
昨日、殺人倶楽部への一斉襲撃があった件を思い出す。安楽市のあちこちで先頭が繰り広げられ、多数の会員が命を落としたという話だ。自分達のグループも襲われたが、全て撃退したとのことだ。だが今日もまた襲われる可能性はある。
「そう言えば俺、全然戦ってないな。一応能力は一つもらってきたけど」
「待ちましたあ?」
と、一人で佇んであれこれ考えていた岸夫の前に、私服姿の優が現れる。白いシフォンブラウスに水色のカーディガン、裾に髑髏の柄の入った紺のロングスカートという格好だった。
(滅茶苦茶可愛い……。元が可愛いのに加えて、何か随分と気合い入れてお洒落してきて、さらに可愛さが増してる。でもスカートの柄だけ凄く気になる……こういうのが今の流行なの?)
優に見とれる一方で、優のセンスも疑う岸夫であった。
「では行きましょう」
優が促す。
(行く? どこへ? 何しに? ていうか今、俺等は危険な状況じゃないの? 下手に外出とかすると、危ないような……)
困惑する岸夫。
「襲われるかもしれないよ?」
「私が守るから大丈夫ですよお」
自分の胸をぽんと拳で叩いてみせる優。彼女のキャラに全く合わないジェスチャーだと思いつつも、そのミスマッチさが逆に印象深いと、岸夫は感じた。
「どこ行くの?」
「デートみたいなもんです。いや、デートだと思ってくれて結構です」
「デート……そんな話は聞いてたっけ……。いや、そういう話で俺、ここに来たんだっけ……」
記憶があやふやで、どうして自分がここにいるかもわからないのに、唐突にデートすると言われて、岸夫はますます困惑する。
(何か変な感覚だな。デートってもっとときめいてふわふわした気分になった覚えがあるんだけど、この子には全くそんな気分にならない。……って、俺、いつデートしたっけ? 彼女いたっけ? 確かに他に彼女もいたし、デートもした覚えあるけど……)
優の後をついていきながら、ろくに会話もせず、あれこれと考える岸夫。
ふと、優が足を止める。
「行かなくちゃならない場所が多いですが、徒歩だと一日で回りきれるかどうか不安ですし、疲れそうですねえ」
優のその台詞に、岸夫は小首をかしげる。
「行かなくちゃならないって、何でそんな義務的なの?」
岸夫が疑問をぶつけた。
「今日空いている時間のうちに、予定しているデートコースを全て消化したいからですぅ」
「そっかー……でもさあ、俺、デートするのは嬉しいけど、そんな約束もしてないし、気がついたらここにいたし、俺さ……俺って……一体何なの? 俺は……誰かの夢でも見ているの?」
ふと思いついたことを口に述べる岸夫に、優の表情が綻ぶ。
「どうやら……近づいているようですね」
「んん? もっとわかりやすく言って?」
断片的かつ抽象的な言葉を口にする優に、岸夫が突っこんで尋ねる。
「不安ですかあ? でも心配しなくても大丈夫です。私が保証するから大丈夫でえす」
「あ、はい」
結局何も教えてくれないのかと溜息を漏らすが、特に悪い気分でもないし、不安も無い岸夫であった。
***
優と岸夫が訪れたのは、浅川の河川敷だった。
「久しぶり……」
土手の上から河川敷を見渡し、遠い目で呟く優。
「ここ、見ても何も感じませんかあ?」
「んん? んー……覚えはあるな。昔来たのかも」
優の質問に、岸夫はそう答える。確かに記憶はある。初めて見た光景ではない。しかしはっきりとは思い出せない。
「まだ母さんがいた頃、父さんにバーベキューで連れてきてもらったんです。ほら、あの辺りで……」
指差した直後、優は気が抜けたように口をつぐみ、手を下ろした。
「優さん……どうしたの?」
心配そうに優を覗き込む岸夫。
「大丈夫。次に行きましょう」
「次?」
「次です。次。着いてきてくれますよね?」
「うん……」
岸夫には優に如何なる意図があるのかわからなかったが、優が切実に何かを求めているような気がして、今は疑問を口にせず、彼女に従っておこうと決める。
土手から降りようとした所で、優は気配を感じた。
「その前に、招かざるお客さん登場ですねえ」
殺気を感じ取り、優が土手の右手側へ視線を向ける。
数10メートル離れた先で、四人の男が銃を構えている。続けて何発も銃声が鳴り響くが、銃弾が優や岸夫に当たることはない。
「無理ですよおっ。前方の空間で、銃弾が消える設定にしておきましたからあっ」
口に手をあててメガホン代わりにして、優が襲撃者達に向かって叫ぶ。
「それとおっ、貴方達では多分私は殺せないから、諦めた方がいいですようっ」
「そんなこと言ったからって引き返すわけないじゃん……」
親切に忠告する優に、岸夫が言った。
「でも、このまま撃ち続けていれば、嫌でも思い知ることになります」
さらに何度も銃撃されるが、優達に銃弾が届くことはない。
「優さん、何をやったの?」
「御存知の通り、私の能力は、視認した空間にある任意のものを消すことができまぁす」
「いや、知らなかったけど……」
物を消す場面は何度か見かけたが、能力の説明はこの時点ではっきりと聞いた。
「だから私の視界範囲内に、高速で動くものは消えるという設定で、能力を発動させておけば、私の視界に銃弾が飛んでくれば、自動的に消す防護壁になりまぁす。銃弾の動きは私の動体視力では捉えられませんが、銃弾そのものは私の視界に入っていますから。でもこれが透明人間の攻撃となると、視界に入らないという認識なので防げませんけどね。ようするに動きの速いものとか小さすぎて見えない物は消せますが、スピードや大きさに関係なく認識ができないものは無理ですね」
優の説明で全てを理解したわけではないが、岸夫の脳内では、優はやはり見た物を消滅させる能力の持ち主であり、しかもそれを盾にもできるという、そんなイメージが浮かんだ。
理由はわからないが銃弾は効かないと見てとり、刺客達が近づいてくる。四人共日本人だ。
「デートの邪魔して悪いな。しかし……他人を殺して遊んでいるような奴等が、のうのうとデートとか、虫唾が走るね」
四人のうちの一人が口を開き、至近距離から銃を撃つ。
「やっぱり駄目か……どうなってるんだ」
「雪岡純子の作ったマウスらしいし、銃弾が効かない特殊能力とかあっても不思議じゃないだろ」
「これまで斃した奴も皆超常の能力者とか怪人とかだったしな」
男達が口々に喋る。
「私も岸夫君も、遊び気分で殺したことなんてありません」
優がきっぱりと言い放つ。
「そうか。でもどうでもいい。殺せば金になる。お前らは遊び、俺は仕事で殺す。その程度の違いだ」
一人が言い放ち、ナイフを抜く。
「少し数を減らせますかあ?」
優が岸夫に声をかける。
「銃弾を防ぐためのバリアーという概念で、能力発動を自動継続中なので、今の私にはそれ以外のことができませぇん」
「それならこっちを攻撃してくるものを消滅とかは無理なの?」
「私の消す力は、一つのものしか認識できないんですよねえ。私の能力が作用するのは、個体に直接ではなく、まず空間への作用ですから」
「それなら……って、きた」
喋っている間に男達が一斉に迫ってきたので、岸夫が優の前に立つ。
改造されて得た能力を初披露する岸夫。
「ぶっ」
「ええっ!?」
空気の壁とでも言うべき強烈な突風が吹き、そのまま押し流されていき、やがて後方へと吹き飛ばされる四人。
「俺が守りにまわった方がいい。俺のこの能力、足止めとか防御とかのサポート向きだから」
岸夫の得た能力は、自分の視界範囲内数十メートル内に、瞬間的に強風を吹かせるという極めてシンプルな代物であった。効果範囲は非常に広いし、人の体を吹き飛ばせるくらいの威力があるが、殺傷力そのものは無いし、また、緻密なコントロールもできない。
「サポート向けとはいえ、それ、凄い能力ですねえ」
言いつつ優はバリアーを解き、刺客達が転がる空間を見た。
優が指定した空間範囲に入るのは二人。二人共殺気を感じとったが、反射的にその場から逃げたのは一人。
残り一人は――右腕の肘から先だけを残して、その姿が消えた。文字通り消滅した。手が土手の道路に落ちて、綺麗な切断面から血が流れでる。
襲撃者達が戦慄する。
優が視線を別の二人へと移す。また一人、消滅する。今度は消滅指定された空間領域から体がはみ出ることもなかったので、完全に消滅した。これで残るは二人。
「避けることはできるぞ! 殺気を読み取れ!」
最初に優の攻撃を避けた者が、残ったもう一人に全身に冷や汗を流しつつ叫ぶ。
「それより降参してくださあい。もし岸夫君の能力とあわせて用いたら、避ける事も困難だと思いまあす」
間延びした緊迫感の無い声で降伏勧告する優。
「わ、わかった……」
最初に避けた一人が両手を上げ、その場で膝をつく。
(この人は理解力もあるし、潔いですねえ)
そう思いつつ、もう一人を見る優。もう一人も視線を向けられ、両手を上げた。
「また襲ってこないかな?」
「大丈夫でえす。その時は容赦もしませんしぃ」
言いつつ優は、地面に落ちている腕と地面を汚す血に視線を向け、それらを綺麗さっぱり消した。
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