第二十五章 24

 鋭一の読みは当たっていた。転移のトリガーは敵の攻撃が来ると自動的に行われるが、その前に、予め荒居が事前に心の中で転移先を決めておかないといけない。

 転移先を決めておけば、あとは敵の攻撃が来ても、その場所に自動的に転移して回避する。そして敵の真後ろなどに転移先を心の中で決めておけば、自動的に不意打ちによる攻撃にも繋がる。


 鋭一は最初に蹴りを繰り出すことで、己の推測の確認を兼ねて、荒居の攻撃反応転移を発動させつつ、転移直後を狙って透明のつぶてを発動させた。ロックオンさえしておけば、どこに逃げても降り注ぐつぶてであるが故、相手の姿が見える必要は無い。タイミングさえ合わせればいい。

 透明のつぶてが一度発動すれば、ロックオンは解除されるように、荒居の攻撃反応転移も、一度発動されれば転移の場所指定が解除される。二人の能力は似たようなものだ。純子も意図的にそういう力を付与した。そして鋭一の方が先にその正体に気がついた。


 さらに言うならこの戦い、先に自分の能力の法則性を見抜かれた方が、相手との能力の相性が最悪化するようにもなっている。もし自分が荒井の能力を見抜けず、先に荒居が自分の能力を見抜いたと考えると、鋭一はぞっとする。


(称賛すべきは……先に見抜いた俺ではなく、純子だな。よくこんな組み合わせを考えたもんだ)


 勝機はどちらにも与えられていたのだ。そのうえ手助けしようとしないライスズメの人選さえも、純子の企みのように思えてしまう。


 この透明のつぶては、相手の恐怖をかきたて、追い詰めて少しずつ嬲り殺しにするための能力であると、鋭一は考えている。戦闘でも役に立つが、一発の威力は普通の成人男性の全力パンチ程度なので、よほど打ち所が悪く無い限り、必殺にはなり得ない。連続してダメージを蓄積していく代物だ。

 自分が受けた傷を相手に移す能力も、受けたダメージをお返しするためにも使えるが、鋭一は動けなくなった相手への拷問にもよく用いていた。


(世の中にのさばる悪党共に、地獄を見せるための力だ。今まで人を食い物にしてきた連中に、相応の報いを食らわせてやるという俺のコンセプトに、最も相応しい)


 父親の会社を吸収した企業の役員達も、人の弱みにつけこむ輩達であった。彼等が過剰な財を貪る一方で、貶められて不幸になる者達がいた。彼等は法で裁かれない。放っておけば潰れるような会社を吸収し、無駄な社員を追い出したというだけで、法的には何も悪い事はしていないからだ。

 父親は首を吊った。祖父母が父の気持ちも知らず父を追い詰めたからだ。彼等は法的には裁かれない。罵倒して精神的に追い詰めて自殺に追い込んでも、法律では人殺しにならないからだ。

 しかし鋭一の中ではこれらの者達は絶対的に、全て悪だ。父親は殺された。過剰に利を貪る豚と、過剰に体面を気にする猿に殺された。逆恨みではない。確かにそこに原因はある。確かに死へと導いた者達がいる。


 目の前の男もそうだ。殺人倶楽部を利用して、無差別な殺人を楽しんでいる。法で裁かれることはない。

 世間一般から見れば自分も同じむじなと映るだろうが、鋭一は胸を張って違うと言える。言い切れる。


 きっと父親のような人間は、世の中にいっぱいいる。追い詰められて殺された弱者。そして無自覚の殺人者達もいっぱいいる。父親だけではなく、全ての殺された弱者の無念を背負って、報いるために、贖わせるために、鋭一は殺人倶楽部を利用して、この先も殺し続けるつもりでいる。


「ふざけんな……俺は……俺はこの世界にはびこる、御目出度い善人とか言う奴等を、一人残らずブチ殺すために生まれてきたんだ……。それが、こんな所で死んでたまるかよ……」


 荒居が顔を上げ、ありったけの憎悪をこめて鋭一を睨む。


「ふん、奇遇だな。俺もお前のような、人を踏みしだいて生きる屑共を、殺して殺して殺しまくるために生まれてきたんだ」


 鋭一も冷たい視線を荒居にぶつける。


(こいつは俺と正反対というわけか。そんな二人が双方にとって最悪な形で引かれあい、殺しあっている。全く皮肉な運命だ)


 心の中で天に唾を吐き、鋭一は腕を振る。


 透明のつぶては、荒居に当たらなかった。転移を発動させたわけでもなく、普通に転がってかわした。


 流石に荒居もここにきて、鋭一の動作によって見えない攻撃が繰り出されることを見抜いた。しかしもう遅かった。

 荒居が腰と脚に受けた傷は深い。激しい出血により、意識が保てない。


 立ち上がろうとした荒居が、そのまま前方につんのめって倒れる。そしてそのまま気を失った。


(しまらない終わり方だな)


 もっと苦しめて、報いを食らわせてやりたかった鋭一は、思わず舌打ちする。最早簡単にとどめをさせる。


「ライスリング!」


 鋭一が苦々しく勝利を確信したその時、それまで動こうとしなかったライスズメが叫ぶ。


 人間の頭ほどもある巨大な米の塊が放物線を描き、鋭一へと飛来する。その数三つ。

 反応できない速度ではなかったが、唐突な不意打ちであったがため、鋭一はかなり際どい所でこの攻撃をかわした。


 ライスズメが倒れている荒居に素早く駆け寄り、かがみこむ。


「知ってるか? 米粒はのりの代わりになる」


 そう言ってライスズメは、手に米の塊を出現させると、荒居の腰や脚の傷に押し付ける。すると米が赤く染まったものの、出血そのものは止まった。


(連戦か……。荒居との戦いで結構力を使って、心身共に消耗している……)


 同時に二対一で戦うよりはずっとマシだが、それでもヘビーな状況になるのは変わりない。


「ライストーム!」


 ライスズメが両腕を広げて叫ぶと、その両の掌から、大量の米粒が放射された。


 周囲一面を埋め尽くすほどの米粒が、猛然と鋭一に降り注ぐ。

 大きく距離を取ってかわしたつもりだが、右脚に痛みを感じる。


「痛っ」


 服と肌を突き破り、肉に食い込むほどの威力の米粒に、鋭一は戦慄する。全身に浴びたら、タダではすまないだろう。


 鋭一が腕を振り、ライスズメめがけて透明のつぶてを降らす。

 しかしライスズメも鋭一と荒居の戦いを見ていたので、鋭一の見えざる攻撃の引き金など、とっくにお見通しである。


「ライスフィア!」


 米粒がライスズメを球状に包む。つぶてが米粒の壁によって弾かれる。


「もう一度ライスフィア!」


 ライスズメが叫ぶと、鋭一の足元から米粒が吹き上がる。


(しまった!)


 慌てて後ろへ跳んで避けようとしたが、遅かった。何かに背中と後頭部が当たった。


 今度は米粒の球壁が、鋭一を包んだ。米粒に包まれ、捕獲されたような状態となった。

 透明のつぶてで攻撃するも、米粒の壁はびくともしない。米粒と思えない強度である。


(何をする気だ? 捕獲しただけか?)


 鋭一がそう勘繰るが、違った。


「炊飯開始!」


 ライスズメが叫ぶと、球状の米が高速高熱で炊きあがる。

 中にいる鋭一はたまったものではない。熱地獄だ。このままでは蒸し殺される。


 絶体絶命と思われたその矢先、銃声が響いた。


「むう……」


 ライスズメが唸り、鋭一を囲む米粒球体を解除した。


 地面に手をつき、荒い息をつく鋭一。

 ライスズメの視線の先を見ると、倒れたまま、頭部から大量の血を流す荒居の姿があった。公園のライトに照らされて、それははっきりと見えた。


「復讐なんてバカのやることだ」


 硝煙が立ち上る銃を片手に、ライスズメに視線を向けたまま、真は言った。


「お前は……」


 鋭一が呻く。もちろんその人物のことは知っている。


「守りきれなかったか。まさか乱入があろうとは。しかもお前は……」


 ライスズメがつい先日、雪岡研究所で対面した真だ。


「僕とやるか?」

「いいや。もう俺の依頼殺人はこれで失敗だ。帰って米食って寝る」


 真の問いに、ライスズメはそう言って踵を返す。


(わざわざ彼が殺人倶楽部の決闘に水を差す形で、しかも主である雪岡純子の顔を汚してまで、助けにきたということは、助ける価値のある者ということだろう。正義はあちらにある)


 ライスズメは思う。保護対象が殺されたことで依頼殺人のミッションは失敗であるが、この結果で良かったのだと。


「俺が殺すつもりの相手を……余計なことして」

 真を睨む鋭一。


「ほら見ろ、バカな結果だ。これが復讐の虚しさという奴だ。いい勉強になっただろう」


 淡々とした口調で嘲ると、真も鋭一に背を向けた。


「ふん。でも礼は言っておいてやる。ありがとう」


 全く心のこもっていない棒読みで、鋭一は真の背を見つめながら、礼を告げた。


***


 純子と犬飼の二人は、雪岡研究所のリビングにて、鋭一と荒居とライスズメの戦いを、生映像で見ていた。情報屋に見届け人として、撮影させていた。


「おやおや、ここで真君が現れるなんてねえ」


 おかしそうに笑う純子。この展開も一応は純子の予測の一つに入っていたが、実際にその予測が実現したのを目の当たりにしてみたら、中々楽しいものだと感じられた。


「真が殺人倶楽部狩りをしていること、あの子に教えたんだろ? それならこういう展開になってもおかしくはないな」


 犬飼も薄笑いを浮かべて、真の乱入という形での幕引きを楽しんでいた。


「この映像は売れなくなっちゃったなあ。真君が割って入った事が知られると、いろいろややこしくなっちゃうし」


 殺し合いを他の人にも見せて楽しませてやりたという気持ちが、純子には強くあったが、自分の専属の殺し屋である真が、こんな乱入をしたとなれば、自分がアンフェアな加担をしたと見なされてしまいそうで、殺人倶楽部の会員に悪影響を与えかねない。


「優ちゃんも中々やるねえ。流石は――」

「ああ、前世の人格や記憶を引きずっているみどりと違って、あいつはあっさりと俺の色に染まりまくったからな」


 純子の言葉を遮り、笑みを顔に張り付かせたまま、少し誇らしげに犬飼は言った。

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