第二十五章 25

 鋭一が決闘を行った翌日のアース学園。

 昼休み、竜二郎が鋭一のクラスを訪れ、鋭一を見て笑みを浮かべる。無事である事は知っていたが、直接無事な姿を確認したことで、心底安堵できた。鋭一が今日遅刻してきたという事もあり、重傷を負っていることも考えられたからだ。


「遅刻したのは昨日の疲労が激しくて、起きられなかったからだ」


 かつてアジトとして使っていた生徒会長室に場所を移して、鋭一は竜二郎に言った。


「何にせよ生き残って何よりですよー。よかったよかった」

「よくない。とんだ邪魔が入った」


 いつも愛想がいい竜二郎であったが、今日は鋭一が無事であったため、いつも以上に御機嫌であった。一方で鋭一はいつも以上に仏頂面だ。


「その邪魔のおかげで助かったようなもんだがな。何であいつが助けにきたのかわからないが」


 竜二郎も真が乱入して鋭一を助けたという話は、すでに聞いている。


「あいつは……荒居は俺が殺さなければならなかった奴なんだ。あいつも一緒だ。法に裁かれず悪事を働き、人の命を奪い、哀しませる屑野郎だ」

「別に鋭一君が一人で全て、そういう輩を裁かなくてはならないわけではないでしょー。その理屈なら、僕がホルマリン漬け大統領で見繕った相手も、全て鋭一君に譲らなければならなかったという理屈になっちゃいますよー?」

「それはそうだが、そんな奴に俺の知り合いが目の前で殺されたんだ。俺がこの手で嬲り殺してやりたかった」


 釈然としない結末。しかも自分を助けてくれた相手に、復讐そのものを馬鹿にされる言動を取られたことで、鋭一はすこぶる気分が悪い。


「あの荒居という奴は、俺と真逆だった。悪意で世を蝕みたがる奴だった」


 荒居の台詞と、あの怒りと憎しみに満ちた顔を見て、鋭一は確かに感じ取った。荒居には荒居で、歪んでこそいるが信念があったのだろうと。ただ欲に任せて殺しているような類ではなかった。しかしだからこそ余計に、自分の手で始末をつけたかった。


「それは優さんも同じですけどねー」

「優が?」


 竜二郎の言葉に、怪訝な顔になる鋭一。


「ええ、優さんが言ってましたよ。この社会そのものが好きではないと。社会の恩恵にあやかって生きていようと、好きになれないと。社会派の人間も、考え方も、大嫌いだと。そして嫌いだからこそ、都合のいい所だけで社会の恩恵にあやかりながら、気に入らない部分はルールを無視して壊せる――殺人倶楽部という存在があることは素晴らしいってね」


 そこまで話して、竜二郎ははっとした。


「うっかり話しちゃいましたけど、僕がこの話したって誰にも言わないでくださいよー。特に優さんには」


 己の口の軽さを反省する竜二郎。


「あいつがそこまで語るとはね。ふわふわぽわぽわした感じの奴だが、信念を秘めていることは、何となく感じていた。しかし、あいつは特に何もしてないんだろ? あるいはそれは嘘で、裏で悪事を働いているのか?」


 優曰く、未だ月単位で上限を設けられたフリー殺人は、一度も行っていないとのことだ。


「嘘かもしれませんし、本当だとして、いずれ殺したい人達がいるのかもしれませんねー。いずれにせよ、彼女はあんな優しく穏やかそうに見えて、その実とんでもなく反社会的な精神を宿しているみたいです」


 見た目だけでは、全くそんな人物には見えないのが、逆に恐ろしくもあると鋭一は感じた。人によく懐く愛くるしい兎が、しかし肉食で牙を備えているような、そんなイメージが思い浮かんだ。


***


 安楽市内某所の繁華街にて、卓磨は懐かしい人物を視界に収めた。

 それは同じ中学高校に通っていた友人だった。大学に行ってからは疎遠になってしまい、互いに何をしているのかも知らないし、向こうもいろいろ事情があって喋りたくないのではと思い、何となく気遣って連絡しなかった卓磨である。


「おーい、正義」


 卓磨の方から声をかけると、鬼町正義は驚き顔で振り向いた。


「卓磨かよ。久しぶりー」

「生きてたんだなあ。何か全然連絡なかったからどうしたのかと思ったよ」

「そりゃお前もだろ。まあ、こっちはいろいろあって……」

「あー……俺もいろいろあってね」


 互いに気まずそうな顔になる卓磨と正義。


「空いてるなら、ちょっとそこでゆっくり話さないか?」


 正義がすぐ横にある喫茶店を指して誘い、卓磨は頷く。


「進学はしなかった。親に反発してな」

「そうか」


 喫茶店にて、正義はこれまでにあったいろいろなことの、一部を語りだした。


「所謂教育ママだったからな、うちの親は。勉強しろ以外のことを言わなかったし、俺の成績以外のことに興味は無いようだった。子育てが調教ゲーム感覚なんだろうな。あるいはペットか何かか?」


 笑いながら話す正義を見て、いろんな意味で羨ましくなる卓磨。卓磨はずっと親には逆らいきれなかった。大学に入ってからようやく親に反発し、家を出たが、その後母親は他界したので、もう永遠に反発できない。

 正義が今笑って喋っているからには、もうそれだけ心のゆとりが生じているか、親と和解したかのどちらかだろうと思えた。


「うちも教育ママだったぞ。父親の方は……家族に無関心だったが」


 卓磨がそう言って息を吐く。父親が家に寄り付かなかったから、余計に母親は教育ママ化したように、卓磨には思える。そんな母親が哀れだと思ったからこそ、卓磨も勉学に励んでいたという面もある。

 父親が珍しく帰ってきた時間を狙って、卓磨は両親に反発した。家の中で大暴れをした。その時の父親の情けなさを思い出すと、死にたくなる。文字通り縮こまって震えて、息子である自分を恐れていた。家中荒しまわって物を壊しまくった自分も、やりすぎだったとは思うが。


「教育ママってのは悲しい人種だな。いや、人なのか? 最後の方は……俺は自分の親を親として見られなかった。人としても見られなかった。今際の際まで、俺のお勉強の成績に気を取られていたんだ。完全に狂ってた」


 そう、確かにあれは狂っていたと、卓磨は思う。溜め込んでから爆発させず、もっと早いうち段階で反発してやればよかったのではないかと、今になって後悔する。親の期待に答えようとして従順だったからこそ、悪かったのではないかと。


「でもまあ……そんな馬鹿親でも、いなくなると哀しいもんだよな」

「まさか……お前も?」


 ぽつりと呟いて同調する正義に、卓磨が問う。


「両親揃って殺された。犯人は捕まってない」


 暗い面持ちで告げる正義に、卓磨はどきっとする。ほぼ反射的に、殺人倶楽部のことを思い出していた。


***


 優は学校を終えてからまっすぐ家には帰らず、カンドービルへと向かった。

 カンドービル内にある喫茶店『キーウィ』に入ると、待ち合わせの相手はすでにいた。


「ありがとうございます。鋭一さんを助けていただいて」


 座る前に、まずぺこりと頭を下げ、礼を述べる優。


「鋭一が目の仇にしていた奴が、見境無くただ殺しそのものを楽しんでいる下衆だったからな。僕は殺人倶楽部の会員で、そういう奴を選んで殺しているから、都合が良かった」


 優を一瞥し、真は言った。


 鋭一の件でグループの者達が話している際、優は二つ嘘をついていた。方法はもう一つあったし、それはすでに実行していた。鋭一が危なくなったら助けるよう、真に事情を話したうえで、要請していたのである。


「で、あの時は、鋭一を助けた後に教えると言われていたが……約束通り聞かせてもらおうか」


 優が向かいに座ったのを見て、真は早速本題へと入る。


「何で僕が、殺人倶楽部狩りをしていると知っていた? 雪岡くらいしか知らないはずだがな。しかし雪岡が、会員に僕の存在を――僕が殺人倶楽部狩りをしている事を教えるとは思えない。教えるはずが無い」


 もちろん真は自分のしていることを純子に告げてはいない。しかし純子ならすでに見抜いているであろうと確信している。


「いいえ、教えてくれたのは純子さんです。真君の名前は口にしていませんでしたが、純子さんの身内でそんなことをしているのは、殺人倶楽部を嫌がっていた真君の仕業じゃないかなーと思いまして、カマかけて確認したうえで、鋭一君の事情を話して、ヘルプを頼んだんですよう」


 優の話を聞いて、真は半分納得した。確かに優が雪岡研究所に訪れたばかりの時、彼女の前で、殺人倶楽部嫌そうな素振りを見せていた。優はあの時の真をしっかりと見て覚えていたのだと。そして純子に殺人倶楽部狩りをしている身内の話を聞き、自分と繋げたのだ。


「純子さんも他の会員には、殺人倶楽部狩りをしている身内のことは口にしないでしょう。けれど私にだけは教えますよう。私はただの会員ではありませんし」

「どういう意味だ?」


 優がどうも特別らしいのは真もわかっているが、具体的にどう特別なのかまでは知らない。


「私が、殺人倶楽部の設立を望んだんですよぉ」


 優はそう告げる一方で、隠してあることが幾つもあった。


「何の目的で?」


 優が設立を望んだことは、純子から聞かされて真も知っている。しかしその理由は知らない。


「それはちょっと……」

 うつむき加減になって、言葉を濁す優。


(肝心なことはわからないままだな)


 知らない振りをしている真だが、優の口から出たのは、知っていることばかりであった。


「雪岡が言うには、この先殺人倶楽部に大きな変化があるようだが、お前はそれを知っているのか? 仲間には教えてあるのか?」

「知ってまぁす。教えてませぇん」


 真の問いに、今度はあっさりと答える優。


「設立を望んだだけに留まらず、共謀者って感じがするな」


 そう言って真は、フルーツパフェのクリームをすくって、口へ運ぶ。


「そう思ってくださって構いませんよう。真君は、純子さんとは別個で行動するようですけど、私とは相対しないと思います」

「それ、僕の考えを先読みしたつもりか? 的外れだ。僕はそんなこと心配もしていないし、お前と敵になるかどうかなんて、大して重要でもない」

「あれま。私にとっては重要なんですけどねえ」


 真のすげない言葉に、優は目を丸くしつつティーカップに砂糖を注ぐ。


「今後も協力して欲しいことがあったら、お声かけますねえ。真君も何かありましたら、遠慮せず言ってくださぁい」

「手を貸して欲しい時はそうする」


 社交辞令的に相手に合わせる真だが、現時点では優の立場は純子寄りであると見なしているし、できる限りは自分一人の力でどうにかする腹積もりでいた。もちろん利用できる機会があれば、利用するつもりでもいるが。

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