第二十五章 22

 鬼町正義の改造手術は終わった。

 終わった直後、純子は電話を受けてから急いで外へと出かけていった。何かあったらしい。


 純子は正義に、麻酔が抜けたら帰ってよいと告げた。テストをしたい所だが、純子の用事も長引く可能性があり、それに付きあわせて待たすのも悪いと言われて。

 自分が人智を超えた力を身につけた実感が、確かにある。力の引き出し方もわかっている。


 正義が研究所を立ち去ろうとした際、研究所内通路で、角刈りのいかつい顔の、ジャージ姿の中年男と出くわした。がっちりとしている体格の持ち主で、肩幅が広い。


(ここの所員か?)


 そう勘繰った正義だが、何となくそんなイメージとも違う。

 正義の前で、男は足を止め、声をかけてきた。


「お前、米は好きか?」

「……」


 唐突に意味不明な質問をぶつけられて、危ない人と思えて、正義は無視して立ち去ろうとする。


「お前が壺丘の言っていた男だな」


 角刈りの男の口から、壺丘という名を聞き、正義は驚く。雪岡研究所に来る前に紹介され、会った人物だ。


「俺も壺丘の協力者だ。殺人倶楽部の一員でもあるがな」

「つまりそれって……」


 殺人倶楽部に反目する集団がいて、しかもその中には殺人倶楽部の会員もいる。殺人倶楽部の内情も知れるということである。これは心強い存在だと、正義は思った。


「で、米は好きか? 早く答えろ」

「好きですが……」


 心強いかもしれないが、明らかに変人のようなので、正義は渋面になる。


「ならば良し。俺は農家の者だ。パン党は許さん。そういう意味で壺丘は許せん。しかし奴はこのおぞましい組織に立ち向かおうとしている。故に、例えパン党でも俺は受け入れる」


 男は真面目なつもりで喋っているようであったが、だからこそ正義はリアクションに困った。


「同じ米と平和を愛する者として、共に殺人倶楽部と戦おうっ」

「あのー……ここは、その殺人倶楽部の運営者がいる研究所ですから、あまりおおっぴらにそういう発言は……」

「雪岡純子ならたった今外に出ていった所だ。故に平気だ」


 顔をしかめて注意する正義に、角刈りの男は腕組みして自信たっぷりに言い切る。


「別に雪岡がいなくても、この研究所には他に生活している者が何人もいるんだぞ」


 すぐ横の扉が開き、制服姿の少年が出てきて言った。


「聞かれたか」


 角刈りの男の顔が険しくなる。言わんこっちゃないと、正義は顔を押さえる。


「聞いたけど断片的にだ。もっとその話を詳しく教えろ。別に雪岡に言ったりはしない」


 真が角刈りの男と正義を交互に見て言った。


「ならば聞こう。お前は米とパン、どちらが好きだ」

「米かな」


 角刈りの男の問いに即答する真。


「信じよう。そして話そう」


 腕組みしたまま力強く頷く角刈りの男。帰りたくなる正義。


「僕の部屋やこの研究所の応接室には、盗聴機が仕掛けられている可能性が濃厚だから、外でな」

「待て。それなら壺丘と話をしてくれ。電話番号を教えるから事前に連絡してみてほしい」

「わかった」


 角刈りの男の言葉に頷き、真は携帯電話を取り出した。


「本当に今の子に教えてしまってよかったのか?」


 真が自室に引っ込んだ所で、正義が角刈りの男に尋ねる。


「もし我々に敵対するなら、あの場面で出てくるとは思えない。潜んでいてあとで雪岡純子に報告するか、あるいは即座に攻撃してきたろう。壺丘の居場所を知るにしても、悪意があるのならあのような探り方はしない。味方になってくれるだろう。あれは裏通りでも有名な殺し屋で、雪岡純子の子飼いだが、俺の聞いた所によると、雪岡純子の行いに反感を抱いて、逆らうこともあるらしいのだ」


 角刈りの男から比較的まともな言葉が発せられ、正義はそれで納得してしまった。


***


 鋭一達が他のグループと接触した翌日、アース学園へと向かう通学路で、竜二郎が鋭一の姿を見つけ、声をかける。


「聞きましたよー。他のグループと遭遇したんですってねー」

「肝心なのはそこじゃあない」


 にこにこと楽しそうに笑いながら声をかけてくる竜二郎に、鋭一はメガネに手をかけ、面白くもなさそうな顔で言う。


「ふふふ、君も中々のトラブルメイカーですねー。新しいルールも純子さんから聞きました。僕の悪魔様におねがいを幾つかを使えば、バレないようにこっそり支援もできますが、どうします?」

「いらん」

「『いらん』ですよねー」


 鋭一の言葉と竜二郎の言葉がうまくハモる。おかしそうにくすくすと笑う竜二郎。


「トラブルメイカーといっても、お前のようにいらんことをしてトラブルを呼び込むような真似は、俺はしたことないぞ。不可抗力の方が多い」


 今の鋭一は、竜二郎の軽口に付き合いたい気分でもないので、どうしても普段以上にぶっきらぼうな対応になってしまう。


「僕が殺された時も、鋭一君は今くらい怒ってくれますかねー?」

「今、お前に対して怒るぞ?」

「わかりました。すみません」


 鋭一に睨まれ、竜二郎は曖昧な笑みを浮かべて謝罪する。


「そうそう、言うの忘れてました。新しいアジト見つけましたよ。今度からそこに集りましょう」

「変な所じゃないよな?」

「普通のマンションですよ。どれだけ僕のこと信用ないんですかー」

「最初からまともな場所選べという話なのに、わざわざうちの学校の生徒会長室を使う時点で、まともではない選択だろう。そんなおかしな感性のお前を、どう信じろっていうんだ」


 憎まれ口をたたく鋭一だが、少しいつもの鋭一に戻ってきているような気がして、竜二郎は内心安堵していた。


***


 高層マンションのやたら広く豪華な部屋に、殺人倶楽部のいつもの六人は集まっていた。


「この超豪華な部屋は竜二郎が借りたの?」


 ソファーに腰かけた冴子が問う。新しいアジトを見繕ったと聞き、向かった先はいかにも高そうなマンションだった。


「それ以外にありませんよね」

「はいはい、金持ちは凄いですね。一ヶ月いくらよ?」

「聞いたら余計金持ち云々言われるから言わないでおきまーす」


 皮肉っぽい口調での冴子の問いに、竜二郎はにっこりと笑って、答えるのを拒んだ。


「その金持ちが惜しみなく俺達のために投資してくれるなら、甘受させてもらうさ」


 卓磨が言うものの、やはりどこか居心地が悪そうだ。


「それより……新しい形式での決闘の話聞いたけどさ、二対一とかいくら鋭一でもキツいだろう」


 卓磨が話を切り出し、一同の注目が、窓の側で佇んでいる鋭一へと降り注ぐ。


「相手がどんな能力かもわからないのにねえ」

「作戦の立てようもないし、俺達にできることも何も無いときた。どうするんだ、これ。お前は復讐心の勢いだけで臨むつもりだろうけど、かなり分の悪い賭けだぞ」


 冴子と卓磨に続け様にネガティブな台詞を口にされ、鋭一は少しカチンときた。


「珍しく年長者らしいこと言ってくれるじゃないか。今一瞬、卓磨がここのリーダーをした方がいいかもと思ったよ」


 卓磨に顔を向け、皮肉たっぷりに鋭一が言う。


「竜二郎や優みたいな傑物がいるのに、年上ってだけでリーダーとか無理だ」


 肩をすくめて小さく笑う卓磨。冗談ではなく本当にそう思う。


「できることが何も無いということは無いですよぉ。一つだけありまぁす」

 優が口を開く。


「ええ、ありますね。この状況を打破して、鋭一君を確実に救う方法がね」


 優を一瞥して、不敵な笑みをひろげる竜二郎。


「そんな方法あるの? 全然思いつかない……いや、わかった」

 ぽんと手を叩く岸夫。


「戦わずに逃げるんだ」

「俺は戦いに行く前提だからそれは有りえん。もう少し考えろ」


 岸夫に冷たい視線を浴びせてから、鋭一は優と竜二郎を交互に見た。


「お前らの方法を言ってみろよ。何をぬかすか、予想はついているがな」

「では、せーので言ってみましょうか。多分、優さんと同じ考えだと思いますが」


 鋭一に言われ、竜二郎は優の方を向いた。


「せーの、決闘の前にその荒居という人を殺す」

「鋭一さんが決闘する前に、私達でこっそりと荒居さんを始末しておくんです」

「どうせ決闘させまいと、こっそりとお前らで奴を殺すとか、そんなんだろ」


 竜二郎、優、鋭一の声がほぼ同時に、同じ内容の発言をする。


「それは完全に殺人倶楽部のルール違反じゃないの……。こっそり殺した人が次の依頼殺人の対象になるわ」


 呆れる冴子。


「冴子さん、私達は社会のルールをすでに犯しまくってますよぉ? ルールというのは、バレないようにこっそりであれば、破ってもいいものなんです。誰にも迷惑かからないものであり、破っても心が痛まないものという、前提つきですけど。殺人倶楽部のルールも、破る必要があるなら、守る必要はありませんよぉ。純子さんにバレないよう、こっそり破ればいいと思います」

「あはは、僕も優さんと同意見ですねー。でも鋭一君の前で口にしちゃった時点で、優さんもやる気は無いんでしょ?」


 竜二郎の言葉に、優は答えに逡巡し、少し間を開ける。


「はい。不安ではありますけど、ここは鋭一さんの気持ちを立てようかと」


 優は二つ、嘘をついていた。

 一つは今の台詞。鋭一の気持ちを立てる気は無い。それよりも鋭一の命を優先させるべきだと思っている。もう一つは先程の台詞。方法が一つだけあると言ったが、あれも嘘だ。実はもう一つだけ、鋭一を助けることの出来る方法がある。確実な手段とは言いがたいが、多分これなら大丈夫だろうという方法が。

 そして考えておきながら、この場では口にしないでおく。優はその方法を実行することを心に決めていたし、例え鋭一の前で口にしても、反対されるのが目に見えていた手であった。

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