第二十五章 21
鋭一は他の殺人倶楽部会員と接触した事は何度もあるが、これまで会った会員はいずれも一匹狼で、グループに属している者達と対面したのはこれが初めてだ。自分達以外にも、幾つかグループが存在する事は知っていた。
「君は殺人倶楽部の会員か? それとも無関係か? もし会員なら退くんだな。我々は殺人倶楽部の者だ。一応同胞であるし、殺人倶楽部の会員同士の争いは御法度だろう」
「会員ではないのでは? 申請も無く攻撃してきていますし」
「うん。申請が降りるはずがないよ」
相手グループの何人かが、続け様に喋る。
「確かに俺は殺人倶楽部の者だ。そちらも会員とは知らなかった。殺人申請もせず殺そうとしたのは、そいつが俺の目の前で、俺の知り合いを殺したからだ」
鋭一は臆する事無く、毅然たる態度で事情を述べる。
「だから決闘を申し込む」
殺人倶楽部のルールによると、事前に相手に宣告して、決闘という形であれば、会員同士の争いも認められる。故に、遅まきながらも宣告した鋭一であったが――
「はははっ、拒否だね」
荒居と呼ばれた男は、冷や汗を垂らしながらもせせら笑い、鋭一の決闘申し込みを拒んだ。
「確かに決闘という形であれば、会員同士の戦いも認められるが、それは決闘を申し込まれた者が、応じた場合のみだ。拒めばそれで終わり。ははは、ざまーみろ」
「同じ会員を攻撃しているが、会員と知らずに攻撃した事だから、それはまだ許せるとしても、申請も無く攻撃した件に関しては――わかっているだろうが、粛清されかねん行為だぞ? だが……大人しくここを退くならオーナーには言わず、大目に見てやる」
荒居が小気味良さそうに笑い、リーダー格の男が厳粛に告げた。
鋭一が拳を固く握り締める。先程までとは違い、腹の底から激しい怒りが沸き起こる。こんな下衆と、下衆をかばう連中と、理不尽なルール。まるでこの腐った世界の縮図。鋭一が最も嫌っていた構図そのものではないか。
「鋭一さん……」
いつの間にか鋭一の背後にいて、様子を伺っていた優が声をかける。岸夫の姿もある。
優と岸夫も他のグループとは初接触だ。しかも相手は大人ばかりなので、岸夫は少し怖い印象を受けた。
「なら俺は殺人倶楽部を抜ける。それなら何も問題無い」
怒りに満ちた視線と声で告げる鋭一に、荒居の笑いが凍りつき、グループの他のメンバーがいつでも戦闘に入れるよう、身構える。
「問題は大有りですう。この状況でそんなことしても、無駄死にですよう? 少し落ち着きましょう」
緊張感の無い声で優がなだめる。
「脅迫しているわけでもないな。本気だ」
リーダー格のスーツ姿の壮年の男が、鋭一を見つめながら、静かな声を発する。
「荒居、君が決闘を拒めば、この子は死に物狂いで君を攻撃するだろう。それこそ道連れにする勢いでね。ここにいる全員でも、それを必ず止められるという保障は無い。相手の能力もわからないしな」
「そんなおかしな話があるかっ! 殺人倶楽部のルールに則って、こっちは決闘を拒んだっていうのにっ!」
リーダーの言葉を聞き、一般人の客もいる店内だというにも関わらず、荒居は血相を変えて大声で喚く。ここまでのやりとりを見て、鋭一も優も岸夫も、この荒居という男の性格が何となくわかってきた。
「えっとぉ、取りあえずオーナーの純子さんを呼んで、状況を説明し、判断を仰いでみてはいかがでしょうか?」
「賛成」
優の提案に、二つ返事を返す相手グループのリーダー。
「おい城ヶ島! 何言ってるんだよ! 判断も糞も無く無効だろ! 何でそこでオーナーが出てこなくちゃならないんだよ! こっちはルールを何も破ってなくて、あっちは破りまくり、こんな理不尽あるか!」
癇癪を起こしまくる荒居に、仲間達からも冷ややかな視線が注がれる。
(こんな性格では、このグループ内でも嫌われていて、お荷物なんだろうよ)
今度は鋭一がせせら笑う番であったが、口には出さないでおく。
「理不尽であろうが何だろうが、目の前と、これから起こり得る状況の方が重要だろう。ああ、私はここのリーダーをしている城ヶ島渡だ。よろしく。こちらは荒居」
「芹沢鋭一」
ぶっきらぼうに名だけ名乗る鋭一。
「私は暁優です。じゃあ、純子さん呼びますね」
優が指先携帯電話を取り出し、純子に状況説明のメールを送った。
***
「ややこしいことになりましたねえ」
相手グループと離れて喫茶店内の別の席に座り、少し落ち着いた所で、優が鋭一に声をかける。今は純子の到着待ちだ。
「せいぜい俺を嘲笑えばいい」
メガネを人差し指で上げ、冷たく硬い声で吐き捨てる鋭一。
「そんなことしませんよ。そんな気持ちもありませんよう。鋭一さん、まだ冷静じゃないです?」
「冷静になれるか。目の前で、俺にいろいろ気をかけてくれて……ずっと親切にしてくれた人が……殺されたんだ」
「どういう理由で殺されたんでしょう」
「どんな理由で殺されたかなど、どうでもいい。殺した事実だけで、俺の中で奴は死罪だ」
「聞いてみてはどうでしょうか?」
「余計なこと言うな。そして余計なことはするなよ」
険悪な表情になって優を睨みつける鋭一を見て、優の隣に座る岸夫はうろたえまくるが、優はまるで動じた様子を見せず、いつもの優だ。
(優さんて、いつもふんわり柔らかって感じだよなあ。変な例えだけど。たまに照れたり引っ込み思案ぽい所も見せるのもいい……)
優の横顔をまじまじと見ながら、岸夫は場違いなことを考える。優を見つめながら、自分がにやけていることに気付いていなかった。
「お前達に迷惑はかけない。俺一人でカタをつける」
「あのう……その考え方がすでに迷惑です。ごめんなさい」
決意と共に言い切ったつもりの鋭一であったが、優は間髪置かずに否定する。
「もし鋭一さんと私とで立場が逆で、私が一人で抱え込んで暴走しようとしているのを見たら、鋭一さんは迷惑と感じますぅ? 勝手に一人でカタをつけてこいと、放りだすことができますかあ?」
「出来る。当然そうする。迷惑だと思って、放っておく」
「はあ……嘘ばっかり」
売り言葉に買い言葉で返した鋭一だが、優に溜息をつかれ、気恥ずかしくなってそっぽを向き、軽く咳払いをする。
「こほん……。俺の事を気遣ってくれるなら、今の俺の心境も少しは考えてみろ。暴走して、仲間にも迷惑かけようと――」
「迷惑を掛け合いつつ、助け合うからこその仲間って台詞、少年漫画で四回くらいみました。私もそう思っています」
鋭一の言葉を遮り、優は言った。
「そうだな……。お前と言い合いは不毛だな。こんな頑固な奴、他にいない」
今度は鋭一が溜息をつく。
「俺一人の手に負えない事態になったら、お前達の手も借りてやろう。これでいいな?」
「はい」
横柄な言い草の鋭一であったが、優は安堵したように微笑む。
「やっほ」
そこに純子が笑顔で現れた。
「話は聞いたよー。会員同士で決闘が起こるの起こらないので揉めてるって」
純子が来たので、鋭一達三人は席を移動し、荒居や城ヶ島のグループの近くの席に座った。
純子も鋭一の隣の席へと座る。
「あのルールはおかしいぞ。やったもん勝ちだ。復讐もろくにできやしない。相手が拒めばそれまででは、何のための決闘制度かわからん」
まず鋭一が純子に噛みつく。
「だからといって、決闘挑まれたら拒む事もできなくなったら、それもおかしい。しかもさっきは、決闘拒んだらルール無視で殺してやると言われたんだぞ。ふざけんなっての」
荒居が元々不細工な顔をさらに歪めまくって、ねちっこい口調で文句を垂れる。
「なるほどねえ。どっちの言い分もわかるから難しいねえ」
腕組みして首を傾け、思案顔になる純子。
「そもそも私は会員同士の決闘は、互いにもつれてエキサイトして、後は力ずくしかないって時に、それを認める想定で、こういうルールにしたんだー。片方が復讐目当てってのは、想定外だったかなあ」
「それぐらい想定しておけ」
純子の弁解に対し、鋭一は苛立ちを覚える。
「殺人倶楽部による殺人許可申請は、大抵許可が下りる。よほどの大人物でないかぎりな。つまり、この世のほとんどの人間が、殺人倶楽部によって殺される可能性がある。そうなれば、殺人倶楽部会員の身内や親しい人物も、当然その犠牲になる。今回が正にそれだ。殺人倶楽部の会員の指定だから仕方ないとして、泣き寝入りしろというのか? 断じてできんぞ」
荒い語気でまくしたてる鋭一。
「しかし多くの人間は泣き寝入りしている。何者に殺されたかもわからず、警察も動いてくれず、その理由も知らずにね」
城ヶ島が口を挟んだ。実に穏やかな喋り方をする人だと、優は思う。
「だが俺は知った。知ったからには、黙ってはいられない」
そう言って鋭一は荒居を睨む。荒居も視線を受け止めるが、鋭一の眼力にはかなわず、視線を受け止めながらも、手が微かに震えだす。
鋭一の凍りつくような眼差しと、その奥で溶岩のように滾る怒りが、荒居には伝わっていた。
(こいつは何が何でも俺を殺す気だ……)
確固たる殺意を向けられ、荒居は死を間近に感じてしまい、死への本能的な恐怖に、身も心も震え上がる。
「純子さん、よい裁定をお願いします」
優が促す。
「決闘のルール変えよっかー」
純子のその一言が、荒居には死刑宣告のように響いた。
「鋭一君の言い分ももっともだしねえ。復讐の権利としての決闘が、相手に拒否されることであっさり失うんじゃあ、やってらんないのも確かだよー。双方が合意で無い形での決闘となった場合、決闘を挑まれた方は、拒否はできない代わりに、助っ人を一人つける事ができるとしよう。助っ人は依頼殺人で動員――と。あるいは個人で助っ人を頼めるなら、会員を指定したうえでの依頼殺人ね。それと、合意でない形で決闘を挑んだ方は、現在のレベルと同数の経験値をダウン。レベルダウンも有り。改造して得た能力は剥奪できないけど、月の定数殺人は場合によってはダウン、と」
「それは決闘を挑む側にリスクが大きすぎですよう」
その場でぺちゃくちゃ喋りながらルールを決めていく純子に、優が異を立てた。
「決闘を挑まれた側の助っ人は、両者の合計会員レベルが、決闘を申し込んだ側より二倍以上にならないようにしよう。すでに決闘挑まれた側の方が二倍以上の場合は、助っ人不可ね」
「能力の所持数でのハンデですかあ。それでも一人と二人では話が違うと思います」
純子の決定に、優はさらに不服を申し立てる。
「でもそれくらいしか落とし所はないよ? 決闘を挑まれる側の不服と、挑む側の不服、どちらも綺麗さっぱり解消なんて無理だよ。挑む側を不利にする事で、決闘を挑むには余程の覚悟が必要ってな具合にして、そのハンデさえ省みずに決闘を申し込まれたのだから、申し込まれた側も、嫌でも受けるっていうコンセプトだよー」
純子の言葉にも説得力を感じ、優は引き下がった。ここまで言われては引き下がるしかない。確かに落としどころとしてはその辺だろうと、納得せざるをえなかった。理はかなっている。
「俺はそれでもいい」
荒居を睨みつけたまま、鋭一は静かに言い放った。
「一つ質問だ。二対一で、決闘を申し込んだ相手を先に倒した場合、助っ人の始末もするのか?」
鋭一が尋ねる。
「んー、それは無いかなあ。当事者が死んだらそれでおしまい。ただし、助っ人は依頼殺人の前提条件として、相手の殺害以前に、決闘を申し込まれた者が殺されないようにしてもらうけどねー。殺されたら依頼失敗で、殺人経験値も無しね」
またしてもその場で、速攻でルールを決める純子。
「決闘相手だけうまく狙って殺せばいいが、助っ人もしっかり守りにくるから、無視しきれるものでもないか」
しかし駆け引きができないわけでもないと、鋭一は思う。二人共殺さなくてはならないのではなく、あくまで一人殺せば済むのなら、やはりこれは当事者同士の決闘という事になる。
「では改めてそのルールで決闘だ」
「待て、今は勘弁してくれ。四日後にしてくれ」
荒居が嘆願する。
「それでもいい。場所は純子が決めてくれればいい。助っ人もな」
あっさりと承諾する鋭一。
(四日後……その間に逃げるんでしょうか? それとも……月替わりで殺人経験値を新たに貯める事ができて、さらに改造してもらえるレベルになるということでしょうか)
荒居が日時の条件を出してきた事に対して、優が推理する。
「空いた時間をせいぜい大事に使え」
鋭一が憎悪をたっぷりこめて吐き捨て、喫茶店を出た。
「私も失礼します。純子さん呼び出してしまってごめんなさい。皆さんも、お騒がせしてごめんなさい」
純子と、城ヶ島のグループに、それぞれ深々とお辞儀をする優。
「あ、俺も失礼しますっ」
岸夫も優の後を追って喫茶店を出た。
「鋭一さん、大丈夫なのかなあ?」
「大丈夫とは言い切れませんねえ」
心配そうに尋ねる岸夫に、優は溜息混じりに答えた。
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