第二十五章 17

「みそメテオっ」


 凜が小さく叫ぶと、腰にくくりつけていた味噌の入った壺から、大量のみその玉が空中へと飛び上がり、竜二郎めがけて一斉に降り注ぐ。


 しかしその全てのみそ弾流星群が、跡形も無く消失する。

 岸夫、十夜、晃が驚きに目を見開くが、凜は何となく予想していたし、竜二郎は何が起こったか把握していたし、みそ弾を消した当人は蟷螂拳ポーズのままだった。


(驚いてないでこの機会に攻撃すればいいのに……何やってんのよ)


 十夜と晃を横目に見て、もどかしく思う凜。優が見たものを消す力がるあとしても、連続でその力を発動できるか疑わしい。みそで攻撃した今が良い機だった。


 晃がワンテンポ遅れて銃を撃つが、何も起こらない。銃弾がどこかへ消えてしまったように、どこも穿たない。

 十夜が竜二郎めがけて突っこんでいく。十夜のサポートをするために、凜が亜空間トンネルの扉を開き、そこに銃を撃ちこむ。


(私の推測が正しければ、これは当たる)


 凜はそう思いながら引き金を引く。銃弾は竜二郎の側面に現れた亜空間トンネルから飛び出て、竜二郎の右腕を貫いた。

 そのはずみに、竜二郎は手にしていたナイフを落としてしまう。


(不味い……)


 流石に竜二郎の顔色が変わった。悪魔様にお願いを発動させるためのトリガーは、流したばかりの新鮮な血だ。それは自分のものではなく、他人でも構わないが、竜二郎自身による行為で、傷つけたその直後の最初の一滴に限る。


 十夜が竜二郎の目前へと迫る。


「あぐまざまに……お・にぇ・が・うぃっ」


 舌を噛み、口から血を垂らして魔法陣を作り、竜二郎は能力を発動させた。


「うえっ!?」


 凄まじい悪臭が竜二郎から放たれ、十夜はひるみ、反射的に大きく後方に跳び退く。少し吸い込んだだけで、猛烈に気分が悪くなった。

 落としたナイフを拾い、手を切って血を流す。


「悪魔様に、お・ね・が・い」


 口の中も含めて全ての傷を治す。これでとっておきの治癒のストックも使ったうえに、残す力は一つとなった。


(近接、近接から中距離、遠距離と。しかも近接から中距離の女性は何をしてくるかわからないときてます。中々面倒な組み合わせですねー)


 優の支援はあるが、それらをほぼ竜二郎一人でさばくのは骨が折れる。だからといって、優に相手を殺してくれとも頼みがたい。


(特にこの綺麗な女の人が手強いです。本気でこられたら、一対一でもキツそうですね)


 凜を意識し、竜二郎は思う。

 相手が加減しているのは、竜二郎も見抜いている。殺気が感じられない。もし本気でこられたらひとたまりもない。そうであったら、すでに死んでいた可能性もある。


(多分、殺すのではなく捕獲しろと言われてるんでしょうけどねー。で、ホルマリン漬け大統領につれていかれて、残酷ショーで嬲り殺しにして、溜飲を下げるつもりなんでしょーよ)


 ホルマリン漬け大統領という組織の性質を考えれば、そう考えれば納得がいく。


(今の所、こっちが押しているのは明らかだ。でも、殺さないよう加減しているとはいえ、俺ら三人がかりを一人で相手にしてるのは凄いな)


 十夜が竜二郎を見てそう思う。実際には優も手を出していたが、十夜は気がついていなかった。


(相手に殺す気が無いのは明白ですよねえ)


 優もその事実に気がついている。


(刺客を退け、その後ホルマリン漬け大統領のアジトに乗り込んで、話をつけるつもりでいましたけどぉ、この刺客は私達を無力化してから、ホルマリン漬け大統領へと運ぼうとしているんでしょうねえ。だとしたら、戦うことそのものが無意味です。捕まった振りをしてこちらから出向くのがいいですね)


 優はそう判断した。


「ちょっとタンマです」

 突然、優が両手を上げて振り、そんな台詞を口にした。


「はあい、はあい、皆さん、タンマですよう。タンマしてくださぁい」

「タンマって……」


 堂々とタンマ宣言する優を見て、苦笑いを浮かべる岸夫。しかも保母さんが幼児に言い聞かせるような口調で。

 晃は従わず、銃口を竜二郎に向ける。


「仕方ないですねえ」


 優が呟いた直後、晃の銃の銃身が綺麗さっぱり消失した。驚いて壊れた銃を見ると、綺麗な断面が出来ている。

 動いてかわせと凜に言われていたのを思い出し、晃は慌ててその場から移動するが、優から殺意は全く感じられない。


「話を聞いてくださぁい。もし話を聞いてくれないのなら、今度は傷つけることになるかもですよ?」

「わかった」


 優の間延びした口調での脅迫に、凜が頷き、十夜と晃に目配せする。


「えっと、私達を殺すつもりは無いんですかぁ? 手加減しているような気がします。殺気も無いですし」

「捕獲しろと言われてるんだ」


 あっさりと答える晃。


「それバラしていいの?」

「それが目的なんだから問題無いさー」


 十夜の突っ込みに、またもあっさりと答える晃。


「それなら方針変更して、降参して捕まりましょう。あ、投降って言うべきですかねえ。行き先はホルマリン漬け大統領なんでしょう? 私のプランでは、刺客を返り討ちにして、その後でこちらからホルマリン漬け大統領に乗り込むつもりでしたけど、この人達、中々手強いですし、今無理する必要も無いと思いまぁす」

「捕まえられ方によりますね。手を縄で縛られて連れていかれるだけなら、問題有りません。しかし薬品をうたれるとか、何かしら能力でこちらの思考や力を封じられるとか、そういうことをされたうえで連行されたら、ひとたまりもありませんよ?」


 また突拍子も無い案を出したものだと思いつつも、優の言うとおりにした方がよいと判断し、確認する竜二郎。


「なるほどぉ。竜二郎さんの仰るとおりです。まず確認してみます。どうやって連れて行くつもりだったんですかあ?」

「動けないくらい痛めつけてからふん縛って、薬で眠らせて運ぶ予定だったよ」


 優の問いに、また正直に答える晃。


「えっとぉ、大人しくするので、薬で眠らせるのと痛めつけるのはやめてほしいです」


 上目遣いの視線かつ控え目な口調で要求する優。思わず顔を見合わせる晃と十夜と凜。


「まあいいんじゃないの? 私達はそれで依頼達成でしょ」

 凜があっさりと了承した。


(凜さん、いつもならこういう場面で絶対オッケーださないよね。きっと相手が可愛い子だからだな……)


 あっさりと見抜く晃。


「まあねえ。その後でこの二人やホルマリン漬け大統領がどうなろうと、僕らの知ったことじゃないもんね。そうだよね。うん。それでいいよ」


 結局、晃も優の提案を受け入れることにした。


 正直晃は、目の前の敵を脅威と感じていた。特に優の方をだ。凜が警戒していたのもわかる気がする。半分消された銃を見つめ、手加減されていたことを晃は実感する。彼女がその気になれば、いつでも自分を殺すことができたのだ。


(思った以上にやるね、この子達)


 竜二郎と優を交互に見やりながら、サシで本気で潰しあってみたいという欲求に駆られる凜。殺すつもりは無かった事と、優の動きをずっと警戒していたため、凜はいつもほど積極的に戦闘ができなかった。


「では、後の流れは優さんにお任せしちゃいますよ?」

「はい、お任せしちゃってくださぁい。私が言い出した案ですもの」


 十夜に手を縛られながら、優は竜二郎を見て小さく微笑む。


「でも竜二郎さんにもしてもらうことがありますので、それはお願いしますよぉ?」

「何なりと。僕が蒔いた種ですもの」


 竜二郎も微笑み返す。 


「あ、岸夫君だけは見逃してあげてくださぁい」

 岸夫を縛ろうとした十夜に、優が声をかけた。


「いや、俺だけ助かるなんてそんなこと……」


 いくら何の力も無く見学に徹していた身とはいえ、この局面で自分だけ助かることに、納得のいかない岸夫。


「じゃあ一緒に連れていってくださぁい」

「撤回早くない? ていうかあっさりしすぎ」


 優の切り替えの早さに、思わず十夜は笑ってしまう。


(この子は……)


 優と岸夫を交互に見た後、凜は岸夫を見て、妙なことに気がつく。


 優から見えるヴィジョンは、その愛らしい見た目にそぐわぬ、無明の暗黒だ。黒い炎でも黒い輝きでもない。完璧にして荘厳なる闇。

 一方で岸夫は――もう一人の岸夫が非常にぼやけた状態で浮かんでいるような、そんなヴィジョンが見えた。このような見え方をしたのは初めてだ。一見、普通の少年のように見えるのにこんな不気味なヴィジョンは初めて御目にかかる。


(何を意味しているというの? このヴィジョンは……まるでそこにいるようでいないような、ひどく不安定な……)


 興味をそそられる凜であったが、その謎を解き明かす意味も術も無い。

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