第二十五章 16

 翌朝、竜二郎の部屋で一晩過ごした優は、竜二郎と共に門を出た。


「あ、見つけた」


 そこに岸夫が現れたので、竜二郎は面食らった。


「や、やっちゃったのっ?」


 岸夫が蒼白な顔で、優にストレートな質問をぶつける。


「やってませぇん」

「ほ、本当にっ?」


 顔色を変えずにさらりと答える優に、岸夫はそれでも安心しきれない様子であった。


「君の家、この近くなんですか? それとも僕等を尾行でもしていたんです?」

「いや、そういうわけじゃあ……俺も気がついたらここにいたっていうか」


 竜二郎の問いに、岸夫は戸惑いの表情で答えた。


(偶然でここにいるってのも変な話ですが、気がついたら……? 変な言い訳ですねー。ていうか、言い訳ではなく本気で気がついたらここにいた……? 誤魔化しているわけではなく、本人も本気でわからないようですし)


 元々変な所が多かった岸夫であるが、突然この場に現れたことで、竜二郎ははっきりと不信感を抱く。


「ていうか……君は優さんのこと好きなんですか?」

「え? あ……いや、その……凄く気になるのは確かですが……えっと……自分でもわからないですけど……ううう……」


 竜二郎の直球な問いに、しどろもどろになる岸夫。

 一方、優は目を細め、蟷螂拳の構えになっていた。


「来ましたよう」


 緊張感の無い声で、何も無い空間の一点を見つめながら告げる優を見て、竜二郎も警戒した。


「どうでもいいけどそのポーズは何なんですかー? この前も見ましたが。中国拳法でも習っているんですか?」

「この前映画で見て格好いいなあと思いまして、真似してみたくなったんです」


 竜二郎の質問に、優は理由を答える。


「三対三になったかあ。しかもこっちの奇襲見破られるとか」


 空間に穴が開き、亜空間トンネルの中から出てきながら、晃が言った。その光景を見て岸夫は驚いていたが、優と竜二郎は全く表情を変えない。

 さらに見覚えのある全身緑タイツに鳥の仮面のヒーローが現れる。十夜だ。


「緑鳥戦士メジロエメラルダー!」


 名乗りとポーズはスーツの力を引き出すためのトリガーであるが故、やりたくなくてもやらずにはいられない。


「えっと、ここにいる岸夫君は勘定しないであげてくださぁい。何か能力があるわけでもないですし、誰も殺していませんし、ただの見物ですから」

「そんなこと口で言われて、はいそうですかと鵜呑みにできると思うの?」


 最後に出てきた凜が、優に向かって静かな口調で言い放つ。相手が美少女なので、言葉はキツくても、これでも声音は意図して優しくしている凜であった。


「確かに信じられる根拠はありませんねえ。岸夫君、私の後ろにいてくださぁい。私が岸夫君を守りますから。竜二郎さんは頑張って戦ってくださぁい。危なくなったら適度に支援しまぁす」

「心強いですねー。いや、安心して戦えますねー」


 優の言葉を受け、竜二郎は不敵な笑みをひろげて、ほころびレジスタンスの三人組と向かい合う。


(何か、この子……)


 凜は竜二郎から放たれるイメージオーラを見て、吐息をついた。

 かつて会ったばかりの晃や十夜をはるかに凌駕する、漆黒のオーラが立ち上り、悪魔の影を形作っている。それは十夜や晃のような、抑圧から生まれた負の思念ではない。悪の根源。悪に魅せられて染まっていったような、悪魔に魂を売り渡して人生を謳歌しているような、そんなイメージ。


 懐からナイフを取り出し、竜二郎はその切っ先で自分の手の甲を傷つけた。

 その動作に攻撃の気配を感じ取り、晃が竜二郎に向かって銃を撃つ。


(え……?)


 竜二郎はかわそうとしなかったし、明らかに銃弾は竜二郎の右太ももにヒットしたと思ったのに、竜二郎が平然と佇んだままなのを見て、晃は呆気に取られる。


「悪魔様に、お・ね・が・い」


 手から落ちた血が魔法陣の形になり、中から人間の背丈ほどもある巨大な獣が飛び出してきた。

 それは兎だった。しかしその大きさはグリズリーほどもあるうえに、目玉は片方流れ出し、皮はところどころはがれて血肉が露出し、露出した肉も所々腐っている。一言で言うならば、巨大ゾンビ兎だ。

 巨大ゾンビ兎が俊敏な動きで、ほころびレジスタンスの三人に向かっていく。


「メジロ体当たり!」


 十夜が立ち塞がり、巨大ゾンビ兎に真っ向から全身でぶつかっていく。


「メジロがぶり寄り!」


 巨大ゾンビ兎の胴体に両手を回し、そのまま全身を揺り動かして、兎の巨体を後退させていく。


「黒き水、死を呼ぶ油、喉元から鉄の味、落ちる風景を見て楽しもう……」


 凜が魔術の呪文を唱え、黒鎌を現出させると同時に大きく振りかぶる。


 黒鎌の柄と刃が液状化して空中を飛んだかと思うと、巨大ゾンビ兎の後頭部で刃に戻り、突き刺さる。

 凜が腕を引くと、巨大ゾンビ兎の首が切断され、腐った頭部が十夜の後方へと落ちた。しかし巨大ゾンビ兎の力は大して弱まらない。頭部を失い、少し体重が減った分だけ、十夜にしてみれば楽になったが。


「十夜、離れて……。海の如き鮮やかさ、空の如き爽やかさ、然れどその者、焦がし爛れをもたらす使者」


 凜に言われて、呪文の詠唱が終わる直前のタイミングを見計らって、十夜は巨大ゾンビ兎から離れた。

 青い火球が表れ、十夜が離れた直後、十夜と入れ替わるようにして巨大ゾンビ兎に正面から直撃し、巨大ゾンビ兎が炎上する。


「悪魔様に、お・ね・が・い」


 竜二郎が呟いた直後、その姿が消える。同時に、燃えていた巨大ゾンビ兎も消えた。


「あ、何てことを……」

 優が思わず声をあげる。


「それじゃあ竜二郎さんがどこにいるのかわからなくて、守れませんよう」


 優の声は竜二郎にも、晃達にもはっきりと聞こえていた。


(つまり……晃の銃からあの男の子を守っていたのは、この女の子の力ってわけね)

 凜がそう判断する。


(やっぱり私の想像通りの力ってこと? でも……)


 以前の偵察で、凜は優の能力が、見ただけで物体を消す能力ではないかと勘繰っていた。しかしそれだと理屈に合わない。優が晃の銃撃を防いだとしても、飛来する銃弾を見ることなど、できるはずがないからだ。あるいは別の能力かもしれないが。


(そこだっ)


 気配と足音を頼りに晃が銃を撃つ。脚を銃撃がかすめ、姿を現して倒れる。


 かすり傷であったが、能力が解けてしまい、竜二郎の姿が露わになってしまう。チャンスと見て、十夜、凜、晃の三人がかりで、一気呵成に襲いかかる。


「悪魔様に、お・ね・が・い」

「うわっ」


 竜二郎の前に炎の壁が吹き上がる。炎の中に突っこみかけて、十夜は慌てて足を止める。凜も鎌を振るのを制止した。


「竜二郎さんのあの能力、何なの?」

 岸夫が疑問を口にする。


「御覧の通りですよー。悪魔様に、お・ね・が・い――思い込みパワーで、自分が望む超常現象を発生させるんです」


 敵にも聞こえるというのに、笑顔で堂々と己の能力を暴露する竜二郎。バラした所で何ともないといった風に、ひけらかすように。


「これで僕の一つの能力です。凄いでしょー」

「ズルくない……?」

「ズルいね……」

「超ズルいよー。一つじゃないじゃんよ」


 自慢する竜二郎に、思わず呻く岸夫と、それに同意する十夜と晃。


 一見、何でもありのように思える竜二郎の能力であるが、実際には何でも願いがかなうわけではない。


 さらに言うならば、この能力は予め準備をしないといけない。生贄の儀式を行い、竜二郎が崇拝する『悪魔様』に、どういう現象を発動させるか願っておく。それによって竜二郎の中に願いがストックされる。流血と、「悪魔様にお・ね・が・い」の言葉によって、事前にストックされたお願いが発現される。

 例えば透明になるお願いの儀式を予め行っておく。その後、必要な場面で流血と呟きを行えば、一度だけ透明になれるという流れだ。

 なお、同じ現象はストックできないし、ストック数の上限は六つである。


「凜さんをさらに鬱陶しくした感じだねえ。でも複数種類の能力を駆使できても、所詮は一人だし。一度に複数の能力を同時にも使えなさそう」


 晃が瞬時にその事実を見抜く。複数の能力を同時に使えるなら最初からしているだろうし、透明化した際にも、巨大ゾンビ兎が消失していた。


(そっかー、晃にとって私は鬱陶しいのね。後で殴っておこう……)


 そう心に決める凜であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る