第二十三章 悪い人達を懲らしめて遊ぼう

第二十三章 緊急討論序章番組

 その日、いつもは深夜に数時間がかりで行われる生討論番組が、どういうわけかゴールデンタイムに、テレビで生放送された。


 出演する面子も数がしぼられていた。出演者は五名。番組でお馴染みの顔役とも言える人物はたった二名。残る三名は、この番組のためだけに出演したといっても過言ではない、スペシャルゲストであった。


 常連面子は、スーパーニューリベラルという思想の提唱者で、政治学者の大月槻次郎。その大月とは犬猿の仲である、生粋の国粋主義者を標榜する保守論客の上野原上乃助。この二名である。

 残る三名のうち二人は白人であった。二人共、有名人である。そのうち一人に至っては、国際的なレベルの知名度を持つ。


 一人は、誇張抜きで世界中の国々の意識を変えた環境保護団体『グリムペニス』の会長、コルネリス・ヴァンダム。


 もう一人は、駐日アメリカ合衆国大使のサラ・デーモン。彼女は特命全権大使という立場でありながら、明らかにその枠を超えた活動を度々行っている人物である。己のブログでもって、骨太な論調で日本の社会問題を語り、本も数多く出版する等、まるで評論家のような活動を行っている。最近ではテレビ番組に露出する機会も増えてきた。


 最後の一人は一際異質で、注目を惹く人物であった。恐らく彼女目当てに番組を視るという者も少なくないであろう。しかしただの客寄せパンダという置物的なニュアンスで、彼女が呼ばれたわけではない。その少女はこの討論のテーマには必要不可欠な存在でもある。

 表通りのミュージシャンという顔と、裏通りの始末屋という二つの顔を持つ、弱冠十六歳の少女、月那美香。最近では芸能人のクローン問題の解決に無償で臨み、さらには自分のクローンを引き連れてツクナミカーズというユニットデビューまで果たし、今最もホットな芸能人として話題を呼んでいる。


 討論番組のタイトルは、『裏通りの存在の是非を問う』という代物であった。これまでメディアでは半ばタブーとして、扱うことが少なかった題材である。

 裏通りそのものの名を出すこと、関わる事件を報道する事は何度かあった。もちろん揉み消される事も。しかし、はっきりとその是非を問うことも、持論を語ることも、ほぼあらゆるメディアで自主規制されていた。もちろん如何なる芸能人等もそれらを口にしない。

 にも関わらず、今回はっきりとそのタブーに突っこんでいく番組が、ゴールデンタイムで組まれたのである。注目する視聴者は多い。普段テレビをあまりつけない者達ですら、この番組は視聴することを決めていたほどだ。


「えー、ではまず、裏通りとは何なのか、そのおさらいから入りましょう」


 おかっぱ頭の年老いた司会が、どうにか聞き取れる程度の滑舌の悪さで切り出す。


「数十年前までは日本の裏を仕切る存在は、ヤクザでしたね」

「あー、ヤクザなんてのも昔いましたね。今はもう漫画や映画でしか御目にかからないですが」


 司会の言葉を受け、大月槻次郎が甲高い声かつ芝居がかった喋り方で言う。脂ぎった肌に、骨ばった顔、常ににやけた顔と、印象の好し悪しは見る者によって異なるであろうが、印象そのものは強い容貌の男だ。


「今でも少しは残っているらしいですよ。しかしその絶滅危惧種も、裏通りの一角として組み込まれています」


 静かな口調で述べたのは、サラ・デーモン大使だ。ウェーブのかかったブルネットの髪を肩まで伸ばした女性である。瞳は鮮やかな水色だ。その顔には深い皺が目立つが、まだ年齢は三十六歳に過ぎず、顔の造りそのものは整っているので、日本人の美的感覚からしてみればいまいちだが、本国に帰れば十分に美人と呼ばれるに値する容姿であろう。


「一般的に、日本の裏通りを拡張させた最大の原因は、海外マフィアの流入と言われているが、これは本当なのですかな?」


 裏通り発足のいきさつに触れつつ、それに異を唱えるヴァンダム。


「どういうことですか?」


 司会が質問し返す形で、ヴァンダムに続きの言葉を促す。


「マフィアとの地下戦争にヤクザが敗れ、彼等に日本の裏社会が支配されるのを食い止めるため、裏通りが作られたという説が、一般的だ。確かにそうした経緯はあったでしょう。しかし真実の一面に過ぎないのでは? 当時十万人近くいたヤクザが敗退したのか? その人数では本当に内線規模の争いだったでしょうに。しかもそのヤクザらが敗退した後に、それだけの人数を蹴散らしたマフィアをさらに退けた裏通りの勢力とは、一体どこから沸いてきた? 数字だけ見ても、誰もおかしいとは思わないのですか?」


 芝居がかった喋り方でキャラ作りに成功している大月以上に、芝居がかった言い回しで喋るヴァンダム。


「頭を失ってちりぢりになったヤクザが、再結成したという説もあるな」


 胡散臭そうにヴァンダムを見やりながら言ったのは、保守派評論家の上野原上乃助だ。一応パネリストの中では最年長であるが、すぐに癇癪を起こす悪癖があるため、精神年齢が幼稚園児並の天下国家親父と、左派言論人からは揶揄されている。


「それにしては随分と鮮やかに決まったのではないかと、私は疑うのです。つまり、何者かが裏で糸を引いていた。支援し、指導していたと。例えば国家……」

「それはいささか乱暴なこじつけではありませんかね」


 司会がヴァンダムに向かって苦笑いを浮かべて、やんわりと否定する。


「いいえ。裏通り発足の経緯が自然なものと考える方が、余程不自然であると、私は考えます。巨大な意思と力が働いた結果と考える方が、余程自然と私は考えます。根拠の無い妄想などではありません。消去法で考えてみても、そのような結論に行き着くのです」

「それはヴァンダム氏だけの疑念ではありません。日本以外の世界中の国の政府、それに軍事評論家達や研究者達が、同様の疑いを抱いています。疑いどころか、確信している者もいますよ」


 ヴァンダムの言葉を引き継ぐようにして、サラが口を開く。


「今までの日本において、それを公の場で喋ることは、暗黙の了解で禁止されていたようですけれどね。今夜この場でようやく解禁でしょうか」


 言葉だけ聞いていると皮肉のようにも聞こえるが、サラは感情を交えぬ落ち着いた口調で喋っている。大月やヴァンダムとは対照的だ。


「ちょっとそれ、具体的に話してもらえませんか。テレビの前では知らない人達も多いと思われるので」


 司会がサラに促す。


「言葉通りですよ。裏通りは日本国政府が意図して作ったと、どの国も見なしています。そして今も国家の息がかかっていることでしょう。よく言われているように、犯罪者属性の者達を隔離する場所――それが裏通りです。彼等を隔離するだけならまだしも、この国の経済を支える産業と見なし、さらには有事の際の軍事力にも転化できる存在として、国家が影で支えています。利用しています。しかも相当な規模の人数です。現在、こんな恐ろしいことをしている国は、日本以外に存在せず、日本以外ではどこにも真似できない。だからこそあらゆる国から警戒されているのです」


 一方的にサラが喋った後、会話が一旦途切れる。テレビでは一度として語られたことの無い話。裏通りを国が支援し、しかもそれを外国に見抜かれているなど、表通りの住人達は一切知らなかったであろう。

 実際、戦争などが起これば、国が地下組織を利用するケースはさほど特殊でもない。日本は日露戦争からヤクザを利用するようになった。アメリカも第二次世界大戦中に諜報活動のために、ラッキー・ルチアーノという大物ギャングと取引をしている。


「それでは裏通りの存在は、国にとって必要不可欠な屋台骨となるわけかね」


 偉そうに腕組みしてふんぞり返り、眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げ、不服を露わにして上野原が言う。


「そんな馬鹿な~。裏通りの抗争に巻き込まれて、毎年どれだけ死人が出ていると思っているんですかあ? 人身売買や殺人もビジネス化され、無辜の市民がその被害にあっているんですよ?」


 上野原と犬猿の仲の大月が突っかかるが、上野原は大月の方を向いて苦笑いをこぼす。


「早合点しないでいただきたい。私も国民の命と安全を脅かす裏通りの存在を是とはしません。むしろそんな悪しきものが、国家を支えるのに必要だとする考え自体に、腹を立てています」

「なるほど~」


 上野原に言い返され、珍しく意見が一致したことに、大月は皮肉っぽい笑みを浮かべた。


「悪い事をしている悪い人達が確かにいるのに、それを見過ごしている社会。受け入れている社会。これはどう考えても変ですよっ」


 突然声を荒げ、得意のアジテーターモードとなって断ずる上野原。これが彼の持ち味となっていたし、本人も気に入っていたが、嫌われる要素の一つでもあった。


「例えそれが国益にかなっているという一面があっても、悪いものは悪いと?」


 大月が念押しして確認するように問う。いつもの上野原であれば、国家の存亡のためなら犠牲を払っても良いという論調であり、特権階級や大企業や与党にすりより、格差に肯定的で社会的弱者を見下した言説ばかり取る。そのため、社会的弱者や庶民の側に立つ大月とは、常に対立する間柄となっている。


「勿論です。何をやってもいいわけではない。いくらなんでも、犯罪の肯定などできませんよっ」

「しかしその犯罪組織と犯罪者達が野放しになっているのが、現状ですな。そのうえ国家に保護と保障をされている状態ときた」


 力強く答える上野原に、ヴァンダムが冷水を浴びせるかのように告げる。


「警察も積極的に彼等を取り締まろうとしない。それどころか、なあなあでしょう」

「ええ、裏通りの被害にあっても、警察の捜査はぞんざいなことが多いと聞きますね~」

「警察は裏通りに対して、極めて甘いっ」


 ヴァンダムの言葉に、大月と上野原が同意を示す。


「私がこの間、マッドサイエンティスト雪岡純子との対談風景がテレビで放映された事は、覚えておいででしょう? あれは大事件であるにも関わらず、その後は全くメディアで触れられることが無かった。不自然な圧力がかかったのは明白です。ネット上では散々騒がれましたがね。ちなみに雪岡君は逮捕された翌日に釈放されていますよ。あれだけのことをしたにも関わらず、ね。これも裏通りの圧力であり、裏通りが警察と繋がっている証拠です」


 ヴァンダムと雪岡純子なる人物との会話が、こっそりと撮影されていて、それがテレビで全国に生放送で流された件は、もちろんこの場にいる誰もが知っている。

 大月、上野原、番組司会の三人は、それらに一切触れないようにと、どの番組でも箝口令が敷かれている事も知っていたし、それに従って今まで口にしなかったことだが、ヴァンダムがこの場で平然と引き合いに出しているのを目の前で聞き、緊張せずにはいられなかった。


「警視総監からして、裏通り中枢最高幹部『悦楽の十三階段』の一人である事からして、お察しでしょう」


 サラが口にしたその一言に、司会と上野原と大月の顔色が変わった。雪岡純子の名をヴァンダムに出されて緊張していたのが、さらに青ざめてすらいた。その噂は彼等も聞いたことがあるが、口に出すのは憚れる禁句の一つである。


「何の証拠も無くその発言は問題でしょう」

「失礼。そういう噂があると表現すればよかったですね。日本語に馴れていないので申し訳ない」


 司会にたしなめられるも、流暢な日本語でしゃあしゃあと言ってのけるサラ。


「法を犯し、人々の生活を脅かす悪が厳然と存在しているのに、国益や安全に繋がるという理由で、管理され保護されている裏社会。私はこの構図そのものを悪と断じますし、あってはならないものだと断じます」


 最初と変わらぬ静かな口調で、サラはきっぱりと言いきった。上野腹のようなアジテート気味でもなければ、ヴァンダムや大月のような芝居がかった喋り方でもないからこそ、それは強い言霊を持って響いた。


***


「言いたい放題言ってくれるな」


 雪岡研究所リビングルームにて、画面に映ったサラ・デーモンの顔を睨み、真が吐き捨てる。みどり、純子、累、せつなの四人もリビングにて、この番組を一緒に視ていた。


「今、情報を集めてみたけど、どうもヴァンダムさんとサラ・デーモンさんは、『ルシフェリン・ダスト』の支援者になっているみたいだねえ」


 テレビから目を離し、目の前に出したホログラフィー・ディスプレイを覗いている純子が告げる。


「最近話題になっている、あのアンチ裏通り組織ですか」


 累が反応する。


「実態は不明だけど、規模は非常に大きな組織なんだよねえ。支援者が多く、資金も人員も潤沢みたい。日本中の暗黒都市に次々と支部を立てている事を見ても、それは間違いないよ」


 と、純子。


「裏通りの抑制という建前だが、刹那生物研究所にいた奴の話では、抑制どころか壊滅が目的らしいぞ。晃経由で聞いた話だがな」

「うっひゃあ、壊滅とはまた大きく出たもんだねえ~」


 真の話を聞いて、みどりが面白そうに笑う。


「せつなせーぶつけんきゅうじょって言われると、反応せざるをえないせつながいるぅ~」


 せつながおどけてそんなことを口走るが、誰も反応しない。


「この番組自体も、ルシフェリン・ダストの息がかかっているのではないですか? これまでに、こうもはっきりと裏通りへの反感と疑問を公の場で口にするなんてこと、ありませんでしたし。しかもゴールデンタイムのテレビ放送でこれをやるなんて、相当巨大な力が働いていると見ていいのでは?」

「だろうねえ。グリムペニスと、実質アメリカそのものが、バックアップしていると見ていいかなあ」


 累の言葉に同意したうえで、具体的な力の源を口に出す純子。


「ルシフェリン・ダストは本気で裏通りを潰しにかかってきていて、この番組もその一環と見なしてもいいんじゃないでしょうか。大袈裟かもしれませんが」

「ううん、累君、大袈裟じゃないよ。ヴァンダムさんやサラさんがいる時点で、それは確かだと思う。いや、この二人が揃って出演していることで、それをわかる人にはわかるように、暗に訴えていると見なしていいねえ。一種の挑戦状ともとれるよ」


 テレビ画面の方に視線を戻し、純子が不敵な笑みを浮かべて言った。


「ふわあぁ~、それにしてもさァ、美香姉がずっとだんまりなんだよね」


『ところで、現役で裏通りの始末屋を務めるという月那美香さんにも、御意見を伺いたいところですが』


 みどりが言った直後、まるでリンクしたかのように、司会者が美香に話を振り、カメラも美香の顔を映す。

 美香は不機嫌な表情をまるで隠さないでいた。そして息を吸い、大声で叫んだ。


『死ね! 死ねっ、貴様等!』


 憤怒の形相での突然の罵倒に、スタジオもお茶の間も凍りついた。もちろん雪岡研究所のリビングも。


「こいつは喋らないままの方がよかったんじゃないか? いや、番組出演そのものが失敗かも」


 頭の中で、啞然としている自分の顔を思い浮かべつつ、真が言った。

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