第二十二章 エピローグ

 ほころびレジスタンスへの依頼が百合による誘き出しであり、依頼者も百合の傀儡だったということが判明し、依頼料を迷惑料扱いで純子が支払った。


「相沢の取引なんか信用しちゃ駄目よ」


 刹那生物研究所から帰還した翌日、十夜と晃を前にして、凜はきっぱりとそう言いきった。


「そうは言っても僕らに打つ手立てはあるの?」

「信用して呑気しているのと、私達にとって脅威となる存在がいて、警戒しておくのでは、話は全く別でしょう?」

「常に警戒しっぱなしでは疲れちゃうと思うけどね」

「そういう話をしているんじゃないのよ?」

「凜さんは先輩に対してあまり良い感情無いから、余計に抵抗あるんじゃない?」

「随分と今日は噛み付いてくるじゃない。でもね、その返し方は餓鬼じみてると思わない?」


 晃と凜の間に不穏な空気が漂うも、十夜は特にうろたえることもなく、冷静に両者の言い分を聞いていた。


「凜さん、晃、どっちの言うことも間違ってない。どっちも変な所で意地になってるよ」


 十夜の指摘を受け、両者共に自覚があったようで、凜は視線をそらして小さく息を吐き、晃は照れ笑いを浮かべる。


「そうだね。僕、思ってたんだ。僕らが強くなるには、プルトニウム・ダンディーに負けないくらいに結束を固めないといけないって」


 晃が口にした言葉に、凜も十夜も訝しげな面持ちになる。


「あっちはまだできたてほやほやの組織だっていうのに、随分と絆パワーが強い感じだったんだよね。それが彼等の力の源なんじゃないかって、超感じたんだ。というわけで、絆強化路線でいこう。はい、決まり。ボスの決定」

「あのさあ……」


 十夜が口を挟む。


「凜さんは警戒しろ。晃は絆を強めろ。どっちも心構えの問題だけで、具体策は提示してないけど?」

「だから私が言ってるのは、心構えの問題なのよ」

「僕もそうだよ。気持ちの問題。気持ちがパワーに繋がる」


 何を言ってるんだという顔で十夜のことを見る凜と晃であったが、十夜の方も二人に対して、何を言ってるんだという気持ちだった。


(あの百合という女、相沢や純子が激しく敵視しているということは……)


 晃と十夜が喋っているのを横目に、凜は考える。


(いずれ殺される可能性は大。その時、現場にいれば……うまくすれば脳をゲットできて、あいつの多彩な死霊術を全ていただけるかも。だとしたら、純子達が今後また百合と抗争することがあれば、なるべく安全は確保したうえで関わってみた方がいいかもね)


 さらに強力な力を得られる可能性を期待して、わくわくする凜。


「凜さんがニヤニヤしてる……」

 十夜に指摘され、はっとする凜。


「きっとあれだよ。雨岸百合の能力を吸収できないかと考えて、ニヤついてるんだよ。楽して他人の能力いただくことばっかり期待するとか、いつも僕等には鬼コーチっぷり見せているくせに、どーなんだろうねー」

「うぐ……」


 晃に見透かされ、凜は返す言葉無く唸った。


***


 同じ頃、プルトニウム・ダンディーのアジト。


「おじさんと俺がいた時間は短かったけど、おじさんが死んでしまったことは、凄く寂しいし悲しい。死んだ事が信じられなくて、一晩ずっと泣いてた」


 克彦を前にして、素っ裸の来夢は語る。来夢の裸も、克彦は特に気にしない。来夢の家にあがった時には、部屋ではいつも裸だった。

 怜奈とエンジェルはいない。昨日の騒動の後というので、休日にしておいた。しかし来夢と克彦はアジトに住み込みの状態なので、休日も朝からアジトにいる。


「俺の止まったぜんまいを動かしたのは、おじさんだ。短い間に、俺にいろんなことを教えてくれて、いろんなことを気付かせてくれた。いろんなものを与えてくれた。俺に光を照らしてくれた。空っぽだった俺の心を光で満たしてくれた。克彦兄ちゃんとも、こうして一緒になれるよう引き合わせてくれたしね。俺にとっての奇跡をいっぱい起こしてくれて……天に昇っていってしまった」

「不思議な縁だけど、その……来夢がそう思っている所を否定するかのようで悪いけど、いや、完全に否定するわけじゃないけど」

「何? 遠慮しないで何でも言ってよ」


 奥歯に物が挟まったかのような前置きをする克彦に、来夢は安心させるように小さく微笑む。


「蔵さんだけが導いたわけじゃなく、純子や、獅子妻や、獅子妻と俺が魅せられた伴大吉や、いろんなものが絡まった結果なんだと俺は思ってる。運命ってそういう風に出来ている」

「袖すり合うも多生の縁だね」

「よくわからないけどそうだな」


 本ばかり読んでいた来夢と違い、あまり知識や教養の無い克彦は、来夢の言葉の意味がわからなかった。


「俺がまた来夢の元に戻ってきたのも、きっと戻るべくして戻るように出来てたんだよ。俺はもう逃げ切れないと思って……純子の人格改造の効果も薄れてきて、逃亡生活にもうんざりしていて、それで最期になる前に来夢と会いたいと思って、それで戻ってきた。俺の意志だってあるんだ。一つの導きだと思い込むのは、間違っているよ」

「懐かしいな……。昔も俺、克彦兄ちゃんにこうやって、控えめに注意されてたっけ」


 何かと暴走しがちな来夢を制御する役目を、克彦が担っていた。年配者でもあるので、来夢も素直に従っていた。


「来夢は昔から普通じゃなくて、いろいろ危なっかしかったからな。補佐役か保護者が必要なんだよ」


 冗談めかして言う克彦だったが、来夢の顔色が突然変わった。恨めしそうな目で、克彦を睨む。


「それがわかっていながら、克彦兄ちゃんは俺の元から消えた」

「あ……いや、それは……ごめん」


 思わぬ地雷を踏んだと思いつつ、克彦は頭を下げる。


「勝手に俺の前からいなくなったこと、絶対許さないよ。そのせいで俺は空っぽになった。今度またどこかへ行ったら、見つけだして、克彦兄ちゃんを殺して俺も死ぬ」

「わかったよ……」


 来夢のことだから、冗談ではなく本気の可能性も高いと思う克彦であった。


「克彦兄ちゃんは俺にとって、おじさんとはまた違う光なんだからね」


 笑顔で恥じらいもなく告げる来夢の言葉を聞いて、克彦はこのうえない歓喜で胸が満たされた。


***


 真は睦月に呼び出され、褥通りへと赴いた。

 裏通りの住人の領域であるこの区画は、まばらであるが一応人通りもある。その大半が裏通りの住人か、さもなければ、裏通りの住人と取引をしにきた表通りの者だ。


「こっちに来て」


 待ち合わせ場所にいた睦月が、真の姿を見て声をかけ、手招きする。


 二人はかつてラブホテルだった建物の中へと入る。今は裏通りの住人が、取引やただの休憩用に使うために利用している。ただし、料金がかかるため、外の通りで済ませる者の方が多い。よほど他者に見られたくない取引に限られている。

 一階は改築されて、喫茶店になっていた。あちこちに弾痕がある、物騒な喫茶店だ。ここで抗争が発生することもしょっちゅうで、カウンターはすぐに防弾ガラスが降りる仕組みになっている。


「ここじゃだめだ。部屋をとってある」


 睦月に促されて、個室へと入る。

 一応掃除はされているようだが、個室の内装はラブホテルのそれのままである。真も入るのは初めてだが、ここで裏通りの住人達が真面目に取引をしていると考えると、滑稽な気もする。


「随分と用心深いな」

「百合には絶対聞かれたくないし、知られたくないしね」


 沈んだ面持ちで睦月が言い、回転ベッドの上に腰を下ろした。


「僕に襲われるとは考えなかったのか?」

「あはっ、想像もしなかったよ。真てそういうのとはかけ離れたキャラだろ」

「人を片面や表面のイメージだけで、見ない方がいい。思わぬ一面が隠されていることもある」


 小さく笑う睦月に、真は真顔で告げる。


「あのさ……僕、凄く迷っているんだ」


 真から視線をそらして、うつむきながら睦月は話しだした。


「真に協力するつもりになっていたけどさ、何だか……それも揺らいできちゃってさ」

「百合の方に心が傾いてきているわけか」


 睦月の言葉に対して、真がズバリ指摘する。


「百合は最低の屑だし下衆だけど、それでも一緒に暮らしていると……。あはっ、それも百合の狙いなんだろうけどねえ。きっと安心しきったところで、俺も亜希子も突き落とされるんだろうし、それもわかっているのに、それでも……」

「これ以上スパイするのが苦痛なら、やめた方がいい。これっきりにしよう。僕はお前を恨みも怒りも失望もしないよ」


 できるだけ優しい声音を作ろうと努力して、真は言った。自分の声なので、成功しているかどうか、いまいちわからない。

 しかし睦月からすると、いつもの抑揚に欠けた喋りの真が、ひどく優しい声をかけてきたことに、衝撃を受けていた。


(何でここにきて、そんな優しい声かけてくれるんだよ。何で俺のこと気遣ってくれるんだよ。もっと冷たく突き放してくれればいいのにさ……)


 突然泣きそうな顔になって自分を見つめる睦月に、真は内心ぎょっとする。


(傷つけないように優しく言ったつもりなのに、失敗したのか? 優しい声だしたつもりで、実は嫌味っぽいトーンだったとか?)


 睦月の心情など全く想像が及ばず、ズレたところで悩む真。


「真、怒ってくれてもいいんだよ? 何で君っていつもいつも変なタイミングで優しくなるのさ」


 非難するかのような口ぶりで睦月にそんなことを言われ、真は困惑する。


「何を言ってるんだ? お前は」

「本気でわからない? 俺はそんな優しさが欲しかったわけじゃない。敵として突き放すか、裏切ることを許さずに何が何でも自分のモノとして扱うか、どちらでもよかった。なのに、そんなこと言い出すとか……あはっ」

「その二つの対応の方がおかしいだろ。僕のこと何だと思ってるんだ」


 睦月の本心を聞き、真は呆れと苛立ちと面倒くささが混ぜこぜになった、複雑な気分に陥る。


「どっちかにして欲しい。今殺してくれてもいい」


 ヤケクソ気味になって立ち上がる睦月。


「苦しいんだよ。どちらか憎んでいればよかったのに、そうでもなくなってしまったことが。そしてどっちかは敵にしないといけない」

「どっちも敵に回さないという選択もある。どちらも嫌ならどちらもやめればいい。それでいいじゃないか」

「沙耶がいなければ……ねえ。俺が真に手を貸すのは、沙耶をどうにかしてくれるという条件があったからだ」


 苦しげな表情になって睦月が言う。

 話を聞きながら、何もかも中途半端で面倒な奴だと思う真であったが、それを口にするのは流石に憚れる。


「お前を苦しめるのも何だし、情報の提供はもうしなくていい。それと、この前言った沙耶どうこうの件も、聞かなかった事にする」


 真が言い放ったその言葉に、睦月は愕然となった。

 一方の真は、睦月のその顔を見て、またげんなりする。


「でもお前の気が変わったら、また適当に情報をくれればいい。お前に全部任せる」


 フォローのつもりでそう言ったが真だが、睦月は収まらなかった。


「結局全部俺任せ? ズルいよ、それ。しかも沙耶のことも……」

「お前だって全部僕に決定させたがっているじゃないか。思考を放棄して、僕に命令されて、それに従いたくている。それがお前の本心だろう?」


 真の指摘を受け、睦月が再び腰を下ろしてうなだれる。


(こんなに面倒臭い奴だと思わなかった……)


 頭の中で大きく溜息をつく自分を思い浮かべる真。


(真兄……口出ししないでいようかと思ったけど、真兄は女の子の扱い下手すぎだぜィ。こういうタイプはね、強引に引っ張っていけばいいのよ。こないだみたいな強引さがいいんだよ。決定してほしがっているなら、決定してあげちゃえばいいじゃん。全然面倒じゃない。楽なタイプだよォ~? あたしに言わせれば、真兄の方がよっぽど面倒臭い男だわさ)

(こないだ強引に迫った時は文句言ったくせに)

(ふわあぁ、あの時は別の意味で呆れたのよ。今はその強引さが必要だよォ~)

(わかった)


 みどりの助言を受け、真は立ち上がる。


「真、また無理矢理キスするとか、そういうのはいいからねえ」


 まるで真の行動を見透かして先回りするかのように、睦月が笑いながら言った。


「そういうのだけど、キスだけじゃ済まない」


 言いつつ真が睦月の体を抱え上げ、ベッドの上に乱暴に投げ出した。


「おあつらえ向けの場所だしな」

「それをやってどうなるってのさ……。何の解決にもなってないだろう?」


 覆いかぶさる真を睨みつけ、睦月は静かに――同時に刺々しい口調で言い放つ。


「解決にはなる。完全に僕のものになって、僕に従うなら、迷いも消えるだろ。あるいは拒むなら、敵同士ってことでいい」

「じゃあ敵だ!」


 真の体を押しのけながら叫び、睦月は部屋の外へと出て行った。


(馬鹿……真兄……すんげえ馬鹿……)


 頭の中で、みどりが呆れきった声をあげる。


(いや、これで良かったんだよ)

 と、真。


(いや、全然よくねーっての。強引にいくの意味はきちがえてるし。睦月姉は精神的に揺らいでいたのを真兄に支えて欲しかっただけなのに、そいつを突き放しちまいやがって……。真兄が救ってやることもできたってのにさ~)


 みどりに言われなくても、真は理解していたが、結局睦月の選択に任すという選択を取った。その事に特に後悔は無い。


「いいや、これで良かった。睦月の気持ちは揺らいだまま、百合の元に帰ったからな」


 睦月が自分の手札として使えなくなったわけではない――というニュアンスを込めて、真は声に出して呟いた。


***


 真と睦月が分かれてから一時間後、雨岸百合の邸宅。


「睦月はどこへ?」


 リビングにて、百合が亜希子に声をかける。白金太郎もいる。


「さあ? また一人旅じゃなーい?」


 実の所、真に会いに行った事も本人から聞いて知っている亜希子であるが、百合の前でそれを口にすることは無い。


「それはそうと、またほころびレジスタンス狙うの? それとも月那美香?」

 亜希子が百合に問う。


「同じ獲物をしつこく狙い続けるのは美しくありません。失敗した相手は諦めますわ」


 ある意味真との取引は、丁度良かったとも思える百合である。真にとって殺されて困る相手というのも、そろそろ打ち止めだ。


「だよね。同じ手をしつこく続けるのって、どうかと思うよね~。たまにはママと意見合うね」

「あの子達と取引しましたし、次からは別の手で嬲ってあげますわ」


 そう嘯く百合であったが、その次の手とやらをまだ思いついたわけではない。


「えっと……葉山さんはどうしたのでしょう」

 白金太郎が言った。


「すっかり失念していましたけど、中々戻ってきませんわね」


 遊軍扱いして別行動させたはいいが、それっきりだ。連絡一つ寄越さないというのも、おかしな話である。


「あの葉山に限って、何かあったとも――」


 百合の言葉の途中に、リビングの入り口にダークな面持ちの睦月が現れた。


「おかえり~……」


 明らかに様子がおかしい睦月を見て、亜希子の声が尻すぼみになる。


「どうなさったの?」


 無言でソファーに腰かける睦月を見て、百合が訝しげに声をかける。


「百合の気持ち……なんとなく、わかっちゃったなあ……あはぁ……」


 目を潤ませながら笑い、そんなことを口走ると、睦月はその双眸から大粒の涙をぽろぽろとこぼす。


(真と喧嘩したのかな……)


 事前にどこへ行くか、聞いていた亜希子が察する。


「睦月、たとえ家族だろうと、人前で涙など見せるものではありませんわよ。みっともないことこのうえないですことよ」


 容赦ない言葉とは裏腹に、優しい声で言い放つと、百合は睦月の隣に座り、そっと睦月を抱き寄せる。


「そっかー、俺達……家族だったんだあ。あははっ」


 百合の温もりに心地好さと安堵を覚え、睦月はすすり泣きながら無理して笑おうとする。


「一緒に暮らしているのですし、それ以外の何だと仰いますの?」


 睦月の頭を自分の胸に押し付けて、自分のキャラに合わないことをしていると思い、溜息をつきたくなる百合であったが、ここで睦月のことをからかったり突き離したり嘲ったりする気分には、どうしてもなれなかった。


***


「おー、新記録出たよ」


 計測器に出た数字を見て、郡山他、数名の技術者達が歓声をあげる。


「葉山君、次は四十個増やすよー」


 ガラスの向こうの広間にいる葉山に声をかける郡山。


「えっと……僕、いつになったら帰れるんでしょうか……」


 全身に電極をつけられて、シャツとトランクスという姿の葉山が、不安げに問う。


「何? もう帰りたいのか? もうしばらくデータ収集に付き合ってくれないかね? 君のその人智を超えた運動能力は、人類の科学の発展に必要不可欠なのだ」

「そ、そうですか……蛆虫の僕なんかが、人類に貢献できるとあれば……」


 熱心な口調で訴える郡山に、葉山は歪な笑いを浮かべ、親指を立てる。


「よし、行くぞっ。鉄球四十個追加! 発射!」


 郡山の叫びに応じ、ガラスの向こうで天井、床、四方の壁から一斉に次々と鉄球が発射され、様々な角度とタイミングで葉山に放たれる。


(か、帰りたい……。でも、人類のため……僕が蝿になるため……頑張らないと……)


 鉄球をかわし続けながら、己に言い聞かせる葉山であった。


***


「今日も平和だぞ」


 中心都市にて、プレイヤー達が行き交い、談笑する姿を上空から見て、育夫は呟く。


「あれ? 珍しい人がいるよ」


 見覚えのある猫耳美少年が、難しい顔であちこちを見回しながら歩いている姿を視界に捉え、明日香が育夫に声をかけた。


「む、あれは女たらし廃人で有名なネナベオージだぞ」

「中味は純子よ。例の騒ぎ以降、もうインしないつもりなのかと思ったのに」


 言いつつ、明日香は上空からネナベオージへと向かっていく。


「ネナベオージ、おひさー」

「ああ、明日香に育夫。フッ、いいところにきたな」


 上空から飛来した二人の電霊の姿を見上げ、ネナベオージは微笑んだ。


「いい所って? もうオススメ11にはインしないのかと思った」

「フッ、実は人を探していてね。正確には電霊探しだが。魔法少女っぽい姿をした電霊を見なかったかい?」


 ネナベオージの問いに、顔を見合わせる明日香と育夫。


「知らないぞ。というか……その電霊はこの鯖にいると確定しているのか?」

 育夫が尋ねる。


「一応この鯖で見たという噂を鯖スレで見たのだ。フッ、もし見かけたら動きを追いつつ、連絡してくれないか?」

「メールとか自由にできるわけじゃないんだけど」


 以前明日香が純子にメールしたのは、運営会社の屑工二からのメールに便乗して霊気を込めたものだ。


「できるように設定しておくので頼む。魔法少女の姿だし、目立つはずだ」

「わかったぞ」


 育夫と明日香が頷く。


(知り合いには一通り声かけてみたけど、うまくいくかなあ……。浮遊する電霊の動きを追えそうなのは、明日香ちゃんと育夫君くらいのもんだけど)


 ログアウトしながら、純子は思う。

 現実空間に戻ると、目の前には、培養液で満たされた巨大なシリンダーの中に浮かぶ、脳と脊髄がある。仮死状態にして持ち帰った、魔法少女のものだ。


「一旦電霊化して分離した状態からの蘇生ができるかどうか、見込みは薄いけど、やってみる価値はあるんだよねえ。そしてもしも彼女を蘇生できれば……」


 純子が魔法少女の脳を見つめながら微笑む。

 淡い期待ではあるが、最高の実験素材を手に入れられる可能性と、その後の実験内容の数々を考え、純子の胸は高鳴った。


***


 刹那生物研究所、とある実験室。


「反応があったとは本当か?」

「ええ、それどころか明らかに蘇生しようとしています」


 部屋を訪れた郡山に対し、興奮気味に報告する郡山の部下。


「確かにこれは……蘇生しつつある……」


 強化ガラスの向こうで、溶け合った肉の塊が蠢くのを見て、郡山が呻く。

 観察しつつ、郡山と部下が話し合っている間に、蠢く肉塊に決定的な変化が起こった。


「おおおお、これはっ!?」


 溶け合った男女の体が、イルカの体の方へとゆっくり引きずり込まれる。

 それに合わせるように、頭部の断面から肉が徐々に盛り上っていき、失われていたイルカの頭部の形状へと再生していく。

 さらに胴体からは、人間の手足が生えていく。


「まさか……こんな急速に蘇生するなんて……」

「違うな。おそらく、十分な栄養と休息を得て蘇生するだけの力は得ていたが、きっかけとなる刺激が無かったのだろう。何かのはずみで刺激を得て、今、完全に復活したのだ」


 驚く部下に、郡山は対象の脳波を見ながら解説した。脳波は正常なうえに、明らかに意識が覚醒している。

 瞼を閉じたままゆっくりと身を起こして立ち上がると、それはゆっくりと目を開く。郡山達の姿をガラス越しに確認するなり、両手を大きく上げて左右に開き、威嚇するような構えを取り、高らかに叫んだ。


「ジャアアアアアアアァアァァッップ!」



第二十二章 魔法少女と遊ぼう 終

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