第二十一章 31

「俺なんか……仲間に入れていいのか? 俺はお前らの敵の、踊れバクテリアにいたんだぞ。獅子妻の考えにも賛同していた。世界が嫌いで、壊れればいいと思って、この組織に入ったんだ。その前には自分の親を殺しているし。俺はもう、世界の敵になっている」


 戸惑いを露わにして、克彦はうつむき加減で話す。


「克彦兄ちゃんが悪になったのは克彦兄ちゃんが悪いんじゃない。世界が克彦兄ちゃんを悪に変えた。世界が克彦兄ちゃんの敵でも、俺は克彦兄ちゃんの敵じゃない」


 来夢がいつになく力強い声で言う。来夢が相当この少年を慕っているように、蔵の目には映った。


(来夢の言うとおりではあるな)


 人格を育むのは環境の影響が大きい。荒んだ環境に生まれれば、荒んだ人格になる可能性も高い。例えば、フィクションでは金持ちがいかにも悪者に描かれることが多いが、実際には生まれながらの金持ちは、わりと性格のいい者が多いことを蔵は知っている。逆に貧乏人は心も貧しくなる傾向にある。

 例外として、来夢は環境の影響を受けたのかどうかわからないほど、純粋に特殊な存在であるように見える。あれだけ良い家族に恵まれているにも関わらず、随分と変わった子になってしまったものだと。


「こんな俺と、今更仲良くできるのか?」

「悪は悪。克彦兄ちゃんも間違いなく悪。でも悪は、この世に在るもの。この世に現れるように出来ている。悪だって生きていいって、やっと俺はわかった。克彦兄ちゃんが悪だとしてもさ――それが何なの? 誰が責める? 誰が責められるんだ。別に勝手に責めてもいい。でも、たまたま悪として生まれなかった人が、たまたま生じた悪を責める事の方が、俺はすごく変だと思う」


 克彦はあくまで引きずるが、来夢はあくまで意に介さないと示す。


「もっと言うなら、克彦兄ちゃんを悪にしてしまった社会が全部悪い。克彦兄ちゃんが撒いた災いは、その因果応報だった。それだけの話」

「獅子妻と同じことを言っているな……」


 来夢の言葉を聞き、苦笑いを浮かべる克彦。


「清々しいまでに社会が悪い論をきっぱりと言い放ったな」


 蔵もおかしくて笑っていた。社会のせいにするな、自分のせいだと言うのは簡単だが、社会が悪ければそれだけ民度も低下し、職業的犯罪者や暴徒やテロリストや通り魔といった類の出現率は高まるのは、紛れもない事実である。


「ここで『社会のせいにするな、自分の責任だ』と上から目線で言うのは簡単だが、それこそ思考停止した無責任な抑圧であり、一種の逃げのようにも感じられるな」


 顎に手をあてて蔵が言った。


「克彦兄ちゃんの本当の罪と悪は、俺に黙ってどっか行っちゃったことだよ。行った先で何しようが、俺の知ったことじゃない。一年間強盗しながら旅行したのは、許される悪。さらなる悪があるとすれば、克彦兄ちゃんが罪を償うとか言い出して、警察に自首すること。それこそ許しがたい悪」


 子供らしいといえば子供らしい、欲望に忠実で極めて自分本位な来夢の理屈。しかし蔵も克彦も、倫理観や社会通念を一切無視し、本能と欲望のみを優先する来夢に、何故か強烈に惹かれるものを感じる。


「君の経緯はともかく、私の組織で働くなら、今後強盗だのテロだのといったことはしないでくれ。それはいくらなんでも迷惑だ」

「え……? 本当にいいのかよ……」

「君が過去に犯した罪など、私からすればどうでもいい。君に殺された人間のことも、金を盗られた者も、私の知ったことではない。そもそも人は罪を犯すようにできている。私からすれば、組織の一員として組織に貢献できるか、他のメンバーと仲良くやっていけるか、それだけが全てだ。裏通りはそれがまかりとおる。上っ面だけの倫理観に縛られた表通りとは違う」


 罪を赦すのではない。あずかり知らぬ罪などどうでもいいだけだ。それが裏通りであることを蔵は知っている。


「それにな、人殺しが必ずしも悪と、私は思わん。この世には殺した方がいい奴がわんさかいる。表通りの法や価値観はともかくとして、もう君達はこっち側にいるのだ。君の過去は全て目を瞑る。私も善人ではないからな。かつて私が売った武器によって、どれだけの人間が死んだかわからん。間接的な殺人も殺人数としてカウントされるなら、私が殺した人間の数は三桁か、下手をすれば四桁に及ぶぞ。そんな私に、他人の罪を責め、罰を求めるような資格も無い。ついでに言えば、青臭い正義感や安っぽい倫理観も無い。しかし何度も言うが、仲間となってから同じことをされても困る。私にとってはそれだけだ」


 来夢と蔵の二人がかりで諭され、克彦は後ろめたさが大分和らいだ。


「そもそも根本から間違ってる。殺された人間は殺した人間より弱いから悪い。死んだら全ておしまい。殺されないようにすることが大事」

「身も蓋も無いなんてもんじゃないぞ、それは。弱肉強食主義も行き過ぎるとキツいものだよ。弱い人間だってこの世にはいるし、それが弱いから殺されていいなんて理屈も無い。私は度の過ぎた優生論の類は嫌いだよ」


 来夢の極端な思想を受け、蔵が今度は来夢を諭す。


「来夢は大人びていて電波な所もあるけど、やっぱり子供だよな」


 と、克彦。蔵も口には出さず同意する。しかしそんな来夢の成長も、この先温かい目で見守っていきたいという気持ちがあった。


***


『そっかー、怜奈ちゃん、とうとう気がついちゃったかー』


 怜奈がかけた電話の向こうで、純子が呑気な声をあげている。怜奈が純子に電話をかけ、自分が何者であるかを問いただしていた所だ。


『獅子妻さんが言っていた通り、怜奈ちゃんの正体は、オーマイレイブの黒崎奈々ちゃんの人格と能力をモデルにしてるんだ。はっきり言うと体は等身大のよくできたお人形さんだねえ。奈々ちゃんはね、魂を宿した人形をそこら中に放って、情報収集をしているんだよー。私と取引して、実験台に使わせてもらう代わりに、私に近しい場所から情報を集める用に作った人形が、怜奈ちゃんてわけ。他の人形の名前も、里奈とか瑠奈とか杏奈とか美奈とか、みーんな奈族なんだよー。性格は皆微妙に違うけどね。一応は別人だし』


 純子の声は怜奈だけではなく、蔵と来夢と克彦にも聞こえていた。

 衝撃の真実を聞いたにも関わらず、怜奈はショックを受けた風でもない。


『怜奈ちゃんは自覚無いけど、怜奈ちゃんは奈々ちゃんの精神と連動しているんだよ。奈々ちゃん自身の魔術と、累君から教わった妖術を組み合わせた代物だけどね。でもまあ、悲観することはないよー? 体は人形でも、ちゃんと魂が宿り、知性と精神のある存在なんだし、メンタリティは人間と変わらないからさ。そのまま普通に生活していればいいよ』

「わ、わかりましたー」


 電話が切れた。


「それで納得したのか?」

「話がぶっとびすぎてて、悩んでも仕方ないかなーって。何か不都合があったら、純子と私を操っている人に責任取ってもらえばいいですしねー。でもまあ、知らなくていいことだった気がします」


 蔵が気遣って尋ねると、怜奈は愛想笑いを浮かべてそう答えた。


「それとも私が人間じゃなかったら、扱いも変わりますかー?」

「いや、特に変わらん」

「でしょー? ボスはお人好しだから、その辺安心してましたしー」


 そのお人好しな部分を散々なじったくせに、何を言うか――と思う蔵であったが、黙っておいた。

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